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17 寝室の護衛はいりません!

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 クリスティナの希望が通り、パーティーは舞踏会に決まった。
 その代わり、パーティーが終わったなら、クリスティナは皇宮を去るのが条件だ。

「おとなしく去るかしら?」

 だって、中身は魔女(私もだけど)。
 簡単に諦めるとは思えないわ。
 難しい顔で唸っていると、アーレントとフィンセントがクッションを手に、キリッとした顔で私を見ていた。

「あ、眠くなったのね? もう休みましょうか」
「ちあう。あーれ、きらきらやっちゅける!」
「ふぃんたち、まほー、ちゅよい!」
「それは駄目。もっと大きくなって、魔法がどういう時に使っていいものなのか、わかったら使うのよ。今は楽しいって思える時に使いましょうね」
 
 油断も隙もない。
 魔法を使っていいのは、今のところボール遊びまでである。

「さあ、二人とも眠る準備をするわよ」
「やー! ちゅよくなる!」
「ぽーんするぅ!」

 体力があり余っている子供たちは、眠る気配がなく、クッションと枕を投げて遊びだした。
 顔にクッションがぶつかりかけて、それを風魔法で受け止める。

 ――いつもなら、ハンナがいるところ今日はいない。

 休暇願いを出したハンナは、皇宮を出て実家に帰っており、まだ戻ってきていないのだ。

「ハンナ、早く帰ってきて!」

 一人で子供たちの相手をするのは体力的につらい。 
 飛び交う枕とクッション。
 風魔法で枕とクッションを操り、子供たちと遊んで体力を削る。
 ご機嫌なのはいいけど、眠る気はさらさらないようだ。
 魔法を使いながら。頭は別のことを考えていた。
 もちろん、舞踏会のことである。

「舞踏会は私に不利なのよね。向こうは【魅了】のプロだし、男女の駆け引きで私が勝つのは難しいわ」

 男女の駆け引き――それは私にとって、今まで磨いてこなかったスキルである。
 大魔女と呼ばれる私にも苦手なものはあるのだ。
 その点、クリスティナは隙がなく、駆け引き上手だ。
 レクスにエスコートされ、その流れでダンスを踊る作戦らしい(侍女談)。
 やっと夫婦仲が、極寒から雪解けレベルになったのに、レクスがクリスティナをエスコートしたら、『愛されない皇妃』と呼ばれるコースに逆戻りである。

 ――決まっている未来を変えるのは、簡単ではなさそう。

 レクスから、エスコートもダンスもされない私を見た貴族はどう思うだろう。
 以下想像。

『皇帝陛下が皇妃様をエスコートされてないわよ。冷めた夫婦っていう噂は本当だったのね』
『明るく可憐な伯爵令嬢のほうが、お忙しい陛下の心を癒すのではないかしら?』
『気に入っていらっしゃるのであれば、クリスティナ嬢を皇宮に残してはどうか』

 ――どう考えても、そうなるわよね。

 貴族たちは、グラーティア神聖国から嫁いだよそ者のユリアナより、ルスキニア帝国貴族出身のクリスティナに好意的である。
 結局、クリスティナが妃になる未来は変えられないのかもしれない。
 そう思っていると、部屋をノックする音が響いた。

「ユリアナ」

 それはレクスの声だった。
 
 ――ま、待って!? 侍女はなにも言ってなかったわよ?

 レクスが来るなら、それなりの心の準備がいる。

「おとーしゃまぁ!」
「どあ、あけりゅ!」

 アーレントとフィンセントが我先にと駆け出した。
 二人は転びそうになりながら、扉まで行くと取っ手に手を伸ばす。

「う、うーん!」
「もうちゅこし!」

 身長が足りずに、扉は開けられない。
 しかたなく、ベッドから出て、私が扉を開けた。

「レクス様。どうなさいましたか?」
 
 冷静を装ったけど、レクスの服装は軽装で、シャツははだけている。

 ――肉体美を披露しなくていいのよ!

 目をそらしたいのに、そらせない。

「用事があってきた」
「ご用事ですか? まあ、なんでしょう」

 早く話を終わらせようとしたのに、アーレントとフィンセントがそうはさせない。

「あーれ、わあった!」
「ふぃんもぉー」
「おとーしゃま、いっちょにねる!」
「おかーしゃまと!」

 ばふっとフィンセントの口を手で塞いだ。
 
 ――私は妻だけど妻じゃないの!

 そう叫びたいのを我慢して、笑ってごまかした。

「えーと、子供たちをそろそろ寝かしつけなくてはいけないので……」

 ちらりとレクスを見たけど無表情。
 なにを考えているか、さっぱりわからなかった。
 
「乳母が帰っていないと聞いている。大変だろう?」
「レクス様、ご心配なく。私が二人を眠らせますわ(魔法で)」

 ですから、お引き取りくださいという意味を込めて、にっこり微笑んだ。
 
「今日から護衛をするつもりだ。夜はユリアナの部屋で眠る」
「平気です! レクス様は仕事でお疲れでしょう!?」

 ――護衛? 大魔女ヘルトルーデに護衛は必要ないのよっ!

 そう言いたかったけど、今の私はユリアナ。
 ユリアナなのだ……

「守ると約束した」
「ありがとうございます。心配してくださり、とても嬉しいですわ」

 うまく笑顔が作れているかわからないけど、お礼を言った。
 私の頭の中はフル回転。
 なにか理由を見つけて、一緒に眠るのを回避するつもりが――

「命の危険に気づいてやれず、すまなかった」
「レクス様……」
「安心しろ。俺がいる限り、危険な奴は誰一人として近づけない」

 いい雰囲気になってしまった。
 
 ――違うの、違うのよ! 私にとって、あなたが一番危険なのっー!

 私の心の叫び声は誰にも届かなかった。
 扉が閉まり、部屋には私とレクス、アーレントとフィンセントだけになった。
 部屋に入ってきたレクスの手には、しっかり愛用の剣を手に持っている。

 ――うわぁ……。る気すぎて、震えるんだけど。

 ベッドへ近寄り、レクスは寝間着の帯をほどく。

「まっ、待ってください! なにをするんですか!」
「これを」

 短剣と弓矢がベッドの上に散らばった。

「好きな武器を使え」
「あ……。武器。武器ですか……」

 帯を締め直すレクスの顔は、どこか満足そうだ。

「わぁー。あーれ、こりぇつかう!」
「かっこいー」

 ベッドにいたアーレントとフィンセントが、武器を振り回し始め、慌てて取り上げた。

「駄目よ! 危ないでしょ!」
「これくらいルスキニアの皇子なら、当たり前だ」
「まだ早いですわ!」

 子供たちから没収した武器をレクスへ返す。

「武器なしで身を守れとは、厳しい母親だな」
「違います! 子供たちは私が守りますから、武器をしまってください!」

 レクスは子供たちに、自分の身は自分で守らせようとしているんだろうけど、そうはさせない。
 善悪の判断ができるまで、本物の武器を使うのは禁止である。
 私の強い圧を感じたらしく、レクスは渋々、武器をいくつかベッドの下へ隠す。

「これでいいか?」

 私はレクスに厳しい顔でうなずいた。
 子供たちにわからなければ、よしとしよう。

「眠るか」

 親子四人で眠っても余裕があるベッド。

「わーい。おとーしゃま、いっしょ」
「えへへ。みんな、ねむるの」

 アーレントとフィンセントが大喜びしているのを見たら、レクスを部屋から無理矢理追い出すのも可哀想になった。
 
 ――でも、抵抗はある! だって、相手はレクスなのよ?

 未来で私をズタボロにした相手と(私もズタズタにしたけど)、どうやって安眠しろというのか。
 もし、レクスが寝込みを襲ってきたら、魔法を全力でぶちかます所存!
 世界平和が遠のくけど、世界よ、こんな私を許して。

「もう眠るぞ。なにしているんだ?」

 私だけが悶々と考えていただけで、レクスはすでに眠る体勢になっていた。

 ――あ、ふーん。そう。

 向こうは淡々としていて、肩すかしもいいところだ。
 レクスにとって女性との添い寝なんて、たいしたことじゃないらしい。

「おかーしゃま、こっちー」
「ねりゅの」
「あ、はいはい……わかりました」

 ――まあ、私はユリアナだし、殺される心配はないわね。

 逆に意識するほうが、馬鹿馬鹿しく感じた。
 私とレクスは双子を挟み、端と端で眠ることになった。
 ついこないだまで殺し合っていた皇帝一家と私。
 まさか、同じベッドで眠るなんて思いもしなかった。
 弟子たちがレクスと眠る私を見たら、間違いなく卒倒するだろう。

「おとーしゃま、おかーしゃま」
「はじめてー」

 横になっても、アーレントとフィンセントは落ち着かず、嬉しそうな声で笑っていた。

「もしかして、親子で眠るのは初めてですか?」
「……一緒にいたくないと言ったのはお前だ」
「そ、そうでしたね。産後で気が立っていたのかも」
「初夜からそうだった」

 思った以上に、ユリアナはレクスに冷たかった。
 
「だから、嫌われないよう距離を置いていた。だが、そちらから俺に近づいてきた。どういう心境の変化だ?」
「それはその……」

 ――絶対、怪しまれてるわよね。

 レクスが護衛と言って、一緒に眠る提案をしたのは、私と話をするためだったのかもしれない。
 侍女や乳母がいない時に話したかったのだろう。

「私が変わったのは、可愛い家族ができたからです」
「子供たちか」
「はい。成長した子供たちを見たら、気持ちも変わります」

 私がここにとどまろうと決めたのは、アーレントとフィンセントの存在が大きい。
 今ならわかる。
 ユリアナは家族の未来を私に託したのだと思う。
 その気持ちをレクスに伝えたのだから、嘘ではない。
 
「そうか」

 ――そっ、それだけ? なにか他に言うことがあるでしょ?

 ユリアナに部屋から叩き出されるはずだ。
 まったく女心がわかってない。

「おとーしゃま。まくら、ぽーんしよ!」
「付与魔法で枕を投げて遊んでいたのか?」
「ええ。魔法の訓練にもなりますから」
「成長が早いな」

 気のせいじゃなかったら。レクスの子供たちを見る目が優しく感じた。
 子供たちの成長を感じて嬉しかったようだ。
 
「もっと大きく育つためには、睡眠が大切です。さあ、眠りましょうか」
「ねむくなーい」
「なーい!」

 私とレクスの真ん中で、アーレントとフィンセントは、はしゃいでいる。

「駄目だ。眠れ。成長に睡眠が大切らしいからな。もっと大きくなってもらわなくては困る」

 レクスが問答無用で燭台の灯りを消し、暗くなった。
 暗くなると、子供たちはうとうとし始め、すぐに眠ってしまった。
 素直に眠ってくれて助かった。
 でも、私は――

 ――真っ暗にされたら、逆に眠れないんですけど!

 ちらりと横を見ると、レクスは目を閉じ眠っていた。
 寝息しか聞こえない部屋は、とても平和で静かだ。
 眠っている三人は無害で、世界を恐怖に陥れた人間とは思えない。
 今のレクスは無害だ。

 ――平和ね。このままのレクスでいてくれたらいいのに。

 アーレントもフィンセントもそうだ。
 優しい家族でいてほしい。
 月の光に似た金髪を眺め、私は目を閉じた。
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