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sleeping beauty(菜湖編)

密やかな恋

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私の趣味はインテリア雑貨を見ること。
一年前に見つけた素敵なインテリアショップ『TOGAWA』に仕事帰りに寄って、お皿やランチョンマット、クッションカバーを眺めるのが好きだった。
輸入雑貨や家具を取り扱っているのも見ていて楽しいし、一点もの家具まである。

「素敵だなぁ」

輸入雑貨の色鮮やかなカップを手に取った。

「素敵なのはカップだけじゃないでしょ」

「や、やめてよ。聞こえたらどうするの」

棚の隙間から声が届いてるかもしれない。

「そんなわけないでしょ。向こうはこっちのことなんて気にもしてないわよ」

グサッと突き刺さる言葉にがっくりと肩を落とした。
同じ会社に働く蜂川はちかわ智弓ちゆみ
彼女は私とは同じ大学だったこともあって仲がいい。
インテリアショップに一緒にきたいっていうから、連れてきたけど―――

「はっきり言わなくてもいいでしょ」

「もっとはっきり言えば、売り物のベッドで眠りこけた変な女がまたお客としてきたって思われるているだけだから、安心して商品を見てなさいよ」

なんて鋭いストレートパンチ。
でも、なにも言い返せないのが悲しい。
あれはクリスマス前のことだった。
両親と妹の望未みみちゃんにプレゼントを買おうと思って、この店にきた。
ランチプレートかスープボウルをクリスマスプレゼントにしようと見ていたけど、冬用のクッションカバーでもいいかなって途中で思い直した。
売場を買えて、枕やクッション、ベッドカバーがあるエリアに行ったまではよかった。
クリスマス用に飾られたベッドルーム。
赤と緑、星で飾られた部屋は本当に素敵で、つい足を踏み入れ、そのベッドに腰かけた。
ふんわりしたクッションが置かれ、吊るされた星の形をしたサンキャッチャーがきらきらしていた。
あったかい店内。
気づいたら、私は眠っていたというわけで。

「恥ずかしい……」

思い出しただけでも顔が赤くなった。

「いいじゃない。イケメン社長に声をかけられて目が覚めるなんて、なかなかないシチュエーションだったと思えば」

「そうだね。向こうもそう思ってるよ。こんな変なお客、いないって」

菜湖なこはネガティブねぇ」

「ネガティブじゃないわ。現実的って言ってほしいわ」

はぁっとため息をつき、春用の小皿を眺めた。

「また食器買うつもり?」

「趣味なの」

薄いピンク色のガラスの小皿。
キラキラしていて、とても綺麗だった。

「それ、新しく入荷したばかりの皿なんですよ」

声がして、振り返るとそこにはインテリアショップ『TOGAWA』の社長、戸川とがわ達貴たつきさんが立っていた。
穏やかな空気と優しそうな笑顔、それから丁寧な口調。
男の人なのに乱暴なところが一切ない。

「さすが常連さん。よくわかりましたね」

「そ、そんなこと……ないです。素敵な皿ですね」

「新人で無名のガラス工芸家から、直接買い付けたものなんですよ。だから、数点しか置いてない」

説明を受けているのにさっぱり頭に入ってこない。
繊細そうな指がガラスの器に触れているのをじっと見つめていた。

「―――ガラスの器は好きで、つい無名でも買い付けてしまうから」

ふわりと薫る柑橘系の香水。
甘くてさっぱりとしていて。
そして、ちょっとせつなくさせる香り。

「あ、あの、その、小皿買います」

「ありがとうございます」

にっこり微笑んだ戸川さんは一枚だけ手にした。
四枚買おうと思っていたのに一枚。
呼び止めようと思ったけど、やめた。
四枚、一度に買ってしまうともったいない気がして。
私は包んでもらう間もその繊細な指を見つめていた。
熱に浮かされたように―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


家に帰った私は小皿を前に置いて、あの指を思い出していた。

「素敵だったなぁ……」

目を少しだけ伏せて包装する姿も社員と明るく会話をするところも。
爽やかで好印象。
きっと彼女がいるんだろうな……いるに決まってる。

『菜湖はネガティブねぇ』

なんていう智弓の声がまた聞こえてくるうようだった。

「……ちゃん、菜湖ちゃん?」

ハッとして顔をあげると望未ちゃんがカフェ『音の葉』の仕事から帰ってきていた。

「暗かったから、電気つけたよ」

「あ、うん。本当だね」

「なにしてたの?」

「皿を見てたの」

望未ちゃんは一瞬だけ『え?』という顔をしていたけど、すぐに『そんなこともあるか』という顔をして背負っていたリュックをソファーに投げた。

「ちょっと望未ちゃん。部屋にちゃんと片付けて!」

「あとで。今はピアノを弾きたいの」

ピアノの蓋をあけて、気ままに望未ちゃんは弾く。
曲はきらきら星変奏曲。
楽しそうに弾く望未ちゃん。
夜にぴったりでしょって思ってるかもしれないけど、もっとしっとりした曲がいいと思うよと心の中で呟いた。
小さな手が忙しなく鍵盤を走る。
よくあんなに指が動く。
妹の性格と同じ。
そう思って、指を見ていて気がついた。
私が戸川さんの指を見ていたのは望未ちゃんがピアノを弾くからかもしれない。
つい目が指にいってしまう。

「菜湖ちゃん、どうだった?」

望未ちゃんは弾き終わると私に感想を求めた。

「……え?よかったわよ」

パチパチと拍手した。
望未ちゃんは拍手をもらい、最後まで弾き終わると満足したのか、跳ねるようにしてリュックを手にし、自分の部屋へ行ってしまった。

「本当に落ち着きないんだから……」

頬杖をついて皿を眺めた。
あの白く長い繊細な指。
戸川さんの指に触れられたら、どんな気持ちになるのだろう。
彼が触れた皿を指でなぞった。
あの人の指の感触を知りたくて。
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