16 / 62
異なる歴史の二つの世界
第十六話:帰還
しおりを挟む
少年山賊の案内で、富士宮には昼過ぎに着いた。
鳥居をくぐり、湧玉池という所で、俺達は足を止めた。
少年山賊が馬上のサクヤ様を見上げる。
「着きましたけど、ここは見ての通り寂れてしまって何もありません。とりあえず平兼盛にでも習って、和歌でも詠みますか?」
サクヤ様は驚いて少年山賊を見た。
「その歳でよく平兼盛なんて知ってるわね!」
照れる少年山賊に、サクヤ様は続けた。
「だけど、そんな風流なことをする気分じゃないわ」
そう言って、足を怪我しているにもかかわらず、サクヤ様は馬を飛び降りた。
「危ない!」
俺は咄嗟に身を呈してサクヤ様を抱え込もうとしたが、サクヤ様はまるで重力がないかのように、ゆっくりと地上に降りてきた。
いや、正確には地上に降りてはいない。
サクヤ様の足をよく見ると、地面に着く寸前のところでふわふわと浮いていた。
「やっと、神通力が使えるわ」
そう言って、手のひらを湧玉池に向けて、力を込めた。
すると、湧玉池が一瞬光り輝いた。
「少年、名前は何て言うの?」
サクヤ様にそう聞かれた少年山賊は、目線を湧玉池からサクヤ様に向けて答えた。
「はい。テツと言います」
「そう。テツ、今までありがとう。今日一日だけ、湧玉池の水をお酒に変えたから、汲んで売りなさい」
テツは驚き、次に跪いた。
「卑しい亜人の私などに、勿体無いです!」
「やめなさい、そういう事を言うのは。決して、亜人は卑しくなんてない。人間の下でもないわ。今日はテツのお陰で本当に助かったんだから」
テツは体を震わせた。
よく見ると、涙を流している。
俺はテツに近づき、手を差し出した。
「テツ、ありがとう」
テツは俺の差し出した手を見つめ、首を傾げた。
「それは、何だ?」
何だとは何だ。
このタイミングで手を差し出したんだから、決まっているだろう。
「いや、握手だよ」
「あくしゅ?」
涙を拭いながら、オウム返しのようにテツが言うと、サクヤ様は笑った。
「ユウキ、握手ってのはね、明治初期にイギリスから伝わった文化なのよ。こっちの世界の日本はイギリスとの交流がないから、握手なんて文化はないわ」
そうだったのか……。
なら、教えるまでだ。
「俺達の世界では、友好の証に手を握り合わせるんだ」
そう言うと、テツは慌てて服で手を拭って、俺の手を握った。
テツの手の温もりが伝わり、俺が笑うと、テツは笑い返した。
「それじゃあ、私たちは行くわね」
サクヤ様はそう言って、全身に力を込めた。
すると、俺とサクヤ様の体が少しずつ地面に吸い込まれていく。
短い間だったけど、この世界にはずいぶん苦労させられた。
思い返せば、嫌な思い出ばかりだ。
だけど、最後にテツみたいな奴に会えて良かった。
「テツ、達者でな」
「兄ちゃんも、達者で!」
そう言った後、テツはサクヤ様に向かって頭を下げた。
その姿を見た次の瞬間、景色はブラックアウトし、俺は元の世界へ帰還したのだった。
鳥居をくぐり、湧玉池という所で、俺達は足を止めた。
少年山賊が馬上のサクヤ様を見上げる。
「着きましたけど、ここは見ての通り寂れてしまって何もありません。とりあえず平兼盛にでも習って、和歌でも詠みますか?」
サクヤ様は驚いて少年山賊を見た。
「その歳でよく平兼盛なんて知ってるわね!」
照れる少年山賊に、サクヤ様は続けた。
「だけど、そんな風流なことをする気分じゃないわ」
そう言って、足を怪我しているにもかかわらず、サクヤ様は馬を飛び降りた。
「危ない!」
俺は咄嗟に身を呈してサクヤ様を抱え込もうとしたが、サクヤ様はまるで重力がないかのように、ゆっくりと地上に降りてきた。
いや、正確には地上に降りてはいない。
サクヤ様の足をよく見ると、地面に着く寸前のところでふわふわと浮いていた。
「やっと、神通力が使えるわ」
そう言って、手のひらを湧玉池に向けて、力を込めた。
すると、湧玉池が一瞬光り輝いた。
「少年、名前は何て言うの?」
サクヤ様にそう聞かれた少年山賊は、目線を湧玉池からサクヤ様に向けて答えた。
「はい。テツと言います」
「そう。テツ、今までありがとう。今日一日だけ、湧玉池の水をお酒に変えたから、汲んで売りなさい」
テツは驚き、次に跪いた。
「卑しい亜人の私などに、勿体無いです!」
「やめなさい、そういう事を言うのは。決して、亜人は卑しくなんてない。人間の下でもないわ。今日はテツのお陰で本当に助かったんだから」
テツは体を震わせた。
よく見ると、涙を流している。
俺はテツに近づき、手を差し出した。
「テツ、ありがとう」
テツは俺の差し出した手を見つめ、首を傾げた。
「それは、何だ?」
何だとは何だ。
このタイミングで手を差し出したんだから、決まっているだろう。
「いや、握手だよ」
「あくしゅ?」
涙を拭いながら、オウム返しのようにテツが言うと、サクヤ様は笑った。
「ユウキ、握手ってのはね、明治初期にイギリスから伝わった文化なのよ。こっちの世界の日本はイギリスとの交流がないから、握手なんて文化はないわ」
そうだったのか……。
なら、教えるまでだ。
「俺達の世界では、友好の証に手を握り合わせるんだ」
そう言うと、テツは慌てて服で手を拭って、俺の手を握った。
テツの手の温もりが伝わり、俺が笑うと、テツは笑い返した。
「それじゃあ、私たちは行くわね」
サクヤ様はそう言って、全身に力を込めた。
すると、俺とサクヤ様の体が少しずつ地面に吸い込まれていく。
短い間だったけど、この世界にはずいぶん苦労させられた。
思い返せば、嫌な思い出ばかりだ。
だけど、最後にテツみたいな奴に会えて良かった。
「テツ、達者でな」
「兄ちゃんも、達者で!」
そう言った後、テツはサクヤ様に向かって頭を下げた。
その姿を見た次の瞬間、景色はブラックアウトし、俺は元の世界へ帰還したのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる