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39 攻略本を手に入れた!

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押入れ。
それは静寂と程よい暗闇。
この狭さが落ち着く。
ここは私の聖地。
誰にも邪魔されず、集中できるマイルーム。
こっそり中を改造し、電気もつけてちょっとした秘密基地になっている。
普段の私なら、『ときラブ』をプレイしているところです―――が!!
今は緊急事態。
スチルを見ながら、ニヤニヤしている場合ではないんですよ!

「旅行……」

天清たかきよさんが手早く旅行の予約をした後、イチャイチャしたせいで無抵抗だった私。
やっぱりあの人は策士だとつくづく思い知らされる。
あの流れで断れるわけがない。
私の脳内では『緊急対策本部』が設置された。
刑事ドラマのように頭の中では『旅行に関する情報は!?』『まだです!』『時効が迫ってるんだぞ!』と大騒ぎしている。
経験値ゼロの私の脳内がそうなるのも無理はない。

「私も昔の私じゃないんですよ。なんの策もなく旅行当日まで手をこまねいていると思ったら、大間違いですよ」

近場の温泉のくせに大袈裟だと思うでしょうが、この性格ゆえに修学旅行を休んでいたことはわかりますね……?
友達の家でお泊り会なんてイベントも未経験の暗い青春時代。
つまり、そんな私が家族以外の人と初めて宿泊するということは人生最大のビックイベントなんです!

「ちゃんと買いましたよ、私は」

ゲーム攻略本ならぬ旅行攻略本をね!
バーンッと並べた。
『失敗しない彼とのお泊り特集!』『彼との旅行はどこがいい?』『旅行にもっていくもの、皆なら何をもっていく?』などなど。
これを読破すれば、この旅行初心者である私でもプロは無理でもアマチュア初級くらいには近づけるはず。

「早くこれを読んで勉強しなくては!」

さっそくページをめくる。

「このタイムスケジュールは参考になりますね」

ピッと付箋を貼った。
近場の観光名所も調べなくては。

「月子、どこ?帰ってきたよー。ただいまー。夕飯食べようよー」

今日に限って残業なしで帰ってきた天清さん。
どうやら、私の姿が見えないため、探していたらしい。
スッと少しだけ押入れをあけ、目だけをのぞかせた。
部屋に入ってきた天清さんがわっ!と驚いていた。

「……怖いよ、月子」

「おかえりなさい」

「どうかした?」

「いえ、なにも」

天清さんが部屋を出て行ってから、押し入れの戸を開けないと押し入れの中の惨状がバレてしまう。
こんな勉強をしているなんて知られたら、ドン引きされますよ……さすがに。
私がそんなことを考えているとは思いも寄らない天清さんは無邪気な笑みで私と同じ目線の高さにしゃがんだ。

「新しい遊び?」

「違います!あの、先に行って下さい。準備してから私も行きますから」

「うん?」

不思議そうに天清さんは首をかしげていたけど、その目は納得していない。

「具合悪いとか?それとも俺に隠し事?」

「いえっ!ちがっ……」

突然、寄りかかっていた戸が開けられ、前のめりになっていた私はどさぁっと天清さんと一緒に床に転がった。

「ごめん、月子。大丈夫?」

「ひどいです!突然、開けるなんて」

私が怒っているのに抱き留めた天清さんは満足そうに笑っていた。
こ、これは!
スチルになりそうな体勢!
転んだヒロインを受け止める王子みたいな?
【彼の抱擁】とか【転んだ先には】なんてスチルタイトルがつきそうですね。
まさか自分がそんなっ―――そこまで考えてからハッとした。
押入れが全開になっていることに気付いた。
天清さんは私を覗き込み、ニコニコしていたけど、慌てて腕から逃れて押入れの戸をバンッと閉めた。

「見ましたね!?」

押し入れの中が見えたらしい天清さんは驚いていた。
ですよね……。

「見えたけど……」

「押入れの中は覗かないで下さいって言ったじゃないですかっー!」

「大丈夫だよ。ちらっとしか見えなかったし。本と雑誌しか―――」

こんな無様な努力を見られるなんて……!
涙目で天清さんを見上げていると、頭をぽんぽんっと叩かれた。

「旅行、そんなにがんばらなくても平気だから。足りないものがあれば、向こうで買えばいいし、二人で家にいるのと変わらないと思えば気楽にならない?」

「そうなんですか……?」

「いつも一緒にいるんだから、変わらないって!」

「そう言われれば、そうですね。でも、天清さん、驚いていたじゃないですか」

「驚いたのはそこじゃないよ、月子」

「え?」

「押入れの中、改造しすぎだからね……。なんのパーティーかと思ったよ」

可愛くしようとクリスマス用の電飾と壁紙をはったのがいけなかったかもしれない。

「でも、月子が旅行を楽しみにしてくれているみたいで嬉しいよ」

そう言った天清さんの手には私が買った『彼とのお泊まり特集』があった。

「しっかり見てるじゃないですかっー!」

バッと雑誌を奪い取り、押し入れにしばらく籠城して天清さんを困らせたことは言うまでもない―――
オタクのハートは傷つきやすいんですよ!
そう叫んで。




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