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23 迎えの【エメラルド】ドラゴン
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私のお礼の言葉を聞いたラウリはかじっていたビスケットを皿に置いた。
「おかげで、私も元気になりましたし、家も綺麗になりました」
「改まってどうした?」
「そろそろ、ラウリは自由になっていいと思うんです」
「なるほど。俺は解雇ということか」
「そうじゃなくて……」
ラウリの目をまっすぐに見れず、スープ皿を見下ろした。スープに映る私の表情は暗く、笑ってお別れを言うつもりが、笑えずにしょんぼりとしている。
「まあ、借金がなくなったからな。ここにいる理由もないか」
平気な顔で淡々と言うラウリに胸が痛んだ。
もっと別れを惜しんで欲しいなんて無理な話だとわかっている。
迷惑しかかけていないのだから、ラウリは早くここを出て行きたいと思っていても不思議ではない。
「私、これからはちゃんと掃除も料理もやれるように頑張ります」
本当はここにいて欲しいという言葉を呑み込んで、私から別れを告げた。
「わかった」
ラウリの返事と同時に私は顔をあげた。
彼がどんな顔をしているのか、その表情を見ようと思った瞬間、それは強い風によって阻まれた。
自然の風とは違う強い風が吹き、その風は何度も起きた。森の木が右へ左へと揺れ、鳥が一斉に森から逃げ出す。
「な、な、なにっ?」
「めんどうな奴らがやって来たか」
ラウリの目は頭上、空へと向けられて私も首が痛くなるくらい空を仰ぐ。
今度は鳥と見間違えることはない。
空を旋回していたのは緑、青、赤の竜達で、巨体サイズの竜達が何体も空を飛んでいる。
「ひ、ひええええっ!」
森の木に触れるか触れないかのギリギリで飛び、ゴオッと風を切る音が恐ろしい。乾燥した枝や木の葉が舞い上がり、砂や石ころが吹き飛ばされていく。
空を飛ぶ竜達の中から、一体だけ緑の竜が降りてくる。その緑の竜の背に乗っていたのは人間の姿をしたユハニだった。
「合図を待て。ラウリ様と話をする」
ユハニはラウリの仲のいい友達というだけでなく、他の竜達から一目置かれる立場でもあるらしく、ユハニを降ろすと緑の竜は軽く首をうなずくように動かし、また空へ戻って行く。
相変わらず、女性のような美青年ぶりで、この間と同じ長い三つ編みを後ろに垂らし、優雅な仕草で地面に足を下ろす。
「そろそろ飽きる時期かと思い、お迎えに参りました。ラウリ様」
きっと今までこんなふうにラウリは居た場所から去って行ったのだろうと思えるくらい、ユハニは慣れていた。
「飽きてない。だが、俺は解雇らしい」
「ラウリ様を解雇? そんな身の程をわきまえない図々しい人間がいますか?」
図々しい人間とは私のことだろうか。
どうやら、私のことだったらしく、ユハニからもラウリからもチクチクとした責めるような視線を感じた。
「あ、あのぅ、解雇というか、その、私はラウリのためを思ってのことで……」
「ラウリ様は人間ごときに解雇される方ではありません!」
「そ、そ、そんな怒らなくてもっ」
「そんな人間は今まで一人としていませんでした。毎回、人々との別れのシーンには感動が付きもので、涙なしでは見られなかった……。そして、お礼を言われるラウリ様を目にし、なんてご立派なのかと……」
ユハニはその感動シーンを思い出したのか、目頭をおさえ、涙声で語り出した。
そんな感動のシーンを何度も見てきたユハニにとって、私からラウリを解雇したことは許せないようだった。今回もその感動のお別れを見ようと思って、わざわざラウリに会いに来たのだろうか。
そして、感動している間にラウリに逃げられるという不毛なループを繰り返しているとかじゃ……
「ひきとめられるラウリ様は別れを惜しみつつ、旅立ってきました。次の目的のため、そして成長して国へと帰るために!」
「帰らんと言っているだろうが。その自分に都合のいい思考回路をいい加減やめろ」
「ユハニは前向きなんですね」
ポジティブなユハニを私とラウリは冷めた目で眺めた。そんな私達の視線にも気づかず、ユハニは自分の世界から帰って来ると、私と向き合った。
「それで、ラウリ様のなにが不満だったんですか」
