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14 祖父の遺志 (2)
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お葬式が終わると、親族全員が弁護士さんに呼ばれた。
台所で私が町子さんと一緒に湯呑みやコップを布巾でふいていると、なぜか壱都さんが呼びにきた。
「今から遺言書を開けるから、おいで」
「私は関係ありませんから」
思わず、笑ってしまった。
それが気に入らなかったのか、壱都さんは少し意地の悪い顔をして言った。
「そうだな。遺言書の内容を聞いた後もその笑った顔のままでいられたら、君の勝ち。笑えなかったら、俺の言うことをなんでも聞くってのはどう?」
「いいですよ。そのかわり、私が勝ったら私の言うことをきいてもらいます」
「わかった」
勝つつもりでいるのか、自信たっぷりに壱都さんは返事をした。
リビングに行くと父と芙由江さん、紗耶香さん、井垣の会社の重役と弁護士さんがいた。
「どうして壱都さんが朱加里といるの?」
私と一緒に現れたのが、気に入らないのか、紗耶香さんは面白くなさそうな顔をし、芙由江さんになにか耳打ちしていた。
現在、紗耶香さんはお嬢様が通う女子大に通っていて、教養学部にいる。
髪をカールし、可愛いネイルをして、いかにもお嬢様という雰囲気で、壱都さんと並ぶと王子とお姫様に見えた。
それに比べて、私は喪服にエプロン、黒く長い髪―――王子とメイド?
鏡を見なくてもわかってしまうあたりが悲しい。
「紗耶香、今はそれどころじゃないの!」
「そんな……お母様……」
目を潤ませて、沙耶香さんはうつむいた。
女の私から見てもその仕草は可愛い。
壱都さんに大好きアピールをしているのか、目をぱちぱちさせているけれど、壱都さんは紗耶香さんを見ずに弁護士さんを見ている。
紗耶香さんはそれでも諦めきれないのか、壱都さんの視線の中に入ろうとして、芙由江さんから『ふらふらしないのよ!』と叱られていた。
「お揃いのようですね。こちらが会長からお預かりしている遺言書です」
遺言書は一枚ではないらしく、大きめの封筒を取り出した。
「一人一枚ずつ用意されています」
厳かに弁護士さんが言うと、父は嬉しそうに言った。
「そうか。早く渡してくれたまえ」
弁護士さんは封筒を全員の前で開け、白い紙を各自に一枚ずつ配っていく。
「手紙だったのね」
お祖父さんが私に遺してくれた手紙だと思うと、なんの変哲もない紙なのに特別なものに見えてくるから、不思議だ。
「俺の分もある」
私にヒラヒラとさせて見せた。
どうして、壱都さんにまで?
なんとなく、納得がいかなかったけれど手元の手紙を読む。
『お前に井垣のすべてをやる。世話になった』
一言だけ書いてあった。
これだけ?裏をひっくり返してみても、それ以上はなにもない。
お祖父さんらしいなと思っていると、父と芙由江さんの声が響いた。
「どういうことだ!」
「お、おかしいでしょう?」
父と芙由江さんの声が震えていた。
なにがあったのだろう。
「すべて生前の会長のお気持ちです」
淡々とした口調で弁護士さんが言うと、父がぶるぶると震え、顔を赤くして私を睨み付けた。
「寄越せ!」
父にお祖父さんの手紙を奪われた。
私がもらった手紙を読むと、父はぐしゃぐしゃにして床に叩きつけた。
「なっ…なにをするんですかっ!」
お祖父さんのお礼の手紙を。
「朱加里。もう一度、ちゃんと読んでみたら」
「え?」
隣の壱都さんが楽しそうに笑っていた。
まるで、遊園地にきた子供みたいに。
「では、改めて、会長の遺言をお伝えします。基本的には井垣が保有する財産はすべて孫娘の朱加里さんに相続していただきます」
「相続?私が?」
「井垣グループについては朱加里さんの婚約者である白河壱都さんに経営をお任せします」
「婚約って、どういうことよ!」
紗耶香さんが声を荒げた。
けれど、弁護士さんは動じることなく、淡々と話を続けた。
まるでロボットみたいに。
「争いにならないよう残りの方々には相応の現金のみをご用意してあります。それから、各自には会長に借金していた借用書の控えをお渡ししてあります。会長に借りたのではなく、井垣グループに借りたことになっていますので利子のほうもお支払していただきます」
「無効にならないのか!」
「はい。井垣グループからお金を借りたことになっております。サインもされてます。ご確認しますか?」
「ふざけるな!」
「今まで会長は自分が亡くなられた後のことを考えて、行動されてきた。特に孫娘の朱加里さんのことを心配されてました。壱都さんとの結婚式を楽しみにされてましたよ」
「あ、あの……結婚って……」
美談に聞こえるけど、話についていけてない。
青い顔でいると、隣にいた壱都さんが私に言った。
「婚約していたんだから、順序としては間違っていないよね?」
「そ、それは、そうだけど……でも、あれは」
「賭けは俺の勝ちかな。よろしくね。奥さん」
だっ、だれが、奥さんよ!
言葉がうまく出なかった。
この場で遺言書のすべてを理解していたのは弁護士さんと壱都さんだけだった。
「壱都さん、遺言書の中身を知っていたんですか?」
「もちろん。井垣会長から、直々にお願いされていたからね」
あはははっと軽く壱都さんは笑ったけど、父は違っていた。
「引きとってやった恩も忘れて」
父や芙由江さんは憎しみを込めた目で私を見た。
「母親と同じ泥棒猫ね!」
「ひどいわ!壱都さんを返して!」
わああっと沙耶香さんは泣き出すし、父と芙由江さんはつかみかかろうとするし、大混乱になった。
自分の身の危険を感じていると、同じことを思ったのか、壱都さんが私の背中を手で押して、リビングのドアを閉めた。
「急いで荷物をとっておいで」
「え……でも」
「この状況でここに残るつもりなら、やめたほうがいい。サスペンスドラマなら、もう殺されているよ」
確かに三人からは刃物で刺されてもおかしくないくらいの憎しみを感じた。
「わ、わかりました……」
確かに尋常じゃない雰囲気だった。
荷物はもうまとめてある。
明日にでも出て行くつもりだったから、すぐに出ることできたのは幸運だった。
「行こう」
お祖父さんのボディーガードとして雇われていた人達が父達三人を押しとどめてくれ、その間に私は壱都さんと一緒に逃げることができた。
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