上 下
53 / 53
番外編【遠堂】

主のいぬ間に

しおりを挟む
遠堂えんどう。俺がいない間に詩理ことりに会うといい』

そう天清さんは言い残して温泉に行った。
新崎あらさきは天清さんを監視している。
監視している者は天清さんを追っていったに違いない。
その間はこちらの監視の目も緩む。
それをわかっていて、天清さんはそう言ったのだ。
海外までは無理だが、詩理さんが軟禁状態にある今は普段よりも目が厳しい。
それもこれも月子さんが詩理さんを連れ出したからだ。

「まったくあの人は!」

お節介というか、お人好しというか。
自分にとっては扱いづらい困った人というポジションだ。
理解しがたく、何を考えているがさっぱりわからないのだ。
いままで天清さんのそばにいた女性達とは違う。
天清さんもそれが気に入ったのだろうが。
まあ、媚びる以前に人とのつきあい方がよくわからないようですがね。
びくびくしている姿はまるで飼ったばかりのハムスターに似ている。
どこがいいのか、天清さんはそれすら可愛いと思っているようだ。
恋は盲目。
以前の自分ならば、恋に溺れるのは馬鹿なことだと笑い飛ばしていたに違いない。
今は笑えなくなった。

「こんな泥棒のような真似事をするような人間ではなかったからな」

新崎の家のことは知り尽くしている。
月子さんの話から、どこに詩理さんがいるのかくらいすぐに察しがついた。
裏口から容易く忍び込み、中に入った。
SPの人間は買収済み。
弱みの一つや二つ握っている。
それをチラつかせれば、会うだけならと快く返事をもらえた。
コツッとノックをし、ドアの前で声をかけた。

「詩理さん」

ガタッと部屋の中で椅子が倒れる音がし、慌ててドアを開けた。

「大丈夫ですか?怪我は―――」

どんっと腕の中に飛び込んできた詩理さんの体を受け止め、抱き締めた。
それは完全に不意打ちで髪からは詩理さんの香りがした。
少し痩せたかと思いながら、その髪をなでた。
月子さんといた時は二人で楽しそうに新メニュー開発と言って試作していたからかもしれない。

「遅くなり、申し訳ありません」

「―――平気です。月子さんから聞いてましたから」

なっ!?
あ、あの人は!
平気と言いながらも詩理さんは震えていた。
新崎は弱者を許さない。
娘であったとしても容赦なく、利用し、外に嫁がせることなどまだ優しいほうだと考えているだろう。

「もう少しだけ待っていてくれますか」

「その前に私に言うことがあるでしょう?」

詩理さんは先ほどまで震えていたというのに強いまなざしをして自分を見上げた。
前より強くなった。
月子さんの影響なのか、いらぬことを吹き込まれたせいなのかわからないが。
あの月子さんのせいなのは間違いない。
以前のような諦め切った弱々しい姿はなかった。

「そうですね―――ずっと想ってました。天清さんから運転手をお願いされたことを恨みましたが、今は感謝しています」

「恨んで……?」

「そうです。自分には叶わぬ相手だと思っていましたから」

「そんなことありませんっ」

もうっと詩理さんは頬を膨らませた。

「簡単に私を諦めないで」

怒る詩理さんはあの頃と同じ可愛らしい顔をしていた。

「あの時、あなたを連れ去ることも自分の気持ちを言うことも許されなかった。それは無力だったからです」

「……私もただの高校生でした」

籠の中に囚われた詩理さんは新崎の監視下にあって、すべてを管理されていた。
付き合う人間も時間も手に取るもの一つ一つが自分の意志ではままならないほどに自由はなかった。
あの何もなかった時間の中で天清さんは彼女にわずかながらに自由を与えた。
兄としてできるかぎりのことをしたいと言った言葉を今もおぼえている。

「今ならわかります。遠堂が私と一緒にいれた時間はあの運転手をしてくれた時間だけだったのだと」

恋も知らぬうちに嫁がせるつもりだったのだろう。
人形と同じ。
感情も何もない彼女であれば、親のいいなりになって『はい』としか言わないと考えていたに違いない。
彼女に感情を与えたのは俺と天清さんだ。
そして、意思を与えたのは月子さんか。
天清さんの妻として認めざるを得ないだろう―――
変わった人間だが。

「これからはずっと一緒にいれますよ」

「本当に約束してくれる?」

「もちろんです」

約束の証に手の甲に口づけをした。

「遠堂。唇にはしてくれないの?」

「自分にとって詩理さんの唇は特別ですから」

そっと指でその唇をなぞると詩理さんは顔を真っ赤にした。
まだそれはできない。
―――俺が新崎のトップに立つまでは。
それはまだもう少し先のこと。
ふっと視線を落とすと詩理さんの机の上にゲーム機が置いてあった。

「詩理さんそれは?」

「こっ、これは、そのっ」

慌てて背中に隠した。

「月子さんですか」

「そ、そうなんです。退屈だろうからって月子お姉様からいただいて!でも、これがあったから、私っ、励みになったんです!」

「それはどんな?」

「あっ!」

背中に隠したゲーム機をとりあげると画面を見た。
八十瀬やそせ勝巳かつみ

「返してくださいっ!」

さっきより赤い顔をしてゲーム機を奪い取った。
どういうことだ?いったい?

「もうっ!遠堂はデリカシーがありませんねっ!」

そして、叱られた。
理由はわからなかったが、その姿は月子さんを彷彿とさせたことはいうまでもない。

「詩理さん、ゲームはほどほどにしてくださいね」

別れ際の言葉としてはどうなんだ?というセリフを口にして詩理さんと別れた。
月子さん。
やっぱりあなたは困った人ですよ!!

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

婚約破棄を突きつけに行ったら犬猿の仲の婚約者が私でオナニーしてた

Adria
恋愛
最近喧嘩ばかりな婚約者が、高級ホテルの入り口で見知らぬ女性と楽しそうに話して中に入っていった。それを見た私は彼との婚約を破棄して別れることを決意し、彼の家に乗り込む。でもそこで見たのは、切なそうに私の名前を呼びながらオナニーしている彼だった。 イラスト:樹史桜様

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

処理中です...