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魔法大会

第四十話:予選1

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 次の日の早朝、俺はアイと二人で中之島に赴いた。

「壱組と弐組の人たちは、とびっきり前に学園を出たらしいけど、私たちはこんなに遅くてもいいの?」

 遅いといっても、時間にして午前7時くらいだが、壱組と弐組の生徒は、夜明け前より一斉に学園を飛び出して行ったらしい。
 
「いいんだよ、これくらいの時間でも」

 俺はそう返事して、呑気に欠伸をした。

 魔法学園のある宗右衛門町から中之島までは、徒歩30分程度で到着するが、ノロノロと歩き、学園から出て一時間程経過して中之島に到着した。

 「ここが、中之島か……」

 堂島川と土佐堀川に挟まれた形の中州である中之島は、β世界では市役所の他に国際会議場、国際美術館、科学館などがあり、近代的で文化的な土地であるが、ここα世界では、何も建物のないただの草原となっていた。

「おっ、やってるね!」

 アイが指差した方角には、浮遊する布切れに魔法で攻撃する、男二人組の学園の生徒がいた。
 その生徒の近くには、地べたに布切れが数枚置かれている。
 何匹か倒したのだろう。

「二人か……丁度いいな」

 俺はそう呟き、アイと目を合わせた。
 アイは心配そうな顔をして言う。

「ねえ、ホントにやるの?」

「やるよ」

「他の組の人を襲って、一反木綿を奪うなんて、私たちとびっきり悪い奴だよ?」

 ──そう。
 俺が提案した作戦は、他の組を襲って、一反木綿を手に入れるという作戦だ。
 他の組が倒した一反木綿を奪えば、一反木綿を探す手間が省けて、人数の少ない俺たちの組でも勝つ可能性がある。
 学園内での、喧嘩や抗争による魔法は規則で禁止されているが、ここはもう学園の外なので、規則の範囲外だ。

