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3 忘れ物

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仕事が終わると、すぐに電車に乗り、マンションに行って夏向かなたの部屋の机の上にあったUSBをバッグに入れて、時任ときとうグループ本社に向かった。
夜桜の下、花見をするのか、ビニールシートを持った人やお酒の袋を手にした人達とすれ違った。
花見かあ。
恋人同士でライトアップされた桜を見るのも素敵よね。
彼氏はいないから、今度の日曜日に夏向とお弁当持って近くの公園にでも行こうかな。
ただしお昼の時間帯に。
たまには夏向を日光にあてて、光合成させないとね。
放って置くと、ずっと家にいて眠っているか、パソコンを触っているかのどちらかで、目に見えて不健康すぎる。
まあ、活発な夏向なんて想像できないんだけど。
なんて、思いながら、何度か忘れ物を届けにきたことがある時任グループ本社に入った。
ただし、いつもは裏口の警備員さんがいるところからで、今日は早い時間だったから正面から入るしかなかった。
はー……。相変わらず、すごいビル。
つやつやの床に受付には綺麗な女の人がいて、いかにも大企業ってかんじだった。
六時までは受付の人がいるようになってしまったから、裏から入れないのが辛い。
そのかわり朝は遅くて九時からみたいだけど、夏向は忙しいらしく早めに出勤することが多い。
私が就活の時、時任グループは一流企業扱いで競争率も高く、私なんて絶対に受かりそうにはなかった。
やりたいことがあったから、今の会社一択で受ける気もなかったけど。
それに夏向と職場が一緒とか。
せめて、仕事の時間は別がいいわ。
「島田と申しますが、倉永くらなが副社長をお願いします」
「少々お待ちください」
気のせいじゃなかったら、今、上から下までジロジロと見られた気がする。
確かにメイクはファンデだけだし、服は地味なパンツスーツよ?
この会社がおしゃれなだけなの!
時任グループは社長が自由な人らしく、社員もスーツに準じたラフすぎないけど、だらしなくない服装をしている人が多い。
ちょっとしたワンポイントに時計やピアス、スカーフなどを取り入れていて、おしゃれ上級者が多い。
でもね!一般的な会社は地味なスーツが鉄板なんだからね!?
おかしくないの!
これが普通よっ。
「副社長がお会いになるそうです。ご案内しましょうか?」
「大丈夫です」
何回かきたことがあるし、何がお会いになるそうですよ、なのよ!!
忘れ物を届けてあげるのにどうしてそんな上から言われないといけないのよー!!と、言いたかったけど、我慢した。
だって、ここでは夏向は副社長。
小学生じゃあるまいし、忘れ物を届けてもらったなんて、知られたら威厳がなくなるかもしれない。(もうないと思うけど)
受付の女性社員は案内したかったのか、少し不満そうだった。
これ以上、話しかけられては面倒なので、さっさとエレベーターに乗り、最上階に向かった。
最上階フロアには広い重役フロアと社長室、秘書室があるらしい。
重役の人達がいるフロアしかきたことがないから、わからないけど、社長ってどんな人なんだろう。
あの夏向かなたと関われるくらいだから、相当変わった人か、心が広くて面倒見がいい人にちがいない。
ふかふかした絨毯が敷かれたフロアにはまだ残業中の皆さんが頑張っていた。
「くそ社長め!」
「奥さんが妊娠中でそばにいてあげたいからって、仕事放置ですかっ!仲が良くて、うらやましい!」
「しっかりしろ。心の声が漏れてるぞ」
どうやら、社長に仕事を押し付けられて帰るに帰れないらしく、残業になったようだ。
「コーヒーをいれますね」
可愛い女の子がいた。
須山すやまさん、帰ってくれていいよ!いつものことだからさ」
「そんなわけには参りません。大変そうですし、雑用は私がやります!秘書ですから!よかったら、コンビニに夜食を買いに行きます。何でも言ってください」
「助かるよー!けど、遅くなると危ないから、帰っていいよ」
秘書いるんだ。
さすが大企業だなあ。
ミツバ電機にはいない。
雇う余裕がないからね。
「すみません。あの、倉永くらながはいますでしょうか」
「あ、桜帆さほちゃんだ」
重役の中で一番社交的な専務の真辺まなべさんがやあ、と手を上げた。
「真辺さん、忙しいのにすみません。これ、よかったら皆さんで食べてください。残業だと思ったので、色々買ってきました」
「うわー!助かるよー!」
手ぶらで伺うのも気がひけたので、カップ麺とおにぎり、お菓子をいくつか買って持ってきた。
「それで、あの、夏向が忘れ物したらしくて」
「また忘れ物か!」
 常務の倉本くらもとさんが机の下を覗きこんでいた。
また、あんなところで仕事!?
机でしなさいよ。
夏向の机のせいで、せっかくのおしゃれなフロアが台無しになっていた。
夏向の机のまわりには毛布やジャケット、書き損じたのかくしゃくしゃに丸めた白い紙が散らかっていた。
どこにいるか、すぐにわかって便利だけど……。
「桜帆」
ひょこ、と机の下から夏向が出てきた。
手にはクッションとノートパソコンを持っていた。
タヌキの巣かなにかなの?そこは。
机にある怪物みたいな大きなパソコンもあるのに使ってるのはノートパソコンってどういうことよ。
「ほら、USB。これでいいの?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
なんて、手がかかる。
「今日は何時に帰るの?ごはん、いる?」
「もう帰る」
フロアが殺気立った。
残業だって、言ってるのに―――
「あんたは仕事をしなさい!」
スパンッと頭を叩くと秘書の女の子がきゃっ!と悲鳴をあげた。
「副社長っっ!?ふ、副社長の頭を叩くなんて」
そんな強く叩いてないはずだけど。
「あー、須山さん。気にしないで。桜帆ちゃんのはドツキ漫才のツッコミの方だから」
「は、はい」
漫才!?漫才なんかじゃないわよ。
夏向のせいで暴力的な人間だと思われちゃったじゃないの。
頭を叩かれた夏向は悲しげな顔をして私を見た。
そんな目をしてもダメなんだから。
毎日、どれだけ周囲に迷惑かけてると思うのよ!
机の下に潜り込んで仕事しても許してくれてるんだから、ここで恩返ししておきなさいよっ!
夏向を雇ってくれるなんて、時任グループくらいよ。
「じゃあ、三十分」
「え?」
「待って」
それだけ言うと、机に座り、すごいスピードでパソコンのキーを叩きこんでいく。
こうなると、話しかけてもきこえていない。
「いやー、よかったよ。副社長がやる気になって。早く帰れそうだなー」
「最初からやる気をだせ」
本当にそれ。
「こちらでお待ちください。お茶をお持ちしますね」
須山さんは来客用のソファーに案内すると、お茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「いいえ!」
首からかけているIDカードを見ると須山すやま姫凪ひなと書いてある。
はー、名前からして女の子らしい。
私をじぃっと見つめていた。
「あの、なにか?」
「あっ!い、いえ。なにも」
慌てふためき、須山さんは持っていたお盆を落とし、顔を赤くして拾うと、会釈えしゃくしていなくなった。
お茶を飲み終わり、もう眠いなーと思い始める頃、夏向は仕事を終わらせると、得意気な顔でやってきて言った。
「帰ろう」
律儀りちぎなことに夏向はぴったり三十分で終わらせたのだった。

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