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13 お弁当【姫凪 視点】
しおりを挟むいつもより早起きして、お弁当を作った。
野菜が嫌いみたいだったから、オムライスをメインにしたお弁当にして、その周りにはウィンナーのお花を飾った。
オムライスの卵はお母さんに手伝ってもらったおかげで、破れてない綺麗な黄色に仕上がったし、甘いものが好きだと書いてあったから、デザートにはプロの家政婦さんか作り置きしてあったリンゴとレーズンのコンポート。
完璧!
絶対に褒められること間違いなしね。
会社に行くと麻友子にお弁当を見せた。
「うわあ。上手ね!」
「ふふっ。そうでしょ」
もうお昼が待ち遠しい。
お昼休みになると、急いで重役フロアに走って行った。
ちょうど皆さんがお昼休みに入るところだった。
「あれ?どうかした?」
「真辺専務。副社長にお弁当作ってあげるって約束したので持ってきたんです」
「ええっ!?倉永先輩にお弁当?本当に?」
同じ高校だった真辺専務は驚きすぎて素に戻ってしまい、副社長を『先輩』と呼びながら、感動のあまり目尻に浮かんだ涙を指でぬぐった。
「どうした。真辺」
「聞いてくださいよっ!あの倉永先輩にとうとう彼女が!」
「本当か!?」
他の重役の方達までやってきた。
「あの倉永に彼女!?」
「今日が終末の日か?」
彼女―――その響きに胸が高鳴った。
お弁当を食べてもらえたら、きっと近づける。
そんな気がする。
「あ、副社長。やるねー!」
「おめでとう!こんな日がくるとはな」
「桜帆ちゃんもこれで彼氏を作れるよ」
副社長は自分の机から動かず、首をかしげた。
「なんの話?」
「だから、お前、弁当を作ってもらったんだろ?」
「桜帆に作ってもらった」
「待て待て!」
「桜帆ちゃんのは俺が食べてあげるから」
ぽんっと真辺専務が副社長の肩を叩いた。
「嫌だ!」
大きな声を出すことがない副社長が大声を出したのを聞いて、他の人まで集まってきた。
見かねた倉本常務がひょいっと私のお弁当を副社長の手に置いた。
「せっかく作ってくれたんだ。今日くらいはいいだろう?」
「さ…桜帆のお弁当は?」
「一度にたくさんは食べれないだろう?」
はあ、と倉本常務がため息を吐いた。
桜帆さんのお弁当を取り上げられた副社長は傷ついた顔をして、机の下に潜り込んで頭から毛布をかぶり、出てこなくなった。
「おい!?」
「えええ!」
大事件だとばかりに机の下をのぞきこんだけれど、副社長は呼ばれても頑として出てこない。
「何してるんだ?」
騒ぎが聞こえたのか、時任社長が部屋から現れて重役フロアに顔を出した。
ボサボサ頭に黒ぶち眼鏡をし、長袖Tシャツにジャージをはいていた。
たまにしか姿を見ないけれど、社長はいつもこんなかんじだった。
この人が時任グループの社長だと言われてもなかなか信じ難い。
「桜帆ちゃんのお弁当を取り上げたら、こんなかんじになってしまって…」
真辺専務ですら、お手上げといった状態だった。
社長は倉本常務の手にあったお弁当を手にして、机の下にいる副社長に呼びかけた。
「ほら、夏向」
「あ、朗久」
「これでいいだろう?あいつらも悪気があったわけじゃない。許してやれ」
「うん……」
「食べていいぞ。見張っててやる」
机の下で副社長はお弁当を食べているようだった。
「お前ら!ちょっとふざけすぎだぞ!」
珍しく社長が怒っているのを見て、フロアが静かになった。
「こないだも夏向にアルコール飲ませたらしいな」
「あ。はい……すみません」
真辺専務が頭を下げた。
足が震えた。
私が悪いのに……専務だけに謝らせるわけにはいかなかった。
「私が悪いんですっ!本当にすみませんでした……」
お弁当は食べてもらえないし、社長には叱られるし―――私、もう。
なんて、散々なんだろう。
涙がこぼれた。
「私が作ったお弁当を受け取ってもらえないのを可哀想に思って、食べてもらおうと、皆さんが勧めてくれただけなんです」
「弁当?なんで夏向に弁当を?」
社長はまるで理解できないという顔をしていた。
「わっ…私、副社長の事、好きなんですっっ!」
えっと社長は驚いていた。
他の人達は察していたらしく、驚かなかった。
副社長は机の下から出てこない。
「……おい、夏向?ちょっと出て来いよ」
社長が呼ぶと渋々出てきた。
「なに?」
「お前のこと、好きらしいぞ」
私をようやく見てくれた両目は苛立っていて、機嫌が悪かった。
「そう」
また机の下に潜り込もうとした副社長を社長が止めた。
「ちゃんと返事をしておけ」
「よく知らない人だから……」
答えようがないという顔をしていた。
「そっ、そうですよね……。急に言われても、困りますよね」
名前くらいは覚えてもらえているかと思った自分が恥ずかしい。
「それじゃあ、副社長、私とお友達になってもらえませんか。その……まずはお友達からってかんじはだめでしょうか!?」
「友達?」
副社長は社長をまじまじとみた。
社長のことは友達だと思っているらしい。
「まずは名前を覚えるところから、スタートしたらどうだ」
「それくらいなら……」
「あ、ありがとうございますっ!」
名前を覚えてくれるだけでも嬉しかった。
だって、あの目にやっと私の姿が映ったんだから。
「世の中には奇特な人間がいるもんだな」
社長はやれやれと伸びをして、解決したとばかりに社長室に引っ込んでいった。
「あのっ!それじゃ、副社長。これからよろしくお願いしますっ」
「うん……」
副社長はそう返事をすると、また机の下に潜りこんでしまった。
まるで、懐かない野良猫みたいだったけれど、そのうちきっと懐いてくれるはず!
私はまず、名前を覚えてもらおうと決心したのだった。
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