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手放した幸せ

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長嶺が生家を訪ねる前日の夕方、この日も美咲は定時で仕事を切り上げ駐車場へ向かった。
ちょうど駐車場の入口に黒塗のリムジンが停まっていた。
美咲が近付くと、後部座席から一人の男性が降り立ち美咲に向かって頭を下げた。

「大変失礼致します。如月美咲様ですね?」

「・・・・。そうですが、貴方は?」

「私、坂巻と申します。長嶺柊一様の秘書をしております。」

ってもしかして・・。)

思案していると坂巻はスッと目を細めた。

「お察しの通り、如月様がお付き合いされている長嶺雅也様のお父上で御座います。」

「・・・・・。」

「柊一様が如月様と折り入ってお話をしたいとのことで。大変不躾では御座いますが、お迎えにあがった次第でございます。」

「話し?」

「はい。屋敷までご同行頂けますか?」

「・・・・。私には拒否権は無い・・みたいですね?」

いつの間にか、美咲の後ろには2人の男性が控えていた。

「ええ。」

坂巻の言葉遣いは終始丁寧だが、美咲を見る目は蔑んだものだった。

(あぁ、何時もの視線だ・・。)

「解りました。お伺い致します。」

(本当は怖い。でも、いつまでも昴おじさんやキミコママに迷惑は掛けられない・・。)

「ありがとう御座います。お話が解る方で良かったです。こちらも、手荒な真似はしたく有りませんでしたので。」

坂巻が片手を挙げると、2人の男達は別の車へと乗り込んだ。

「さぁ、どうぞ?」

後部ドアを開けると美咲は車に乗り込む。
2台の車が静かに走り去っていく。その後ろ姿を見つめていたのは久堂だった。
ちょうど、営業先から帰ってきた所だった。
話し声が聞こえたので咄嗟に立ち聞きをしてしまった。

(長嶺の親?白鳳グループの会長か?そんな人が如月さんに話って一体何なんだろう?しかも、あまり良い話では無さそうだったけど。)

「・・・・・。」

久堂は踵を返して自分の車に乗り込む。

(確か、屋敷って言ってたよな?)

悪い予感しかしなかった。




一方、リムジンは長嶺邸の正面玄関へ静かに停まった。
坂巻がすかさず、ドアを開ける。

「如月様こちらです。」

案内されたのは応接室だ。

「旦那様、奥様、如月様をお連れしました。」

ソファーには年配の男性と派手な洋服や宝飾品を身に着けた女性が座っていた。

「ご苦労だったな。さぁ、如月さんも座って下さい。」

「・・。失礼します。それで?ご要件は?」

「そう急がなくても良いんじゃないのかね?」

「そうよ?ご一緒にティータイムでも如何?」

「・・・・。生憎その様な時間は有りませんので。」

「まぁ!!失礼なっ!」

「そうですか?我々も、貴女の様な人間と無駄な時間を過ごす暇は無いのでね?単刀直入に言おう。雅也と別れてくれ。」

「・・・・・。」

「勿論、ただでとは言わない。1億払おう。」

「あなた方は雅也さんの事大切に思ってるのですか?家族として必要としていますか?」

「当たり前だ。雅也は長嶺家の人間だ。君の様な人間にはもともと不釣り合いなんだよ。」

「・・・・・。1億では納得いかないと言ったら?」

「ふんっ。やっぱり金か?幾らなら良いんだ?」

長嶺夫妻は、見下した様な視線を向けた。

「・・。100億。」

「何ですって!!ふざけた事言わないで頂戴!!」

美咲の頬を思いっきり叩いた。それでも、美咲は怯むことなく逆に睨み返した。すると、もう一度美咲を叩く。
口の中が切れて血がパタパタと落ちる。それを手で拭った。

「おい、辞めないかっ!坂巻、妻を別の部屋に連れて行ってくれ。」

「かしこまりました。」

坂巻に連れられて行く時も何やら大声で叫んでいた。

「すまないね。大丈夫かな?」

「・・・・。えぇ。」

「100億払えば雅也と別れるのか?」

「はい。」

柊一はデスクに座ると引き出しから小切手を出した。

「これで良いかな?」

100億の小切手を放り投げた。美咲は一度柊一の顔をジッと見つめて、小切手を拾った。

「これで取引はおしまいだ!二度と長嶺家にも雅也にも近付くんじゃないっ!!薄汚い野良猫の分際で!坂巻っ!!お帰りだっ!」

坂巻が応接室へ再び入ってきた。

「では、如月様?こちらへ。」

坂巻が退出するように促すが美咲は小切手を見たまま微動だにしない。

「ふん。100億なんて数字も小切手も見たことが無いんだろう?さっさと私の前から消えろっ!不愉快極まりない!!」

美咲は顔を上げると柊一に近付く。座っていたデスクの前まで行くとさっき拾った小切手を柊一の目の前で破り捨てた。

「貴様・・何のつもりだっ?」

「お金なんてどうでもいい。あなた方にとって雅也さんは大事なんですね?私の様な人間に100億差し出しても取り返したい程。」

「・・・・・。」

柊一は反論する事なく美咲を睨み返した。

「帰ります。もう、二度と会う事は無いでしょう?」

「玄関までご案内します。」

「結構よ?」

玄関から外に出ると爽やかな風に乗って雨の匂いがした。
空を見上げると暗雲が空を覆いまさに雨が降ってこようとしていた。
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