上 下
10 / 43

10 お酒に注意

しおりを挟む
佐藤君の会社の人達は時任ときとうグループのメンバーがそろうと、名刺を取り出して時任の人達に配りだした。
「私が社長の諏訪部すわべです。時任グループの方々にお会いできて光栄です」
えっー!
私の目の前の人が社長だったの!?
全然わからなかった。
やけに自信たっぷりで華やかなかんじの人だなーとは思っていたけど。
「時任の方達には憧れていたんですよ」
「高校生で起業して一流企業にまでのぼりつめるなんて夢のようですからね」
「俺達も時任グループを真似まねて起業したんですよー!」
佐藤君も興奮気味に話しかけていた。
真辺まなべさんがにこやかに微笑んで対応する。
営業スマイルだろうけど、隣の住吉すみよしさんの目がアイドルでも見つめてるみたいな目になっている。
さすが、人たらしの真辺さん。
あっという間に心を掴んでしまう。
「知っていますよ。『諏訪部すわべネットセキュリティサービス』のことは。最近、セキュリティ関連だけじゃなく、ゲームや音楽コンテンツにも手を出してますよね」
「時任に比べたら、まだまだヒヨッコですよ」
「時任社長を始めとして、優秀な方が多い」
「それはどうも」
倉本くらもとさんはいつになく、冷たい態度だった。
なんとなく、申し訳ない気持ちになってきた。
会社のお食事会に雰囲気を壊すような真似をしてしまった―――偶然とはいえ、気まずい。
秘書の女の子達も目に見えて嫌そうな顔をしているし。
きっと楽しみにしていたに違いない。
「今度、会社にお邪魔してもいいですかっ!?」
「いいけど、普通の会社だよ?」
佐藤君が無邪気に言ったけれど、真辺さんは困惑気味だった。
「ぜひ、見たいです。時任グループは学生の頃からの憧れでした!」
「業界じゃ有名ですよ。特に時任のケルベロスは」
諏訪部さんが何気ない口調で言っただけなのに空気が張り詰めた。
「時任の番人であるケルベロスがいる限り、誰も時任には手を出せませんからね」
「その名前はちょっと」
真辺さんの目が笑っていない。
たしか、佐藤君が夏向のことをそう呼んでいた。
お酒が飲めない夏向は知らん顔をして、オレンジジュースを飲んでいる。
完全無視を決め込んでいるようなのか、誰とも会話しない。
佐藤君が重い雰囲気に気づき、すかさず言った。
「すみません!無粋ぶすいでしたよねっ!可愛い女の子達がいるようなところで仕事の話なんかして」
「時任の皆さんに会って、つい興奮してしまって」
場の空気が和らいだところで私は席を立った。
なんだか、疲れた。
化粧室に行こう。
私一人、いなくなっても誰も気づかないだろうし。
ぐったりと化粧室近くの通路の壁に寄りかかった。
化粧室から、女の子の高い声が聞こえてきた。
「ありえないわよね」
麻友子まゆこ、落ち着いて」
「せっかく、重役の皆さんとお食事しているのに!なんなの、あの人達!私達、全然話せてないわよ!」
「そうよね……」
須山すやまさんの声がしゅん、として元気がない。
「副社長ともっと話せるかなって、楽しみにしてたんだけどな……」
副社長って夏向のこと?
まさか、須山さんって夏向のことが好きとか?
あんな可愛い子が!?
「しかも、副社長、オレンジジュースばかり飲んでるし」
それはアルコールが飲めないからだよ……。
二人が化粧室から出てきたため、とっさに観葉植物の鉢植えに姿を隠した。
何してるんだろう。私。
「つまらないわよね。ちょっと酔った所、みたいわよね。乱れたところがみたいっていうかー」
「そっそんな!麻友子ったら」
姫凪ひなもそう思うでしょっ」
アルコール飲めないから、乱れる前に倒れるって。
夏向の酔った姿に需要があるとは。
はー、世の中ってわからないな。
席に戻ると、住吉さんは結構酔っていて、そろそろお開きにしようと思っていると、隣の席に新しい飲み物が運ばれてきたのが見えた。
「副社長、これどうぞー。新しいジュースです」
麻友子と呼ばれていた秘書の女の子がオレンジジュースと同じ色の飲み物を渡していた。
でも、さっき夏向が飲んでいたオレンジジュースとグラスが違うし、色もわずかに違っている気がする。
まさかとは思うけど―――ドリンクメニューをみると生オレンジサワーと書いてある。
もしかして、お酒!?
「夏向!それ飲んじゃダメっ!」
私の制止の声に真辺さんがはっとして、夏向からグラスを奪い取った瞬間、ぐらりと夏向の体が傾いた。
「これ、アルコールか!?」
倉本さんが慌てて夏向の体を支えた。
「は、はい」
青い顔で頷いた秘書の女の子に倉本さんが怒鳴りつけた。
「なぜ、アルコールとわかっていて渡した!」
「す、すみません。飲めないなんて知らなくて」
具合の悪そうな夏向の顔に我慢ができず、席を立った。
「ちょっと、どいてもらえますか」
倉本さんが気圧されて、首を縦に振った。
「立てる?夏向」
桜帆さほ…気持ち悪い……」
ぐったりと体を預けてきたので、そのまま、ずるずると夏向を引きずって男子トイレに連れて行き、無理矢理吐かせた。
グラスに半分は飲んでいたから、ちょっときついかもしれないけど。
「大丈夫?夏向?」
「ごめ……。桜帆……服、汚して……」
「いいわよ。楽になるまで、全部吐いて」
「うん……」
吐くと、顔色が戻ってきて、呼吸も普通だから病院までは行かなくても大丈夫そうだった。
支えていれば、立ち上がれるくらいになると、席に戻り、真辺さんにタクシーを呼んでもらった。
「ごめんね、桜帆ちゃん。俺達がそばにいたのに」
「いえ」
「ケルベロスも弱点があるんだな」
「アルコールが駄目とか、かわいいね」
「女の子の前で吐くとかかっこ悪いよな」
イラッとして思わず、諏訪部さん達を睨み付けた。
「は?なんなの?」
「さっ桜帆ちゃんっっ!!」
真辺さんがうわっと身を引いた。
「夏向はかっこ悪くないわよ!あんた達の百万倍はかっこいいわよ!なにがケルベロスよ!人を変なあだ名で呼ぶんじゃないわよっっ!!!」
「生意気な女だな」
「褒め言葉をどうもありがとう」
ダンッとテーブルを拳で叩くと、怯えたように身を引いた。
「さっ、桜帆ちゃん!タクシーきたよっ!」
真辺さんは早くっとタクシーに連れて行ってくれた。
「真辺さん、すみません。私、怒って場の空気を悪くしてしまって」
「いいよ、いいよ!桜帆ちゃんが言わなかったら、きっと俺が怒ってたしね!」
なんていい人なんだろう。
真辺さんは時任の良心だよ……。
「後は俺に任せて。ちゃんと仕返ししておくから」
にこっと笑って真辺さんはタクシーのドアを閉めた。
外は雨が降っていて、激しい雨が桜の木に叩きつけるように降っていた。
タクシーの中は温くて、雨水が窓をつたい、桜のはなびらが流れて行った。
まるで、川の中にいるみたいな雨。
人のざわめきがない。
やっと落ち着けたような気がした。
ふう、と息を吐き、運転手さんに住所を言うと、座席に深く座り直した。
隣の夏向は静かにしていたけど、目をうっすらとあけて名前を呼んだ。
「桜帆……」
「気持ち悪い?ナイロン袋あるわよ」
「ごめん……かっこ悪いとこ……」
泣いてるの!?と思うくらい夏向は落ち込んでいた。
「いいから、マンションに着くまで眠って」
夏向はうなずき、目を閉じて眠った。
前髪が伸びてきて、目が見えない。
そろそろ、前髪も切ってあげないとね。
知らない人に触られたくなくて、夏向は美容院が苦手だ。
私は秘書室の女の子達に言いたい。
こんな手のかかる男でいいの!?と―――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お腹の子も君も僕のものだ。 2度目の離婚はないと思え」 宣利と結婚したのは一年前。 彼の曾祖父が財閥家と姻戚関係になりたいと強引に押したからだった。 父親の経営する会社の建て直しを条件に、結婚を承知した。 かたや元財閥家とはいえ今は経営難で倒産寸前の会社の娘。 かたや世界有数の自動車企業の御曹司。 立場の違いは大きく、宣利は冷たくて結婚を後悔した。 けれどそのうち、厳しいものの誠実な人だと知り、惹かれていく。 しかし曾祖父が死ねば離婚だと言われていたので、感情を隠す。 結婚から一年後。 とうとう曾祖父が亡くなる。 当然、宣利から離婚を切り出された。 未練はあったが困らせるのは嫌で、承知する。 最後に抱きたいと言われ、最初で最後、宣利に身体を預ける。 離婚後、妊娠に気づいた。 それを宣利に知られ、復縁を求められるまではまあいい。 でも、離婚前が嘘みたいに、溺愛してくるのはなんでですか!? 羽島花琳 はじま かりん 26歳 外食産業チェーン『エールダンジュ』グループご令嬢 自身は普通に会社員をしている 明るく朗らか あまり物事には執着しない 若干(?)天然 × 倉森宣利 くらもり たかとし 32歳 世界有数の自動車企業『TAIGA』グループ御曹司 自身は核企業『TAIGA自動車』専務 冷酷で厳しそうに見られがちだが、誠実な人 心を開いた人間にはとことん甘い顔を見せる なんで私、子供ができた途端に復縁を迫られてるんですかね……?

