2 / 16
第1話 夢のままの姿を想ふ
しおりを挟む合奏部屋として使っている食堂で、地べたにあぐらをかきながら昼食休憩を摂っていた宮中を含めた2年男子。
2年男子と言っても、女子が圧倒的に多い吹奏楽部では片手で数えられるほどしかいない。特に女子を敵対視しているわけでもなく、ただ少ない男子たちといる方がなんとなく楽であるから一緒にいるだけである。
今日も他愛のないくだらない話をああだこうだと話していたら、後ろから女子の興奮冷めやらぬ声が聞こえてきた。
「藤代先輩って本当にかっこいいよね~」
「あそこまで完璧なのって漫画の世界かよって感じだよね」
「わかる。私なんか喋る時、緊張しすぎて声が震えちゃうもん」
別にこの会話を聞いたのは初めてじゃない。部活外でも関係なく何度も聞いてきた話題である。今までは男子でも藤代の評判は良く、藤代がかっこいいという事実は当たり前であったため日常の一部としてスルーしていた。
しかし、今日はなぜか男子の中の一人が気分でその話題に乗っかって話し出した。
「なぁ、藤代先輩って完璧完璧言われてるけど、何かしら欠点とかマジでないの?」
いつもおちゃらけてるパーカッションの男子がニヤニヤしながら、他の男子たちに話を振る。
「おい、田中つまんねぇ話題出すなよ。そんなんでニヤニヤするお前が小物すぎて呆れるわ」
真剣に聞いてるというより、冗談交じりなしょうもない話題に一人が苦笑いしながら諭さとす。他のみんなも呆れて失笑する。
「いやいや、羨ましすぎて嘆きたくもなるじゃん! 容姿端麗、成績優秀でおまけに楽器も上手い。そんなことある?特殊な性癖でもなきゃ、バランス取れないって」
「ハハッ、どんなバランスだよ」
どんどん流暢に冗談を飛ばす田中に、傍観していた宮中は思わず吹き出してしまう。
「ま、確かに誰にでも優しいし友達もいっぱいいるし、人格者でもあるからな」
「それに比べて田中は……」
「俺はこういう陽気でアホそうなところが好きだよ」
「慰めてる?貶されてる?」
ちょっと面白くなってきて、やんややんやと盛り上がる。楽しい様子をパンを貪りながら聞いていると、食堂の入り口の扉が開いて誰かが入ってきた。
ちらっと視線だけ入り口に向けると、部活の幹部ミーティングから帰ってきた先輩らがコンビニの袋を持ちながら談笑していた。
「わお、実物見ると本当にかっけえわ」
本人に聞こえないように、小さな声で誰か一人が再確認でもするかのように呟いた。
「……そうだね」
宮中はその呟きに反射的にぼうっとした表情で答える。今の今までふざけながら話していた宮中たち男子2年は、幹部らが近くを通り過ぎると同時に急に静かにしだした。悪口を言っていたわけでもないが、先輩を話題にしていたためかばつが悪くなりみんな押し黙る。
大抵、相手側はそんなに気づいてない。気にしているのはこちら側だけなのである。
もう完全に通り過ぎるかなという時に、顔を少し上に上げた宮中。
「ぇ……」
もう誰もいない、こちらなんて見ていないと思っていたら不意を突かれた。藤代がこちらを見ていたのだ。目の焦点は宮中に合っていた。その目は怒っているように取れるし、何も考えていないようにも取れた。できれば後者であってくれ、そう瞬時に思うほど見たこともない表情をしていた。怖いというか、どうしてそんな顔をしているのかが皆目見当がつかないことに居心地の悪さを感じた。早く他のみんなに共有したくて堪らなく、周りを見回すが宮中に向けられたその目に、気づいているのは宮中自身だけだった。この意味の分からない体験をどうやって説明して、どのように完結すればいいのか分からない。ただ、宮中の額に冷や汗が残されたままでその記憶は途切れた。
「ひぇっ……!」
息と混ざった声が自室に情けなく響いた。夢を見た後に起こりがちな、現実との区別がつかない時間がしばらく流れた。夢だったと安堵するが、あの本当に起きた出来事をリアルに思い出してしまった。この前のメッセージの件も同時に思い出し、ため息をつく。
――――全部悪夢だ、いやがらせだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
神様のボートの上で
shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください”
(紹介文)
男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!
(あらすじ)
ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう
ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく
進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”
クラス委員長の”山口未明”
クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”
自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。
そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた
”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?”
”だとすればその目的とは一体何なのか?”
多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる