アイスクリームシンドローム

Chiot

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act9:譲れない想い

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「……帰ります」

「ちょっ……!待ちなさい!!」

    呆れ顔のルチアーノが部屋から出て行こうとする。ただでさえ、エヴァルトと口喧嘩した後で不愉快なルチアーノだ。冗談を聞いていられる程の余裕はないのだろう。

「あの……、エマニュエルさん。デート争奪戦って……?」

    必死にルチアーノを制しているエマニュエルを見て、少し不憫に感じたヴェルディアナがとりあえず話を聞いてみるかと声をかける。
    すると、エマニュエルは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、ヴェルディアナの両肩を力強く掴んだ。よほど興奮しているのか、その力は女性のものとは思えないくらいに力強い。

「これ、何のチケットか知ってる?」

    上着のポケットから、2枚1組のチケットを取り出すエマニュエル。見るからに高価そうなそれを見た途端、周りの雰囲気がガラリと変わる。

「それって、今話題の豪華客船でのクルージングペアチケットじゃない。なかなか取れないって有名な」

    エヴァルトがエマニュエルの後ろに回り込み、まじまじとチケットを見る。エマニュエルの性格からして、強引な手で入手したのだろうかとヴェルディアナはチケットを見ながら考える。

「そ。で、これが賞品よ。これを今から屋敷のどこかに隠して、見つけ出せた人にこのチケットをあげる。一緒に行く相手は勝手に決めてちょうだい」

    エマニュエルの指に挟まれ、ユラユラと揺れているチケットに一同の視線が集まる。なるほど、だからデート争奪戦なのかとヴェルディアナは1人納得する。周りにいる面々も各々が想いを寄せている人を思い浮かべているに違いない。職業柄、デートなど滅多に出来ない一同からしてみれば、あのチケットはまさに想い人と距離を縮めるためのイベントフラグそのものに見えるのだ。

「あらら……、みんな目の色変わっちゃったよ」

「やる気になったみたいね」

    エマニュエルは悪戯っぽい笑みを浮かべると、早速チケットを隠しに部屋を後にした。

「エリアスさんと………クルージング……」

    想像してみると、その様は夢のようでヴェルディアナは赤面してしまう。久々に本気を出してしまおうかしら。

「あはは!いいねぇ、人間の欲深い目って。俺、結構好きだ」

「………本当、何で一瞬でも天使だったんだろうな。お前」

   愉快そうに宙を漂っているエヴァルトにルキアが言った。豪華客船には興味がないのか、はたまた論文に追われている現実のせいか、ルキアのテンションは上がらない。

「ルキア!絶対チケット取って来るから、待っててくれ」

「何吠えてんだよ、駄犬が」

「タレ耳は黙ってろ。つか、俺は犬じゃなくてワーウルフだっての!」

    バチバチと火花を飛ばすフェルディナントとイヴァン。猫系獣人とワーウルフのせいか、普段から仲はよくないのだが、想い人であるルキアが絡むとより一層酷い有様だ。渦中のルキアといえば、エヴァルトにつんつんと頬をつつかれているが、それに反応するのも億劫という感じだ。

「あれ?そういえば、あの屈折少年がいないけど」

「え……?」

    エヴァルトに言われ、辺りを見渡す。確かに先程までいたはずのルチアーノの姿はない。気が乗らずに呆れて帰ってしまったのだろうか。

「……チケット探すなら、早くした方がいいぞ。あいつ、シャナ絡みだと不正でも何でも正当化する奴だから」

    つまり、フライングしてチケットを探しに行ったという事か。「あの野郎!」っと慌てて、部屋から飛び出すフェルディナントとイヴァン。さすが獣人。その素早さは異常である。

「ヴェルディアナも行っておいでよ。ルキアは俺がちゃんと見てるからさ」

「エヴァルトくん、ありがとう。ルキアちゃんをよろしくね」

「いってらっしゃ〜い」

    ヒラヒラと手を振るエヴァルトに見送られながら、ヴェルディアナも部屋を飛び出した。
________________

    エマニュエルがチケットを隠すなら、どこに隠すだろうか。悪戯好きなエマニュエルの性格からして、在り来たりな場所に隠しはしないはず……。考えを巡らせつつ、ヴェルディアナはとりあえず走っていた。

