上 下
10 / 54

1-8.5.疑惑

しおりを挟む
 王都の中心部に位置する王城、その一室。黄金の髪に目の穏やかそうな女性が豪奢なドレスを身にまとってソファに座っていた。
 その向かいには、老齢の男性が立っていた。役人の風貌をしており、険しい表情をしている。

「どういうことかしら?」
「わかりません。そのように返答を受けた次第でして」
「知っていると思うけれど、『聖女』っていうのは生贄のように扱われていた大昔のような存在ではないのよ? ただの役職。いまも声がかかるのを待つために、必死に勉学に励んでいた平民から貴族令嬢までたくさんいるわ。それくらい、女性たちに憧れられているのよ。聖女に選ばれて逃げ出して、挙げ句に死んだ? ありえないわ」

「わたくしにもさっぱり」
「だって……断るにしても、逃げる必要はないもの。候補は他にいくらでもいる。この件、何か裏があるわね」
「どうしてそう思われるのでしょう? その女性が事実を知らずに逃げたという可能性もあるのでは?」

「あなたは知らないみたいだけど、その子を聖女にと言い出したのはうちの子なのよ。才能が突出していたにもかかわらず、当主もその家族も彼女を表に出さず、隠していた。正直、いまも王家とのつながりが続く名家だし、あまりこういう事は言いたくなかったのだけれど、もし家の都合や当主の個人的な理由で娘を隠したのだとしたら……許されることではないわ」

「それは、勝手に死んだのではなく、彼らが殺したと?」

「そうは言っていないわ。そもそもいまの時代、殺人なんてすぐにバレるもの。あなたも分かっているでしょ? でも、あの犯罪を看破するための魔法システムは、直接的な犯罪しかわからない。間接的に殺されたのだとしたら、誰にもわからないわ」

「もし、貴方様のおっしゃるとおりの意図があるのだとすれば、そもそも、彼女が『死んだ』という報告さえ本当なのか疑問が残りますね」
「……ええ、そうね。とにかく、この件は徹底的に調べなさい」
「わかりました。直ちに調査チームを立ち上げます」

 男は部屋を出ていくと、女性はため息を付いた。
 そのままカーテンの方を見つめて、女性は告げた。

「そんなところに隠れていないでさっさと出てきたら?」
「あ、バレました? お母様……」

 ひょっこり出てきたのは、その女性と同じ髪色のミディアムカットで、はつらつとした風貌の少し身長の小さい女の子だった。

「そんなとこに隠れてるんですもの、当然よ。でも、これでよかったの?」

「ええ。だって私のせいで殺されたのだとしたら、全部、私の責任ですし、もし殺されていなくて、逃げ出して死なせたのなら、やはり私の責任だわ」

「なにかの偶然で生きているかも知れないわよ? その時はどうするの?」

「それは……万が一生きていたのなら、もう聖女にならなくていいと伝えてあげて欲しいんです。だって、本人の意志で逃げていたのなら、まさか逃げ出すなんて誰も思わないじゃないですか。お母様もそう思ったんですよね? 逃げ出して死んだなんておかしいから、お母様も動いてくれたんですよね?」

「あの家は少し前からきな臭かったのよ。密偵の報告では、今代は過去一番に酷いと聞いているわ」
「そう言えば姉上エリスもあの家の長男のことを嘆いていました」

「じゃあ、あの男の言い寄るのを阻止するという目論見があったの?」

「いえ、流石にそれは考えていませんでした。けれど、結局はそういう事になったようです。聖女の話を伝えた直後から、すり寄るような行動も手紙もなくなったようです。ですが、あの子が死んだと分かってから、また増えましたね。前よりも多くなっているくらいです。姉上も頭を抱えていました」

「仕方ないわ。エリスは長女なのに婚約者を作ることも、まして結婚の気配すらないし、私が紹介しても全て断ったもの。いまだに恋人もいないわよね」

「ケルシュお兄様もハルードお兄様もはすぐに結婚されたのに、うちの女性陣はそういうのに興味がないんですよね」
「それって、あなたもでしょ?」

 あはは、と少女はおどけたように笑う。

「誰か気に入りそうな貴族家の男性はいないの?」
「う~ん、いないですね」
「でも、そろそろ見つけないと、姉のように変なのが寄ってくるわよ?」

 女性は冗談めかしてそう言った。「いまのは内緒にしてね」と言い含める。
 一応、あんな男でも名家の貴族で当主候補だ。

「でもなぁ」
「それに、自分で相手が見つけられないようなら、あと数年でエリスはどこかの貴族と結婚させることになるわ。私でも止められない。あなたものんびりはしていられないわよ?」
「その時はその時考えます」

「あなたらしいわね」

 女性は胸の前で腕を組み直すと、表情を引き締める。

「それで、話を戻すけれど、あの子が生きていた場合、別の意味で厄介だわ」
「それはどういう?」
「わからない? もしあの一家が彼女を殺そうとしたなら、あの子はあの一家の犯罪の証拠を握る存在なのよ。殺し損ねて生きていたことがわかれば、どうすると思う?」
「始末されてしまう?」
「今度はなりふり構わないでしょうね」
「そんな……」

 王家も清廉潔白というわけではなく、後ろめたいことも歴史の中にはある。淡々と語るのは、決して他人事ではないからだ。国のためにはいざとなれば少数の犠牲を出すかも知れない。

「もし本当に殺そうとしたなら、家の危機だもの。当主がこの件に関わっていない場合でも、そんなことに家が関わっていたと知られるだけで取り潰しよ? どんな事情であれ、当主は間違いなくあの子を始末するわ」
「でも状況的には生きているってのが希望的観測で、ちょっと厳しいんですよね?」

 家を飛び出した娘があの周辺で生きていられる可能性は低かった。地理的にも周辺の街まではかなりの距離がある。なにより、あそこの森は凶悪で厄介だ。
 王家の者をあの場所に行かせるだけでも、騎士団の手練を数人連れて護衛させないと馬車でさえ無事では済まない。
 そんな彼らでも、フレアボアに遭遇すれば、馬車ごと壊滅する。あの魔物を討伐するには、いまのところ軍隊を出さなければいけない。

「ええ……生きているかは怪しい。もちろんそうなのだけど、もし生きているのなら彼女が生き証人になるから、先に居場所を把握しておきたいのよ」

「けれど、お母様。どこかで生きていたとして、もし公表すればあの家にも知られるのでは?」

「とりあえず、生きていたのなら、別の理由で隠匿する方針にするわ。『生きていることがわかれば次代聖女を狙う教団に命を狙われている』とかなんとか言ってね」

 女性は舌をちょろっ、と出して冗談めかす。

 しばらく話した後、娘の方は部屋を出ていき、母親と思しき女性は部屋にとどまったまま、冷めた紅茶を飲むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

処理中です...