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25 私たちを包む【漆黒】

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「これを使ったら、ラウリはまた家政夫に戻りますけど、本当にいいんですか?」
「さっさと使え。ゴミに埋もれて死にたくないならな」

 ラウリは私を止めず、私もラウリと一緒にいたいと思った。
 
「染色術、【漆黒】の闇」

 呪文を口にした瞬間、リボンが複数の頭を持つ蛇のように膨れ上がり、木や草の間を疾る。
 まずはユハニを喰らおうと大きく口を開けた。その口を見て、ユハニは枝を成長させ、幹に変化させるも粉砕され、周囲に木屑となって散らばり、後方へ飛び退く。
 草の成長は止まり、余裕がなくなったユハニは援護を求めるも漆黒色をした蛇は巨頭を空へ向けた
 地上にユハニ以外の獲物がいないとわかった蛇達は飛び回る竜の足を絡めとり、地上へ引きずり落とす。

「あ、あれ? 術が暴走してる?」

 目の前を黒く染め、目眩まし程度の術になるはずが、ここまで攻撃性の高い術となるとは予想してなかった。

「これが、ピコピコ竜たんの力!」
「は? 違うだろう?」
「わかってますよ。言ってみたかっただけです。あの、手に負えないので止めてもらってもいいですか?」
「断る。あいつらにはいい薬だ。人間を侮りすぎている」

 ラウリは胸の前に腕を組み、楽しげに笑っているだけで止める気は微塵もないらしい。自分の味方であり、同族だというのに追いかけ回される竜達を楽しげに眺めている。
 可愛い黒のリボンは今や複数の頭を持つ黒い大蛇となり、竜達の足を掴むと、次々と捕まえては地面すれすれで止めるという遊びを繰り返し、大蛇はまるで生まれたての無邪気な赤ん坊のようだった。
 
「はははっ! これは愉快だな!」

 逃げる竜達を見て、ラウリが大笑いする。ラウリの大笑いという珍しい光景を見れたけど、これは術が暴走したというよりはアレですよ。

「持ち主の性格がでますね」
「なにか言ったか?」
「いえ……」

 私の術とラウリの力が変な風に混ざったせいで、こんなことになっているのかもしれない。
 危険すぎて、ピコピコ竜たんの服を使わずにいようと決めた。リボンひとつでこれなら、もっと大きなサイズになるとなにが起きるかわからない。
 ラウリのコートサイズともなると、お守りどころかあたり一帯、破壊されてしまうのでは……?
 それも効果時間は謎。つまり、番犬ならぬ家を守る漆黒の大蛇が出現していると思えば安心といえば安心だけど――

「ヨルン様がいなくてよかった……」

 私が見知らぬ男性と同居しているだけで近衛隊を連れて来るのだから、森に大蛇がいると噂になったら討伐隊どころか正規軍を編成し、大蛇退治にやって来たに違いない。

「ユハニ。これでアリーチェの力がわかっただろう?」

 ユハニは竜の姿を晒し、大蛇に応戦しようと接近するも大きな口に喰われかけ、翼を広げて回避する。

「人間のくせに……! このような強大な術を使うとは!」

 ラウリの鱗があったからできたことで、本当は目眩ましの術なんですとは言わず、私ができる精一杯の虚勢を張った。

「私の隠し持っていた力を知ってしまいましたね。染物師は仮の姿、魔術師アリーチェとは私のこと!」
「モテはどうした?」
「今は我慢します」

 ラウリのツッコミに小声で答えた。
 本当は可愛いイメージの染物師として呼ばれたいけど、今は我慢。いい女は寒くても我慢しておしゃれをすると王都で人気のモテ女子雑誌に書いてあった。
 
「こんな子供が魔術師とはなんと恐ろしい国でしょうか」
「子供っ? 私は子供じゃなっ……フガッ!」
「そうだ。ユハニ。わかっただろう? 人間は今や子供でも高度な魔術を扱う種族となったのだ。俺が人間と共にいるのは監視するためでもある」

 ラウリの大きな手に口を塞がれ、モガモガ、フガフガと私の言葉はくぐもった声に変わり、カッコいいセリフは一言も言えなかった。
 今から『ラウリを連れて行きたければ、私を倒してから連れて行くのね!』なんて、冒険小説に書いてあったセリフを言う予定だったのに。

