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 アデライーデとしては、ただ前世での便利で楽な生活がしたかっただけだが、公爵家に生まれたおかげでやりたい事が出来る今の状況は悪くはない。

 今回の精霊の儀のためのドレスもそうだった。

 この精霊の儀は、10歳になった子供とその親が参加する。そのため、この国ではプレデビュタントみたいな扱いで、ドレスは白色を基調とするのが普通とされていた。

 しかし、当然のごとくアデライーデは白が基調ならいいのでしょうと、チューブトップワンピースは白、オーガンジーのスカートは薄い紫、上に羽織るドレスは白から薄い紫へのグラデーションと、これまた柄もののドレスが流行り出したところで新しい試みのドレスを作り上げた。

 しかもそのドレスには、形の悪い真珠をかき集めて砕いたものを塗布したもので、ほんのりと上品なパールの輝きを放っている。

 試行錯誤しながら作り上げたパール調の生地に、いつもの如くデザイナーのデルファンは狂喜乱舞した。

 パールは希少価値が高い宝石のため、布の値段としては割高になるが、小粒の宝石を縫い付けたりするよりは安い。ハンカチサイズの試作品を見せた途端、「この布はうちで取り扱わせてください!」と叫ぶように言い、いつもの如く契約書を作成する。

 そう最近のデルファンは契約書を随時携帯するようになった。

 彼女曰く、マルチェッロ家にくると必ずアデライーデ様が、新しい知識や物を披露してくれるから、らしい。

 アデライーデとしては自分が損をしなければ好きにすればいいと思っているので、母からストップがかからない限りはデルファンの好きにさせていた。

 そのおかげで靴もドレスと同じ生地で作って貰えたしーーしかも子供用のペタンこ靴ではなく、3センチヒールだ。さすがにそれ以上の高さのヒールは、アデライーデが転びそうになったので諦めたーー本人的には大変満足している。

 ちなみに、母のドレスも今回は注目の的だろう。生地はもちろんパール調の生地を使用しているし(色は琥珀色から青へのグラデーション、父の瞳と髪の色だ)、身体のラインを強調するかのようなマーメイドラインのドレスには、マーメイドのイメージで、すっと窄まった脹脛の辺りから、3段のフリルが人魚の尾のようになっていた。

 そんな母のドレス姿を見た父は、大層感激したらしい。まあ、気持ちは分かる。補正下着でメリハリをつけた母の身体は、アデライーデから見ても美しかった。特にお胸の盛り上がりが、まだぺたんこなアデライーデには羨ましいすぎる。

 でも、そのおかげか、ネックレス、イヤリング、髪留めの3点を、アデライーデはピンクパールで、母はブラックパールのものが父によって手配されたーーもちろん精霊の儀に参加は出来ないが、姉にもピンクパールの3点セットを準備してある。

 この世界で真珠はまだまだ希少価値が高いというのに、それだけのものを用意した父を、アデライーデは尊敬した。しかも、母のネックレスは、アデライーデの大きめな真珠が一粒、チェーンの中央でゆれているものとは違い、小粒のものから大粒のものを揃えた三連のネックレスだ。ここぞとばかりに公爵家の財力を遺憾なく発揮している。

 更に付け加えるなら父の装いも中々に派手だ。母の瞳の色であるフォグブルーのベスト(前面に金糸の刺繍入り)、スラックス、サーコート(襟、袖口、裾に金糸での刺繍が入っている)、パール調の生地で作られたシャツとクラバット、クラバットの中央には母の髪色を意識しているのだろう、デマントイドガーネットが燦然と輝いている。

 王都にある大聖堂に集められた貴族とその子供たちは、通路を悠然と歩いてくるマルチェッロ家にしばし見蕩れ、やがて騒めきだした。

 多分夫人たちの目には、母のブラックパールのお飾りが目についたのだろう。次に優美でいて艶めかしいドレス。

 アデライーデのドレスに気づいた人はいるだろうか。パーティ会場のように一か所に留まる訳でもなく、公爵家ゆえに最前列へと歩く自分のドレスに、どれほどの人が気づけるか。

 それを考えると少しばかり楽しくなるアデライーデだ。

 奇抜なドレスと陰口を叩かれるのか、それとも素敵なドレスだと賞賛されるのか。

 自分でも少し意地が悪いかな、と思わなくもないが、明日は王城でパーティが開かれる。招待されているのは精霊の儀に挑む、この場所にいる子供たちとその親だ。

 もちろん今日と同じドレスを着るつもりはアデライーデにはない。かと言って王子の色彩を纏うつもりもなかった。

「ふふ」

 ほんの少しアデライーデは微笑みを零す。先ほどまでは緊張していたというのに、アデライーデはいつの間にか気持ちが軽くなっていることに気づいた。

 色々と考えなくてならない事が多いこの世界だが、少しでも楽しむ気持ちが持てるのなら、何とかなるような気がする。そのためにはまずは精霊との契約を済ませねばならなかった。そのための精霊の儀だ。

 父母と共に最前列に辿り着いたアデライーデは、ゆっくりと天井を見上げた。そこには大いなる光(神の事らしい)とその周囲には様々な精霊や幻獣の姿が描かれている。

 精霊の儀と言われているから、精霊としか契約しないものだとアデライーデは思っていたけれど、どうやら精霊と契約するものが多いと言うだけで、極まれに幻獣と契約するものもいるようだった。

 その話を聞いた時、ふと思い出したことがある。確か、雷獣と契約した子がいたのだ。それが誰であったのか、なぜかアデライーデには思い出せないのだけれど。

「さて、皆様が揃いましたので、精霊の儀を始めさせ頂きましょう」

 厳かな声で神官長がそうのたまった。


ーーーーーーーーーー

 アデライーデの衣装自慢(笑)


 2022.03.01 一部修正しました。
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