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10 お酒に注意
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佐藤君の会社の人達は時任グループのメンバーが揃うと、名刺を取り出して時任の人達に配りだした。
「私が社長の諏訪部です。時任グループの方々にお会いできて光栄です」
えっー!
私の目の前の人が社長だったの!?
全然わからなかった。
やけに自信たっぷりで華やかなかんじの人だなーとは思っていたけど。
「時任の方達には憧れていたんですよ」
「高校生で起業して一流企業にまで上りつめるなんて夢のようですからね」
「俺達も時任グループを真似て起業したんですよー!」
佐藤君も興奮気味に話しかけていた。
真辺さんがにこやかに微笑んで対応する。
営業スマイルだろうけど、隣の住吉さんの目がアイドルでも見つめてるみたいな目になっている。
さすが、人たらしの真辺さん。
あっという間に心を掴んでしまう。
「知っていますよ。『諏訪部ネットセキュリティサービス』のことは。最近、セキュリティ関連だけじゃなく、ゲームや音楽コンテンツにも手を出してますよね」
「時任に比べたら、まだまだヒヨッコですよ」
「時任社長を始めとして、優秀な方が多い」
「それはどうも」
倉本さんはいつになく、冷たい態度だった。
なんとなく、申し訳ない気持ちになってきた。
会社のお食事会に雰囲気を壊すような真似をしてしまった―――偶然とはいえ、気まずい。
秘書の女の子達も目に見えて嫌そうな顔をしているし。
きっと楽しみにしていたに違いない。
「今度、会社にお邪魔してもいいですかっ!?」
「いいけど、普通の会社だよ?」
佐藤君が無邪気に言ったけれど、真辺さんは困惑気味だった。
「ぜひ、見たいです。時任グループは学生の頃からの憧れでした!」
「業界じゃ有名ですよ。特に時任のケルベロスは」
諏訪部さんが何気ない口調で言っただけなのに空気が張り詰めた。
「時任の番人であるケルベロスがいる限り、誰も時任には手を出せませんからね」
「その名前はちょっと」
真辺さんの目が笑っていない。
たしか、佐藤君が夏向のことをそう呼んでいた。
お酒が飲めない夏向は知らん顔をして、オレンジジュースを飲んでいる。
完全無視を決め込んでいるようなのか、誰とも会話しない。
佐藤君が重い雰囲気に気づき、すかさず言った。
「すみません!無粋でしたよねっ!可愛い女の子達がいるようなところで仕事の話なんかして」
「時任の皆さんに会って、つい興奮してしまって」
場の空気が和らいだところで私は席を立った。
なんだか、疲れた。
化粧室に行こう。
私一人、いなくなっても誰も気づかないだろうし。
ぐったりと化粧室近くの通路の壁に寄りかかった。
化粧室から、女の子の高い声が聞こえてきた。
「ありえないわよね」
「麻友子、落ち着いて」
「せっかく、重役の皆さんとお食事しているのに!なんなの、あの人達!私達、全然話せてないわよ!」
「そうよね……」
須山さんの声がしゅん、として元気がない。
「副社長ともっと話せるかなって、楽しみにしてたんだけどな……」
副社長って夏向のこと?
まさか、須山さんって夏向のことが好きとか?
あんな可愛い子が!?
「しかも、副社長、オレンジジュースばかり飲んでるし」
それはアルコールが飲めないからだよ……。
二人が化粧室から出てきたため、とっさに観葉植物の鉢植えに姿を隠した。
何してるんだろう。私。
「つまらないわよね。ちょっと酔った所、みたいわよね。乱れたところがみたいっていうかー」
「そっそんな!麻友子ったら」
「姫凪もそう思うでしょっ」
アルコール飲めないから、乱れる前に倒れるって。
夏向の酔った姿に需要があるとは。
はー、世の中ってわからないな。
席に戻ると、住吉さんは結構酔っていて、そろそろお開きにしようと思っていると、隣の席に新しい飲み物が運ばれてきたのが見えた。
「副社長、これどうぞー。新しいジュースです」
麻友子と呼ばれていた秘書の女の子がオレンジジュースと同じ色の飲み物を渡していた。
でも、さっき夏向が飲んでいたオレンジジュースとグラスが違うし、色もわずかに違っている気がする。
まさかとは思うけど―――ドリンクメニューをみると生オレンジサワーと書いてある。
もしかして、お酒!?
