上 下
8 / 43

8 ここにいて

しおりを挟む
「ハンバーグ、おいしかった」
ピーマンの入っていないハンバーグを食べた夏向かなたは喜びながら、リビングのラグの上をごろごろと転がっていた。
「そんなにピーマン入りはだめだった!?」
絶対に気づいてないと思ったのに。
「薬みたいに苦い……」
「薬!?そこまでじゃないでしょ!」
「あれはもう粉薬と同じ味」
「ピーマン農家に謝りなさい!」
私は全然わからなかったけど。
むしろ、ピーマンは大好きよ!
仕方ない。
次からはミキサーにかけるしかないわね。
絶対にピーマンを食べさせてやる!
夏向は体内にピーマンセンサーを持っているに違いない。
カレーに入れてもわかるみたいだし。
カレーなら誤魔化せると思っていたけど、ピーマン入りカレーを食べた時の悲しい顔が忘れられない。
まあ、夏向は文句も言わず、黙って食べているけど、そうじゃないの!
美味しく頂いて欲しい。
後片付けが終わり、外を見ると空は紫から紺へと変わり始めていて、窓から見えるビルはまだ灯りがついている所が多かった。
早く帰れたおかげで時間にも余裕があり、夕食が終わった後ものんびりできそうだった。
ハンバーグの食パンを浸すのに使った牛乳の残りがあるし、ココアでもいれてあげようかな。
「夏向。ココア飲む?」
「飲む」
ホーローのミルクパンに牛乳を注ぎ、温めた。
珍しく、夏向はテレビをつけて画面の方を観ている。
いつも眠っていることのほうが多いのに。
「おもしろい?」
「うん」
白い雪山みたいなホイップをどんっとのせたココアを夏向に渡すと、それをローテーブルに置いて私の手をつかんだ。
「ここにいて」
自分の前に座らせると抱き枕みたいにして、肩にあごをのせる。
「ホラーじゃないから、怖くないでしょ?大丈夫じゃない?」
ちなみに内容はアクション映画だった。
「大丈夫じゃない」
あ、そうですか。
仕方ないな、と思いながら、おとなしく座ってココアを飲んだ。
背後に夏向の気配を感じた。
体も大きくなって、カップを持つ手も昔とは比べものにならない。
当たり前だけど。
手のひらを合わせてみても、夏向の手はがっしりして、指も太くなった。
 昔は私より小さくて、ガリガリの体でよくいじめられていたのにね。
桜帆さほ。なにしてるの」
「え?夏向が成長したなって思って見ていたのよ。あんなに細くて力もなくて、ケンカも弱かったのに」
ランドセルを背負っていた頃とは全然違う。
いじめっ子に転ばされても泣かないけれど、地面からなかなか起き上がれないような子だったのに。
私がかわりに仕返ししたら、怒られて夕飯抜きだった―――今となってはいい思い出よね。
「夏向?」
突然、夏向が髪の中に顔をうずめた。
「ちょっと!」
大型犬にじゃれられたみたいにくすぐったくて笑ってしまった。
「夏向。犬みたいなことしないで。もう離れて」
そう言ったのに夏向は手を腰に回し、抱き寄せられて、抵抗しても逃げることができず、自由を奪われてしまった。
「もう、からかわないでよ!」
「犬だから、気にしないで」
夏向の息が耳にかかって―――ざわざわと背中のあたりがおかしくなる。なにこれ。
思わす、赤面してしまった。
手の平がゆっくりと太ももをなであげた。
「ひゃっ!」
何度もゆっくりと手が往復し、体を撫でる感触に肌が粟立ち、体から力が抜けて気がつくと夏向に寄りかかってしまっていた。
大きな手が心地よく、なぜか自分がその手に守られている気がして、嫌じゃない―――って。
わ、私は何、堪能たんのうしてるの!?
流されている場合じゃない。
こ、これって、もう、ふざけてるんじゃないわよね!?
振り返り、夏向の顔を見たけれど、いつも通りだった。
「どうしたの?桜帆?」
「な、なにしてるの?」
「桜帆と同じこと」
「手しか、合わせてないでしょっ!?」
「そうだった?」
「そうよっ!もうやめないと、嫌いになるわよ!」
ぴたりと手を止めた。
「怒らなくても」
「お、怒るわよっ」
ふざけて!
いつから、こんなことができるようになったわけ?
「ごめん、もうしないから」
体を離そうとした私の腕を掴み、抱き寄せた。
「そばにいて」
絶対にお断りよ!と言おうとしたのに捨て犬みたいな顔でじっと見つめられると、手を振りほどけなかった。
「う、うん」
さっきと同じ場所に座ったのに、なんだか落ち着かなかった。
映画の内容がまったく頭に入ってこない。
夏向は私が思っている以上に男の人だった。
けど、意識してることを知られたくなくて、平気なふりをした。
さっきより、触れている場所が特別に感じてしまうのはなぜなんだろう。
それを考えるのが怖くて、私は自分の気持ちにふたをした。
でないと、私は夏向と一緒にいられなくなる気がしたから―――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

勘違いで別れを告げた日から豹変した婚約者が毎晩迫ってきて困っています

Adria
恋愛
詩音は怪我をして実家の病院に診察に行った時に、婚約者のある噂を耳にした。その噂を聞いて、今まで彼が自分に触れなかった理由に気づく。 意を決して彼を解放してあげるつもりで別れを告げると、その日から穏やかだった彼はいなくなり、執着を剥き出しにしたSな彼になってしまった。 戸惑う反面、毎日激愛を注がれ次第に溺れていく―― イラスト:らぎ様 《エブリスタとムーンにも投稿しています》

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

ネトゲ女子は社長の求愛を拒む

椿蛍
恋愛
大企業宮ノ入グループで働く木村有里26歳。 ネトゲが趣味(仕事)の平凡な女子社員だったのだが、沖重グループ社長の社長秘書に抜擢され、沖重グループに出向になってしまう。 女子社員憧れの八木沢社長と一緒に働くことになった。 だが、社長を狙っていた女子社員達から嫌がらせを受けることになる。 社長は有里をネトゲから引き離すことができるのか―――? ※途中で社長視点に切り替わりあります。 ※キャラ、ネトゲやゲームネタが微妙な方はスルーしてください。 ★宮ノ入シリーズ第2弾 ★2021.2.25 本編、番外編を改稿しました。

スパダリな彼はわたしの事が好きすぎて堪らない

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰、眉目秀麗、成績優秀なパーフェクトな彼。 優しくて紳士で誰もが羨む理想的な恋人だけど、彼の愛が重くて別れたい……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

スパダリな義理兄と❤︎♡甘い恋物語♡❤︎

鳴宮鶉子
恋愛
IT関係の会社を起業しているエリートで見た目も極上にカッコイイ母の再婚相手の息子に恋をした。妹でなくわたしを女として見て

処理中です...