38 / 43
sleeping beauty(菜湖編)
密やかな恋
しおりを挟む
私の趣味はインテリア雑貨を見ること。
一年前に見つけた素敵なインテリアショップ『TOGAWA』に仕事帰りに寄って、お皿やランチョンマット、クッションカバーを眺めるのが好きだった。
輸入雑貨や家具を取り扱っているのも見ていて楽しいし、一点もの家具まである。
「素敵だなぁ」
輸入雑貨の色鮮やかなカップを手に取った。
「素敵なのはカップだけじゃないでしょ」
「や、やめてよ。聞こえたらどうするの」
棚の隙間から声が届いてるかもしれない。
「そんなわけないでしょ。向こうはこっちのことなんて気にもしてないわよ」
グサッと突き刺さる言葉にがっくりと肩を落とした。
同じ会社に働く蜂川智弓。
彼女は私とは同じ大学だったこともあって仲がいい。
インテリアショップに一緒にきたいっていうから、連れてきたけど―――
「はっきり言わなくてもいいでしょ」
「もっとはっきり言えば、売り物のベッドで眠りこけた変な女がまたお客としてきたって思われるているだけだから、安心して商品を見てなさいよ」
なんて鋭いストレートパンチ。
でも、なにも言い返せないのが悲しい。
あれはクリスマス前のことだった。
両親と妹の望未ちゃんにプレゼントを買おうと思って、この店にきた。
ランチプレートかスープボウルをクリスマスプレゼントにしようと見ていたけど、冬用のクッションカバーでもいいかなって途中で思い直した。
売場を買えて、枕やクッション、ベッドカバーがあるエリアに行ったまではよかった。
クリスマス用に飾られたベッドルーム。
赤と緑、星で飾られた部屋は本当に素敵で、つい足を踏み入れ、そのベッドに腰かけた。
ふんわりしたクッションが置かれ、吊るされた星の形をしたサンキャッチャーがきらきらしていた。
あったかい店内。
気づいたら、私は眠っていたというわけで。
「恥ずかしい……」
思い出しただけでも顔が赤くなった。
「いいじゃない。イケメン社長に声をかけられて目が覚めるなんて、なかなかないシチュエーションだったと思えば」
「そうだね。向こうもそう思ってるよ。こんな変なお客、いないって」
「菜湖はネガティブねぇ」
「ネガティブじゃないわ。現実的って言ってほしいわ」
はぁっとため息をつき、春用の小皿を眺めた。
「また食器買うつもり?」
「趣味なの」
薄いピンク色のガラスの小皿。
キラキラしていて、とても綺麗だった。
「それ、新しく入荷したばかりの皿なんですよ」
声がして、振り返るとそこにはインテリアショップ『TOGAWA』の社長、戸川達貴さんが立っていた。
穏やかな空気と優しそうな笑顔、それから丁寧な口調。
男の人なのに乱暴なところが一切ない。
「さすが常連さん。よくわかりましたね」
「そ、そんなこと……ないです。素敵な皿ですね」
「新人で無名のガラス工芸家から、直接買い付けたものなんですよ。だから、数点しか置いてない」
説明を受けているのにさっぱり頭に入ってこない。
繊細そうな指がガラスの器に触れているのをじっと見つめていた。
「―――ガラスの器は好きで、つい無名でも買い付けてしまうから」
ふわりと薫る柑橘系の香水。
甘くてさっぱりとしていて。
そして、ちょっとせつなくさせる香り。
「あ、あの、その、小皿買います」
「ありがとうございます」
にっこり微笑んだ戸川さんは一枚だけ手にした。
四枚買おうと思っていたのに一枚。
呼び止めようと思ったけど、やめた。
四枚、一度に買ってしまうともったいない気がして。
私は包んでもらう間もその繊細な指を見つめていた。
熱に浮かされたように―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家に帰った私は小皿を前に置いて、あの指を思い出していた。
