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28 同じ闇を【唯冬】
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千愛の両親は神経質というか、厳格そうなきっちりとした人達だった。
息苦しくないのかというくらい首元までボタンをとめ、地味な色の服を着ていた。
家は普通の一般家庭だが、リビングは家族写真や置物などの雑貨類はいっさいなく、殺風景に感じた。
「結婚?あんな子と結婚なんてどうかしてますよ」
母親の言うセリフだろうか。
俺の両親はまだマシな部類だな。
表面上だけでも夫婦を取り繕っているとは言え、子供を捨てるようなことだけはしない。
当たり前のことが当たり前じゃなかったのだとここにきて知った。
父親のほうは千愛と俺達が載っている雑誌を手にして怒りで震えていた。
なぜ、娘が称賛されていて怒るのか理解できない。
それも一度は諦めたピアニストの道を再び歩もうとすることを伝えたにもかかわらず、それにすら腹を立てていた。
こうなると、なにをしても気に入らないのだろうな。
渋木の会社で懇意にしている弁護士を帯同し、千愛の実家に来たのは正解だった。
「あんな出来の悪い娘と結婚してどうする気だ」
出来の悪い?
記事を読んでその感想なのか。
「とてもいい演奏だった。今までて一番。ご両親をコンサートにご招待するべきだったかな」
「聴きたくもない!」
「虹亜の話だとミスばかりだったそうじゃないの。恥ずかしくて聴けないわ!」
「部屋に閉じ込めて演奏させたものよりは素晴らしかったですよ」
二人は言葉に詰り、黙り込んだ。
自分達がやったことを俺が知っているということに気づいたらしい。
蛇に睨まれた蛙のように二人は俺の前では小さくなった。
きっと千愛が復活するとは思ってもみなかったのだろう。
そして、自分達のやり方が悪かったことを認めたくない。
それが今も千愛を貶める理由だ。
「どうせまた弾けなくなる」
「あの子は私達の失敗作だもの」
まるで呪いの言葉だな。
延々と吐き出される千愛への恨み言と悪意。
二人が言い終わるまで待ってやった。
「娘のひどさを理解したなら、結婚はやめることだ」
「ひどいのは自分達だ。それを目で見て確認するといい」
弁護士に合図を送る。
黙ってうなずき、弁護士がスッと二人の前に差し出したのは両親が送った千愛へのメールや祖父母からの証言。
「なんだ、これは……」
弁護士は淡々と告げた。
「こちらはすべて千愛さんが両親から精神的苦痛を与えられたという証拠です。今の会話も録音させていただきました」
「千愛に今後、危害を加えるなら、こちらもそれ相応の手段にでる」
「罠にはめたのか!」
「罠?罠じゃない。そっちが勝手にペラペラと喋っただけだろう?」
ご親切にこっちの手の内を教えるてやる必要もない。
青ざめた顔で自分達が千愛にやってきたことを目の前に突きつけられ、それを言葉もなく見つめている。
これはしつけだとでも言うかと思ったが―――まあ、言えないか。
自分達が散々攻撃したことが、こうして証拠として残されているとは思ってもみなかったんだろうな。
なにも言えない二人を見おろし、立ち上がった。
「わかってもらえたようでよかった。今後は彼女に近づかないでくれ。それじゃあ―――」
「ま、待ってくれ!」
待つ?
まあ、いいか。
まだこの両親に対してやりたいことがある。
腕を組み、二人を見下ろした。
「千愛のことはわかった。だが、虹亜にはなにもしないでくれ。あの子には将来がある」
妹ね……
まだ子供にすがっているのか。
いや、正しく言えば、子供に自分達の夢を押し付けている。
ガラス戸の棚には両親のどちらかが使っていたであろう古びた楽譜が並んでいた。
子供は親の分身ではない。
千愛が生まれ育った家であるはずなのに千愛がいたと感じられるものはなにもなかった―――
怒りをこらえ、ぐっと拳を握る。
「そうだ。千愛が弾いていたピアノの部屋はどこかな?」
さも今、思い付いたかのように言った。
「部屋?」
「練習していた思い出の部屋をぜひ」
二人はわかったとソファーから立ち上がり、案内してくれた。
外からかけれる鍵。
電気のスイッチ。
「中にピアノは?」
「ああ……」
俺のにこやかな様子にこれ以上なにもされないと安心したのか、愛想笑いを浮かべていた。
背後にまわり、二人の背中を冷ややかに見つめる。
俺はそんな優しい人間じゃない。
そう見せているだけだ。
本当に優しい人間はこんなことしないだろう?
