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最初の最初、ループが始まった始点とでも言えばいいのか、その最初の時間軸では、幼馴染のディディエ・ドラクルーー内向的だったアデライーデが懐いていたーーが婚約者で、ミシュリーヌは教会から斡旋された使用人だった。
薄いピンク色の髪をした彼女は、平民にしては珍しく魔力量が中の上、光の精霊の加護持ちという触れ込みで、アデライーデの学園での付き人にするつもりで雇い入れたアデライーデの一つ年上の女性。
お隣のカッコいい幼馴染と婚約することが出来て嬉しかったアデライーデは、けれどその喜びを表現するのが苦手だった。一緒にいるのは嬉しい。でも、何を話したらいいのか分からない。
そんなアデライーデにディディエは気遣って、いろんな話をしてくれた。アデライーデは聞いているだけで満足した。ただ、受け身的な態度ばかりでは好かれないと理解していても、内向的な性格を変えるのは中々に難しい。その上、付き人として付けられたミシュリーヌが、アデライーデの気持ちを慮って先に動いてくれるようになった。
ディディエ様とお茶がしたいな、と思うと、ミシュリーヌがいつの間にか彼を学園のサロンやキャフェテリアに誘ってくれる。植物園へのデートや観劇なども、日程を勝手に決められるという小さな不満はあったけれど、チケットを取って来てくれる。けれど、待ち合わせ場所は劇場のロビーだったり、植物園の入り口前だったり。
そんな事が何度も続いた。
あまり人混みが好きではないアデライーデは、1人(もちろんメイドのターニャがついてくるが)での外出は好まない。そんな事はディディエも承知であるはずなのに、どうして勝手に日時や待ち合わせ場所を決めるのか。どうして今までのように、家まで迎えに来てくれないのだろうか。
どこかでアデライーデが、そう問い質せば良かったのかもしれない。
けれど、もし聞いてしまったら嫌われるかもしれない。そう思うと、臆病で弱虫なアデライーデは聞くのが怖かったのだ。
そして都合が合わなかったり、体調を崩してしまったりして、何度もお断りをするうちに、彼からの誘いも無くなっていきーーこの時、お断りの手紙を運んだのはミシュリーヌだーーやがて、二人の関係に溝が生じる。
当然だ。彼からしたら、毎回毎回、デートの誘いを断られているようなもの。もしかしたら婚約したくなかったのでは、なんて思われてしまったかもしれない。
そう思ったアデライーデは、何度も手紙をディディエに送った。直接、顔を見て話すのは苦手でも、手紙なら思った事を伝えられる。
なのに、送った手紙に返事は来なかった。
学園で顔を合わせても、「最近、忙しそうだね」なんて嫌味を言われてしまう。
きっと端から見たら、今にも婚約解消する二人に見えていたかもしれない。
それでも二人の婚約は解消されずに、学園卒業後アデライーデは結婚し、ドラクル家へ。けれど初夜は訪れず、やがてディディエとミシュリーヌが愛を交わしている所を見るに至った。結婚してから約半年後の事だ。
アデライーデは、「なぜ」と、ようやく問い質す。
それまでは、自分を心配して婚家にまでついてきてくれたミシュリーヌを信用していたし、ディディエが素っ気なくなったのも自分が悪いのだと思っていた。
ああ、そうだ、そうだった。
あの時は二人の情事を見せつけられて吐き気を催し、「なぜ」と問いかけたアデライーデに、ディディエは狼狽えつつも無言で、ミシュリーヌは嘲るような笑い声をたてた。
その笑い声にアデライーデは耐えられずに自室へと逃げ込み、泣いて、泣いて、たぶん一生分の涙を流したのではないかというくらい泣いた。
いくら内向的で臆病なアデライーデでも、高位貴族の令嬢としてのプライドはある。
ここまで馬鹿にされて婚家に居る必要はないだろう。そう判断したアデライーデは、マルチェッロ家に戻ろうと決めた。だが、家を出ようとするアデライーデに気づいたディディエに、なぜか部屋に閉じ込められた。
食事は1日1回、パンとスープのみ。しかもミシュリーヌが護衛付きで運んでくるから逃げられない。それでも逃げようとしたら鎖で足をベッドに括られた。
訳が分からなかった。ディディエと話がしたいと何度も訴えた。でもミシュリーヌはただ嘲るだけ。
そんな状態で何週間も過ごせば、身体はだんだんと痩せて、力も出なくなっていく。
ただ寝たきりで過ごす日々を、どれくらい過ごしたのか。
ある日、屋敷が騒がしくなった。何が起こっているのか分からない。ただ誰かの怒鳴り声と何かが割れる音と、女性らしき甲高い悲鳴が聞こえた。でも、起き上がる気力もなかった。
突然、扉が開く。ミシュリーヌだった。
彼女はいつも綺麗なドレスを着て、派手な宝石飾りを身に着けるようになっていたけれど、その日の彼女は、髪はほつれてドレスもよれよれで、苛立たし気に悪態をつく。そしてベッドサイドに近づいてきたかと思うと、水差しにドレスの隠しポケットから出した小瓶の中身を垂らした。
「ああもうっ、さっさと始末しとけばよかった!」
そう叫んだミシュリーヌが徐にその水差しを口元に傾けてくる。何かろくでもないものに決まっている。アデライーデは、精いっぱいの抵抗として口をぎゅっと閉じた。しかしミシュリーヌに無理やり口をこじ開けられて、それを流し込まれる。
苦い味がした。
「あんたとあんたの精霊の力が必要って意味わからないんだけど!」
ミシュリーヌが何か叫んでいたけれど、飲み込まされたそれのせいで、アデライーデは苦しくて、苦しくて。叫びたくても、罵りたくても声が出ない。ただ醜い呻き声が出るだけ。
そして。
そして。
