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July

34 贖罪は必要ない

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梶井さんとゆっくり昼過ぎまで眠り、私が買っておいた食料を二人で食べた。
お菓子とジュースを買いすぎだと叱られながら……
意外と梶井さんは寛容で世話好きだった。
シャワーを浴び、濡れたままだった私の髪を乾かしてくれながら、梶井さんは言った。

「お前の両親に会う前に一緒に行って欲しい場所がある」

「うん。わかったよ」

場所は聞かなかった。
梶井さんがどこに行くのか、なんとなくわかったから。
部屋に飾ってあった母親の写真はもうなく―――からっぽな写真立てだけが置いてあったから。
車を走らせ、途中、花屋で花を買い、郊外まで出た。
着いたのは木々に囲まれた霊園だった。
ひんやりした空気の中、木々が濃い影を作る。
その影の下を選んで、梶井さんは私と手をつないで歩いた。
静かな中に蝉の声が鳴いている。
まだお盆には早く、誰もいなかった。
誰のお墓なのとは私は聞かず、黙って梶井さんについていった。
梶井さんも何も言わない。
ただ無言で二人で花を飾り、墓の前で手を合わせて目を開けた。

「毎年、命日だけは来ていた」

やっと梶井さんが口を開いた。
霊園に近づくほど口数が少なくなった梶井さん。
ここが梶井さんにとって、どれだけ苦しい場所なのか、私にはわかった。

「うん……」

サングラスを梶井さんは外し、ポケットにさした。
眩しそうな目をして言った。

「俺がチェリストの道に進むきっかけになったコンクールの日、母さんは死んだ。息を引き取ったその時に俺は賞をもらい、拍手を受けていたってわけだ」

苦々しく言った梶井さんの表情に傷はまだ癒えてないことを知った。

「病院に駆けつけた時にはもう遅くて、一緒に事故にあったはずの母さんの恋人の姿はどこにもなかった。たった一人、母さんは死んだ」

痛みをこらえるような顔をして、私の手を強く握っていた。
きっと自分が引き留めていればとか、なにかできたんじゃないだろうかって、梶井さんは思ってきたのだろう。
でも、それは―――

「梶井さんのせいじゃないよ」

お母さんは寂しい人だったのかもしれない。
梶井さんは自分のコンクールより恋人を選んだお母さんを恨んでいたはずだ。
けれど、それ以上に恋人に捨てられたお母さんの孤独を思って、一人にさせてしまったことに対してずっと罪悪感をもっていたに違いない。
梶井さんが弾くチェロの音は人をせつなく、悲しくさせていた理由がわかったような気がした。
サンサーンスの白鳥はレクイエムであり、梶井さんの贖罪する気持ちからの曲だった。
それはもう必要ない。

「梶井さんは悪くない」

ぎゅっと梶井さんを抱きしめた。
私は梶井さんにこの言葉を何回だって言ってあげる。
私は生きているから、言ってあげられる。

「悪くないよ、梶井さんは。お母さんは恨んでない。きっと賞をとった梶井さんを誇らしく思ってる」

「そうだといいけどな」

「うん」

梶井さんの声は震えていた。
だけど、『カッコイイ大人の俺』を守りたい梶井さんのために顔は見ないであげた。
その涙に気づかないふりをして、梶井さんの体に抱きついていた。
それなのに―――

「暑い、離れろ」

ぐぐっと頭を押し、体を離された。

「ひ、ひど!慰めてあげてたのに!」

「暑さには勝てない」

気候め!
キッと太陽をにらんだ。
墓の前でいつものように梶井さんが笑った。
そして、私の手をとる。
銀色の指輪がするりとはめられた。

「これ……!」

「言っただろ?買っておくって」

不敵な笑み。

「来年の冬には俺と結婚するんだからな」

忘れるなよ、と言ってサングラスをかけた。
にやけた表情を隠すみたいにして。
忘れるわけないよ。
指にはめられた婚約指輪がある限り忘れるほうが無理なんだから。
暑いと言われるってわかっていたけど、梶井さんの腕にぎゅっとしがみついたのだった。
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