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7 王宮
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とうとう国王陛下が―――そう思ったけど、前を進む前に鋭い声に呼び止められた。
「しばしお待ちを」
「これはジョシュア様。お忙しいとは聞いておりましたが、以前に増して精悍な顔立ちをされていらっしゃる」
ホスキンズ様の媚びた声が聞こえてきた。
どうやら、話をしているのは衛兵とは違う身分の人間らしく、腰を低くした。
「長い挨拶は結構。それより、ホスキンズ。今回の荷物は随分と大きな荷物ですが、これは?」
「ははっ! こちらはレムナーク国王陛下に差し上げる贈り物でございます。きっと、ご満足いただけるでしょう」
「諦めが悪いですね。なにを差し上げても無駄だと思いますが。とりあえず、ここから先へ進む前に一度、中を確かめさせていただきましょうか」
会話から、ホスキンズ様は何度もレムナーク国王陛下へ貢ぎ物をしているようだった。けれど、今までどれも満足してもらえなかったから今回は趣向を変え、珍しい獣人の女性を手に入れたということだろうか。
会話の相手の人の声は丁寧な声だったけど、重低音。
緊張しているのか、ホスキンズ様が小さく息を呑んだのがわかった。
国王陛下ではないようだけど、軽んじていい相手ではないようで、私にホスキンズ様の緊張が伝わり、同様に身を強張らせた。
「もちろん、どうぞ」
鳥籠にかけられたシフォンの布を手で払う気配がし、顔を伏せて身を小さくさせた。
長い銀髪の隙間から、恐る恐る横目で覗いてみる。ジョシュアという人が黒髪黒目の男の人だというのはわかったけど、怖くてすぐに目を背けた。
ここで私がベアトリーチェじゃないと判明してしまえば、殺されてしまうかもしれない。
ちょっとでも生き延びようと私は必死だった。
「女性? ホスキンズが見せたいものとは女性ですか?」
「さようでございます」
「国王陛下は簡単に人を信用しません。それが女性であったとしても同じこと」
「ご安心をジョシュア様。ただの女性ではございません」
「そうですか。どうしても見せたいというのなら止めませんが、不興を買って殺されても知りませんよ」
ジョシュアと呼ばれた黒髪黒目の男の人はホスキンズ様を止めた。ここで、ホスキンズ様が諦めてくれたのなら、私の命も助かるだろう。
私がベアトリーチェでないことを説明し、『パレ・ヴィオレット』へ戻れるようにしてもらえばいいだけ。
そう思っていた。けれど―――
「ご心配なく。美しい鳥の獣人です。一目ご覧になれば、すぐにお気に召されるかと」
「獣人?」
「ジョシュア様は獣人をご覧になったことがないようですな。ただの獣人ではありませんぞ。かの有名な高級娼館『パレ・ヴィオレット』にて、一番人気の芸妓で白い鳥の獣人でございます。鳥のさえずりのように歌い、羽のような軽さで舞う人気の芸妓です」
「ああ。あの高級娼館『パレ・ヴィオレット』ですか」
「ご存じで」
「知らない者はいませんよ」
ホスキンズ様は媚びた声でジョシュア様にベアトリーチェのことを語っていた。
鳥籠の中にいるのがベアトリーチェではないとも知らずに。
私の歌は音痴で耳が痛くなると言われ、舞いをしようものなら転び、その酷い有様に姐さん達から才能がない、諦めろと言われた。
後から入って来た年下の子達に軽く追い抜かれ、体の成長も遅かった私は下働きとして生きる活路を見出した(いいように言えば)。
つまり、『パレ・ヴィオレット』の中でも底辺中の底辺。
外見はどうにもならないけど、なにか特技があれば命乞いができたかもしれなかった。
残念ながら、私に特技はない……
どうにもならない現実に頭を抱え、薔薇の花と絹のクッションの中に顔を伏せた。
「ヴィオレットのところから、ここまで連れてくるのは骨が折れましたよ」
「そうでしょうね。ホスキンズ、進んでもいいですよ」
許可されたホスキンズ様が嬉々としているのが見て取れた。
クッションを抱え、青ざめている私にまったく気づいていない。
台車の音と足音が止まる。
ホスキンズ様の跪く影が布越しに見え、とうとう私はレムナーク王国国王陛下の前に連れてこられたのだと悟った。
「遅いぞ。ホスキンズ」
「申し訳ありません。港からこちらに運ぶまで大変時間がかかり、手間取ってしまいました」
ジョシュアと呼ばれていた人より声は低くないものの、レムナーク国王陛下の声は機嫌がいいとは思えない声だった。
「それでお前が言う俺を喜ばす貢ぎ物とはなんだ? 忙しい俺にわざわざ時間を作れと言ってきたのだからそれ相応の物でなければ、許さんぞ」
許さんぞ―――の声が冷たく尖っていた。
それがわかるのか、ホスキンズ様の声は先程よりも緊張を帯びて声を上ずらせた。
「も、もちろんでございますともっ! こちらは、かの有名な『パレ・ヴィオレット』から手に入れた純白の鳥の獣人でございます!」
布が引かれ、バサッと床に落ちる音がした。
とうとう鳥籠の布が取り外され、明るい光が銀の鳥籠を照らす。
私の姿をしっかりと確認できるようになってしまった。
変装しているとはいえ、美しいベアトリーチェとは雲泥の差。
見た瞬間にきっと殺される!
殺されちゃうよっー!
最高潮の恐怖にさらされた私は叫び声もあげられず、両目をぎゅっと閉じた。
「しばしお待ちを」
「これはジョシュア様。お忙しいとは聞いておりましたが、以前に増して精悍な顔立ちをされていらっしゃる」
ホスキンズ様の媚びた声が聞こえてきた。
どうやら、話をしているのは衛兵とは違う身分の人間らしく、腰を低くした。
「長い挨拶は結構。それより、ホスキンズ。今回の荷物は随分と大きな荷物ですが、これは?」
「ははっ! こちらはレムナーク国王陛下に差し上げる贈り物でございます。きっと、ご満足いただけるでしょう」
「諦めが悪いですね。なにを差し上げても無駄だと思いますが。とりあえず、ここから先へ進む前に一度、中を確かめさせていただきましょうか」
会話から、ホスキンズ様は何度もレムナーク国王陛下へ貢ぎ物をしているようだった。けれど、今までどれも満足してもらえなかったから今回は趣向を変え、珍しい獣人の女性を手に入れたということだろうか。
会話の相手の人の声は丁寧な声だったけど、重低音。
緊張しているのか、ホスキンズ様が小さく息を呑んだのがわかった。
国王陛下ではないようだけど、軽んじていい相手ではないようで、私にホスキンズ様の緊張が伝わり、同様に身を強張らせた。
「もちろん、どうぞ」
鳥籠にかけられたシフォンの布を手で払う気配がし、顔を伏せて身を小さくさせた。
長い銀髪の隙間から、恐る恐る横目で覗いてみる。ジョシュアという人が黒髪黒目の男の人だというのはわかったけど、怖くてすぐに目を背けた。
ここで私がベアトリーチェじゃないと判明してしまえば、殺されてしまうかもしれない。
ちょっとでも生き延びようと私は必死だった。
「女性? ホスキンズが見せたいものとは女性ですか?」
「さようでございます」
「国王陛下は簡単に人を信用しません。それが女性であったとしても同じこと」
「ご安心をジョシュア様。ただの女性ではございません」
「そうですか。どうしても見せたいというのなら止めませんが、不興を買って殺されても知りませんよ」
ジョシュアと呼ばれた黒髪黒目の男の人はホスキンズ様を止めた。ここで、ホスキンズ様が諦めてくれたのなら、私の命も助かるだろう。
私がベアトリーチェでないことを説明し、『パレ・ヴィオレット』へ戻れるようにしてもらえばいいだけ。
そう思っていた。けれど―――
「ご心配なく。美しい鳥の獣人です。一目ご覧になれば、すぐにお気に召されるかと」
「獣人?」
「ジョシュア様は獣人をご覧になったことがないようですな。ただの獣人ではありませんぞ。かの有名な高級娼館『パレ・ヴィオレット』にて、一番人気の芸妓で白い鳥の獣人でございます。鳥のさえずりのように歌い、羽のような軽さで舞う人気の芸妓です」
「ああ。あの高級娼館『パレ・ヴィオレット』ですか」
「ご存じで」
「知らない者はいませんよ」
ホスキンズ様は媚びた声でジョシュア様にベアトリーチェのことを語っていた。
鳥籠の中にいるのがベアトリーチェではないとも知らずに。
私の歌は音痴で耳が痛くなると言われ、舞いをしようものなら転び、その酷い有様に姐さん達から才能がない、諦めろと言われた。
後から入って来た年下の子達に軽く追い抜かれ、体の成長も遅かった私は下働きとして生きる活路を見出した(いいように言えば)。
つまり、『パレ・ヴィオレット』の中でも底辺中の底辺。
外見はどうにもならないけど、なにか特技があれば命乞いができたかもしれなかった。
残念ながら、私に特技はない……
どうにもならない現実に頭を抱え、薔薇の花と絹のクッションの中に顔を伏せた。
「ヴィオレットのところから、ここまで連れてくるのは骨が折れましたよ」
「そうでしょうね。ホスキンズ、進んでもいいですよ」
許可されたホスキンズ様が嬉々としているのが見て取れた。
クッションを抱え、青ざめている私にまったく気づいていない。
台車の音と足音が止まる。
ホスキンズ様の跪く影が布越しに見え、とうとう私はレムナーク王国国王陛下の前に連れてこられたのだと悟った。
「遅いぞ。ホスキンズ」
「申し訳ありません。港からこちらに運ぶまで大変時間がかかり、手間取ってしまいました」
ジョシュアと呼ばれていた人より声は低くないものの、レムナーク国王陛下の声は機嫌がいいとは思えない声だった。
「それでお前が言う俺を喜ばす貢ぎ物とはなんだ? 忙しい俺にわざわざ時間を作れと言ってきたのだからそれ相応の物でなければ、許さんぞ」
許さんぞ―――の声が冷たく尖っていた。
それがわかるのか、ホスキンズ様の声は先程よりも緊張を帯びて声を上ずらせた。
「も、もちろんでございますともっ! こちらは、かの有名な『パレ・ヴィオレット』から手に入れた純白の鳥の獣人でございます!」
布が引かれ、バサッと床に落ちる音がした。
とうとう鳥籠の布が取り外され、明るい光が銀の鳥籠を照らす。
私の姿をしっかりと確認できるようになってしまった。
変装しているとはいえ、美しいベアトリーチェとは雲泥の差。
見た瞬間にきっと殺される!
殺されちゃうよっー!
最高潮の恐怖にさらされた私は叫び声もあげられず、両目をぎゅっと閉じた。
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