「そうだったのですか……」
「ラウリ様が人間が我々を脅かすのではという未来を見据え、人間の国を監視されているとは知らず、我らはなんと愚かな」

 竜達からの攻撃や抵抗が止み、ラウリの気も済んだのか、大蛇の動きが止まり、竜達を解放する。 

「俺には俺のやらなくてはいけない使命がある。内政は弟に任せ、俺は外から国を支えよう」

 その声は空の上の竜達全員に届いたらしく、ラウリの言葉に感激していた。
 私が言うのもなんですが、なんだか騙されていませんか。
 そんな私の問いかけもラウリの手によって口が塞がれていて吐き出せない。

「我々はなんと浅はかで愚かだったのでしょうか」
「ラウリ様の深いお考えにも気づかずっ……なんと情けない」

 純粋にラウリを慕い信頼しているというのにラウリに良心はないのだろうか。
 そうだぞ、なんて得意顔で竜達にうなずいてかっこいい雰囲気になってるけど、実際は違いますよね?

「むがっ(絶対)……むがっ、むががっ(みなさん、騙されていますよっ)!」

 私の正義の言葉はむなしくラウリの強力な力(手)によって潰された。
 さすがオブシディアンドラゴン!
 竜達の中心にいたユハニは竜の姿で恭しく首を下へ向け、頭を垂れた。

「それでも、我々がラウリ様に忠誠を誓っていることをお忘れなきよう」

 そのユハニの言葉にはラウリも真摯な目をし、うなずいた。

「わかった」

 ラウリの返事と同時に竜達がユハニだけを残し、森から飛び立つ。
 竜達は森へやって来た時よりも遠慮がちに木々を揺らし、去って行った。去った後には風に巻き上げられた木の葉が空から降って来た。
 私とラウリ、ユハニは降って来る木の葉を見つめ、そしてラウリはその木の葉を手のひらで受け止めるとため息をついた。

「屋根の上も掃除しないとだめだな」

 屋根の上まで?
 気にしたことこともないし、掃除が必要な場所とは思えなかった。
 さすが完璧主義のラウリ。そんなラウリをユハニは当然とばかりに尊敬のまなざしを向けけていた。

「染物師アリーチェ。ラウリ様に危害を加えれば、竜人族をすべてを敵に回すと思え」
「ぶはっ! え? は、はい……」

 ラウリの手から解放された頃には私の存在が竜人族にとって、危険人物扱いになっていた。
 可愛い染物師アリーチェちゃんを目指していた私の方向性とかなり違う。
 けど、庭ではまだ禍々しい漆黒の大蛇が動いていたから、訂正はできなかった。

「ラウリ様。なにかあればいつでもお呼びください」
「ああ、助かる」
「それでは、また伺います」
「またくるのか……」

 ラウリはユハニがまた来ると知り、顔をひきつらせた。これでしばらく来ないだろうと思っていたらしい。ユハニの忠誠心はラウリの予想を上回っており、その期待を易々と裏切った。
 
「王になって欲しいという気持ちは変わりません」

 ユハニはそう言うと、大蛇を警戒しながら、翼を広げ、空へと向かっていった。
 ラウリへの挨拶なのか、何度か森の上空をくるくると旋回してから東の空へ飛んで行く。
 東のほうに竜人の国があるのだろうか。
 
「やっと静かになったと言いたいが、これはいつまでいるんだ?」

 複数の首を持つ大蛇が門番のようにドーンっと庭でその異様な存在感を放ち続けている。

「わかりません。でも、しばらくしたら消えると思います」
「そうか。なら、有効に使おう」
「なにをさせるんですか?」
「草むしりだ」

 超高度な術だというのに草むしり。確かにユハニのせいでラウリが頑張って綺麗にした庭は鬱蒼とし、土が見えない。
 私のモシャモシャ畑は雑草に埋まり、息をしておらず、ラウリの畑は辛うじて作物があるのではとわかるくらいだった。

「くそ! なにが忠誠を誓うだ! 忠誠はいいから草むしりを手伝えよ!」
「ラウリ、本音が漏れてますよ……」

 さっきまでの態度はなんだったんですかとちょっと尋ねたい。
 凶悪な大蛇の姿を見て思ったけど、ラウリが一番危険なのではと疑ってしまう。

「でも、私には大事な家政夫ですけどね」
「なにか言ったか?」

 すでにザクザクと草を刈っている働き者の家政夫ラウリが手を止めて私を見る。

「いいえ、なにも」

 ピコピコ竜たんを窓辺に置くと、私も草むしりを始めた。
 私達の家をまた元通りにして、いつものように二人で暮らすために。 
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