上 下
40 / 62
魔法大会

第四十話:予選1

しおりを挟む
 次の日の早朝、俺はアイと二人で中之島に赴いた。

「壱組と弐組の人たちは、とびっきり前に学園を出たらしいけど、私たちはこんなに遅くてもいいの?」

 遅いといっても、時間にして午前7時くらいだが、壱組と弐組の生徒は、夜明け前より一斉に学園を飛び出して行ったらしい。
 
「いいんだよ、これくらいの時間でも」

 俺はそう返事して、呑気に欠伸をした。

 魔法学園のある宗右衛門町から中之島までは、徒歩30分程度で到着するが、ノロノロと歩き、学園から出て一時間程経過して中之島に到着した。

 「ここが、中之島か……」

 堂島川と土佐堀川に挟まれた形の中州である中之島は、β世界では市役所の他に国際会議場、国際美術館、科学館などがあり、近代的で文化的な土地であるが、ここα世界では、何も建物のないただの草原となっていた。

「おっ、やってるね!」

 アイが指差した方角には、浮遊する布切れに魔法で攻撃する、男二人組の学園の生徒がいた。
 その生徒の近くには、地べたに布切れが数枚置かれている。
 何匹か倒したのだろう。

「二人か……丁度いいな」

 俺はそう呟き、アイと目を合わせた。
 アイは心配そうな顔をして言う。

「ねえ、ホントにやるの?」

「やるよ」

「他の組の人を襲って、一反木綿を奪うなんて、私たちとびっきり悪い奴だよ?」

 ──そう。
 俺が提案した作戦は、他の組を襲って、一反木綿を手に入れるという作戦だ。
 他の組が倒した一反木綿を奪えば、一反木綿を探す手間が省けて、人数の少ない俺たちの組でも勝つ可能性がある。
 学園内での、喧嘩や抗争による魔法は規則で禁止されているが、ここはもう学園の外なので、規則の範囲外だ。