「夏向!それ飲んじゃダメっ!」
私の制止の声に真辺さんがはっとして、夏向からグラスを奪い取った瞬間、ぐらりと夏向の体が傾いた。
「これ、アルコールか!?」
倉本さんが慌てて夏向の体を支えた。
「は、はい」
青い顔で頷いた秘書の女の子に倉本さんが怒鳴りつけた。
「なぜ、アルコールとわかっていて渡した!」
「す、すみません。飲めないなんて知らなくて」
具合の悪そうな夏向の顔に我慢ができず、席を立った。
「ちょっと、どいてもらえますか」
倉本さんが気圧されて、首を縦に振った。
「立てる?夏向」
「桜帆…気持ち悪い……」
ぐったりと体を預けてきたので、そのまま、ずるずると夏向を引きずって男子トイレに連れて行き、無理矢理吐かせた。
グラスに半分は飲んでいたから、ちょっときついかもしれないけど。
「大丈夫?夏向?」
「ごめ……。桜帆……服、汚して……」
「いいわよ。楽になるまで、全部吐いて」
「うん……」
吐くと、顔色が戻ってきて、呼吸も普通だから病院までは行かなくても大丈夫そうだった。
支えていれば、立ち上がれるくらいになると、席に戻り、真辺さんにタクシーを呼んでもらった。
「ごめんね、桜帆ちゃん。俺達がそばにいたのに」
「いえ」
「ケルベロスも弱点があるんだな」
「アルコールが駄目とか、かわいいね」
「女の子の前で吐くとかかっこ悪いよな」
イラッとして思わず、諏訪部さん達を睨み付けた。
「は?なんなの?」
「さっ桜帆ちゃんっっ!!」
真辺さんがうわっと身を引いた。
「夏向はかっこ悪くないわよ!あんた達の百万倍はかっこいいわよ!なにがケルベロスよ!人を変なあだ名で呼ぶんじゃないわよっっ!!!」
「生意気な女だな」
「褒め言葉をどうもありがとう」
ダンッとテーブルを拳で叩くと、怯えたように身を引いた。
「さっ、桜帆ちゃん!タクシーきたよっ!」
真辺さんは早くっとタクシーに連れて行ってくれた。
「真辺さん、すみません。私、怒って場の空気を悪くしてしまって」
「いいよ、いいよ!桜帆ちゃんが言わなかったら、きっと俺が怒ってたしね!」
なんていい人なんだろう。
真辺さんは時任の良心だよ……。
「後は俺に任せて。ちゃんと仕返ししておくから」
にこっと笑って真辺さんはタクシーのドアを閉めた。
外は雨が降っていて、激しい雨が桜の木に叩きつけるように降っていた。
タクシーの中は温くて、雨水が窓をつたい、桜のはなびらが流れて行った。
まるで、川の中にいるみたいな雨。
人のざわめきがない。
やっと落ち着けたような気がした。
ふう、と息を吐き、運転手さんに住所を言うと、座席に深く座り直した。
隣の夏向は静かにしていたけど、目をうっすらとあけて名前を呼んだ。
「桜帆……」
「気持ち悪い?ナイロン袋あるわよ」
「ごめん……かっこ悪いとこ……」
泣いてるの!?と思うくらい夏向は落ち込んでいた。
「いいから、マンションに着くまで眠って」
夏向はうなずき、目を閉じて眠った。
前髪が伸びてきて、目が見えない。
そろそろ、前髪も切ってあげないとね。
知らない人に触られたくなくて、夏向は美容院が苦手だ。
私は秘書室の女の子達に言いたい。
こんな手のかかる男でいいの!?と―――
「私が社長の諏訪部です。時任グループの方々にお会いできて光栄です」
えっー!
私の目の前の人が社長だったの!?
全然わからなかった。
やけに自信たっぷりで華やかなかんじの人だなーとは思っていたけど。
「時任の方達には憧れていたんですよ」
「高校生で起業して一流企業にまで上りつめるなんて夢のようですからね」
「俺達も時任グループを真似て起業したんですよー!」
佐藤君も興奮気味に話しかけていた。
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さすが、人たらしの真辺さん。
あっという間に心を掴んでしまう。
「知っていますよ。『諏訪部ネットセキュリティサービス』のことは。最近、セキュリティ関連だけじゃなく、ゲームや音楽コンテンツにも手を出してますよね」
「時任に比べたら、まだまだヒヨッコですよ」
「時任社長を始めとして、優秀な方が多い」
「それはどうも」
倉本さんはいつになく、冷たい態度だった。
なんとなく、申し訳ない気持ちになってきた。
会社のお食事会に雰囲気を壊すような真似をしてしまった―――偶然とはいえ、気まずい。
秘書の女の子達も目に見えて嫌そうな顔をしているし。
きっと楽しみにしていたに違いない。
「今度、会社にお邪魔してもいいですかっ!?」
「いいけど、普通の会社だよ?」
佐藤君が無邪気に言ったけれど、真辺さんは困惑気味だった。
「ぜひ、見たいです。時任グループは学生の頃からの憧れでした!」
「業界じゃ有名ですよ。特に時任のケルベロスは」
諏訪部さんが何気ない口調で言っただけなのに空気が張り詰めた。
「時任の番人であるケルベロスがいる限り、誰も時任には手を出せませんからね」
「その名前はちょっと」
真辺さんの目が笑っていない。
たしか、佐藤君が夏向のことをそう呼んでいた。
お酒が飲めない夏向は知らん顔をして、オレンジジュースを飲んでいる。
完全無視を決め込んでいるようなのか、誰とも会話しない。
佐藤君が重い雰囲気に気づき、すかさず言った。
「すみません!無粋でしたよねっ!可愛い女の子達がいるようなところで仕事の話なんかして」
「時任の皆さんに会って、つい興奮してしまって」
場の空気が和らいだところで私は席を立った。
なんだか、疲れた。
化粧室に行こう。
私一人、いなくなっても誰も気づかないだろうし。
ぐったりと化粧室近くの通路の壁に寄りかかった。
化粧室から、女の子の高い声が聞こえてきた。
「ありえないわよね」
「麻友子、落ち着いて」
「せっかく、重役の皆さんとお食事しているのに!なんなの、あの人達!私達、全然話せてないわよ!」
「そうよね……」
須山さんの声がしゅん、として元気がない。
「副社長ともっと話せるかなって、楽しみにしてたんだけどな……」
副社長って夏向のこと?
