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生贄聖女は屠られた

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* * *
 耳鳴りがひどかった。
 頭は割れ鐘が響くように振動し、耳も、指も、首筋も、すべてが煮えたぎるように熱い。

「う、うう……」
「大丈夫だ。しっかりしろ」

 誰かの声がする。父のような。あるいは母のような。兄や姉や妹たちのような声。

「頭をあげろ。水を飲め。すこしは楽になる」

 声のいうとおりに体を動かせば、甘露のような冷たい水が喉を潤した。
 その一雫一雫が、体中を癒していく。

「よし……いい子だ。もう少しで変化も終わる。次に目が覚めた時は……」

 そのあとの言葉は、聞き取れなかった。
 すこし節くれだった手を握ったまま、眠りに落ちてしまったからだ。
 聖女――ルクシエルは、眠りのなかで優しい目を思い出した。自分の首筋をかんだ時の、魔王の優しい目を。

* * *

「おお。ようやく目が覚めたか」
 人間界への警告――という名のドラゴンたちを伴っての脅迫――を終えて、魔王城に戻ると、聖女が天蓋つきのベッドで困惑していた。壊れた俺の執務室からは離れた場所だが、かつて母上が使っていた部屋だ。こじんまりとしながらも、調度品は女性好みにあつらえている。

「魔王様!? これはいったい……。ああ、でも傷がすべて治ったのですね!? 私の体も少しは役に立ったのですね!」
「いや、まったく」
「ええ!?」

 ショックを受ける生贄聖女に、俺の横からジンが口をはさむ。

「仮にも魔王様ですからねえ。多少の人間の血を摂取すればあれくらいの傷は治せます。大体、二日三日体を休めれば骨が折れようが心臓が半分なくなろうが回復しますから怪我なんて心配する必要はないんですよ。体だけは無駄に頑丈にできていますから」
「ジン、お前の言葉からは俺への敬意を感じないんだが」
「勝手に魔族を増やしやがった魔王様をどう尊敬しろと?」
「魔族を増やした……?」
「なんだ。気づいてないのか。鏡を見てみろ。ルクシエル」

 魔王は聖女のベッドに座って、手鏡を差し出す。
 そこには、相変わらず銀色の髪と菫色の瞳の生贄聖女が映っていた。違うのは、その口元には牙が生え、素人でもわかるほどの魔気が感じられたことだ。

「え、ええ?!」
「一生償うといっただろう? 命を懸けて謝るとも言った。ゆえに、お前には永遠の命を与えることにした」
「そ、そんな!」
「今までのことは忘れるんだな。今後は一日三食、栄養満点の食事を料理長と学べ。鞭打ちも滝行も塩の塗り込みも許さん。せいぜい香草蒸し風呂に入るころくらいしかお前がやっていいことはない」
「ひどい! 魔物になってしまっては魔王様の栄養源になれませんわ!」
「ふははは! 俺は魔王だからな! 極悪非道の限りをつくす。まずはお前が生きたいと思うくらい幸福にしてやるさ! さあ、ジン! 俺が、俺様が、ジンではなくこの俺様が選んだドレスをルクシエルの前に並べよ!」
「はいはい」
「今日から毎日美しいドレスから着せるからな。覚悟しろ!」
「ひ、ひどいですううううううううう!」

 ーーのちに、聖女ルクシエルは人間界でも聖人に列せられた。人間界と魔界の間には何度か緊張状態が走ったが、そのたびに、聖女ルクシエルと魔王、そして新国王は戦闘を回避させ、ついには魔界と人間界に恒久的な平和を作りあげたのだ。だが、そのことをまだ、まだこの二人は知らない。

「お願いしますぅぅぅ。魔王様、私を食べてくださいいいいい!」

 聖女の叫びは、今日も魔界に響いているという。

 (完)
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