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第一章
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しおりを挟むオズワルド学園には決まった制服というものがない。
それは通っている学生が、ほぼ貴族だというのが要因だろう。だが、そうすると稀にいる一般枠ーー所謂、平民の人たちはかなりみすぼらしい姿を人前に晒すことになる。
そのためか、任意という形ではあるけれど、オズワルド学園指定のジャケットというものが存在していた。
これは貴族たちが払っている授業料とは別に、卒業生たちや篤志家、在学生の親から寄せられる寄付金によってある程度賄われているようだ。
取り合えずジャケットを羽織っていれば、下に着ているシャツが多少依れていてもそこまで気にならないだろうという事らしい。そこまでするならいっそのこと制服を作ってしまえばいいのにと思わなくもなかった。
私服での登校というものは、毎日、毎日着る服を決めなくてはならないから面倒なのだ。イライアスはディノッゾが用意してくれるから、そこまで面倒ではないが、シャツにトラウザーズ、ベストにジャケット、膝下までのストッキングの組み合わせを毎日、毎日考えなくてはならないとなると、汚れが目立つまで着たおしてはいけないだろうか、と考えてしまう。
まあ、こんな事を考える王族自体が珍しいのかもしれないが、たとえ王族だとしても年に数回は魔の森に魔獣討伐に向かうラティーロの王族は、基本煌びやかな服装に頓着がなかった。そのせいで各王族に付けられている侍従や侍女たちが、毎日キリキリしているのは申し訳なくも思う。
ラティーロの王立学院には制服があるので、あまりそういった事を気にしていなかったイライアスだが、オズワルド学園に来てからのディノッゾが毎日楽しそうに服の組み合わせを考えているのを見て、やけに大量に衣装を持ってきたのは、このせいかと思った。まあ、本人が楽しそうだから放っておいている。
オズワルド学園の時間割は、午前二つ、午後に二つの授業を取ることができる。授業の内容によっては、多少終了時間が延びる場合もあるので、授業と授業の合間は一時間ほど余裕があった。
基本的に貴族の子弟というものは、学園に通うまでにある程度の教養は家庭教師をつけて学ぶのが一般的だ。魔術や剣術の訓練も然り。それもあってオズワルド学園の授業の枠も多くないのだ。
けれどそれだと家庭教師をつけることができない貴族子弟や、平民出身の生徒にはかなり不利になる。
だがスタートラインがそもそも違うのだ。だからそういった子供たちは折角入学できたのだからと、図書室が開く時間には寮から図書室へと向かい、授業と授業の会いに間にも、放課後ですら時間の許す限り勉強している。立派なことだ。イライアスはそう思う。
けれど、そういった真面目な生徒が大半を占めているというのに、遊び半分の生徒も一部だがいるのも確かだった。
大抵そういう生徒は、女子生徒であれば着飾っている。まるで茶会にでも招かれてでもいるかのようだ。逆に男子生徒は午後になってから姿を現し、授業もまともに受けずにどこかの空き教室にしけ込んでいる。いったい学園に何をしに来ているのか、他国の事とはいえ、頭が痛くなるイライアスだ。
「きゃー、シンディーラさまぁ、これから移動ですかぁ? 昼食ご一緒できませんかぁ?」
そしてイライアスの最大の頭痛の種が、今目の前でシンディーラ皇子に飛び掛からんばかりの勢いで話しかけている。
丁度、午前の二つ目の授業が終了したところだ。別に打ち合わせをしたわけではないのだが、週の半ばのこの時間、魔法薬草学の授業をシンディーラ皇子もイライアスも取っている。おかげでまた遭遇してしまった。
件のカーネリアンの瞳を持つ少女ーーリーリア・グリシード伯爵令嬢は、ディノッゾの言う通り、毛先だけほのかに赤い、ハニーブロンドの髪とカーネリアンの瞳を持っている。
ラティーロの王、トバイアスには彼女の善悪を見極めろと言われているが、善と呼ぶには授業態度もマナーも最悪だった。しかしそれが悪かと言われれば、そうとも言えない。結婚相手に高位貴族の子弟を得ようとしている一部の貴族令嬢と行動がそう変わらないのだ。ただ、そんな彼女たちよりも積極的だというだけで。
リーリア嬢は、今日も相変わらず着飾っている。
やたらと細い腰を強調したスカート部分がふんわりと膨らみ、レースとリボンがやたらと付いたピンク色のドレスは、デコルテは大胆に開き、多少オーガンジーで胸元を隠しているように見せているが、レースと違ってしっかりとした膨らみが透けて見えているのだから、どう判断するかは相手次第だ。
イライアス的にはない。そのたった一言に尽きる。
確かに結婚相手を探しに来ているだけの令嬢はいる。しかしそんな彼女たちとて、着飾っているとは言っても、喉元が詰まった多少装飾のついたデイドレスを纏っているくらいだ。
だがリーリア嬢のそれはデイドレスと言うにはほど遠い。相手を篭絡しようとしていると言われても仕方がない装いなのだ。
その証拠に、本来であれば不審人物を遠ざけなければならないはずの、シンディーラ皇子の護衛騎士の一人は鼻の下を伸ばして彼女の行動を諫めもしない。もう一人も側にいるのだが、シンディーラ皇子が拒絶の意思を見せないために、彼女を咎めることができずにいつもオロオロとしている。
そして何を考えているのか、当のシンディーラ皇子は、彼女に話掛けられれば特に何も言わずに話を聞く姿勢をみせる。まさかリーリア嬢に篭絡されている訳じゃあないだろうな。
「昼食ご一緒できるならぁ、お話し聞いてくださいよぉ、またマナーの先生が煩くてぇ」
確かに、これではマナーの先生も煩く言いたくなるだろう。
