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30 妹の妨害

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カフェ『音の葉』でピアノを弾くために午後の焼けるような日差しの中、歩いてきた。
店の前でぱちりと日傘を閉じた。
『かき氷はじめました』
外のメニューボードにそんな一文が書かれている。
かき氷の種類は多くて、果肉の入った手作りのフルーツシロップがガラスの瓶に入ってカウンターに並べられているのは去年も見た姿だ。
シロップに加え、お好みで練乳やアイスを追加できる人気メニュー。
カフェの店内に入ると小百里さゆりさんが出迎えてくれた。

「ようこそー!婚約おめでとう!」

「弾かせていただいて、ありがとうございます」

「いいの、いいのっ!こっちもピアノが飾り物にならなくて、助かってるわ」

私が隈井くまい先生から言われたのは『人前で弾くこと』だった。
もっと楽しく弾きなさいとアドバイスをされるのは何度目だろう。
昔はよくわからなかったけど、唯冬達と演奏したことでそれがわかった気がした。
―――夏の夕暮れ。
高校生の可愛いカップルや小学生の子供を連れたお母さん、ちょっとした休憩に入った会社員。
静かな曲にしようとカノンを選んだ。
最近はピアノを聴きにきてくれているお客さんもいて、常連方も増えた。
ケーキセットや飲み物を頼んで、この午後の穏やかなひとときを楽しんでくれているようだった。
コンクールに関係なく、私もこの時間が居心地よく―――そう思っていたのに。
スマホの着信音が大音量で流れた。
ハッとして、視線を向けるとくすくすと笑う虹亜こあが席に座って鳴らしていた。
それも女友達数人と一緒に笑っている。
私がここで弾いていることを耳にしてわざわざきたのだろう。

「あの、困ります。お客様……」

小百里さんが店の雰囲気を壊さないようにそっと話しかけたにも関わらず、無視。
周りのお客さん達が眉を潜めても気にしない。
着信音はリストのラ・カンパネラ。
コンクールで弾いた曲。
わざとかもしれない。
カノンをやめ、白い鍵盤を見下ろす。
着信音を探る。
どこからのスタートなのか耳で聴きとった。

「鐘の音みたい」

誰かがそんなことを言った。
着信音に合わせてラ・カンパネラを弾く。
重なる音に店内は静まり返った。

「すごい……」

「シッ!」

楽譜は頭に入っている。
音が頭の中に再現されていく。
覚えている。
全部。
だけど、あの頃とは違う。
着信音が鳴り止んでもまだ続けた。
私は最後まで弾く。
この曲は特別な曲だから。
最後の一音を鳴らすと手を掲げた。
弾ききることができた。
わあっ拍手が起こり、雨のような拍手。
お辞儀して微笑んだ。

「素敵だったわ!千愛ちゃん!」

小百里さんがわぁっー!と拍手してくれた。

「ありがとうございます」

椅子から立ち上がり、虹亜のほうへ歩いた。

「虹亜。私だけならともかく、他の人の迷惑になるようなことだけはやめて」

「ずいぶんと余裕なのね」

「余裕じゃないわ。私が学んでいる先生からのアドバイスで弾かせてもらっているの」

「先生?」

隈井くまい先生に師事しているのよ」

虹亜の顔が歪んだ。

「一度は断られたけど、この間のコンサートの演奏を聴いて興味を持ってくださったのよ。毎日ではないけど、みていただいてるの」

「そう。私はあんな先生に教えてもらうようなことは何一つないわ!」

なにを言われたのかわからないけど、きっと私と似たような言葉を言われたのだろう。

「だいたいこんなの遊びでしょ?コンクールの練習もしないで信じられない!」 

「虹亜は練習しなくていいの?」

見たところ、友達とショッピングの帰りらしくショップのロゴ入り袋をいくつも手にしていた。

「言われなくてもしてるわ!今日も帰ったらやるもの!」

「そうお互いがんばりましょう」

「このっ!」

手をふりあげた瞬間、さっと離れて避けた。

「虹亜。人を殴ったら、手が痛むわよ。やめたほうがいいわ」

今は虹亜が痛々しく見えた。
プレッシャーから逃げたくてショッピングに出掛けたり、友達とあって気を紛らわせていたのかもしれない。
両親から私に負けないように言われているに違いなかった。

「コンクールの本選で思い知らせてやるわ!」

そう言うと虹亜は店からでていってしまった。

「待ってよー!虹亜!」

「荷物どうするの!」

その後を女友達が追って行った。
虹亜はきっと不安でここにきた。
私がどんな演奏をするのか、気になっていたのかもしれない。
コンクールまであと少し。
残された時間で精一杯 やるしかない。
不安なのはお互い様。
店内を見回してお辞儀するとピアノの元に戻った。
淡いオレンジ色の日差しが店内を照らす。
静かな夏の夕暮れの中、再びカノンを弾き始めた。
この時間を楽しむように。
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