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しおりを挟む司教に連れられて来た道を戻っていると、鋭い視線が突き刺さった。
「おや、控えの間でお待ちいただければご案内しますものを」
先頭を歩いていた司教が、穏やかな声で言う。
「ごきげんようアデライーデ様、無事に精霊との契約をされたようですわね」
せっかく司教が声をかけたというのに、かけられたはずの令嬢は司教を無視して、アデライーデへと挨拶してきた。挨拶をされたらしかえさないといけない、とは思うものの、はっきり言えば気がすすまない。
なぜなら、その場にいたのは、ジュリアーノ王子の婚約者候補の一人、ルビード侯爵家のセレスティナだからだ。
確かにセレスティナは同じ年だったと、アデライーデは今さらながらに思い出す。そしてジュリアーノ王子の婚約者候補であるアデライーデとセレスティナであれば、席次的にはこうなるのも当然だった。
だが、精霊の儀を受ける人数が多い場合、待ち時間を少なくするためにも1人が精霊の儀を行っている間、次の人を控室に案内し、先の人たちが退出するのを待ってから案内されると聞いている。特に精霊の儀の後は髪の色や瞳の色が変化しているから、お互いが顔を合わせることがないよう教会側でも気を付けているのだ。
特に今日のように貴族だけの時は。
まあ、まだ10歳の子供だから、どうしても待ちきれなくてだとか、気持ちが逸ってここまで来てしまったとか、そういう事もあるかもしれないが、彼女の目を見る限り、そうではないのだろうな、とアデライーデは溜息をつきそうになった。
彼らの後ろを見ると、控室までの案内役なのだろう助祭が、困ったような表情を浮かべて立っている。ご苦労なことだ。
普通、教会でトラブルを起こすのは、よろしくないだろうに、セレスティナはどうして大人しく待っていられないのか。
アデライーデの知るセレスティナは、ふわふわとしたハニーブロンドに金の瞳を持つ、一見儚げに見える令嬢なのだが、今まで欲しいものはすべて手に入れてきたのだろう、まだ10歳だというのに、そういった傲慢なところがあった。
一応、貴族の派閥やら関係性などを勉強した時に、ルビード侯爵家についても話をされた。何代も前に金貸しから成りあがった貴族であり、権力欲も強く、他の貴族への影響力もある。敵対する派閥であっても、平気で金で買収しようとする強引な部分もあるから注意するように、と。
そんな内容を思い出し、大きくため息をつきたいアデライーデだった。しかし王子妃教育を受けている自分がそんな事をする訳にはいかない。何せセレスティナが目の前にいるのだ。絶対、馬鹿にしてくるだろう。
ピンク色のプリンセスラインのドレスに、たっぷりのレースとリボンをつけた彼女は、性格さえ知らなければ本当にお人形のように可愛いのだ。でも、それを上回る性格の悪さというか、きつさと言うか。アデライーデは、それが残念でしょうがない。
彼女がこの場にいる理由はたぶん一つしかない、アデライーデの変化の確認だ。
金色の瞳を持つセレスティナは、ミルクティーベージュの髪色を持つアナスタシアなど眼中になく、最初からアデライーデだけを目の敵にしていた。何の事はない、色付きと呼ばれる高位貴族の彼女たちの中でも、ラベンダー色の髪と赤い瞳を持つアデライーデが、婚約者に選ばれる可能性が一番高いと噂されているからだ。
アデライーデにとっては、いい迷惑である。出来る事なら声を大にして言いたい。ジュリアーノ王子の婚約者になんてなりたくない! と。けれど、いくらアデライーデが筆頭公爵家の娘であっても、そんな事を公の場で口にしたら不敬罪に問われかねなかった。
だから、精霊の儀とそれを祝うパーティの後に開かれる、王子の婚約者を決める御前会議で自分以外が選ばれればいいな、とアデライーデは思っている。
ただ、去年10歳を迎えたビルシャンク公爵家のアナスタシアは、精霊の儀の後も、ほとんど髪色が変わらなかった。噂では魔力量もそれほど多くはないらしい。それでも本人は、アデライーデたちの精霊の儀が終えるまではと、一縷の望みを抱いているようだ。しかし、今日の儀式が終われば、アナスタシアは候補から降りる事になるだろう。
既にアデライーデの髪は、鮮やかな青紫色に変化していた。しかも光の加減なのか、内側にある髪は更に濃い色になっているようにも見え、また、元のラベンダーに近い色味の部分もある。
だが、それでも、端から見ればかなりの上位精霊と契約できたのが見て取れる髪色だった。
そんなアデライーデをセレスティナは睨みつけてくる。しかし、アデライーデはまだ自分の髪色の変化に気づいていなかった。きつく睨まれている理由が思い当たらない。
「さあ、時間が押してしまいますよ、行きましょう」
このままだといつまでたっても埒が明かないと思ったのか、司教がやはり穏やかな口調でアデライーデ達を促した。もちろん司教の視線は、ルビード家の後ろに控えている助祭にも向けられている。
その視線に、助祭は「ここからは私がお連れ致しますので、司教様はルビード侯爵家の皆様をおねがいしてもよろしいでしょうか」と、にこやかに言い切った。
司教も司教で、「さあ、こちらにどうぞ」とアデライーデ達を迂回するようにして、ルビード家、と言うよりもセレスティナを無理やり連れて行く。
そしてアデライーデは、セレスティナ達が通り過ぎる瞬間、目線も合わせずに言葉を吐き出した。
「……ごきげんよう。ありがとうございます、そして失礼いたしますわね」
会釈もなく感情もこもらない言葉だけの挨拶は、慇懃無礼と言えば慇懃無礼かもしれない。けれど、そんな事はアデライーデの知った事ではなく、セレスティナがどんな表情をしているのかすら確認する事もなく、そのまま眼前にいる助祭の後をついていった。
ーーーーーーーーーー
ちなみに公爵家はマルチェッロ家、ビルシャンク家、ドラクル家ともう1家の4家。侯爵家はルビード家の他に6家ありますが、たぶん出てこないでしょう。
2022.03.01 一部加筆修正しました。教会の設定を間違えて神殿としていたので、その部分をすべて修正しています。
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