「素敵だったなぁ……」
目を少しだけ伏せて包装する姿も社員と明るく会話をするところも。
爽やかで好印象。
きっと彼女がいるんだろうな……いるに決まってる。
『菜湖はネガティブねぇ』
なんていう智弓の声がまた聞こえてくるうようだった。
「……ちゃん、菜湖ちゃん?」
ハッとして顔をあげると望未ちゃんがカフェ『音の葉』の仕事から帰ってきていた。
「暗かったから、電気つけたよ」
「あ、うん。本当だね」
「なにしてたの?」
「皿を見てたの」
望未ちゃんは一瞬だけ『え?』という顔をしていたけど、すぐに『そんなこともあるか』という顔をして背負っていたリュックをソファーに投げた。
「ちょっと望未ちゃん。部屋にちゃんと片付けて!」
「あとで。今はピアノを弾きたいの」
ピアノの蓋をあけて、気ままに望未ちゃんは弾く。
曲はきらきら星変奏曲。
楽しそうに弾く望未ちゃん。
夜にぴったりでしょって思ってるかもしれないけど、もっとしっとりした曲がいいと思うよと心の中で呟いた。
小さな手が忙しなく鍵盤を走る。
よくあんなに指が動く。
妹の性格と同じ。
そう思って、指を見ていて気がついた。
私が戸川さんの指を見ていたのは望未ちゃんがピアノを弾くからかもしれない。
つい目が指にいってしまう。
「菜湖ちゃん、どうだった?」
望未ちゃんは弾き終わると私に感想を求めた。
「……え?よかったわよ」
パチパチと拍手した。
望未ちゃんは拍手をもらい、最後まで弾き終わると満足したのか、跳ねるようにしてリュックを手にし、自分の部屋へ行ってしまった。
「本当に落ち着きないんだから……」
頬杖をついて皿を眺めた。
あの白く長い繊細な指。
戸川さんの指に触れられたら、どんな気持ちになるのだろう。
彼が触れた皿を指でなぞった。
あの人の指の感触を知りたくて。
一年前に見つけた素敵なインテリアショップ『TOGAWA』に仕事帰りに寄って、お皿やランチョンマット、クッションカバーを眺めるのが好きだった。
輸入雑貨や家具を取り扱っているのも見ていて楽しいし、一点もの家具まである。
「素敵だなぁ」
輸入雑貨の色鮮やかなカップを手に取った。
「素敵なのはカップだけじゃないでしょ」
「や、やめてよ。聞こえたらどうするの」
棚の隙間から声が届いてるかもしれない。
「そんなわけないでしょ。向こうはこっちのことなんて気にもしてないわよ」
グサッと突き刺さる言葉にがっくりと肩を落とした。
同じ会社に働く蜂川智弓。
彼女は私とは同じ大学だったこともあって仲がいい。
インテリアショップに一緒にきたいっていうから、連れてきたけど―――
「はっきり言わなくてもいいでしょ」
「もっとはっきり言えば、売り物のベッドで眠りこけた変な女がまたお客としてきたって思われるているだけだから、安心して商品を見てなさいよ」
なんて鋭いストレートパンチ。
でも、なにも言い返せないのが悲しい。
あれはクリスマス前のことだった。
両親と妹の望未ちゃんにプレゼントを買おうと思って、この店にきた。
ランチプレートかスープボウルをクリスマスプレゼントにしようと見ていたけど、冬用のクッションカバーでもいいかなって途中で思い直した。
売場を買えて、枕やクッション、ベッドカバーがあるエリアに行ったまではよかった。
クリスマス用に飾られたベッドルーム。
赤と緑、星で飾られた部屋は本当に素敵で、つい足を踏み入れ、そのベッドに腰かけた。
ふんわりしたクッションが置かれ、吊るされた星の形をしたサンキャッチャーがきらきらしていた。
あったかい店内。
気づいたら、私は眠っていたというわけで。
「恥ずかしい……」
思い出しただけでも顔が赤くなった。
「いいじゃない。イケメン社長に声をかけられて目が覚めるなんて、なかなかないシチュエーションだったと思えば」
「そうだね。向こうもそう思ってるよ。こんな変なお客、いないって」
「菜湖はネガティブねぇ」
「ネガティブじゃないわ。現実的って言ってほしいわ」
はぁっとため息をつき、春用の小皿を眺めた。
「また食器買うつもり?」
「趣味なの」
薄いピンク色のガラスの小皿。
キラキラしていて、とても綺麗だった。
「それ、新しく入荷したばかりの皿なんですよ」
声がして、振り返るとそこにはインテリアショップ『TOGAWA』の社長、戸川達貴さんが立っていた。
穏やかな空気と優しそうな笑顔、それから丁寧な口調。
男の人なのに乱暴なところが一切ない。
「さすが常連さん。よくわかりましたね」
「そ、そんなこと……ないです。素敵な皿ですね」
「新人で無名のガラス工芸家から、直接買い付けたものなんですよ。だから、数点しか置いてない」
説明を受けているのにさっぱり頭に入ってこない。
繊細そうな指がガラスの器に触れているのをじっと見つめていた。
「―――ガラスの器は好きで、つい無名でも買い付けてしまうから」
ふわりと薫る柑橘系の香水。
甘くてさっぱりとしていて。
そして、ちょっとせつなくさせる香り。
「あ、あの、その、小皿買います」
「ありがとうございます」
にっこり微笑んだ戸川さんは一枚だけ手にした。
四枚買おうと思っていたのに一枚。
呼び止めようと思ったけど、やめた。
四枚、一度に買ってしまうともったいない気がして。
私は包んでもらう間もその繊細な指を見つめていた。
熱に浮かされたように―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家に帰った私は小皿を前に置いて、あの指を思い出していた。
「素敵だったなぁ……」
目を少しだけ伏せて包装する姿も社員と明るく会話をするところも。
爽やかで好印象。
きっと彼女がいるんだろうな……いるに決まってる。
『菜湖はネガティブねぇ』
なんていう智弓の声がまた聞こえてくるうようだった。
「……ちゃん、菜湖ちゃん?」
ハッとして顔をあげると望未ちゃんがカフェ『音の葉』の仕事から帰ってきていた。
「暗かったから、電気つけたよ」
「あ、うん。本当だね」
「なにしてたの?」
「皿を見てたの」
望未ちゃんは一瞬だけ『え?』という顔をしていたけど、すぐに『そんなこともあるか』という顔をして背負っていたリュックをソファーに投げた。
「ちょっと望未ちゃん。部屋にちゃんと片付けて!」
「あとで。今はピアノを弾きたいの」
ピアノの蓋をあけて、気ままに望未ちゃんは弾く。
曲はきらきら星変奏曲。
楽しそうに弾く望未ちゃん。
夜にぴったりでしょって思ってるかもしれないけど、もっとしっとりした曲がいいと思うよと心の中で呟いた。
小さな手が忙しなく鍵盤を走る。
よくあんなに指が動く。
妹の性格と同じ。
そう思って、指を見ていて気がついた。
私が戸川さんの指を見ていたのは望未ちゃんがピアノを弾くからかもしれない。
つい目が指にいってしまう。
「菜湖ちゃん、どうだった?」
望未ちゃんは弾き終わると私に感想を求めた。
「……え?よかったわよ」
パチパチと拍手した。
望未ちゃんは拍手をもらい、最後まで弾き終わると満足したのか、跳ねるようにしてリュックを手にし、自分の部屋へ行ってしまった。
「本当に落ち着きないんだから……」
頬杖をついて皿を眺めた。
あの白く長い繊細な指。
戸川さんの指に触れられたら、どんな気持ちになるのだろう。
彼が触れた皿を指でなぞった。
あの人の指の感触を知りたくて。
0
お気に入りに追加
683
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる