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魔法大会

第四七話:予選8

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 校門をくぐり、学園の外へ一歩出ると、壱組と弍組の生徒が大勢いた。皆、こちらを警戒して睨んでいる。
 完全に俺たちはヒールだ。

「正々堂々の勝負ってことは、ウチと一対一の勝負ってことでええんやな?」

 俺たちに正対し、関西弁女は腕を組んで言った。

「ああ」

 そう返事すると、関西弁女は俺の隣にいる親父を睨んだ。

「おっと。言っとくけど、今は魔法大会やで。当たり前やけど魔法だけの勝負や。まさか、体術を使って勝とうとか思っとらんよな?」

 親父の代わりに、俺が返事する。

「ああ、分かってる」

 そう返事はしたものの、額から汗が流れる。
 一晩中体と魔法を酷使し続けた親父を闘わせるつもりはなかったが、関西弁女の言葉で、アイの体術が使えなくなってしまった。
 そして元々魔法ではなく神通力を使う女神のサクヤ様を戦わせるのは反則だろう。
 俺以外の全員がダメ。
 ここは、俺が闘う他ない。

「俺が相手になる」

 俺がそう言うと、即座にアイが声を出す。

「お兄ちゃん、私がやるよ!」

 俺は首を横に振った。

「いや。体術を抜いて、単純に魔法だけの勝負なら、アイより俺の方が可能性が高い」

「そんなこと……」

 言い返そうとするアイの口の前に掌を突きつけ、抑止する。
 今まで見たところ、この関西弁女は、かなりの魔法上級者だと窺える。
 魔法玉で得た氷の魔法以外ロクに覚えることができなかったアイが、まず勝てる相手ではない。
 それならば、魔法玉以外の魔法も一通り覚えることができた俺の方がアイよりマシだ。
 ……まぁ、実戦で使うには心許ない魔法ではあるが。

 関西弁女は意外そうな顔をした。

「へえ……あんたがやるんか」

「ああ」

「そんなら、勝負といこかっ!」

 そう言った直後、関西弁女は火の玉を投げてきた。
 ゴングなどない。試合はいきなり始まった。

 火の玉は時速80キロといったところか。
 俺は難なく火の玉をかわす。

「おっ、案外目は良いようやな。なら、これはどうや!」

 そう言って、今度は野球のピッチャーのように振りかぶって火の玉を投げる。
 火の玉は俺に当たらない軌道だったが、途中でいきなり俺の方に曲がって飛んできた。

「スライダー!?」

 間一髪のところで、火の玉をかわす。

 危ないところだった。あんなの食らったら文字通り死球だ。
 関西弁女は、β世界で生まれたらそれなりに活躍するピッチャーになれたかもしれない。

「まだまだ行くで! うおりゃあああ!」

 今度は連発で火の玉を投げてきた。

「ヤバッ!」

 かわしきるのは無理だと判断し、俺は慌てて氷の魔法で自分の前に壁を作った。
 火の玉が一斉に氷の壁に当たり、轟音が響く。
 凄まじい振動と地鳴りを感じた直後、俺の体は吹き飛んだ。