「不満なんてありません」
「なるほど。不満はないと。不満がないのに一方的に別れを告げるのは駆け引きのひとつですか」
「駆け引き?」
「国でもラウリ様の気を引きたい女性がそうやって別れを告げたり、別れたくないとすがったりと、揺さぶりをかけ……」
「おい、ユハニ。やめろ」
私が自分のモテ度を気にしていたのを馬鹿にしていたくせに自分はモテモテだったというワケですか……
へぇー、ふぅーんと言いながら、ピコピコ竜たんでピッコピッコと不機嫌な音を鳴らし、ラウリをじろりと横目で見た。
「ラウリは女性に人気があるんですね」
「当たり前でしょう。ラウリ様ほどの方を女性が放っておくわけがない。毎日、美しい女性に囲まれていましたよ」
「そのあたり詳しく聞きましょうか。お茶でもどうぞ」
スッと私が座っていた椅子をユハニに勧めた。
いつもなら、今から食後のティータイム。今日のティータイムはちょっとギスギスしてしまうかもしれませんが、ラウリの女性関係を聞けるチャンス。
「ラウリが焼いたビスケットはサクサクしていておいしいんですよ」
「おい! もてなすな!」
「いいじゃないですか。私、ラウリのことなにも知らないんですよ。少しくらい教えてくれてもいいでしょう?」
「俺を解雇しておいて、よく言うな」
「竜人族の国のことを聞いておけば、私が自由になった時、ラウリに会いに行けるかもしれないじゃないですか」
会いに来るつもりかとか、俺はお前に会いたくないとか憎たらしいことを言うのかと思ったら、驚いた顔をして私を見ただけで、そんな言葉は返ってこなかった。
「ラウリは広い世界を知りたくて飛び出したんだから、私といつまでも一緒にはいられませんよね。でも、これを最後のお別れにするには寂しいので、そのうち、私からラウリに会いに行きます」
ラウリはなるほどと小さく呟いて笑った。笑顔が見たいと思っていたけど、私が見たかったのはお笑い的な笑いではない。
「お前は本当に面白い奴だな。のんびりなお前をいつまでも待っていられるか。俺に会いに来る頃にはお前はヨボヨボの婆さんだ」
「よ、ヨボヨボっ……ひ、ひどっ……!」
「だいたい竜人族の国がお前のようなボンヤリに見つかってたまるか」
「ぐっ……! そんな言い方しなくてもいいじゃないですかっ! これでも必死に考えたんですよ」
ラウリがぼすっと私の頭を叩き、手を離さずにそのまま、頭の上でため息をついた。
「考えるのは別れた後のことじゃないだろう? 俺が必要なら必要と素直に言え」
「い、言ってもいいんですか?」
「口にしないとわからんだろうが。それにお前が料理や掃除ができるとは思えん」
「むっ…!」
聞き捨てならないラウリの発言にぴくっと眉が動いた。
こう見えてもラウリが料理をしたり、掃除をしているのを毎日眺めていたのだから、知識を得て私は成長している。以前の無知な私だと思ってもらっては困る。
「昨日、カップを割っただろう」
「な、なぜそれを……バレないようにこっそり土に埋めて隠したのに!」
「修復するから後で掘り起こしておけよ。俺は毎日、食器の数を確認している」
「そこまで!」
私が夜中につまみ食いしたクッキーやキャンディの枚数まで、ラウリは数えていそうだ。
台所の棚にあるクッキー缶とキャンディ缶をちらちらと横目で見ていると、ラウリがフッと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「よし。俺を解雇できるレベルかどうか試すか。今晩の夕食はアリーチェに作ってもらう」
「えっ!」
「楽しみだな」
「じゃ、じゃあ、まず小川の魚を釣って、ウサギを狩るとこから……」
ラウリをお手本にしたつもりが、よく考えると私には高度過ぎた。でも、ラウリを見て学んだから、お料理の手順としては間違っていないはず。
「今日は夕食なし決定だな」
まだスタートもしていないうちから夕食を諦められた。もう少し、可能性を信じて希望を持って欲しい。
「……わかりました。今日の夕食は草と塩、お昼の残りのビスケットとお湯でいいですか?」
「最初の頃から成長してないだと! せめて俺が保存食として作った干し肉か野菜を使え!」
「使い方がわかりません!」
「いや、正々堂々と言われてもな……」
