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 翌日、夕べ寝るのが遅くなったわりには、朝の目覚めはそれなりに良かった。いつもなら朝の2の鐘(午前8時)が鳴るころに起こされるのに、今日は3の鐘(午前10時)を過ぎてからターニャに起こされた。

 聞けば、父母、兄姉も起き出して、既に食堂に揃っているらしい。家族も寝るのは遅かっただろうに何故食堂に集まっているのだろか。

 朝食なら遅すぎるし、昼食には早すぎる。まさかブランチ? と思わなくもないが、この世界にそういった概念はないはずだ。

 取り合えず理由は分からないまま、アデライーデは慌てて支度をする。

 顔を洗って丈の短いシュミーズに青色で裾にカスミソウのような白くて小さな花が刺繍してあるキュロットパンツを履いて、丸襟のブラウスにベストを身に着けた。


「遅くなりました、おはようございます!」

 そう言って食堂に入れば、誰も食事をしていない。それとももう全員食べ終わったのだろうか。でも、食べ終わったのならサロンにでも移動すると思うのだけれど。

 そんな事を考えていると、兄が手招きしてきた。そのまま兄の側に近づくと、兄の隣の席へ座るようにと促される。もちろん椅子は兄の従者が引いてくれた。

「私たちは既に朝食を取ったからね。今、アデライーデの分を持ってきてもらおう」
「じ、じゃあなんで皆、食堂にいるんです?」
「だってアデライーデ1人で食事だなんて、折角全員揃っているのに寂しいだろう? それに朝早くに出した陛下あての手紙の返事が来たし、ビアンカがね、猫に名前を付けるんだってはりきっちゃって」

 くすりと笑う兄の向かいでは、確かに姉が片手に本を持ちながら、一生懸命紙に何かを書いては唸っている。

「まずは紅茶をどうぞ」

 アデライーデの前にすっと紅茶が差し出された。

 そう言えば目覚めの一杯も飲んでいなかったと、アデライーデはソーサーごと持ち上げて、ふうっと息を吹きかける。お茶会では怒られる動作だが、熱くて舌が火傷するよりはいい。

 少し濃い目に淹れられた紅茶に、ほんの僅かだけどシナモンの香りがした。コクリと少しだけ飲み込めば、まだ熱い液体が喉を流れて行くのが分かる。

 食事の前にこんな風にまったりと紅茶を飲む習慣は、アデライーデが目覚めた8歳の頃から続いている。それまでは紅茶の渋みが苦手で果実水しか飲まなかったらしいが、今ではすっかり紅茶本来の味を楽しむようになった。

 何せ前世では起きたらまず一服。それから顔を洗って歯を磨いて出勤。職場へ行く途中にあるコンビニで缶コーヒーとおにぎりを買って、職場でそれを食べたら掃除開始、なんて生活だった。

 それに比べたら、今の生活は天国にでもいるかのよう。

 部屋の掃除も服を着替えるのも化粧も入浴の介助まで、すべてメイドが手伝ってくれるし、食事はちゃんとした料理人が美味しいものを作ってくれる。

「ああ、でも、お米が食べたいなぁ……」

 生活にも食事にも不満はないけれど、元日本人としてはやはりお米の存在は忘れられなかった。しかし、この国は小麦が主食を担っているから、たぶん米はないような気がする。それともどこか別の国で栽培していたりするんだろうか。

「アデライーデ?」
「ん? なあにお兄様」

 ソーサーに戻したティーカップをテーブルに戻すと、心配そうな顔をした兄がいた。でも、アデライーデは紅茶を飲んでいただけだ。心配するような事はないだろう。いったいどうしたんだろうか。

「お食事をお持ちしました」

 兄に問いかけようとした瞬間、ターニャがスクランブルエッグに厚く切られたベーコン、マッシュポテトをワンプレートに載せたものを運んできてくれた。その後に焼き立てのパンとジャガイモのポタージュも運ばれてくる。

「美味しそう、いただきます」

 そう言って食べ始めれば、兄のことも気にならなくなった。

 そして今、食事も終わったアデライーデの目の前には、姉が色々と悩んでいたオセの分身の名前候補が掲げられていた。

「アデライーデ、名前を選んでくださいな」

 ぐいぐいと候補の名前が書かれた紙を押し付けてきそうな姉に、アデライーデは苦笑する。

 姉が名前をつけると張り切っていると聞いたから、自分で名づけるのかと思っていたのだ。

 ただ、候補と言っている割には数が多い。その候補の名前にざっと目を通して、アデライーデは既に決めていた名前が候補の中にあった事に安堵した。これで候補にも上がっていなかったら、姉が頑張っていたのに無駄にしたような気になってしまう。

「セルがいいと思う」
「そう? もっと可愛い名前もあるでしょう?」
「うん、でもセルって響きが可愛いわ」

 そう言い切ってしまえば、姉も納得するしかないだろう。それに黒猫の名前が決まった事で、姉の表情はとても満足気だった。



 でも姉は知らない。セルがセルフォンのセルだということは。

ーーーーーーーーーー

 充電器の方が役割的には近いかな、と思ったのですが、チャージなんて名前としてどうかと思いまして。オセの分身だし、セル(フォン)もしくはセル(ラーフォン)のセルでいいかな、と。
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