「う、うう……」

 一瞬意識が飛び、気づくと俺は上半身裸になっていた。どうやら服が燃えてしまったらしい。
 そして体中から火傷を感じた。

「ヤワい氷の壁やなあ。下は燃えんよう配慮したったで。感謝しーや」

 関西弁女はそう言ってけらけら笑った。
 俺はふらつきながら立ち上がり、睨んで返事する。

「ああ……そうかい。そいつは、どうも……」

 俺は右手を関西弁女にかざし、火の玉を放つ。
 俺の火の玉は時速40キロといったところだ。 

「なんやこれ。いくらなんでも遅すぎや。こんなん当たるアホおらんやろ」

 関西弁女が簡単に火の玉をかわす。
 確かに、こんなスピードに当たる馬鹿はいない。
 俺もそう思う。
 俺はこの遅いスピードの火の玉を連発した。

「遅い遅い。こんなん絶対当たらんで」

 関西弁女は、次々に俺の火の玉をかわしていく。

 俺は右手で火の玉を放ち続け、左手でズボンのポケットに入れていたトランシーバーを取り出した。

「親父、奴の後ろに回って立ってくれ」

 すぐさま、トランシーバーから「了解」の返答がくる。

「アホの一つ覚えじゃウチには絶対勝てへんで! うおりゃああ!」

 関西弁女は、俺の火の玉をかわしながら、氷の刃を無数に飛び散らして反撃してきた。

 俺は瞬時に攻撃をやめ、腕を鉄の魔法で固めて両腕で顔をガードする姿勢で氷の刃を受け止める態勢をとる。

──ズザザザザッ──

「うぐぐぐ……」

 腕を鉄化させたといっても、中途半端な俺の魔法だ。
 たいした硬度はない。
 氷の刃が無数に俺の腕に突き刺さり、激痛が走る。

「今の魔法、鉄の魔法かいな。あんたの魔法、中途半端なんばっかしやな」

 関西弁女がそう言った直後、俺は関西弁女の後ろに立つ親父が見え、勝ちを確信した。
 そして、痛みを耐えながら関西弁女に笑みを浮かべる。

「……おい。さっき、下は燃えないように配慮したとか言ったな?」

 不気味に笑いながら訳の分からないことを言われ、戸惑う関西弁女。

「は? なんやあんた気持ち悪いな」

 腕に突き刺さった氷の刃を取り除くと、血が一斉に吹き出たが、俺は構わず続けて言った。

「俺が丸裸になるとか気にせず、下も燃やしてれば勝てたのにな、お前……」

 ズボンまで燃やされいたら、ポケットに入れてあるトランシーバーも使い物にならなくなっていただろう。
 そうなれば、俺はこっそり親父に連絡する手段は無かった。

「食らえ!」

 俺はそう言って、魔力吸引の魔法を使った。

 関西弁女にではない。
 関西弁女の後ろに立っている親父に魔力吸引の魔法を使ったのだ。

「俺の勝ちだ!」

 俺がそう言った直後、親父の体から噴出した黒いモヤは、俺の方向に飛んでくる途中にいる、関西弁女の体に入っていった。
 黒いモヤが入った瞬間、関西弁女の体は大きくビクつき、その後僅かな痙攣を引き起こし続けている。

「な、なんや……これ……」

「俺は魔力吸引の魔法が使えるんだ。お前の後ろにいる親父の魔力を吸引して、お前の体に入れたのさ。親父は昨晩ずっと回復魔法を使って、かなりの魔法力が溜まっていた。その魔力がお前の体に入ったんだ。お前はもう、魔法は使えない」

「なん……やと……そんな魔法、聞いたことない……」

「レアな……希少な魔法らしいぞ。東京……じゃなくて、江戸の町の雑貨屋の魔法玉で手に入れた」

「そんな魔法があるんか……」

「あるんだよ。……お前はもう魔法を使えない。魔法対決なんだから、お前の負けだ」

 そう告げると、関西弁女の体は、痙攣とは明らかに異色に震えた。

「そんなこと……納得できるかっ!」

 関西弁女の掌から炎が噴出する。

「お、おい!」

 止めに入るが、聞く耳を持っていない。

「正々堂々って言ってたやろ!」

 関西弁女の言うことは、間違っていない。
 親父の魔力を使ったという点を考慮すれば、これは純粋な魔法対決ではないのかもしれない。
 しかし、俺も魔法しか使っていない。
 これが魔法対決のルール違反だと言うなら、魔法対決は単純な攻撃魔法の技量勝負ということになってしまう。
 もし技量勝負なのだと言うなら、わざわざ痛い思いをして相手と対峙する必要なんてないじゃないか。

「正々堂々と勝負しただろ! 俺は魔法しか使ってねえ!」

「うっさいねん! こんな勝負、認めるかあ!」

 関西弁女はさらに力を込め、掌の炎を大きくする。

「おい、馬鹿、やめろ! それ以上魔法を使ったら……」

「うっさいうっさいうっさい! あんたみたいな中途半端な魔法しか使えない奴に、ウチが負けるなんて絶対にあっ……」

 女は台詞の途中で、一瞬体を震わせたかと思うと、掌から噴出していた炎は消え、うなだれるように倒れた。
 しかしすぐ立ち上がり、体を紫色に光らせながら少しずつ体が宙に浮いていく。
 首が据わってない赤子のように顔面を傾け、その目は生気を失ったかのように白目をむいていた。

「ま、ま、魔人だあああ」

 周囲の壱組と弍組の者が急に騒ぎだす。

 なっ!?
 あれが魔人か!
 やっちまった!

 俺は、過去にサクヤ様から聞いた、魔人の憐れな末路を思い出した。
 魔人は、すぐに軍隊や街の討伐隊によって駆除される……。

 サクヤ様の言葉を思い出し、俺は体が震えた。
 こんなの、俺が殺したのと何も変わらないじゃないか!

「あの子に魔力吸引をやって! 早く!」

 サクヤ様が叫んだ。

 そうか!
 俺があいつの魔力を吸引すれば……。

 一瞬、自分が魔人になってしまうのではないかと考えが頭をよぎる。

 ──いいや。構うもんか。罪のない人を殺して生きていくよりマシだ!

 俺は関西弁女に向けて、全力で魔力吸引の魔法を使った。

 大きな黒いモヤが関西弁女から抜け、俺の体に入ってくる。

 黒いモヤが体に入った瞬間、まるでジェットコースターの急降下をした時のようなGを感じ、その次の瞬間、後頭部を思いっきり殴られたような感覚で意識が飛びそうになる。

「ぐあああッ!」

「大丈夫よ!」

 サクヤ様はそう言って、俺の首に自分の羽衣を掛けた。
 その瞬間、飛んでいきそうになった意識が線一本で繋がり、変わりに全力で走った直後のような疲労感が身体中を襲う。

「はあ……はあ……」

 しんどいが、まだ意識はある。俺は魔人にはなっていない。

 息切れと目眩の中、なんとか関西弁女を見ると、女はキョトンと座り、何が起こったのか詮索するように周囲を見回していた。

 あっちも助かったようだ。
 よかっ……た……。

 安堵した瞬間、またもや意識が遠のき、俺はその場で気絶した。



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