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番外編【詩理】
籠の小鳥は恋を煩う(3)
しおりを挟むウサギのぬいぐるみのお礼がしたい。
そう思っていたけれど、お兄様からは口止めされているし……。
お菓子を作ろうと思ったけれど、甘いものは苦手のようでケーキバイキングの時は少ししか甘いものを食べてなかった。
「お菓子作り以外で得意なこと……」
あるとするなら、アクセサリーを作るくらい。
それも手芸用品店で買ったものを自分なりにアレンジして作る程度のレベル。
「男の人にあげるものではないわよね」
しょんぼりとしながら、さりげなくあげれるものを考えていたけど、いきなり渡されても不自然だろうし。
あくまで自然な流れでできないかしら。
押し花のキーホルダーを作りながら、ため息をついた。
「お兄様が羨ましいわ」
あんなに遠堂から信頼され、お父様からも名前で呼んでもらえて、私とは大違いよね。
真っ白な進路希望の用紙を眺めていた。
どうせ埋めるのは父。
そう決まってるのだから、悩むだけ無駄。
そっと折りたたんで鞄にしまいこんだのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「詩理お嬢様。明日からは運転手が戻ってくるそうですよ。よろしかったですね」
「今日で遠堂は最後の日なの?」
それは突然訪れた。
期限までまだ四日あるのに運転手の腰の具合が良くなったと聞かされた。
喜ばなければいけないのに複雑な気持ちだった。
「おはようございます」
今日も遠堂は同じように挨拶をして、私も挨拶を返す。
「今日で終わりなのね」
「はい」
やっぱり遠堂の返事はそっけなく、ウサギのぬいぐるみだって、もしかしたらお兄様が私を可哀想に思って買ってきてくれたのかしらと思ってしまうほどだった。
「詩理さんは将来。なにかやりたいことはないんですか?」
「あってもお父様が反対すれば終わりでしょうけど、少しだけ考えていることがあります」
珍しく遠堂から話しかけられて嬉しくて前のめりになった。
「詩理さん、ちゃと座ってないと危ないですよ」
焦ったように遠堂に言われ、慌てて車のシートに座り直した。
「ごめんなさい」
「いえ。それでやりたいこととはなんですか?」
「ジュエリーデザインの専門学校に通おうかと思っているの。もちろん、お父様の言う女子大に通いながらだけど。働いている人を対象にした夕方の部というのがあって」
「そうですか。よろしいかもしれませんね。いつも髪や鞄につけているアクセサリーを変えていらっしゃるから、お好きなのだと思っていました」
気づいていたことに驚いた、
誰も気づかなかったのに。
「今日の鞄につけているキーホルダーもあたらしいですね。四つ葉のクローバーと花の押し花ですか」
慌てて鞄からキーホルダーをはずした。
「あ、あのっ、遠堂。これをあげるわ。その、色々な場所に連れていってくれたお礼として」
返せないように遠堂のスーツのポケットに滑り込ませた。
運転中だから、身動きはとれない。
「ありがとうございます」
『ありがとうございます』の柔らかい声を噛み締めた。
最初の頃とは大違い。
お兄様が言っていたように私達が出会ったことはお互いにとってよかったのだと思う。きっと。
遠堂は以前とは違い挨拶や返事だけじゃなく、話してくれるようになった。
私達はこの二週間で確かに変わった。
「またなにか作ったら、もらってくれる?」
「そうですね。機会があれば。ただ今後はなかなかお会いすることはないと思います。天清さんが大学を卒業されたら、自分は天清さんの秘書になるつもりですので」
「そう」
お兄様に少しだけ嫉妬した。
今日がやっぱり最後なの?
だったら、私はこの自分の気持ちを言っておかなくてはいけない。
そう思った。
「ねえ、遠堂」
「なんでしょう」
「私、遠堂のことが好きみたいなの」
最後だからと思って、勇気を出した。
バックミラーにうつる遠堂の顔は困ったような、なんとも言えない複雑な顔をしていて、今までで一番表情を崩していた。
なんて皮肉なのだろう。
なぜ、今なの?
「すみません。そのお気持ちには応えることはできません」
すぐにわかったとは言えずに俯いた。
あれほど遠堂の表情が大きく変わるのを見たいと思っていたのに今はそれが辛かった。
私の遅い初恋はこうしてあっけなく終わりを告げた―――
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