まさか、須山さんって夏向のことが好きとか?
あんな可愛い子が!?
「しかも、副社長、オレンジジュースばかり飲んでるし」
それはアルコールが飲めないからだよ……。
二人が化粧室から出てきたため、とっさに観葉植物の鉢植えに姿を隠した。
何してるんだろう。私。
「つまらないわよね。ちょっと酔った所、みたいわよね。乱れたところがみたいっていうかー」
「そっそんな!麻友子ったら」
「姫凪もそう思うでしょっ」
アルコール飲めないから、乱れる前に倒れるって。
夏向の酔った姿に需要があるとは。
はー、世の中ってわからないな。
席に戻ると、住吉さんは結構酔っていて、そろそろお開きにしようと思っていると、隣の席に新しい飲み物が運ばれてきたのが見えた。
「副社長、これどうぞー。新しいジュースです」
麻友子と呼ばれていた秘書の女の子がオレンジジュースと同じ色の飲み物を渡していた。
でも、さっき夏向が飲んでいたオレンジジュースとグラスが違うし、色もわずかに違っている気がする。
まさかとは思うけど―――ドリンクメニューをみると生オレンジサワーと書いてある。
もしかして、お酒!?
「夏向!それ飲んじゃダメっ!」
私の制止の声に真辺さんがはっとして、夏向からグラスを奪い取った瞬間、ぐらりと夏向の体が傾いた。
「これ、アルコールか!?」
倉本さんが慌てて夏向の体を支えた。
「は、はい」
青い顔で頷いた秘書の女の子に倉本さんが怒鳴りつけた。
「なぜ、アルコールとわかっていて渡した!」
「す、すみません。飲めないなんて知らなくて」
具合の悪そうな夏向の顔に我慢ができず、席を立った。
「ちょっと、どいてもらえますか」
倉本さんが気圧されて、首を縦に振った。
「立てる?夏向」
「桜帆…気持ち悪い……」
ぐったりと体を預けてきたので、そのまま、ずるずると夏向を引きずって男子トイレに連れて行き、無理矢理吐かせた。
グラスに半分は飲んでいたから、ちょっときついかもしれないけど。
「大丈夫?夏向?」
「ごめ……。桜帆……服、汚して……」
「いいわよ。楽になるまで、全部吐いて」
「うん……」
吐くと、顔色が戻ってきて、呼吸も普通だから病院までは行かなくても大丈夫そうだった。
支えていれば、立ち上がれるくらいになると、席に戻り、真辺さんにタクシーを呼んでもらった。
「ごめんね、桜帆ちゃん。俺達がそばにいたのに」
「いえ」
「ケルベロスも弱点があるんだな」
「アルコールが駄目とか、かわいいね」
「女の子の前で吐くとかかっこ悪いよな」
イラッとして思わず、諏訪部さん達を睨み付けた。
「は?なんなの?」
「さっ桜帆ちゃんっっ!!」
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「夏向はかっこ悪くないわよ!あんた達の百万倍はかっこいいわよ!なにがケルベロスよ!人を変なあだ名で呼ぶんじゃないわよっっ!!!」
「生意気な女だな」
「褒め言葉をどうもありがとう」
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「いいよ、いいよ!桜帆ちゃんが言わなかったら、きっと俺が怒ってたしね!」
なんていい人なんだろう。
真辺さんは時任の良心だよ……。
「後は俺に任せて。ちゃんと仕返ししておくから」
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やっと落ち着けたような気がした。
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隣の夏向は静かにしていたけど、目をうっすらとあけて名前を呼んだ。
「桜帆……」
「気持ち悪い?ナイロン袋あるわよ」
「ごめん……かっこ悪いとこ……」
泣いてるの!?と思うくらい夏向は落ち込んでいた。
「いいから、マンションに着くまで眠って」
夏向はうなずき、目を閉じて眠った。
前髪が伸びてきて、目が見えない。
そろそろ、前髪も切ってあげないとね。
知らない人に触られたくなくて、夏向は美容院が苦手だ。
私は秘書室の女の子達に言いたい。
こんな手のかかる男でいいの!?と―――
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