困惑しているけど、干し肉や干し野菜の使い方なんて、草に塩かけて食べているようなお料理初心者の私がわかるわけがない。料理能力がそこそこないと使えない食材ではないだろうか。
「今日の夕食は干し野菜を使った料理にするか」
「食べてみたいです」
まだラウリは私といてくれる。それが嬉しくて涙が滲んで泣きそうになったけれど、涙をぬぐおうと顔をあげた私を待っていたのはユハニの恐ろしく冷えた目だった。
「ひ、ひ……えっ……ラ、ラウリ……」
今まで一度もこんなことはなかったのに恐怖でラウリにしがみついてしまった。
「ユハニ。聞いてわかっただろうが、俺はまだしばらくここにいる」
「聞いたからこそ、ここにラウリ様がいてはいけないと思いました」
「どういう意味だ?」
「今まで人間に執着するようなご様子を見せなかったから、安心していましたが、今回ばかりは違うらしい」
ざわざわと森の中が騒がしくなる。
ラウリがヨルン様と対峙した時の空気と似ている。
ユハニが特殊な能力を持っているとわかったのはラウリが草むしりをしていた場所の草が地面からぽこぽこと顔を出して、伸び始めたのを目にしたからだった。
「ラウリ、草がっ……!」
「エメラルドドラゴンの能力の一つに植物を操る力がある」
「そうなんですかって、じゃあ、森の中だと不利じゃないですか!」
「ああ」
私のモシャモシャ畑が今になって悔やまれる。
草むしりをした場所でさえ、根っこから草が生えてきているのだから、私の畑は武器庫と同じ。
どうして、草むしりしておかなかったのだろうと今になって悔やまれた。
「人間にラウリ様をくれてやるわけにはいかない。無礼を承知で国の将来のため、ラウリ様を拘束し、無理矢理にでも連れ戻します」
頭上を旋回する竜達もユハニの言葉に呼応するかのように違う猛々しい声で吠えた。その咆哮は森に響き渡り、動物達は逃げ、気配が遠のいていく。
「さすがにラウリ様とはいえども、そのトロそうな人間を守りながら、我々からの攻撃をかわせないでしょう」
微笑んだユハニに対して、ラウリは微笑まなかった。ラウリはそれでも戻るとは言わない。だから、私はラウリから聞かなくても、竜人族の国でラウリがどんなふうな暮らしだったのかわかった。
自由だと思ったラウリは私と同じ――不自由さを知る人。
「おかげで、私も元気になりましたし、家も綺麗になりました」
「改まってどうした?」
「そろそろ、ラウリは自由になっていいと思うんです」
「なるほど。俺は解雇ということか」
「そうじゃなくて……」
ラウリの目をまっすぐに見れず、スープ皿を見下ろした。スープに映る私の表情は暗く、笑ってお別れを言うつもりが、笑えずにしょんぼりとしている。
「まあ、借金がなくなったからな。ここにいる理由もないか」
平気な顔で淡々と言うラウリに胸が痛んだ。
もっと別れを惜しんで欲しいなんて無理な話だとわかっている。
迷惑しかかけていないのだから、ラウリは早くここを出て行きたいと思っていても不思議ではない。
「私、これからはちゃんと掃除も料理もやれるように頑張ります」
本当はここにいて欲しいという言葉を呑み込んで、私から別れを告げた。
「わかった」
ラウリの返事と同時に私は顔をあげた。
彼がどんな顔をしているのか、その表情を見ようと思った瞬間、それは強い風によって阻まれた。
自然の風とは違う強い風が吹き、その風は何度も起きた。森の木が右へ左へと揺れ、鳥が一斉に森から逃げ出す。
「な、な、なにっ?」
「めんどうな奴らがやって来たか」
ラウリの目は頭上、空へと向けられて私も首が痛くなるくらい空を仰ぐ。
今度は鳥と見間違えることはない。
空を旋回していたのは緑、青、赤の竜達で、巨体サイズの竜達が何体も空を飛んでいる。
「ひ、ひええええっ!」
森の木に触れるか触れないかのギリギリで飛び、ゴオッと風を切る音が恐ろしい。乾燥した枝や木の葉が舞い上がり、砂や石ころが吹き飛ばされていく。
空を飛ぶ竜達の中から、一体だけ緑の竜が降りてくる。その緑の竜の背に乗っていたのは人間の姿をしたユハニだった。
「合図を待て。ラウリ様と話をする」
ユハニはラウリの仲のいい友達というだけでなく、他の竜達から一目置かれる立場でもあるらしく、ユハニを降ろすと緑の竜は軽く首をうなずくように動かし、また空へ戻って行く。