「勝てば官軍。大丈夫、批判は俺が全部引き受けるよ」

 俺はそう言って、右の拳の硬度を上げる魔法を使った。本当は鉄に変える魔法だが、まだ完全な鉄にできる程の技量はない。

 攻撃体制に入った俺を見て、観念したアイは深い溜め息を吐いた。

「……分かった。じゃあ、せめて絶対に優勝しよう!」

 そう言って、アイは氷の魔法を使い、氷のトンファーを作り出して両手に装備した。

「行くぞ!」

 そう言って走り出した俺に、アイが付いて来る。

 一反木綿と交戦中の生徒は、上空を見ているのでこちらには気付いていない。

 叫び声を上げながら鉄拳を食らわせてやりたいところだが、なるべく相手にバレないように実行しなければならない。

 無言で走りながら近づき、相手が俺の走る音に気付いて上空からこちらに視線を向けた時には、既に俺の鉄拳は相手の腹部に襲いかかっていた。
 
──ドゴッ──

 鈍い音が鳴り、殴った相手は呻き声を上げて前のめりに倒れていく。
 
 アイも無言で相手に近づき、体を捻らせて氷のトンファーを相手の腹部にぶつけた。

 アイに攻撃された相手が吹き飛んで倒れたことを確認した俺は、地べたに置いてある彼らが狩った一反木綿を奪う。

「アイ、ずらかるぞ!」

「う、うん!」

 そう合図して、俺たちは全力ダッシュで学園まで逃げ帰ったのだった。



 学園に帰り、奪った一反木綿を早速職員室に納品する。
 奪った一反木綿は、4匹だった。
 たった4匹だが、俺たち参組はこれで優勝する算段だ。

 職員室を出た俺とアイは、校門で待機しているサクヤ様と親父に声をかけた。

「一反木綿を持ち帰ったのは?」

 親父が答える。

「お前たち以外まだどの組も帰ってないぞ」

「そっか。なら、これから防衛戦だな」

 そう言って俺はニヤリと笑った。

「お兄ちゃん、今とびっきり悪い顔してるよ」

 いいんだよ。悪い顔で。
 この大会、俺は完全に悪役なんだから。
 
 俺とアイが早々と学園に戻ったのには、訳がある。

 他の組の納品しようとする一反木綿を全て焼き払う為だ。
 さっきみたいに、奪って納品するという手もあるが、それはさっきと違い、難易度が高い。
 ……というのも、俺とアイが中之島で他の組を襲撃したことによって、そういう手段があると他組に認知されたはずだ。それは、殴り合いのゴングが鳴ったことに等しい。
 今、中之島では壱組と弐組の一反木綿の奪い合いが発生しているはずだ。
 そして、その奪い合いに勝利した者が学園に戻ってくるのである。
 この奪い合いに勝ち残った者を倒して、一反木綿を奪うのは難易度が高すぎる。
 そんなことをせずとも、俺たちが勝つ方法がある。
 納品しようとする一反木綿を焼き払ってしまうことだ。
 奪うのと焼き払うのとでは、難易度がまるで違う。
 奪うためには相手を倒さなくてはいけないが、焼き払うのには不意討ちに火の魔法を一反木綿の死骸に浴びせるだけでいい。
 これは簡単にできるはずだ。
 そして、他の組が1匹も納品できなければ、既に4匹を納品した俺たち参組の優勝となるのだ。

 学園の校門前で待機すること約2時間。
 ついに、第一波の他の組の者が帰還した。
 相手は5人グループだ。
 相手の内一人が一反木綿を複数所持していることを確認した親父は、声をかけた。

「帰還ご苦労さん。悪いがその一反木綿、貰えねえか?」

 帰還した5人グループは、親父の言葉にすかさず警戒し、戦闘態勢に入る。

 俺とアイとサクヤ様が親父に近付き、5
対4のバトルが始まる……と、相手に思わせるところまでが、作戦の内である。
 親父が一反木綿を奪うようなセリフを言ったが、奪い合うつもりはない。
 あくまでも焼き払うのが俺たちの目的だ。

 相手5人が警戒する中、俺は左手を挙げた。
 魔法を打つ為の挙手ではない。
 これは合図の挙手だ。

 俺の合図により、どこからともなく飛んできた火の玉が、5人グループの内一人が所持する一反木綿を急襲した。

「うわ、熱っ!」

 火の玉は一反木綿に着火し、持っていた者は、勢いよく燃える一反木綿を投げ捨てた。
 彼からすれば、いきなり一反木綿が燃え出したように見えるだろう。
 
 実は俺たち4人の他に、参組の残りの3人が周辺に隠れ潜んでいるのである。
 火の玉は、その3人の誰かが、俺の合図の元に放った魔法だった。

 5人グループのリーダー格っぽい男が、激怒の形相で叫ぶ。

「き、貴様らァ~!」

 俺はリーダー格に睨んで言った。

「おい、騒ぐな。お前たちは自分たちの今の状況が分かってないようだな」

「今の状況だと?」

「そうだ。お前たちは壱組の者だろ?」

 あまり他の組の顔を覚えてはいない。
 5人グループが壱組か弐組か俺には分からないが、カマをかける意味も込めて言ってみる。

「ああ」

 リーダー格の答えは、肯定だった。
 つまり、こいつらは壱組だと知った上で、俺は続けた。

「壱組を蹴落とす為、参組は弐組と手を結んだんだ。この周辺には参組の他に、弐組の者も多く潜んでいる。お前たちは今、囲まれているんだぞ」

「なん……だと!? 弐組と参組が……」

 弐組と手を結んだなんてのは、もちろん嘘だ。
 この作戦は、参組全員で校門前を見張らなくてはならない。
 いらぬ戦闘で体力や魔法を使う訳にはいかないんだ。
 嘘っぱちの脅しで戦闘が回避できるなら、いくらでもやる。

「分かったらとっとと校舎に帰れ!」

 俺がそう叫ぶと、リーダー格は校舎には戻らず、踵を返して走り出した。

「他の奴に知らせてくる!」

 リーダー格は他の4人にそう言って、走り去る。
 残った4人は互いに顔を合わせ、仕方なく校舎へと戻って行った。
 俺は、走り去るリーダー格の男を見つめ、ほくそ笑んだ。

「せいぜい、沢山宣伝してくれよ」

 アイが苦笑いをする。

「お兄ちゃん、またとびっきり悪い顔してるね」

 周りを見ると、サクヤ様も親父も不満そうな顔をしている。

「作戦は予想どおりの展開になってるけど、あまりいい気分じゃないわね」

 サクヤ様はそう言って、溜め息を吐いた。

 ああ、そうですか。
 作戦がハマっていい気分なのは俺だけですか。
 そりゃ、正攻法じゃないし、相手から恨みは買うし、気分良く勝利とはいかない作戦だろうよ。
 でも、勝つ為には仕方ないだろ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...