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第三話

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 男の手によって完全に騙された青年は、ギルドの金を盗もうとした盗人という無実の罪を着せられてしまった。彼が犯人として断定されてしまった理由は至極単純で、『盗みを働く青年を見たという男の証言』と、『盗まれた額と同額の硬貨が入った布袋を保持していたから』という二つのみであった。


 当然、青年は真実を話し自らの無実を証明しようとしたが、男に対しての偽りで結ばれた信頼は想像以上に厚かったようだ。そのため、青年が話せば話すほど状況は青年にとって不利な方向へと傾くだけであった。


 そして、そんな青年を影でほくそ笑む男を、幸運か不運か、見逃さなかった青年は生まれてこの方初めて強力で明確な負の感情を覚えた。しかし、それも抱かには遅すぎた感情であり、青年は盗みを働いた愚か者というレッテルと共に獄中へと送られることになってしまうのだった。







「はぁ……」


 これから「地獄」に閉じ込められると言うことに対する絶望と、魔力の使用を完全に封じられる腕輪をつけられていることから来る急激な疲労感によってもたらされた青年のため息は、閉塞感のある空間に響く、品のない喧騒にかき消される。


 何を見ているのかすら分からないような目で、前を歩く看守の足元を見つめていた青年だが、看守が唐突に足を止めたので、男臭い背中に危うくぶつかりそうになりながらもなんとか足を止めた。


「ここが今日からお前が過ごす部屋だ。お前の場合、そこまで期間が長い訳じゃない。変な気を起こすなよ?」


 看守は青年にそう告げると、懐から取り出した鍵で牢屋の扉を開け、その中に青年を押し込んだ。


 この監獄には一人部屋などなく、人数にばらつきはあるものの大体三から五人までの囚人が劣悪な環境下での共同生活を強いられる。青年も当然例外ではなく、青年の部屋には既に三人の先客がいた。その容姿はいかにも街にたむろっているゴロツキといった感じで、部屋の奥の方の壁に寄りかかって入ってきた青年を気持ちの悪い笑みを浮かべながら見つめている。


 青年はそんな三人にまともに関わろうとする訳がなく、距離のある部屋の入り口付近の場所に座り込もうとした。すると


「おい!! 挨拶位しねぇか。にいちゃんよ?」


 と奥に座っていた茶髪の男が青年に迫る。すると、何かを言おうとしていた青年に対して


「おら、なんとか言えや!!」


「あがっ!?」


 その顔面を思い切り殴りつけた。そして、後方によろめいた青年の腹部めがけて躊躇することもなく、膝蹴りを叩き込んだ。


 青年が倒れこんでからは、その後方で一連の流れを見ているだけだった二人も混じり、青年の体を好き放題に蹴りつけ、踏みつけた。いくら冒険者と言えども魔力の使用を封じられた状況ではただ体が丈夫なだけのただの人間である。もちろん、魔力を封じられたとしても到底普通の人間とは言えない化け物も存在はするが、そうではない側の冒険者である青年がこの状況で抵抗することなど出来るわけもないことだった。









「ううっ……」


 青年は極度の空腹と寒さ、そして痛みにただひたすら耐え抜いていた。ほんの少しの時間が、その数倍、いや数十倍程に長く感じられるその長く苦しい時間を過ごしてきた青年が待ち望んで瞬間がついにやって来た。


「おいお前ら飯だ。ここに置いておくから勝手にとって食え」


 置かれていたのは四切れのパン。青年はすぐにでも飛びつきたいような衝動に駈られたが、我慢する。ここで我慢しなければ全てが水の泡になってしまうからだ。と言うのも、ここで鉄格子の隙間に置いてある食料を取り、それを分配するのはこの部屋のリーダー格である茶髪の青年の役目なのだ。


「よし。じゃあこれが俺の分な」


 茶髪の男は、自分の分と称して一切れと、半切れにちぎったものを自分の方によせた。そしていつもつるんでいる二人には一切れずつを与えた。そして残った半切れのパン。これが青年の分である。理不尽だが、分けて貰えるだけまだマシな日だった。少しでも機嫌を損ねてしまえば一切分けて貰えないといったこともざらにあるのだ。


 青年は半切れ分けてもらえたことにほっと胸を撫で下ろしながら、パンに手を伸ばした。


「おい。ちょっと待て」 


 しかし、そんな青年の手を茶髪の男の嫌らしい声が止める。そのニタニタとした笑みから、ろくでもないことを考えているのは容易に想像できたが、従わなければ十中八九、その半切れのパンは茶髪の男の胃に収まってしまう。極度の空腹を少しでも満たなければいけない青年が、従わないわけにはいかなかった。


「いやぁ。お前の分まで貰っちまって申し訳ねぇからよ。そのお礼に一番うまいパンの食い方でも教えてやろうと思ってな」


 そう言って自分の分と称していた半切れのパンを口のなかに放り込んだ男は、有無を言わさずもう片方の半切れのパンに手を伸ばした。

そして、その掴んだパンをもはや何分割にしたのかも分からないようになるまで細かくちぎり、それを足で捻るように踏みつけた。そうして、ぐしゃぐしゃになったパンに、男はとどめと言わんばかりに唾を吐き捨てる。


「ほら、出来たぞ。力作だから味わって食べてくれよ」 


 三人の笑いを堪えるような視線が青年に突き刺さる。しかし、青年はそんなものお構い無しにそのパンだったものを掴み食べ始めた。


「ダハハハハハ!! お前マジかよ!! 意地きたねえやつだなそんなになったゴミを食うなんてよぉ」


 下品で最低な三人の笑い声が、青年に浴びせられる。しかし、早く食べなければ、それこそ食べることが出来ないような状態にされてしまう可能性がある青年は、そんなものお構い無しでパンだったものを胃のなかに流し込んだ。




 青年へのいじめは、食事以外のあらゆる面でも行われた。例えば、冬のこの時期には、囚人たちが極寒を耐えしのぐための極々薄い毛布が一人一枚ずつ配られるのだが青年の分は当然のように奪い取られている。それだけでも青年は凍え死ぬのではないかと思えるほどの寒さを感じていたのだが、男らはそれに加えて、寝ている青年に水をかけたりしていたため青年の体は常にこれ以上ないほどに冷えきっていた。また、暴力による睡眠妨害は当たり前。当然、起きている場合であっても理由のない暴力を受けることは多々あり、青年はまさに地獄のような生活を送ることを余儀なくされていた。


 そんな地獄にギリギリのところで耐え抜き、刑期がちょうど残り半分となったその日。青年達の部屋に新入りが入ってきた。看守に連れられ入ってきた新入りのその姿は青年の予想を大きく裏切った。


 腰まで伸びた白髪とそれに負けない程の白い肌、紛れもない美少女がそこには立っていたのだ。
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