10 / 12
第10話:幼女転機
しおりを挟む「さあ勇者、案内するのじゃ。早くせんと役人が来てしまうぞ」
床に座り込んでいる勇者に、魔王が言う。
勇者は首を傾げた。
「案内って、どこに?」
「決まっておろう。おぬしら詐欺グループのアジトじゃ」
また勝手に危険な所に行こうとしている魔王を非難する。
「ええー!? 魔王、敵グループのアジトに突するの!?」
魔王は、眉を上げて返した。
「当たり前じゃ! ワシの許しを得ず悪事を働くなど、許せるはずがないからな!」
それって、悪事を働くのがダメなんじゃなくて、魔王の許しを得ていないのがダメってことだよね?
「じゃあ、魔王の許しを得たら、悪事を働いてもいいの?」
「それは構わん」
「なんで?」
魔王は両手を腰に当て、鼻で一息吹いて言った。
「悪事を統べるのが、魔王じゃからな!」
偉そうな態度でそう言う魔王だが、幼い女の子が粋がってるだけのようにしか見えない。
「ふーん。そんなもんなんだ」
粋がってるとか言ったら、きっと魔王は怒るので、言わないでおいてあげる。
「勇者よ、立て! このままここにいれば役人に捕まるだけじゃぞ!」
ビシッと小さな指で勇者を差しながら、偉そうにそう言う魔王の姿を見て、僕は我が儘な貴族のお嬢様を連想してしまい、思わず笑ってしまいそうになった。
「私のアジトなんかには、行かない方がいいですよ……」
渋る勇者を、魔王が囃し立てる。
「何をグズグズしておる。どのみちここにいては役人に捕まるだけじゃ。店を出るぞ!」
勇者は渋々立ち上がり、魔王と共に店を出て行った。
一緒に行くなんて一言も言ってないけど、僕も行くことが確定してるんだろうな……。
外から魔王の声が聞こえる。
「テュエよ、何をしておる! 行くぞ!」
はいはい、行きますよ。
「あーあ、バイト代貰いそびれたじゃん」
僕はそう呟いて、店を後にした。
僕たち一行はまた、森へと入った。
勇者のアジトは森の中にあるらしい。
この前森の中でスマホを見ながら歩いていたら魔王に注意されたけど、今その魔王がスマホを凝視しながら歩いているので、お返しに注意してあげる。
「魔王、スマホ見ながら歩いたら危ないよ」
魔王は聞いているのかいないのか、返事せずにスマホをイジり続けた。
「あのー、ちょっといいですか?」
勇者が僕に話しかけてくる。
「ん、何?」
「あの子供を魔王って呼んでいるのは、一体なぜなんですか?」
「なぜって……この人が、自分は魔王だって言ってるし……」
僕の返答に、勇者は首を傾げた。
「この小さなお嬢さんが、魔王に見えるのですか?」
もっともな意見だ。
僕も魔王の正体を知っていなければ、こんな小さな女の子が魔王だなんて絶対信じない。
勇者は続けた。
「魔王は、私が中年オヤジの姿に変えたはずですので、こんなに可愛らしい姿ではありませんよ」
思いがけないところで、魔王の言っていたことが本当だと証明された。
「魔王はオジサンの姿だったよ。今の魔王の姿は、僕の魔法で変化させたものだもん。ね、魔王!」
そう言うと、魔王はスマホを凝視しながら怒鳴った。
「今話しかけるなっ! あとちょっとで、バクシンオーの温泉が見れそうなんじゃ! ああ、最後のレースで負けおった! これで目覚まし時計もう使えんではないか!」
僕は怪訝に魔王を見た。
「魔王、あんまりそれ口にしないで。色々面倒だから」
勇者がさらに質問をする。
「さっきからそれは何をしているのですか?」
僕は溜め息を吐き、勇者に答える。
「それも聞かないで。色々面倒だから」
勇者にこの魔王のゲームのことを説明しようとしたら、スマホのことだけじゃなくて、転生前の世界から説明しなければいけない。
さすがにそれはしんどい。
僕は話を変えることにした。
「それよりも、アジトはまだ先なの?」
そう聞くと、勇者は首を横に振った。
「いえ、すぐそこですよ」
「あっ、そうなんだ。案外近かったね」
「ええ……」
勇者はそう返事すると、少し黙ってから切り出した。
「あの、無理を承知でお願いしますが、私をここに残してもらうことなんて、できないでしょうか?」
なんとも厚かましい要望だろう。
この人は自分が詐欺で僕から高額な金を騙し取ろうとしたことを忘れたのだろうか。
僕は勇者を睨み、答えた。
「はぁ? そんなことできる訳ないよね」
勇者は残念そうに俯き、肩を落とす。
そして、聞いてもいない身の上話を語りだした。
「実は、私の昔からの仲間に女戦士がいるのですが、私はずっと女戦士に騙されてきました。魔王を討伐すると民衆から崇められ、幸せに暮らせると私に言ったのも女戦士ですし、国王様から賜った魔王討伐の恩賞を一人占めしたのも女戦士ですし、生活苦で能力屋に能力を売って金を手に入れる方法を私に教えたのも女戦士なのです。そして女戦士は、私に詐欺のやり方を教えてくれました。……いや、詐欺をして稼いだ金で、詐欺のやり方を教えた授業料を払えと私に迫ってきました」
僕は黙って勇者の語りを聞いた。
勇者が極悪な性格ではないことは何となく分かる。
詐欺にしろ、裏で勇者を操っている人がいそうだとは思っていた。
まあ、だからといって勇者の詐欺が許される訳じゃないけど。
僕は勇者の語りを黙って聞き続けた。
「女戦士は、私が能力屋で売った能力を、自分が強くなる為に買っています。今では戦士なのに魔法力も桁外れにあり、おそらく人間の能力を限界まで極めた状態にあります」
なるほど。
この勇者は、女戦士にいいように使われて、挙げ句の果て、能力まで女戦士に奪われてしまったという訳か。
勇者は、僕と魔王を交互に見て言った。
「あなたたちがどれほど強いか分かりませんが、女戦士には勝てないでしょう。殺されると分かっていても行きますか?」
いや、僕は殺される殺されない以前の問題として、別に行きたい理由が一つもないのだけれども……。
魔王を見ると、やっとスマホゲームに肩がついたようで、スマホをポケットに入れながら勇者に向かって言った。
「勇者よ。おぬしはそうやって逃げて、また繰り返しその女戦士とやらの奴隷として生きていくのか?」
「奴隷ですって!?」
勇者が魔王を睨む。
魔王は不敵に笑った。
「奴隷ではないか。女戦士の言うとおりにやって、今のおぬしは幸せなのか? これから先、幸せになれるのか?」
勇者は悔しそうに反論する。
「……幸せになるとか、どうでもいい。だけど、女戦士の言うとおりにやらないと、殺されるんです」
勇者の情けない言葉に、魔王は檄を飛ばした。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」
まーた言ってる、このヲタ魔王。
そろそろ本気で他方から怒られかねないから、マジでやめてほしい。
魔王は僕のジト目を無視し、続けた。
「やはりおぬしは奴隷じゃ。おぬしが行動する度に私腹を肥やしている者が誰なのか、おぬしは考えたことがあるのか?」
勇者は、ハッとした顔で魔王を見つめた。
言い返す言葉は無いらしい。
その様子を見て、魔王は眉を下げた。
「女戦士に勝って、おぬしは自由になるといい」
魔王の言葉が胸に刺さったのか、勇者は膝を地面につけ、急に泣き出した。
その様子を見た魔王は、優しい顔で溜め息を吐き、少し休もうと僕にアイコンタクトを送ってきた。
うん、いい話だったような気がする……。
しかし、全く感動できないのは、僕の感性が悪い訳じゃないはずだ。
だって、なんだこれ。
大の大人が、幼女に泣かされているこの奇妙な光景は。
魔王の姿、もう少しだけ大人にすれば良かったかな……。
ほんのちょっぴり、魔王のビジュアルを後悔する僕だった……。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく
異世界転生してみたら知ってる名前の奴がいた。
春待ち木陰
ファンタジー
この世界の人類は全て前世を持っていた。
俺の名前はスズキリョウスケ・ベイカー。12歳。そして、ついこないだ7歳になったばかりの妹の名前はオダノブナガ・ベイカーだ。どうも妹の前世は「あの織田信長」なようだが、前世と今世はイコールじゃないし、今世は前世の続きでもない。信長は可愛い妹だ。節々で「織田信長」の片鱗を見せ始める妹だったが俺はどうにか可愛い妹のままでいてほしいと願っていた。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
【完結】ちょっぴり身長が高い女の子が望むのは、恋愛なんだけど相手が居ない!(自作品のクロスオーバーです。)
アノマロカリス
ファンタジー
ちょっぴり身長の高い女の子のグロリアの身長は196㎝…
それってちょっぴりなのか⁉
グロリアはそう言っているが、周りからは【壁女】とか【要塞】と呼ばれている。
何故そんな呼ばれ方をしているかというと、グロリアのジョブの特性から来る物だった。
グロリアのジョブは【アリスガーディアン】
【アリス】と呼ばれるジョブは、想像力を具現化して戦えるというものだ。
そしてグロリアの具現化能力は、主に兵器であり…戦場に出ると彼女がいれば自軍は負け知らずだった。
だがグロリアは、そんな恋愛には向かない能力を気に入ってはいなかった。
どうせだったら、魔法を生み出して攻撃出来る能力が欲しかった。
だけど、これは諦めるしかないけど…身長が低くなれば世間の見方も変わる筈?
