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21.わたくしは殿下に許しを請います

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 クストディオ殿下にエスコートされながらタウンハウスの玄関口に立ちましたら、母に兄、義姉が玄関先で出迎えてくださいました。

 この短時間で掃除も頑張ったのでしょう。目に映る真鍮の手すりや花瓶、絨毯や床もピカピカで、埃の一つも落ちておりません。

 これはお父様にお手紙を書いて、特別報酬を使用人たちに出してもらわなくては。

 わたくしは取り合えず、母と兄、義姉をクストディオ殿下に紹介し、母たちにクストディオ殿下とエルネスト王太子殿下、アリソン・オラール公爵令嬢を紹介しました。

 こうやって共通の知人(少々烏滸がましいですが)が紹介してからでないと、お話しができないのも貴族らしいところでしょうか。

 そしてやはりと言いますか、妹の姿がない事に安堵してしまいました。

 せっかく家まで送って頂いたのですから、応接間にご案内して少し休んでいただく事は、至って普通の事だと思います。ただ、今回の場合、相手の身分が身分ですから、要らぬ緊張をお母様やお兄様に強いてしまっているかもしれませんが。

 それでも妹さえ姿を現さなければ、恙無く接待してお見送りできたはずでした。



「お嬢様! 大変です、至急、応接間までお越しください」

 いつもであれば、慌てる事のない我が家の執事が、わたくしの部屋の扉を荒々しく叩いて叫びます。こんな彼をわたくしは知りません。

 これは、妹が何かしたのだわ、とすぐに分かりました。

 クストディオ殿下もエルネスト王太子殿下も、多少の事ではお怒りにならないとは思いますが、妹のマナーの不勉強さは、お母様やお兄様の頭痛のタネですもの。

 わたくしは急いで応接間へと向かいました。

 けれど、制服から着替えた晩餐用のドレスで廊下を走る訳にはいきません。出来る限りの速足で応接間に辿り着けば、妹を怒鳴りつけるお兄様と、今にも倒れそうなほど真っ青な顔で妹を見つめるお母様と、そんなお母様に寄り添うようにして立つお義姉様の姿が。

 来客用の2人掛けのソファに腰を下ろしているのは、クストディオ殿下のみで、エルネスト王太子殿下とアリソン様は少し離れた場所に用意された、肘置きのないアンティークの椅子に並んで腰かけていらっしゃいます。

 そしてそれぞれの侍従とメイドは、彼らの背後に佇んでいるのですけれど、クストディオ殿下の侍従であるクレメンス様の表情が強張っておりました。

「いったい何が……」

 ここに至る状況が読めず小さく呟けば、応接間まで一緒に来た執事が小声で事情を説明してくれました。

 執事の話を聞いているだけで、わたくしの顔も青褪めてしまいます。

 まず、ちゃんとした紹介もなくクストディオ殿下に妹が抱き着き、悪気もなくクストディオ殿下に話しかけ、尚且つ自己紹介の仕方も中途半端だったと。

 それだけでも幾つかの不敬を働いていることに、妹は気が付いていないのでしょう。

 その後も、クレメンス様に引き剥がされて文句をいい、応接間の中まで付いてきて、深く謝罪するお母様やお兄様、お義姉様など気にもせず、ニコニコと笑ってクストディオ殿下だけでなくエルネスト王太子殿下を眺めまわした。

 いくら、わたくしの級友であったとしても相手は王族です。確かに人と話すときは目を見て話しなさいとお婆様はよく仰っておりましたが、王族をじろじろと眺めまわすなど、これも不敬と言われたら文句が言えません。

 まさか、こんなところでお婆様の教育の悪影響が出るなんて思いもしませんでした。お母様も、そんな気持ちでいっぱいなのでしょう。

「……大変、申し訳ありません……」

 わたくしは、その場で両膝をつき頭を下げました。

「な、レオノーラ嬢は何も悪くないだろう」

 ソファに座っていたクストディオ殿下が、慌てたように立ち上がり、わたくしの方に近づいてくるのが分かります。

「いいえ、いいえ、妹の不始末はわたくしが代わりにお受けいたしますので、どうか、どうかご容赦くださいますようお願いいたします」

 こうべを垂れるのは、相手に首を晒す行為です。その意味は相手に命を預けるということ。

 もちろんこの場で、その意味を知らないものはいないでしょう。いえ、もしかしたら妹は知らないかもしれませんね。

「いや、いや、いや、ちょっと待て。こら、エイムズ伯爵子息まで膝をつくな、頭を垂れるな!」

 どうやらお兄様もその場に跪いたようですわね。でもお兄様が処罰されてしまったらエイムズ伯爵家はどうなさるおつもりですの。

「俺はお前たちを処罰するつもりは毛頭ないぞ」

 わたくしが、そんな事を考えておりましたら、クストディオ殿下のお言葉と、わたくしの肩に大きな手が置かれました。

「顔をあげろレオノーラ嬢」

 少し低めで柔らかなお声が、わたくしの耳に届きます。言われた言葉に、そうっと顔をあげれば宝石のようなターコイズブルーの瞳がわたくしを優しく見つめておりました。

「妹の非常識な行動をお前たちが罪に思う必要はない。どうせあと数日もすればコルネリア女学校へといかせるのだろう? だったら」
「お姉様、王子様にそんな話をしたの?! 酷いわ!!」

 クストディオ殿下の言葉に妹が即座に反応しました。わたくしは思わずため息をつきそうになります。

 人がーーしかもその相手は王族ですーー話しているというのに、その言葉を遮るなど失礼なことだと妹は教わっていないのでしょうか。

「アレがいると話がすすまないな、クレメンス」
「はい」

 クストディオ殿下がそう仰いますと、クレメンス様が我が家の執事を呼び寄せ何事かを耳打ちしました。我が家の執事は、緊張はしているようですが、クレメンス様の指示を受けてすぐに行動に移りました。

「なんで! 私だけ連れ出すのよ!」
「さ、お静かにお部屋にお戻りください。エリスが話し相手になりますからお寂しくはないでしょう」

 言葉だけなら至極丁寧ではありますが、クレメンス様からの指示は妹の隔離、でしょうか。しかもメイドの1人を話し相手と称してつけるという事は、部屋から出すな、という指示でもありますわ。

 本来であれば、クストディオ殿下の侍従からではなく、お母様が指示しなければいけない事です。けれど、わたくしだけが妹の被害を受けていた時に何もしなかったお母様は、妹に関する事だけは判断が鈍るのです。

 それもこれも折り合いの悪いお婆様が、事あるごとにお母様に辺り散らしていたから、というのもあるでしょう。それに、妹の突飛な行動で思考が停止してしまったのかもしれません。

 けれど、こんな失態をカバーする事が出来ないのは、伯爵夫人としては問題ですわね。そしてお兄様も、いつもであればそんなお母様をフォローするんですけれど。

 どうしてクストディオ殿下方を応接間に案内する前に、妹を部屋に戻してしまわなかったのかしら。それとも、いっそのこと処罰してもらおうと思ったのかもしれませんわね。

 ぎゃーぎゃーと喚く声が遠ざかっていくのを聞きながら、わたくしはクストディオ殿下に促されるまま、ソファへと連れていかれました。

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