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44 危険な男【響子 視点】

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またバイトをクビになった。
おかしい。
こんなはずではなかった。
コンビニでお弁当を買ってアパートに戻った。
木造の古いアパートにはほとんど人が住んでいない。
最初は友達の家を転々としていた。
けれど、私にお金がないとわかると追い出して、態度も冷たくなった。
私の力なら、こなせるはずなのに!
そうよ、きっと妨害されてるの。
例えば―――

「犯人は月子よ!!」

「そんなわけあるか」

新崎あらさき天清たかきよ!!」

「今は楠野だ」

突然の出現に思わず、フルネームを叫んでしまった。
アパート前の古い電灯に照らされて、仕事だったのかスーツ姿で立っていた。
秘書もいる。

「何の用よ……」

低い声、冷めた目と威圧感。
誰、これ―――その雰囲気から察して、いい話とは思えない。

「ここに来たのは君の処遇を決めるためだ。楠野のお義父さんが俺に君のことを俺に一任した」

「は、はぁ!?どうして、あなたが!?」

「本当に皮肉な話だよ。実の娘よりも俺の方が信頼されるなんてね」

胃の辺りがずしりと重くなった。
今の私の言葉を両親はまったく聞き入れてはくれない。
公康きみやすさんに謝りなさい!』
『月子にもだ!姉の旦那に手を出すなど言語道断!』
―――の、繰り返し。
冗談じゃないわよ。
私の何が悪いのよ。

「娘の私より他人のあなたを信用するなんてひどいわ」

「そうだよね?楠野のご両親は人がいい。だから、君のような人間にもすぐに騙されてしまう」

「私の両親を騙したの!?」

「俺が騙す?ただ真実を教えただけだ。何もかもね」

何もかも―――?
どういう意味?

「天清さん。まだわからないようですね。この馬鹿な女は」

秘書の遠堂という男がバカにするように鼻先で笑い飛ばした。

「まず、月子の企画を盗んだ笛木という男が社長にすべてを話したところから始まる」

「笛木が何を話したっていうのよ!」

「それはご自分が一番ご存知では?」

冷や汗が背をつたった。
手が震える。
私が月子を追い詰めるために利用していた男―――それが笛木だ。

「笛木さんをこちら側に取り込んだことには気づいてますよね?」

「その笛木にわざとフェアの一部分の情報しか流さないようにさせた。それは油断させるために。協力者だった笛木は自主退職したが、退職前に今までの行いを楠野社長に洗いざらい話をしたことで社長は自分のやり方に疑問を持ち始めた」

「特に響子さんへの信頼はそこで完全にゼロになりましたよね。長年、月子さんを陰で苛め抜いてきたことがバレてしまったんですから」

ざわざわと心が波立った。
この男が状況を利用して父すら取り込んでいく様子が目に浮かぶ。
この男―――人畜無害そうな顔をしてかなりの悪人じゃないの!?

「疑問を持ち始めた楠野社長は天清さんに『響子を今後どうしたらいいだろうか』と相談するのは当然の流れでした。仕事でもプライベートでも社長の信頼を得ていましたから」

秘書は信頼されて当然という顔で私に笑って見せた。
それも皮肉な笑み。
なんで嫌味な男なの!!

「後、元旦那だっけ?あの人も見る目がなくて可哀想な人だったよね。君と別れたことを社内で噂で流したんだ。『奥さんに浮気されて、離婚届を渡された可哀想な人』としてね。もちろん、奥さんの君は悪役として登場。同情した同じ会社に働く人達は君より素敵な人を勧める」

言葉がでなかった。
なに、この人は。

「おかしいと思わないと。こんな早く恋人が見つかって、君を見限るなんておかしいってね」

にこっと天清さんは微笑んだ。
無邪気に見えるけど、腹の中では何を思っているか―――

「君と新崎の父が手を結ぶのもわかっていた。あのお嬢様の中では一番、性格が悪くて図太そうで父と話せそうなのは君くらいだった」

「案の定でしたね」

「そ、それじゃあ、全部、罠だったの?私が家から追い出されたのは」

「違うだろ?君が自分から出て行っただけだ。俺達はほんの少しだけ背中を押しただけだ」

「予想を裏切らない展開に退屈すら感じましたよ」

呆れたような口調に私はキッと睨みつけた。

「おっと、遠堂は今じゃ新崎の総裁だぞ?敵に回さないほうがいい」

「ご冗談を。自分は総裁代行です。実際は天清さんが新崎を動かすんですから」

「だーから、俺は『楠野屋』で月子と働くんだってば!俺が新崎に帰るかと思って、月子が不安になるだろ」

それはお断りと笑っていた。
新崎の総裁の椅子を捨てる?

「と、いうわけだから、この先の君の処遇は俺の手の内ってわけだ」

アパートで暮らしていましたと報告しておきますね」

「ま、待ってよ!この状況のどこが不自由がないっていうのよ!」

貧乏暮らしもいいとこじゃない!?

「感謝することだ。本当なら、路上生活でもさせてやろうかと思っていたところなんだからな」

―――悪魔だ。この男。
あの無邪気さは演技!?

「あ、あなたの本性は相当悪どいわよ!!月子は知ってるの!?」

「天清さんほど善良な方はいませんよ。この程度の罰で済ませてあげようと言っているんですから」

「せいぜいこの暮らしを楽しむことだね。人生が終わるまで」

私を救う気なんか一ミリもない。
人生が終わるまでって、私をずっと監視する気?
このアパートと苦しい生活を私の牢獄にするつもり?
こんな惨めな生活を私に続けさせるの?

「ま、待って!月子に謝ればいいの!?そうすれば―――」

「謝りたいなら、謝ればいい。けど、この生活は変わらない」

「天清さん。そろそろ帰らないと。今日は月子さんがカレーを作ってくれるんじゃなかったですか?インドカレーの本を買ったとかで。まあ、旅行回避のための作戦かもしれませんが」

「あ、そうだった!早く帰ってカレーを食べよう!」

パッと明るい顔を見せたのは私も知っている顔だった。
本気で月子が好きなわけ?
あんな女のどこが!

「月子のどこにそんな魅力があるっていうのよ!」

去り際に振り返り、一番いい笑顔をして言った。

「俺よりも善人なとこだね」

それに関しては否定できず、返す言葉が見つからなかった―――
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