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

私はオタクに囲まれて逃げられない!

椿蛍
恋愛
私、新織鈴子(にいおりすずこ)、大手製菓会社に勤める28歳OL身。 職場では美人で頼れる先輩なんて言われている。 それは仮の姿。 真の姿はBL作家の新藤鈴々(しんどうりり)! 私の推しは営業部部長の一野瀬貴仁(いちのせたかひと)さん。 海外支店帰りの社長のお気に入り。 若くして部長になったイケメンエリート男。 そして、もう一人。 営業部のエース葉山晴葵(はやまはるき)君。 私の心のツートップ。 彼らをモデルにBL小説を書く日々。 二人を陰から見守りながら、毎日楽しく過ごしている。 そんな私に一野瀬部長が『付き合わないか?』なんて言ってきた。 なぜ私? こんな私がハイスぺ部長となんか付き合えるわけない! けれど、一野瀬部長にもなにやら秘密があるらしく―――? 【初出2021.10.15 改稿2023.6.27】 ★気持ちは全年齢のつもり。念のためのR-15です。 ★今回、話の特性上、BL表現含みます。ご了承ください。BL表現に苦手な方はススッーとスクロールしてください。 ★また今作はラブコメに振り切っているので、お遊び要素が多いです。ご注意ください。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾

処理中です...