「勝てば官軍。大丈夫、批判は俺が全部引き受けるよ」

 俺はそう言って、右の拳の硬度を上げる魔法を使った。本当は鉄に変える魔法だが、まだ完全な鉄にできる程の技量はない。

 攻撃体制に入った俺を見て、観念したアイは深い溜め息を吐いた。

「……分かった。じゃあ、せめて絶対に優勝しよう!」

 そう言って、アイは氷の魔法を使い、氷のトンファーを作り出して両手に装備した。

「行くぞ!」

 そう言って走り出した俺に、アイが付いて来る。

 一反木綿と交戦中の生徒は、上空を見ているのでこちらには気付いていない。

 叫び声を上げながら鉄拳を食らわせてやりたいところだが、なるべく相手にバレないように実行しなければならない。

 無言で走りながら近づき、相手が俺の走る音に気付いて上空からこちらに視線を向けた時には、既に俺の鉄拳は相手の腹部に襲いかかっていた。
 
──ドゴッ──

 鈍い音が鳴り、殴った相手は呻き声を上げて前のめりに倒れていく。
 
 アイも無言で相手に近づき、体を捻らせて氷のトンファーを相手の腹部にぶつけた。

 アイに攻撃された相手が吹き飛んで倒れたことを確認した俺は、地べたに置いてある彼らが狩った一反木綿を奪う。

「アイ、ずらかるぞ!」

「う、うん!」

 そう合図して、俺たちは全力ダッシュで学園まで逃げ帰ったのだった。



 学園に帰り、奪った一反木綿を早速職員室に納品する。
 奪った一反木綿は、4匹だった。
 たった4匹だが、俺たち参組はこれで優勝する算段だ。

 職員室を出た俺とアイは、校門で待機しているサクヤ様と親父に声をかけた。

「一反木綿を持ち帰ったのは?」

 親父が答える。

「お前たち以外まだどの組も帰ってないぞ」

「そっか。なら、これから防衛戦だな」

 そう言って俺はニヤリと笑った。

「お兄ちゃん、今とびっきり悪い顔してるよ」

 いいんだよ。悪い顔で。
 この大会、俺は完全に悪役なんだから。
 
 俺とアイが早々と学園に戻ったのには、訳がある。

 他の組の納品しようとする一反木綿を全て焼き払う為だ。
 さっきみたいに、奪って納品するという手もあるが、それはさっきと違い、難易度が高い。
 ……というのも、俺とアイが中之島で他の組を襲撃したことによって、そういう手段があると他組に認知されたはずだ。それは、殴り合いのゴングが鳴ったことに等しい。
 今、中之島では壱組と弐組の一反木綿の奪い合いが発生しているはずだ。
 そして、その奪い合いに勝利した者が学園に戻ってくるのである。
 この奪い合いに勝ち残った者を倒して、一反木綿を奪うのは難易度が高すぎる。
 そんなことをせずとも、俺たちが勝つ方法がある。
 納品しようとする一反木綿を焼き払ってしまうことだ。
 奪うのと焼き払うのとでは、難易度がまるで違う。
 奪うためには相手を倒さなくてはいけないが、焼き払うのには不意討ちに火の魔法を一反木綿の死骸に浴びせるだけでいい。
 これは簡単にできるはずだ。
 そして、他の組が1匹も納品できなければ、既に4匹を納品した俺たち参組の優勝となるのだ。

 学園の校門前で待機すること約2時間。
 ついに、第一波の他の組の者が帰還した。
 相手は5人グループだ。
 相手の内一人が一反木綿を複数所持していることを確認した親父は、声をかけた。

「帰還ご苦労さん。悪いがその一反木綿、貰えねえか?」

 帰還した5人グループは、親父の言葉にすかさず警戒し、戦闘態勢に入る。

 俺とアイとサクヤ様が親父に近付き、5
対4のバトルが始まる……と、相手に思わせるところまでが、作戦の内である。
 親父が一反木綿を奪うようなセリフを言ったが、奪い合うつもりはない。
 あくまでも焼き払うのが俺たちの目的だ。

 相手5人が警戒する中、俺は左手を挙げた。
 魔法を打つ為の挙手ではない。
 これは合図の挙手だ。

 俺の合図により、どこからともなく飛んできた火の玉が、5人グループの内一人が所持する一反木綿を急襲した。

「うわ、熱っ!」

 火の玉は一反木綿に着火し、持っていた者は、勢いよく燃える一反木綿を投げ捨てた。
 彼からすれば、いきなり一反木綿が燃え出したように見えるだろう。
 
 実は俺たち4人の他に、参組の残りの3人が周辺に隠れ潜んでいるのである。
 火の玉は、その3人の誰かが、俺の合図の元に放った魔法だった。

 5人グループのリーダー格っぽい男が、激怒の形相で叫ぶ。

「き、貴様らァ~!」

 俺はリーダー格に睨んで言った。

「おい、騒ぐな。お前たちは自分たちの今の状況が分かってないようだな」

「今の状況だと?」

「そうだ。お前たちは壱組の者だろ?」

 あまり他の組の顔を覚えてはいない。
 5人グループが壱組か弐組か俺には分からないが、カマをかける意味も込めて言ってみる。

「ああ」

 リーダー格の答えは、肯定だった。
 つまり、こいつらは壱組だと知った上で、俺は続けた。

「壱組を蹴落とす為、参組は弐組と手を結んだんだ。この周辺には参組の他に、弐組の者も多く潜んでいる。お前たちは今、囲まれているんだぞ」

「なん……だと!? 弐組と参組が……」

 弐組と手を結んだなんてのは、もちろん嘘だ。
 この作戦は、参組全員で校門前を見張らなくてはならない。
 いらぬ戦闘で体力や魔法を使う訳にはいかないんだ。
 嘘っぱちの脅しで戦闘が回避できるなら、いくらでもやる。

「分かったらとっとと校舎に帰れ!」

 俺がそう叫ぶと、リーダー格は校舎には戻らず、踵を返して走り出した。

「他の奴に知らせてくる!」

 リーダー格は他の4人にそう言って、走り去る。
 残った4人は互いに顔を合わせ、仕方なく校舎へと戻って行った。
 俺は、走り去るリーダー格の男を見つめ、ほくそ笑んだ。

「せいぜい、沢山宣伝してくれよ」

 アイが苦笑いをする。

「お兄ちゃん、またとびっきり悪い顔してるね」

 周りを見ると、サクヤ様も親父も不満そうな顔をしている。

「作戦は予想どおりの展開になってるけど、あまりいい気分じゃないわね」

 サクヤ様はそう言って、溜め息を吐いた。

 ああ、そうですか。
 作戦がハマっていい気分なのは俺だけですか。
 そりゃ、正攻法じゃないし、相手から恨みは買うし、気分良く勝利とはいかない作戦だろうよ。
 でも、勝つ為には仕方ないだろ。



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