リーリア嬢は、するりとシンディーラ皇子の腕に腕を絡めて、楽しそうに皇子を見上げて話しだした。その動きに、最近、学内にいる時には付いてもらうようにしているメイドのミーシャが、イライアスの背後でイラついているのが分かる。
それはイライアスも同じだった。
なぜ、シンディーラ皇子は無造作に触れてくる女性をきちんと排除しないのだ、お前には婚約者がいるだろう、そんな思いが頭の中でぐるぐる回る。
シンディーラ皇子の婚約者であるアメリア・コーデリア侯爵令嬢は、シンディーラ皇子とイライアスの一つ下の学年にいる。
ストレートの青味がかった銀髪に、薄氷のような薄水の瞳を持つ、物静かで美しい女性だ。
三年前に紹介された時には多少の幼さが残っていたけれど、三年という月日と皇子妃教育で培ったのだろう、留学してきて久々に引き合わされた時には、見違えるほどに綺麗になっていた。内心、シンディーラ皇子が羨ましいと思うくらいには。
それに三年前はそこそこ仲良くしていたと記憶していたのだが、現在の二人はどこかよそよそしく、シンディーラ皇子の側にいても、アメリア嬢の姿を見るのは稀だった。
学年が違うから、という理由だけではないだろう。
まさかこのリーリア嬢のせいなのだろうか。
シンディーラ皇子とリーリア嬢を含む一団が、ようやく食堂の方に向かって行った。
「はあ」
リーリア嬢に話しかけられたくなくて息を殺していたせいか、姿が見えなくなってようやくイライアスは緊張を解く。
一応軽い認識阻害の術を掛けてはいるが、イライアスより魔力量が多ければすぐに気づかれてしまうし、イライアスが声を出してしまえば一瞬にして術は解ける。
「イライアス様、アレを国に連れて行くのは推奨いたしません」
イライアスの背後で、これまたひっそりと息を潜めていたメイドのミーシャが、キリリとした表情でそんなことを言った。
メイドの立場からしても、ラティーロの王子であるイライアスの婚約者に、リーリア嬢のようなのは来て欲しくないんだろう。イライアスだって同じ気持ちだ。あんな頭がお花畑のような女性では、先が思いやられる。
それに、このまま行けば十八の誕生日には立太子の儀をすることになっているのだ。
だから婚約者もそろそろ本格的に決めなくてはならない。
婚約者候補として宛がわれた数名の令嬢を何度か茶会に招いたが、いまいちピンとこなかったのだ。
トバイアスも勝手に王妃になる女性を連れてきたので、婚約者についてはあまり煩く言わない。それどころか、今のところ政略結婚する必要もないから、お前の好きにすればいいとさえ言ってくれている。
その言葉に、甘えてしまっているところもあるが、こればっかりは致し方がなかった。
この先、イライアスは必然的にラティーロ王を継ぐだろう、それはほぼ決定事項のようなものだ。だから王となった時、王妃はその傍らで自分を支えてくれる存在でなければならない。
そう考えたとき、今までいた婚約者候補達ではその先が想像できなかった。
貴族の令嬢として爵位のある者に嫁ぐのならば、きっと手腕を発揮できるだろうとは思っても、自分の傍らに立つとすれば、何かが足りない。
別に理想が高いわけではないはずなのだが。
「ミーシャ、滅多なことは口にするな」
「差し出がましいことを申しまして、申し訳ありません」
イライアスの言葉に、すっと頭を下げたミーシャに、イライアスは苦い笑いを浮かべた。
「それよりも、食堂に行ったら彼らがいるんだろうな」
「そうでございますね。きっとディノッゾさんがお昼を作られていると思いますので、寮に戻られますか」
ミーシャの提案にイライアスは頷く。
リーリア嬢の情報や状況は着々と集まってきている。判断に迷うものばかりだが、このまま食堂に行けば皇族、王族専用ルームで、彼らに出会うのは確実だろう。そこでリーリア嬢に絡まれでもしたら堪ったものではなかった。
それに寮の食堂は朝食と夕食しか用意していない。自分で用意することができないものは、こちらの食堂を利用するしかないのだ。
「ではディノッゾさんに伝令を飛ばします」
そう言うとミーシャは掌を上に向けふうっと息を吹きかける。すると掌の上に小鳥が現れた。しかし小鳥に見えても実は魔獣だ。人の言葉を繰り返すだけという、攻撃力も何もないやつだが、こういう風にメッセージを送るには役に立つ。
「ディノッゾさんに伝言をお願いします。殿下は寮でお食事をなさいます」
『ディノッゾさんに伝言をお願いします。殿下は寮でお食事をなさいます』
それだけを言うと、小鳥は小さく首を動かしながらミーシャの言葉を繰り返し、パタリと羽を動かして飛んで行ってしまった。
「いつもながら見事だな」
「いえ、あのような小さいものしか召喚できませんので大した事ではございません」
護衛としての力があるミーシャだが、魔力はそれほど多くはない。しかも適性が召喚だったせいで、魔導騎士にもなることができなかったと、何かのおりに言っていた。だが、こうやって役に立つことができるのだ。それだけでも素晴らしい事だとイライアスは思っている。
だからイライアスは相手が誰であっても、自分のために何かをしてもらったら言葉を尽くすようにしているのだ。
だってそうだろう、誰だって褒められれば悪い気はしない。現に、イライアスに褒められて嬉しいのだろう、ミーシャは微笑を浮かべていた。
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お休みのおかげで朝起きたらご飯を食べて、小説を書く。見直しまで終わったらUPの準備。体力があれば別の話を書いてみたり、次の話を書いてみたりしております。体力が尽きると寝るという、休みだからできる芸当ですね。
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