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忘却の楔9

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「本当に貴女ではないんですか?」

雅也が縋るような視線を向けた。

「・・・・えぇ。」

「・・・・・。」

雅也の顔には、明らかに落胆の色が見えた。

「・・だったら・・・・。」

「えっ?」

「だったら、どうしてさっき泣いたんですかっ?」

「それは・・・・。貴方が辛そうだったから。」

美咲は視線を反らしながら言った。

「本当に・・?」

「・・・・。」

「だったら、俺の目を見て言ってくれ!?」

「・・っつ。思い出せないなんて、その女性は貴方を苦しめるだけじゃないですか?だったら、そんな人の事わざわざ思い出す必要がないんじゃないですか?」

「どうして・・。どうして、そんな哀しいこと言うんだ?そんな、辛そうな顔をして?」

「・・ごめんなさい。今日はもう帰りますね?」

踵を返し出口に向かう。

「待って!・・き!?」

「えっ?」

美咲は驚いて振り向く。

「えっ?・・俺、今・・なんて?・・・、うっ・・・・。」

そう言うと頭を抑えながら膝を付いた。

「雅也さんっ!?大丈夫ですかっ!?頭が痛いんですか?」

美咲は直ぐに雅也の側に行く。雅也は頭を抑えて苦しそうにしていた。

「あぁ・・・・。」

「雅也さんっ!!」

美咲の呼び掛けも虚しく雅也はその場に崩れ落ちた。




「これでひとまずは大丈夫でしょう。明日、病院で精密検査はしたほうが良いと思いますが。」

ホテルに待機しているドクターに診てもらう。

「わかりました。ありがとうございます。」

美咲は深々と頭を下げた。
雅也は、ベッドに横になっていた。いまだ、目を覚ます気配は無かったた。




「私が付いていながらこんな事になってしまって申し訳ありません。」

美咲の電話の相手は譲だった。

『いいえ、とんでもない。逆にご迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ない。』

「それは、全然大丈夫です。譲さんはトラブルの方は大丈夫ですか?」

『それが、まだ時間が掛かりそうなんです・・。如月さん、申し訳ないんだけど雅也に付いていてもらえませんか?』

「・・・・。」

美咲は一瞬逡巡した。
(心配だから付いていてあげたい・・。でも、目を覚ました時に私が居たんじゃ余計混乱するんじゃ。)

「譲さんは何時頃なら大丈夫ですか?」

『朝方には片が付くと思う。』

「だったら、5時までは雅也さんに付いてます。これが、私に出来る最後の事ですから。」

『・・無理を言ってすまない。雅也の事頼みます。』

「・・わかりました・・・。」

電話をきると、ため息を付きながら雅也の顔を見た。

「・・・・・・。」





雅也は夢を見ていた。
何時もの様に、朧気な女性が雅也に笑い掛けていた。

『雅也さん。』

何故か、その女性に呼ばれると嬉しかった。女性に手を伸ばそうとするが身体が動かなかった。

(えっ・・?)

『雅也さん・・ごめんね??本当にごめんなさい。私の事はもう忘れて?』

女性は哀しそうな笑顔を浮かべた。

『貴方と私では釣り合わないんです。こんな私を愛してくれてありがとう。さようなら。』

(・・きっ!!待ってくれ!行かないで!!)

必死に手を伸ばすが、身体は動かず声も出ない。ただただ、胸が張り裂けるように辛かった。





「うっ・・。・・き?・さき!!」

雅也は布団を握りしめ苦悩の表情を浮かべた。美咲の瞳からは涙が溢れた。

「まさや・・さん。ごめんなさいっ!!」

雅也の大きくて温かな手を握り締めた。
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