上 下
20 / 20
第一章: 明けない夜が明けるまで

第19話 【酒吞童子】

しおりを挟む
 重い。

 A級の魔物の肉体ならば、容易く両断出来るほどの魔力を込めている。

 しかし、【酒吞童子】の拳を押し切ることができない。膠着状態を押し切る術を探しているが、こうしている間にも、ヤツの体を纏う呪いの魔力を吸い込んでしまい、俺の体が蝕まれていく。

 【聖なる炎】によって軽減されるとはいえ、口や鼻から瘴気を体内に入れてしまえば、その守りも突破されてしまう。

 不快な感覚に襲われる。じりじりと拳に押し込まれていく。足が地面にめり込み始めた。このままでは不味い。

 とにかく不利な状況から抜け出すため、距離を取ろうと試みる。

 ――――しかし、その判断は間違いだった。
 
 後ろに下がろうと剣を引き、後退した結果、俺たちと未来との距離が近づいてしまった。俺よりも仕留めやすいと判断したのか、額に汗をかく未来へと、【酒吞童子】が襲い掛かる。

「——っ、未来!」

「大丈夫、行ける————!」 

 第七層で見せた、A級となって成長した能力。それを発揮できるなら、捌くことくらいできるだろう。力こそ強大な【酒吞童子】だが、人間の達人ほど技量はない。未来の剣の腕と戦闘センスならば、一撃を守ることなど容易い。

 そう思った俺が、一拍遅れて酒吞童子と未来の方へ跳んだ。

 ――――だが、暴力の化身たる鬼の親玉は、予想を軽々と超えていく。

 呪いによる体調の悪化に苦しみながらも、【酒吞童子】の右腕を横っ飛びで回避した未来。たった一撃で攻撃を終わらせるはずもなく、追撃として振るわれた左腕を受け流そうとしたとき、

「くっ……、ごほっ…………ぁ」

 呪いの魔力を吸いこんでしまった未来が、一瞬硬直してしまう。そんな隙を、この鬼は許してくれない。その重すぎる一撃をもろに受けた未来は、手にしていた剣を話してしまい、さらに吹き飛ばされる。

 好機。

 危機。

 お互いが真逆の判断をした瞬間、超速で戦況が動き始める。

「未来――――!!!!」

 廃墟となった寺院跡地の石灯籠にぶつかりそうなところを、寸前で受け止める。あの勢いでこんな硬いものとぶつかれば、いくら探索者といえど軽くない怪我を負うだろう。

 俺への衝撃を殺し切ることはできず、背中に、まるでトラックにぶつかられたかのような痛みが走る。そんなことを気にしている暇などなく、抱えた未来を休ませられる場所を探す。

 【聖なる炎】を俺たち二人に展開し、意識を失った未来をまだ比較的無事な建物の前に下ろす。

 この一連の動作が完了するまで、約二秒。【限界突破】を使用することで【酒吞童子】よりも速く動けたことで得られた貴重な時間は、もう無くなった。

 赤黒い肌を、赤き月が妖しく照らす。ただ照らされているだけではなさそうだ。筋肉質な肉体からも、さらに赤く発光している。禍々しい瘴気がさらに色濃くなり、呪いの魔力が強まっていく。

「これ以上未来に近づけるわけには……」

 かかってこいと言わんばかりに仁王立ちする【酒吞童子】から、苦しそうに呼吸する未来に目を向ける。多分未来は、呪いへの耐性が低いタイプなのだろう。もっと早く、気づくべきだった。七層の【聖なる炎】で強化された状態の圧倒的な強さを見て、判断が鈍ってしまった。

 とはいえ、この層から未来を抱えて逃げ帰ることなど、不可能だろう。【酒吞童子】に追いつかれない速度で、未来を抱えて、ここまでの長い道のりを逃げ切って裂け目へ飛び込む。そんなことを許してくれる相手ではなさそうだ。

「かかってこい。もし逃げれば、その女は殺す」

「お前、喋れるのか……!?」 

「当たり前だろう、俺は【酒吞童子】だぞ。他の魔物とは知能《あたま》が違う」 

:喋る魔物……
:あんまり良くないけど、こいつかっこいいな
:なんかオーラがすごい
:未来ちゃん、大丈夫か……

「久しぶりに歯ごたえがあるヤツが来たんだ。邪魔されちゃあ困る」

「お前を倒せば、未来の呪いは回復するんだろうな」

「あの女か? 知らん。だが、そいつはもっと重いものを背負っているからな」

「何……?」

「もういいだろう。やるぞ」

「……わかった」

 戦いに飢えた【酒吞童子】は、これ以上は待ちきれないという様子でギラギラと笑っている。今気づいたが、雲で月が隠れている今は、呪いの魔力があまり外に出ていないように思える。

「お前、月明かりで呪いの効果が変わるのか……?」

「……ふっ、自分で確かめろ。どうせしばらく雲なんてないがな」

 その一言を最後に俺たちは構え、睨み合う。

 戦場に、息を吸う音だけが響いている。

 ――――その直後、再び二つの力が衝突する。

「シッ――――!」

「ハァッ――――――!」

 【酒吞童子】の戦闘スタイルが、一撃一撃に必殺の力を込める戦い方から、膨大な手数で押し切ろうとする戦い方へと変わった。

 先ほどまでよりも、断然やり辛い。

 上下左右、縦、横、斜め。あらゆる角度から放たれる拳の嵐。弾いても回避しても、余波として生まれた風圧が俺を傷つけていく。

 【聖なる炎】の治癒能力で徐々にふさがるが、無数に増えていく傷を治すことで魔力の消費が半端ない。【完全燃焼】オーバーロードを起動している俺の体外を守る炎を貫通するほどの威力。意識のない未来のこともあり、長時間の戦いは不可能だ。

 ましてや、月が隠れている今でこの状況。もし雲が晴れてしまえば、さらに俺は弱体化し、魔力の消費量はさらに増えていくだろう。

「どうした、その程度か――――!?」

「なめんな……よっ!!!!」

 A級に上がるまでの俺をずっと支えてきたスキル、【燎原之炎】を起動し、酒吞童子の猛攻をなんとか耐えながら、影で牙を研ぐ。

 燃えろ、燃えろ、燃えろ。すべてを灰に出来るまで。

 燃やせ、燃やせ、燃やせ。持てるすべてを燃料に。

 より熱く、より強く。

 【完全燃焼】、【限界突破】、【逆境超越】。このすべてが発動することで、劣勢の中でもまだ光は見えている。

 ――――しかし、

「甘い!」

「クソっ……!」

 極限の集中を要する駆け引きの中、次に取るべき行動へと脳のリソースを割き過ぎた俺に、【酒吞童子】の一撃が直撃する。

 その瞬間、月を覆う雲が晴れた。

 それはすなわち、瘴気の高まり呪いの強化と――――、

 絶望を意味している。

「ガハハハ!!! なかなか楽しめたぞ。ここまで強かったヤツは初めてだ」

「くそ……!」

 打つ手がない。遠くで未だ荒い呼吸を繰り返す未来は、距離を取れたおかげか、意識こそ戻っているが、戦える状態ではないだろう。剣に圧縮してチャージした【燎原之炎】の魔力だけが高まっていくが、当てようにも近づけない。

 確実な一撃でなければ、アイツを倒し切ることはできず、徒労に終わるだろう。未来がいれば、どうにかなるかもしれないが……。呪いが邪魔してどうにもならない。

「終わりだ―――ー!」

 万事休す、絶体絶命。

 どうにか抗うため、必死に思考を回し、迫り来る【酒吞童子】を睨みつける。

 その時、頭に、電流が走った。
 
 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

国家魔術師をリストラされた俺。かわいい少女と共同生活をする事になった件。寝るとき、毎日抱きついてくるわけだが 

静内燕
ファンタジー
かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。寝……れない かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。 居場所を追い出された二人の、不器用な恋物語── Aランクの国家魔術師であった男、ガルドは国の財政難を理由に国家魔術師を首になった。 その後も一人で冒険者として暮らしていると、とある雨の日にボロボロの奴隷少女を見つける。 一度家に泊めて、奴隷商人に突っ返そうとするも「こいつの居場所なんてない」と言われ、見捨てるわけにもいかず一緒に生活することとなる羽目に──。 17歳という年齢ながらスタイルだけは一人前に良い彼女は「お礼に私の身体、あげます」と尽くそうとするも、ガルドは理性を総動員し彼女の誘惑を断ち切り、共同生活を行う。 そんな二人が共に尽くしあい、理解し合って恋に落ちていく──。 街自体が衰退の兆しを見せる中での、居場所を失った二人の恋愛物語。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

超人気美少女ダンジョン配信者を救ってバズった呪詛師、うっかり呪術を披露しすぎたところ、どうやら最凶すぎると話題に

菊池 快晴
ファンタジー
「誰も見てくれない……」 黒羽黒斗は、呪術の力でダンジョン配信者をしていたが、地味すぎるせいで視聴者が伸びなかった。 自らをブラックと名乗り、中二病キャラクターで必死に頑張るも空回り。 そんなある日、ダンジョンの最下層で超人気配信者、君内風華を呪術で偶然にも助ける。 その素早すぎる動き、ボスすらも即死させる呪術が最凶すぎると話題になり、黒斗ことブラックの信者が増えていく。 だが当の本人は真面目すぎるので「人気配信者ってすごいなあ」と勘違い。 これは、主人公ブラックが正体を隠しながらも最凶呪術で無双しまくる物語である。

元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで

あれい
ファンタジー
田代学はデブ男である。家族には冷たくされ、学校ではいじめを受けてきた。高校入学を前に一人暮らしをするが、高校に行くのが憂鬱だ。引っ越し初日、学は異世界に勇者召喚され、魔王と戦うことになる。そして7年後、学は無事、魔王討伐を成し遂げ、異世界から帰還することになる。だが、学を召喚した女神アイリスは元の世界ではなく、男女比が1:20のパラレルワールドへの帰還を勧めてきて……。

処理中です...