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「よーし!俺のハンコは終わり―」

ぽいぽいっと書類を押し終えると、手元残った案件をぱらぱらとめくっていた。

「それはどうなさるつもりですか?」

秘書らしく遠堂えんどうさんが終わった書類を手に持ち、ハンコを押さなかった分について尋ねた。

「これはやめたほうがいいっていう企画だな。誰が考えたのか知らないけどさ。メニューの表紙に社長の娘の響子を出すとか、響子おすすめメニューを載せるとか……需要あるか?あの響子とかいう女にカリスマ性があるとは思えない」

そんな企画があったんだ……。
誰が企画をだしたんだろう。

「わかりました。その企画は却下とお伝えしましょう」

「そうしてくれ」

仕事をしている天清さんは少し雰囲気が違う。
無邪気さが減って、少し冷たく見えるのは気のせいだろうか。

「それでは、天清さんはゆっくりお昼を楽しまれてください」

遠堂さんからスッと差し出されたお弁当は重箱だった。
それも黒い漆塗りの重箱で竹梅菊蘭の四君子しくんしのデザインが美しい。
中身はだし巻き卵や魚の照り焼き、きんぴらごぼうや煮しめなど、違う段には黄色の卵と三つ葉の結び目が美しい茶巾寿司が入っている本格的な和食弁当。

「うわぁ……豪華ですね」

「あー、これか?遠堂が今日は初日だからって言って、特別に料亭に頼んだらしい」

「そうなんですか」

重箱には意味があって、幸せが重なるようにという意味が込められている。
それを遠堂さんが知っているか、どうか知らないけれど、怖い顔をしていても根はいい人なのかもしれない。
これはっ―――!

「テイクアウト用のお弁当にいいかもしれませんね!小さな重箱にして小さな仕切りをいくつも作って、一品ずついれていくんです。重箱だと特別感があって、素敵じゃないですか?」

色鉛筆を手にして、さらさらと紙に書き始めると天清さんが笑った。

「まずは食べようよ」

「いいえ!先に食べて下さい!」

値段は千円を切る価格。
できたら、ワンコインに近づける。
ターゲットは働く女子!
見た目は色鮮やかにして、一品一品が洋菓子のような華やかさを出す。
そう、例えるならジュエリーボックスみたいなお弁当。
インスタ映えも狙って―――

「で、できた」

「へぇー、かわいいね。その風呂敷は和紙?」

「そうです。エコにも力を入れている『楠野屋』はプラスチックを減らすようにしてますから」

「季節によって、この風呂敷の模様や色を変えたらいいかもな。春は桜やチューリップ柄、夏は花火、朝顔、金魚ってかんじにすれば、飽きがこない」

「いいですね!」

おしゃれな人じゃないと思いつかない発想だった。
さすが、天清さん。
―――って、私、何を馴染んでいるんだろう。
まだそんなに知らない相手なのにぺらぺらと喋ってしまったような気がする。

「試作品を作りたいな。明日から、作ってみようか」

「は、はい」

天清さんには壁がない。
それと、私を見下したように見てないし、対等でいてくれる。
頭の回転も速いし、話しやすくて、ついついなんでも話してしまう。
なんて不思議な人だろう。

「ほら、月子。あーん」

箸で卵焼きをつまんで私の口にいれようとしたのを手で制した。
きっぱりと。

「それはしません」

「えー!!しようよ!!」

「お断りします」

どさくさに紛れて、なにをさせようとしているのだろうか。
この人は。
上品な味の煮しめやだし巻き卵にうっとりしながら、いそいそと食べていると、食べ終わった天清さんが私の企画書を眺めていた。

「月子。ちゃんと名前いれよう、ここに」

そういうと天清さんは『楠野月子』と発案者の所に名前を入れた。
名前を書かないといけないことを初めて知った。

「あの」

「うん、これでよし!」

ソファーにごろんと寝転がり、にこっと天清さんは微笑んだ。
まさか、このためにソファーを?

「いえ、全然よくありません」

「夫婦なんだから、これくらい当り前だよ!」

世にいう膝枕といいうのをしていた。
私が。
こんなのゲーム内でしかしたことないよおおお!!!
信じられないことに天清さんは書類を眺めがら、私の膝に頭を置いている。
イベントスチル【彼に膝枕】と、頭に浮かんだ。
いやいやいやいや!?そうじゃなく!
現実に戻って、私!
別々のソファーに座ろうとしたのに隣においでと言われて座ったのは罠だったのだと今、気がついた。
こっ、この人、策士じゃ!?
人畜無害な顔をして危険すぎるっ!!!

「あー、最高だねー!」

寝転んだ天清さんの手が私の頬にふれたその時、バンッとドアが開いた。

「地下に荷物を運んでいるってきいていたから、まさかとは思ったけれど」

私が天清さんに膝枕をしているのを見て、響子はさっと顔色を変えた。
それだけじゃない。
私の服装とアクセサリーを見て悔しそうに睨みつけたのを見逃さなかった。

「ふうん、本当に月子のことが好きみたいね。私へのあてつけかと思っていたわ」

「あてつけ?なんのために?」

天清さんは不思議そうな顔で響子を見た。
私の膝に頭をのせたままで。
まるで王様のようだった。
それが響子には余計気に障ったのか、顔を歪めた。

「そう。わかったわ!」

響子は天清さんの返事に怖い顔をして、バンッと資料室のドアを閉めていった。
絶対に仕返しされる……。
怯える私とは裏腹に天清さんはまったく動じず、響子が去ったドアを余裕たっぷりに見ていた。

「心配しなくていいよ。わかっているから。水をかけたのはあいつだろう?」

「ち、違います」

嘘をついたけど、下手くそな嘘は天清さんは通用せず、笑われてしまった。

「月子は嘘が下手だなー」

そう言った天清さんの顔はドアの方を見ていて、表情がわからなかったけれど、なぜかその低い声が怖く感じた……。
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