相変わらず、女性のような美青年ぶりで、この間と同じ長い三つ編みを後ろに垂らし、優雅な仕草で地面に足を下ろす。
「そろそろ飽きる時期かと思い、お迎えに参りました。ラウリ様」
きっと今までこんなふうにラウリは居た場所から去って行ったのだろうと思えるくらい、ユハニは慣れていた。
「飽きてない。だが、俺は解雇らしい」
「ラウリ様を解雇? そんな身の程をわきまえない図々しい人間がいますか?」
図々しい人間とは私のことだろうか。
どうやら、私のことだったらしく、ユハニからもラウリからもチクチクとした責めるような視線を感じた。
「あ、あのぅ、解雇というか、その、私はラウリのためを思ってのことで……」
「ラウリ様は人間ごときに解雇される方ではありません!」
「そ、そ、そんな怒らなくてもっ」
「そんな人間は今まで一人としていませんでした。毎回、人々との別れのシーンには感動が付きもので、涙なしでは見られなかった……。そして、お礼を言われるラウリ様を目にし、なんてご立派なのかと……」
ユハニはその感動シーンを思い出したのか、目頭をおさえ、涙声で語り出した。
そんな感動のシーンを何度も見てきたユハニにとって、私からラウリを解雇したことは許せないようだった。今回もその感動のお別れを見ようと思って、わざわざラウリに会いに来たのだろうか。
そして、感動している間にラウリに逃げられるという不毛なループを繰り返しているとかじゃ……
「ひきとめられるラウリ様は別れを惜しみつつ、旅立ってきました。次の目的のため、そして成長して国へと帰るために!」
「帰らんと言っているだろうが。その自分に都合のいい思考回路をいい加減やめろ」
「ユハニは前向きなんですね」
ポジティブなユハニを私とラウリは冷めた目で眺めた。そんな私達の視線にも気づかず、ユハニは自分の世界から帰って来ると、私と向き合った。
「それで、ラウリ様のなにが不満だったんですか」
「不満なんてありません」
「なるほど。不満はないと。不満がないのに一方的に別れを告げるのは駆け引きのひとつですか」
「駆け引き?」
「国でもラウリ様の気を引きたい女性がそうやって別れを告げたり、別れたくないとすがったりと、揺さぶりをかけ……」
「おい、ユハニ。やめろ」
私が自分のモテ度を気にしていたのを馬鹿にしていたくせに自分はモテモテだったというワケですか……
へぇー、ふぅーんと言いながら、ピコピコ竜たんでピッコピッコと不機嫌な音を鳴らし、ラウリをじろりと横目で見た。
「ラウリは女性に人気があるんですね」
「当たり前でしょう。ラウリ様ほどの方を女性が放っておくわけがない。毎日、美しい女性に囲まれていましたよ」
「そのあたり詳しく聞きましょうか。お茶でもどうぞ」
スッと私が座っていた椅子をユハニに勧めた。
いつもなら、今から食後のティータイム。今日のティータイムはちょっとギスギスしてしまうかもしれませんが、ラウリの女性関係を聞けるチャンス。
「ラウリが焼いたビスケットはサクサクしていておいしいんですよ」
「おい! もてなすな!」
「いいじゃないですか。私、ラウリのことなにも知らないんですよ。少しくらい教えてくれてもいいでしょう?」
「俺を解雇しておいて、よく言うな」
「竜人族の国のことを聞いておけば、私が自由になった時、ラウリに会いに行けるかもしれないじゃないですか」
会いに来るつもりかとか、俺はお前に会いたくないとか憎たらしいことを言うのかと思ったら、驚いた顔をして私を見ただけで、そんな言葉は返ってこなかった。
「ラウリは広い世界を知りたくて飛び出したんだから、私といつまでも一緒にはいられませんよね。でも、これを最後のお別れにするには寂しいので、そのうち、私からラウリに会いに行きます」
ラウリはなるほどと小さく呟いて笑った。笑顔が見たいと思っていたけど、私が見たかったのはお笑い的な笑いではない。
「お前は本当に面白い奴だな。のんびりなお前をいつまでも待っていられるか。俺に会いに来る頃にはお前はヨボヨボの婆さんだ」
「よ、ヨボヨボっ……ひ、ひどっ……!」
「だいたい竜人族の国がお前のようなボンヤリに見つかってたまるか」
「ぐっ……! そんな言い方しなくてもいいじゃないですかっ! これでも必死に考えたんですよ」
ラウリがぼすっと私の頭を叩き、手を離さずにそのまま、頭の上でため息をついた。
「考えるのは別れた後のことじゃないだろう? 俺が必要なら必要と素直に言え」
「い、言ってもいいんですか?」
「口にしないとわからんだろうが。それにお前が料理や掃除ができるとは思えん」
「むっ…!」
聞き捨てならないラウリの発言にぴくっと眉が動いた。
こう見えてもラウリが料理をしたり、掃除をしているのを毎日眺めていたのだから、知識を得て私は成長している。以前の無知な私だと思ってもらっては困る。
「昨日、カップを割っただろう」
「な、なぜそれを……バレないようにこっそり土に埋めて隠したのに!」
「修復するから後で掘り起こしておけよ。俺は毎日、食器の数を確認している」
「そこまで!」
私が夜中につまみ食いしたクッキーやキャンディの枚数まで、ラウリは数えていそうだ。
台所の棚にあるクッキー缶とキャンディ缶をちらちらと横目で見ていると、ラウリがフッと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「よし。俺を解雇できるレベルかどうか試すか。今晩の夕食はアリーチェに作ってもらう」
「えっ!」
「楽しみだな」
「じゃ、じゃあ、まず小川の魚を釣って、ウサギを狩るとこから……」
ラウリをお手本にしたつもりが、よく考えると私には高度過ぎた。でも、ラウリを見て学んだから、お料理の手順としては間違っていないはず。
「今日は夕食なし決定だな」
まだスタートもしていないうちから夕食を諦められた。もう少し、可能性を信じて希望を持って欲しい。
「……わかりました。今日の夕食は草と塩、お昼の残りのビスケットとお湯でいいですか?」
「最初の頃から成長してないだと! せめて俺が保存食として作った干し肉か野菜を使え!」
「使い方がわかりません!」
「いや、正々堂々と言われてもな……」
困惑しているけど、干し肉や干し野菜の使い方なんて、草に塩かけて食べているようなお料理初心者の私がわかるわけがない。料理能力がそこそこないと使えない食材ではないだろうか。
「今日の夕食は干し野菜を使った料理にするか」
「食べてみたいです」
まだラウリは私といてくれる。それが嬉しくて涙が滲んで泣きそうになったけれど、涙をぬぐおうと顔をあげた私を待っていたのはユハニの恐ろしく冷えた目だった。
「ひ、ひ……えっ……ラ、ラウリ……」
今まで一度もこんなことはなかったのに恐怖でラウリにしがみついてしまった。
「ユハニ。聞いてわかっただろうが、俺はまだしばらくここにいる」
「聞いたからこそ、ここにラウリ様がいてはいけないと思いました」
「どういう意味だ?」
「今まで人間に執着するようなご様子を見せなかったから、安心していましたが、今回ばかりは違うらしい」
ざわざわと森の中が騒がしくなる。
ラウリがヨルン様と対峙した時の空気と似ている。
ユハニが特殊な能力を持っているとわかったのはラウリが草むしりをしていた場所の草が地面からぽこぽこと顔を出して、伸び始めたのを目にしたからだった。
「ラウリ、草がっ……!」
「エメラルドドラゴンの能力の一つに植物を操る力がある」
「そうなんですかって、じゃあ、森の中だと不利じゃないですか!」
「ああ」
私のモシャモシャ畑が今になって悔やまれる。
草むしりをした場所でさえ、根っこから草が生えてきているのだから、私の畑は武器庫と同じ。
どうして、草むしりしておかなかったのだろうと今になって悔やまれた。
「人間にラウリ様をくれてやるわけにはいかない。無礼を承知で国の将来のため、ラウリ様を拘束し、無理矢理にでも連れ戻します」
頭上を旋回する竜達もユハニの言葉に呼応するかのように違う猛々しい声で吠えた。その咆哮は森に響き渡り、動物達は逃げ、気配が遠のいていく。
「さすがにラウリ様とはいえども、そのトロそうな人間を守りながら、我々からの攻撃をかわせないでしょう」
微笑んだユハニに対して、ラウリは微笑まなかった。ラウリはそれでも戻るとは言わない。だから、私はラウリから聞かなくても、竜人族の国でラウリがどんなふうな暮らしだったのかわかった。
自由だと思ったラウリは私と同じ――不自由さを知る人。
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