「あ、バジルくん!」

    不意に前を歩いていたバジルに気付き、ヴェルディアナは声をかける。

「ヴェルディアナさん、どうかしたんですか?」

「あの、エマニュエルさんを見てないかなって」

「メイド長?朝、会ってからは見てないですけど」

「そう。ありがとう!」

   ヴェルディアナはバジルに軽く頭を下げると、再び走り出した。背後からは「走るなら、前見てくださいね!!」とバジルの声が聞こえてきた。

「わっ!?」

「っと………」

⿴⿻⿸チケット探しに夢中になっていたせいで、危うく開いたドアとぶつかりそうになった。

「ヴェルディアナか。すまない、大丈夫か?」

「エ、エリアスさん……!」

⿴⿻⿸「だ、だだだ大丈夫です!!」。動揺しまくりのヴェルディアナの返しにエリアスは「本当に大丈夫か?」と顔を覗き込む。近い……!

「そういえば、エマニュエルの奴も慌ただしそうにしていたが……」

「エマニュエルさん、どっちに行きました!?」

「ん?あぁ、あいつなら庭園の方に走って行ったぞ」

⿴⿻⿸庭園か。ヴェルディアナはエリアスに早口に「ありがとうございます!」と言うと、踵を返し、庭園へと急いだ。

「はぁ……はぁ……!」

⿴⿻⿸こんなに走ったのは久々だ。乱れる息を何とか整え、ヴェルディアナは早速庭園を捜索し始める。

「あ、あった……!」

⿴⿻⿸そこで茂みの中から小さな木箱を見つける。あっさり見つかった事に少し違和感を覚え、ヴェルディアナは半信半疑その木箱を開けた。すると、中にはエマニュエルの字で"ハズレ"と書かれた紙が入っていた。……やっぱり。

「待て、クソ犬!!」

「犬じゃねぇーっての!!」

⿴⿻⿸屋敷からは獣人組の叫び声が聞こえてくる。どうやら、2人はまだ見つけていないらしい。

「ルチアーノくんはどこに行ったのかしら」

⿴⿻⿸参加者の中で屋敷の中を熟知しているのは、ルチアーノだろう。そのルチアーノに会っていないという事は、見当違いな場所を探している可能性もある。

「お〜い、ヴェルディアナ」

⿴⿻⿸ヴェルディアナが考え込んでいると、そこにエヴァルトがやって来る。何だと目を向ければ、エヴァルトの手には1枚の紙が握られていた。

「エヴァルトくん?ルキアちゃんは……」

「そのルキアから頼まれたんだ。はい、これ」

⿴⿻⿸スッと差し出された紙を受け取るヴェルディアナ。二つ折にされた紙を開けば、そこには屋敷の簡単な地図が描かれており、何ヶ所かに赤い丸がしてある。

「ルキアがめぼしい場所にチェックしといたって。屈折少年が先回りしてるかもだから、早く行った方がいいよ」

「あ……、ありがとう!」

「ルキアに言っとくよ。じゃあね」

⿴⿻⿸エヴァルトはひらひらと手を降ると、黒い片翼を羽ばたかせ、ルキアの元へと飛んで行った。ヴェルディアナは心の中でルキアにありがとうと呟くと、紙を片手に走り出した。
________________
⿴⿻⿸ルキアの紙を頼りにヴェルディアナはめぼしい場所を次々と当たって行った。が、そこには庭園に置いてあったハズレ箱があるだけで、肝心のチケットは見渡らない。

「最後はここ……」

⿴⿻⿸ヴェルディアナの目の前にはエリアスの部屋のドアがあった。確かにエマニュエルはエリアスと仲がいい。部屋に侵入して、チケットを隠すくらい造作もないだろう。

「……よし」

⿴⿻⿸ごめんなさい、エリアスさん。ヴェルディアナは意を決して、エリアスの部屋のドアノブに手を掛けた。

「お邪魔します……」

⿴⿻⿸幸い、エリアスは部屋にはいなかった。ヴェルディアナはゆっくりと後ろ手にドアを閉めると、早速チケットを探し始めた。

「やっぱり、ここですか」

⿴⿻⿸それと同時にドアが勢いよく開き、ヴェルディアナがギョッと目を見開く。

「ルチアーノくん!?」

「ヴェルディアナさん……。ッチ、あの馬鹿の仕業か」

⿴⿻⿸忌々しいと言わんばかりの舌打ちにルチアーノがどれだけ真剣なのかが、伺える。ヴェルディアナはキッと目つきを鋭くすると、「負けないから」と一言添え、作業に戻った。

「上等ですよ」

⿴⿻⿸ルチアーノは不敵な笑みを浮かべ、ヴェルディアナに倣い、チケットを探し始めた。
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