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21 離さないでいて (2)
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紗耶香さんを送り、帰って来た樫村さんを夕食に招待した。
寒い日には鍋。
私はそう思っていた。
それが―――
「鍋?」
「冬と言えば、お鍋ですよ」
「知識としては知っているよ」
壱都さんから返って来たのはそんな言葉だった。
知識としてって……
私は白菜を手にしたまま、苦笑するしかなかった。
どうして外に出ていたのか、と聞かれたから、今日の夕食はお鍋だったので材料を買いに行っていたんですと答えると、あまり食べたことがないと言われた。
鍋は大人数の方がいいと私が言うと、壱都さんは樫村さんを夕食に誘った。
新婚のところ悪い気がしますと言いながらも樫村さんは鍋奉行として、活躍を見せてくれた。
「壱都さん。朱加里さんが作ってくれたものに文句言うなんて、いけませんよ」
「鍋に文句は言ってないよ」
「むしろ、お鍋を作っているのは樫村さんですよ……」
白菜を足しながら、キリッとした顔で言われても。
私は材料を切っただけだし。
ただ一点だけ私が謝るべきことがあった。
「部屋のおしゃれ度を下げてしまってすみません」
カセットコンロがここまで似合わない部屋だったなんて。
部屋のインテリアとカセットコンロのちぐはぐさに申し訳なさを感じてしまう。
終わったら、カセットコンロは外からは見えない場所に片付けようと心に決めた。
「それは構わないけど、危ないから、なるべく外出はしないほうがいい」
「はい 」
「肉団子、もう煮えていますよ。朱加里さん、マロニーばっかり食べてないで肉を召し上がってください」
「そうだね。朱加里はちょっと痩せすぎだと思うよ」
にこっと紳士的な顔で壱都さんは微笑んだ。
「別にこれで十分ですから!」
「どこが?抱き心地を考えたら、もう少し太らないと」
言ってることは全然、紳士的じゃなかった。
樫村さんは呆れた顔で壱都さんを見ていた。
機嫌のいい壱都さんを見て、なにか察しているみたいだったけれど、樫村さんは大人で聞き流してくれた。
「朱加里さん、鍋のしめは雑炊とうどんのどちらにしますか?」
「うどんを準備してあります」
そう言って、立ち上がった瞬間、スマホの着信音が流れた。
「誰?」
「私の就職が決まっている会社からです」
「ああ、そういえばそうだったか」
「……ちゃんと就職しますからね」
働きに行かせないつもりだろうか。
春までには自由に外出できる身になっているといいんだけど。
「はい、井垣ですが」
『井垣朱加里さんですか?面接をした人事部長です』
「はい」
『春からの採用だが、なかったことにしてほしい』
「どうしてですか」
『井垣社長から、うちの社長に電話があってね。ひきとった娘はとんでもない娘だったと。財産を盗んだと大騒ぎしてね』
「盗んでいません!」
『財産が入ったなら、働く必要もないだろう。井垣社長が採用するなら、圧力をかけると言ってきた。すまないね。こっちも井垣グループから契約を切られるわけにはいかないんだよ』
「そんな……!」
ぷつ、と通話が一方的に切れた。
呆然としていると、壱都さんが肩をつかんだ。
「どうかした?」
「朱加里さん。顔色が悪いですよ」
「父が手を回して、私の就職の内定を取り消したようです」
「やっとか」
「え!?」
「仕返しになにかしてくるだろうな、と思っていたけど」
「ようやく動き出しましたね」
二人はこうなるのが、だいたいわかっていたのか、驚きもしなかった。
「せっかく入社が決まっていたのに」
「そんなショックかな?」
「そうですよ。朱加里さんは井垣の財産をもらうんだから、働かなくていいと思うんですが」
「大した金額じゃないだろう?」
グサッとその言葉が胸に突き刺さった。
そ、それはそうだけど。
私にしたら、大したことある金額だった。
「壱都さんにはわからないですよ!せっかく、毎月地道にお給料を貯金する楽しみを!」
「それはわからないね」
「そこは嘘でいいから、貯金してることにして話を合わせてください」
「たぶん、貯金はしてるよ。振り込まれてるだろうし」
「私が言う貯金は自然にたまるお金じゃないんです。通帳を見て、少しずつ貯まっていくお金に達成感を見いだすのが私が言っている貯金なんです」
いきなり、ドカンと振り込まれたお金に意味はある?
ない!
私の趣味の一つに貯金をいれてもいいくらいなんだから!
「わかるような、わからないような」
はあ、壱都さんに共感を求めた私がバカだった。
「朱加里さんは真面目ですね。そんなに働きたいのなら、壱都さんの秘書になればいいんじゃないですか?」
「樫村。たまにいいことを言うな」
「たまにっていつもですよ」
「すぐ再就職先が見つかってよかったなって、大学を卒業するまではバイトかな?」
「そうですね。明日から、壱都さんの世話が減ると思うと助かります」
え?秘書?
いつの間にか、私は壱都さんの秘書になることが決まっていた。
二人はうどんを入れて、食べ始めていた。
まだ返事をしてないんですけど―――と、思ったけれど、ウキウキしている二人を見ると何も言えなかった。
こうして、私は秘書として、壱都さんと井垣の本社に行くことになったのだった。
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