視界が黒く歪んだ。
ーーーーーーーーーーー
アデライーデの悪夢
薄いピンク色の髪をした彼女は、平民にしては珍しく魔力量が中の上、光の精霊の加護持ちという触れ込みで、アデライーデの学園での付き人にするつもりで雇い入れたアデライーデの一つ年上の女性。
お隣のカッコいい幼馴染と婚約することが出来て嬉しかったアデライーデは、けれどその喜びを表現するのが苦手だった。一緒にいるのは嬉しい。でも、何を話したらいいのか分からない。
そんなアデライーデにディディエは気遣って、いろんな話をしてくれた。アデライーデは聞いているだけで満足した。ただ、受け身的な態度ばかりでは好かれないと理解していても、内向的な性格を変えるのは中々に難しい。その上、付き人として付けられたミシュリーヌが、アデライーデの気持ちを慮って先に動いてくれるようになった。
ディディエ様とお茶がしたいな、と思うと、ミシュリーヌがいつの間にか彼を学園のサロンやキャフェテリアに誘ってくれる。植物園へのデートや観劇なども、日程を勝手に決められるという小さな不満はあったけれど、チケットを取って来てくれる。けれど、待ち合わせ場所は劇場のロビーだったり、植物園の入り口前だったり。
そんな事が何度も続いた。
あまり人混みが好きではないアデライーデは、1人(もちろんメイドのターニャがついてくるが)での外出は好まない。そんな事はディディエも承知であるはずなのに、どうして勝手に日時や待ち合わせ場所を決めるのか。どうして今までのように、家まで迎えに来てくれないのだろうか。
どこかでアデライーデが、そう問い質せば良かったのかもしれない。
けれど、もし聞いてしまったら嫌われるかもしれない。そう思うと、臆病で弱虫なアデライーデは聞くのが怖かったのだ。
そして都合が合わなかったり、体調を崩してしまったりして、何度もお断りをするうちに、彼からの誘いも無くなっていきーーこの時、お断りの手紙を運んだのはミシュリーヌだーーやがて、二人の関係に溝が生じる。
当然だ。彼からしたら、毎回毎回、デートの誘いを断られているようなもの。もしかしたら婚約したくなかったのでは、なんて思われてしまったかもしれない。
そう思ったアデライーデは、何度も手紙をディディエに送った。直接、顔を見て話すのは苦手でも、手紙なら思った事を伝えられる。
なのに、送った手紙に返事は来なかった。
学園で顔を合わせても、「最近、忙しそうだね」なんて嫌味を言われてしまう。
きっと端から見たら、今にも婚約解消する二人に見えていたかもしれない。
それでも二人の婚約は解消されずに、学園卒業後アデライーデは結婚し、ドラクル家へ。けれど初夜は訪れず、やがてディディエとミシュリーヌが愛を交わしている所を見るに至った。結婚してから約半年後の事だ。
アデライーデは、「なぜ」と、ようやく問い質す。
それまでは、自分を心配して婚家にまでついてきてくれたミシュリーヌを信用していたし、ディディエが素っ気なくなったのも自分が悪いのだと思っていた。
ああ、そうだ、そうだった。
あの時は二人の情事を見せつけられて吐き気を催し、「なぜ」と問いかけたアデライーデに、ディディエは狼狽えつつも無言で、ミシュリーヌは嘲るような笑い声をたてた。
その笑い声にアデライーデは耐えられずに自室へと逃げ込み、泣いて、泣いて、たぶん一生分の涙を流したのではないかというくらい泣いた。
いくら内向的で臆病なアデライーデでも、高位貴族の令嬢としてのプライドはある。
ここまで馬鹿にされて婚家に居る必要はないだろう。そう判断したアデライーデは、マルチェッロ家に戻ろうと決めた。だが、家を出ようとするアデライーデに気づいたディディエに、なぜか部屋に閉じ込められた。
食事は1日1回、パンとスープのみ。しかもミシュリーヌが護衛付きで運んでくるから逃げられない。それでも逃げようとしたら鎖で足をベッドに括られた。
訳が分からなかった。ディディエと話がしたいと何度も訴えた。でもミシュリーヌはただ嘲るだけ。
そんな状態で何週間も過ごせば、身体はだんだんと痩せて、力も出なくなっていく。
ただ寝たきりで過ごす日々を、どれくらい過ごしたのか。
ある日、屋敷が騒がしくなった。何が起こっているのか分からない。ただ誰かの怒鳴り声と何かが割れる音と、女性らしき甲高い悲鳴が聞こえた。でも、起き上がる気力もなかった。
突然、扉が開く。ミシュリーヌだった。
彼女はいつも綺麗なドレスを着て、派手な宝石飾りを身に着けるようになっていたけれど、その日の彼女は、髪はほつれてドレスもよれよれで、苛立たし気に悪態をつく。そしてベッドサイドに近づいてきたかと思うと、水差しにドレスの隠しポケットから出した小瓶の中身を垂らした。
「ああもうっ、さっさと始末しとけばよかった!」
そう叫んだミシュリーヌが徐にその水差しを口元に傾けてくる。何かろくでもないものに決まっている。アデライーデは、精いっぱいの抵抗として口をぎゅっと閉じた。しかしミシュリーヌに無理やり口をこじ開けられて、それを流し込まれる。
苦い味がした。
「あんたとあんたの精霊の力が必要って意味わからないんだけど!」
ミシュリーヌが何か叫んでいたけれど、飲み込まされたそれのせいで、アデライーデは苦しくて、苦しくて。叫びたくても、罵りたくても声が出ない。ただ醜い呻き声が出るだけ。
そして。
そして。
視界が黒く歪んだ。
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アデライーデの悪夢
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