―――ドンッと背中を突き飛ばし、部屋の中に二人を閉じ込めた。
胸ポケットから取り出した鍵で閉じ込めてやった。
「な、なにをするっ!」
「だして!」
電気を消すと悲鳴が聞こえた。
どんどんと部屋の中からドアを叩く音がしていた。
小さな千愛は大人ですら怖いと思うような暗闇に一人閉じ込められてどんな思いをしていたのだろう。
手の中にある鍵を見つめた。
俺はその時の君を助けたかった。
できることなら。
「出さないか!」
「なにをするの!」
「こんなところに閉じ込めてどうするつもりだ!」
恐怖のにじむ声を無視し、ドアの前で言った。
「あなた達が千愛にしていたことですよ」
鍵をリビングのテーブルに置いた。
あのヒステリックな妹が帰ってきたら開けるだろう。
それまではそこにいればいい。
千愛が閉じ込められた時間に比べたら、それは短い時間だろうから―――
息苦しくないのかというくらい首元までボタンをとめ、地味な色の服を着ていた。
家は普通の一般家庭だが、リビングは家族写真や置物などの雑貨類はいっさいなく、殺風景に感じた。
「結婚?あんな子と結婚なんてどうかしてますよ」
母親の言うセリフだろうか。
俺の両親はまだマシな部類だな。
表面上だけでも夫婦を取り繕っているとは言え、子供を捨てるようなことだけはしない。
当たり前のことが当たり前じゃなかったのだとここにきて知った。
父親のほうは千愛と俺達が載っている雑誌を手にして怒りで震えていた。
なぜ、娘が称賛されていて怒るのか理解できない。
それも一度は諦めたピアニストの道を再び歩もうとすることを伝えたにもかかわらず、それにすら腹を立てていた。
こうなると、なにをしても気に入らないのだろうな。
渋木の会社で懇意にしている弁護士を帯同し、千愛の実家に来たのは正解だった。
「あんな出来の悪い娘と結婚してどうする気だ」
出来の悪い?
記事を読んでその感想なのか。
「とてもいい演奏だった。今までて一番。ご両親をコンサートにご招待するべきだったかな」
「聴きたくもない!」
「虹亜の話だとミスばかりだったそうじゃないの。恥ずかしくて聴けないわ!」
「部屋に閉じ込めて演奏させたものよりは素晴らしかったですよ」
二人は言葉に詰り、黙り込んだ。
自分達がやったことを俺が知っているということに気づいたらしい。
蛇に睨まれた蛙のように二人は俺の前では小さくなった。
きっと千愛が復活するとは思ってもみなかったのだろう。
そして、自分達のやり方が悪かったことを認めたくない。
それが今も千愛を貶める理由だ。
「どうせまた弾けなくなる」
「あの子は私達の失敗作だもの」
まるで呪いの言葉だな。
延々と吐き出される千愛への恨み言と悪意。
二人が言い終わるまで待ってやった。
「娘のひどさを理解したなら、結婚はやめることだ」
「ひどいのは自分達だ。それを目で見て確認するといい」
弁護士に合図を送る。
黙ってうなずき、弁護士がスッと二人の前に差し出したのは両親が送った千愛へのメールや祖父母からの証言。
「なんだ、これは……」
弁護士は淡々と告げた。
「こちらはすべて千愛さんが両親から精神的苦痛を与えられたという証拠です。今の会話も録音させていただきました」
「千愛に今後、危害を加えるなら、こちらもそれ相応の手段にでる」
「罠にはめたのか!」
「罠?罠じゃない。そっちが勝手にペラペラと喋っただけだろう?」
ご親切にこっちの手の内を教えるてやる必要もない。
青ざめた顔で自分達が千愛にやってきたことを目の前に突きつけられ、それを言葉もなく見つめている。
これはしつけだとでも言うかと思ったが―――まあ、言えないか。
自分達が散々攻撃したことが、こうして証拠として残されているとは思ってもみなかったんだろうな。
なにも言えない二人を見おろし、立ち上がった。
「わかってもらえたようでよかった。今後は彼女に近づかないでくれ。それじゃあ―――」
「ま、待ってくれ!」
待つ?
まあ、いいか。
まだこの両親に対してやりたいことがある。
腕を組み、二人を見下ろした。
「千愛のことはわかった。だが、虹亜にはなにもしないでくれ。あの子には将来がある」
妹ね……
まだ子供にすがっているのか。
いや、正しく言えば、子供に自分達の夢を押し付けている。
ガラス戸の棚には両親のどちらかが使っていたであろう古びた楽譜が並んでいた。
子供は親の分身ではない。
千愛が生まれ育った家であるはずなのに千愛がいたと感じられるものはなにもなかった―――
怒りをこらえ、ぐっと拳を握る。
「そうだ。千愛が弾いていたピアノの部屋はどこかな?」
さも今、思い付いたかのように言った。
「部屋?」
「練習していた思い出の部屋をぜひ」
二人はわかったとソファーから立ち上がり、案内してくれた。
外からかけれる鍵。
電気のスイッチ。
「中にピアノは?」
「ああ……」
俺のにこやかな様子にこれ以上なにもされないと安心したのか、愛想笑いを浮かべていた。
背後にまわり、二人の背中を冷ややかに見つめる。
俺はそんな優しい人間じゃない。
そう見せているだけだ。
本当に優しい人間はこんなことしないだろう?
―――ドンッと背中を突き飛ばし、部屋の中に二人を閉じ込めた。
胸ポケットから取り出した鍵で閉じ込めてやった。
「な、なにをするっ!」
「だして!」
電気を消すと悲鳴が聞こえた。
どんどんと部屋の中からドアを叩く音がしていた。
小さな千愛は大人ですら怖いと思うような暗闇に一人閉じ込められてどんな思いをしていたのだろう。
手の中にある鍵を見つめた。
俺はその時の君を助けたかった。
できることなら。
「出さないか!」
「なにをするの!」
「こんなところに閉じ込めてどうするつもりだ!」
恐怖のにじむ声を無視し、ドアの前で言った。
「あなた達が千愛にしていたことですよ」
鍵をリビングのテーブルに置いた。
あのヒステリックな妹が帰ってきたら開けるだろう。
それまではそこにいればいい。
千愛が閉じ込められた時間に比べたら、それは短い時間だろうから―――
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