そんな時に彼女が目にしたある新聞記事が彼女に希望を与えた。
「今度の王国主催の武道大会で優勝をして、優勝者に送られる神の恩恵を手に入れて小さくなったら…誰からも見向きのされる女の子になれる!」
グロリアは燃えだしてから武道大会に参加する事になる。
だが、グロリアの需要を考えると…所属している騎士団からはグロリアの優勝を阻止すべく動き出した。
何故なら現在の身長で兵器を操るグロリアだからこそ、相手を怯ませるのであり…需要が高いからだ。
グロリアの容姿は…普通サイズなら間違いなく男にモテる。
顔は美人でスタイルは良く…気立てが良くて、誰にでも優しい。
だが、身長が高すぎてそれが敬遠される原因になっている。
何故グロリアはそんなに身長が高いのか?
それは両親からの遺伝であるからだ!
グロリアの父親は巨人族、母親はラミア族だった。(どうやって子供を作ったのかは詮索しない様に…)
グロリアの両親は種族間戦争で戦場でお互い出会い、一目惚れをしてから2人で戦場を放棄して結婚をした。
グロリアの身長は父親譲りで、容姿やスタイルは母親譲りだった。
そう…グロリアは人間ではなくてデミだったのだ。
そしてグロリアは、極度の興奮をするとラミア族に変化が出来る能力も兼ね揃えていた。
そんな彼女が望むのは、武道大会で優勝をして神の恩恵というアイテムで小さくなる事!
はたしてグロリアは無事に武道大会で優勝できるのか?
アノマロカリスワールドの新作です。
アノマロカリスの作品の登場人物が数名出て来ますよw
悪役令嬢は倒れない!~はめられて婚約破棄された私は、最後の最後で復讐を完遂する~
D
ファンタジー
「エリザベス、俺はお前との婚約を破棄する」
卒業式の後の舞踏会で、公爵令嬢の私は、婚約者の王子様から婚約を破棄されてしまう。
王子様は、浮気相手と一緒に、身に覚えのない私の悪行を次々と披露して、私を追い詰めていく。
こんな屈辱、生まれてはじめてだわ。
調子に乗り過ぎよ、あのバカ王子。
もう、許さない。私が、ただ無抵抗で、こんな屈辱的なことをされるわけがないじゃない。
そして、私の復讐が幕を開ける。
これは、王子と浮気相手の破滅への舞踏会なのだから……
短編です。
※小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。
転生発明家は異世界で魔道具師となり自由気ままに暮らす~異世界生活改革浪漫譚~
夜夢
ファンタジー
数々の発明品を世に生み出し、現代日本で大往生を迎えた主人公は神の計らいで地球とは違う異世界での第二の人生を送る事になった。
しかし、その世界は現代日本では有り得ない位文明が発達しておらず、また凶悪な魔物や犯罪者が蔓延る危険な世界であった。
そんな場所に転生した主人公はあまりの不便さに嘆き悲しみ、自らの蓄えてきた知識をどうにかこの世界でも生かせないかと孤軍奮闘する。
これは現代日本から転生した発明家の異世界改革物語である。
恐怖心で現状維持をした結果~妹からもパーティーからも捨てられて~
来佳
ファンタジー
ある日、飲むと強くなるという不思議な薬を売る商人がラウルの住む街『ウェイン』にやってきた。
最初はだれも買わなかったが、一人が飲み始めると爆発的に飲む人間が増えていき、ついにはラウルのパーティーの仲間たちまで飲み始めてしまう。
そんな中、ラウルはなんとなくの薬への忌避感と現状からはなれることへの恐怖感から飲むことを拒み続けた結果......。
公爵閣下のご息女は、華麗に変身する
下菊みこと
ファンタジー
公爵家に突然引き取られた少女が幸せになるだけ。ただのほのぼの。
ニノンは孤児院の前に捨てられていた孤児。服にニノンと刺繍が施されていたので、ニノンと呼ばれ育てられる。そんな彼女の前に突然父が現れて…。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる