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31 妨害
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夏の太陽が照り付ける中、春夏コレクションのショーが始まった。
――間近で有名ブランドの服を見れるチャンス!
なんて、期待していたけど、ゆっくり服を眺めているヒマはなく、会場に大量の荷物を運び入れ、ヘアメイクさんやスタイリストさんと打ち合わせ、そして演出の確認。
舞台演出の打ち合わせは紡生さんがやる。
服のチェックは恩未さんたちパタンナーと縫製を担当するソーイングスタッフが、細かいところまで確認していた。
「糸の一本も残さないでよ!」
恩未さんは真剣そのもので、服のシワまでしっかりと見ていた。
アイロンを片手に、シワの一筋すら。逃さない。
「モデルさん、入りました!」
モデルのメイクが始まる中、服の番号をチェックする。
髪のセットもあるため、現場は大勢の人がいたけど、私の服を着るはずのモデルが、どこを探しても見当たらない。
「琉永さんの服を着る予定のモデルが、まだ来てないですよ」
着る服をチェックするモデルたちは、私のモデルが着ていないと知って驚いていた。
――当日、どんな理由であれ、穴を開けたモデルは次回からどこも使いたがらない。
明るくて話しやすく、感じのいいモデルさんだったけど、なにがあったのだろう。
「遅刻?」
「それともトラブル?」
「すぐに連絡して!」
ざわざわし始めて、同じ事務所のモデルが連絡してくれた。
「駄目です。本人と連絡がとれません」
不穏な空気が流れた。
――どうして私のモデルだけ?
もしかして――浮かんだのは、啓雅さんの顔だった。
もうなにもしてこないだろうと、安心していたけれど、この日を待っていたのかもしれない。
一番、私にダメージを与えられる日を狙って、思い知らせようとした……?
「そんな……まさか……」
でも、思い当たるのはそれしかない。
「なにかトラブル?」
「悠世さん!」
騒ぎに気づいたのか、悠世さんが現れた。
悠世さんの隣には、妖精みたいなローレライがいた。
まつ毛に銀色のキラキラしたラメをのせ、肌は白に近い。
濃い青のカラーコンタクトが、彼女の人形のような美しさを際立たせて、温度を感じさせない。
春に咲く真っ白な花びらをイメージしたコートが、ローレライによく似合っている。
「ショー前で忙しいのに、すみません」
「『Lorelei』の服と『Fill』の服を交互に出す演出だからな。そっちにトラブルがあると困る」
相談しろという意味なのだろうかと思って、わけを話した。
「私のモデルだけ、到着していないんです。連絡もつかなくて」
「ああ、なるほどね。それなら、他のモデルに代役を頼めばいい」
「それなら、私が着るわ」
ローレライが口をきいて、その場にいた全員が驚いた。
それは、そばにいた悠世さんも同じだった。
「いや、それは……」
いつもは余裕たっぷりな悠世さんなのに、うろたえた顔を見たのは初めてだった。
『Lorelei』だけを着るローレライは、悠世さんだけのもの。
「絶対に駄目だ」
ローレライに厳しい口調で、悠世さんが言い放つ。
その険しい表情に、私は思った。
――悠世さんはローレライのためだけに、『Lorelei』の服を作っているんじゃないだろうか。
理由までわからないけど、悠世さんにとって、ローレライは自分のデザイナー人生を彼女のために捧げていいと思うほどの相手だ。
――私にとってのリセ。それが、悠世さんのローレライ。
「申し出ていただいて、ありがとうございます。でも、サイズが合わないと思います……」
モデルにしては、小柄なローレライに、私の服は大きすぎた。
メンズサイズにするつもりはなかったのに、無意識にリセをイメージしていたらしく、気がつくと大きめになっていた。
パタンナーとも相談したのに、私の頭は、リセが一番美しく、最高の存在であるかのように、そちらへ流れていってしまっていたのだった。
裾を詰めても、きっと服が映えない。
――今から頼んでも、どうにもならない。
そう思っていると、通路が騒がしくなった。
「理世!」
仕事中だったのか、スーツ姿の理世が現れた。
急いで来てくれたのか、いつもはきちんとしている髪がわずかに乱れていた。
その後ろからは恩未さんが、追いかけてくる。
理世を呼んできてくれたのだとわかった。
「琉永。服を合わせるぞ」
「理世が着てくれるの!?」
「俺以外に誰が着れるんだ」
笑う理世に泣きそうになった。
理世が私を抱きしめようとしたのを――ばしぃっと恩未さんが手刀で手を叩き落とした。
「おい。邪魔するな」
「イチャイチャは後にして。服を合わせるわよ! 針と糸、それから安全ピンを用意して!」
服を手にし、恩未さんが指示をする。
慌ただしい空気に理世はため息をついた。
「しかたないな」
理世がスーツの上着を脱ぎ、髪をあげた時、モデルのリセの顔をしていた。
――どうしよう。こんな時なのに、リセがすごくかっこいい。
私が自分の頬を叩いていると、ローレライがじっと私を見ていた。
「ご、ごめんなさい」
「いいえ。私より、リセのほうが似合うと思うわ。リセが来てくれてよかった」
「はい」
ほっとして微笑むと、笑わないはずのローレライが、微かに笑った気がした。
「琉永ちゃん。控え室にきて!」
「はい!」
私も一緒に控え室へ入り、服を合わせていく。
その間に、理世は髪とメイクを始め――理世からリセに変わっていく。
――魔法みたい。
リセはメイクを終えて、目を開ける。
それだけで、もう別人だ。
「琉永ちゃん。スカート丈は長めがいいのね?」
「はい。そうです」
リセのイメージは黒で、オールブラック。
裾をわざと揃えず、黒の異なった生地素材を重ねた。
黒いごつめのブーツと大きな黒のベルト、ポケットをつけて、上着は黒のロングジャケット。
ロングジャケットはウエストに紐をリボンをいれて短くも着れるし、長くもできるよう調節できるジャケット。
リセが着るとぴったりで、それは、どの服よりも特別に見えた。
――自分がデザインした服をずっとリセに着てほしかった。
今それが叶って、目の前に本物のリセがいる。
「琉永。なに泣いているんだ」
「なんだか感動してしまって……」
「泣いて満足するのはまだ早い。お前はこれからだ。夢が叶ったなんて思うなよ」
だから、涙はぬぐわない。
ランウェイに向かうリセは、そう私にささやいて、美しい姿勢で歩いていった。
眩しい光の中へ――私が作った服を着て、堂々と。
――間近で有名ブランドの服を見れるチャンス!
なんて、期待していたけど、ゆっくり服を眺めているヒマはなく、会場に大量の荷物を運び入れ、ヘアメイクさんやスタイリストさんと打ち合わせ、そして演出の確認。
舞台演出の打ち合わせは紡生さんがやる。
服のチェックは恩未さんたちパタンナーと縫製を担当するソーイングスタッフが、細かいところまで確認していた。
「糸の一本も残さないでよ!」
恩未さんは真剣そのもので、服のシワまでしっかりと見ていた。
アイロンを片手に、シワの一筋すら。逃さない。
「モデルさん、入りました!」
モデルのメイクが始まる中、服の番号をチェックする。
髪のセットもあるため、現場は大勢の人がいたけど、私の服を着るはずのモデルが、どこを探しても見当たらない。
「琉永さんの服を着る予定のモデルが、まだ来てないですよ」
着る服をチェックするモデルたちは、私のモデルが着ていないと知って驚いていた。
――当日、どんな理由であれ、穴を開けたモデルは次回からどこも使いたがらない。
明るくて話しやすく、感じのいいモデルさんだったけど、なにがあったのだろう。
「遅刻?」
「それともトラブル?」
「すぐに連絡して!」
ざわざわし始めて、同じ事務所のモデルが連絡してくれた。
「駄目です。本人と連絡がとれません」
不穏な空気が流れた。
――どうして私のモデルだけ?
もしかして――浮かんだのは、啓雅さんの顔だった。
もうなにもしてこないだろうと、安心していたけれど、この日を待っていたのかもしれない。
一番、私にダメージを与えられる日を狙って、思い知らせようとした……?
「そんな……まさか……」
でも、思い当たるのはそれしかない。
「なにかトラブル?」
「悠世さん!」
騒ぎに気づいたのか、悠世さんが現れた。
悠世さんの隣には、妖精みたいなローレライがいた。
まつ毛に銀色のキラキラしたラメをのせ、肌は白に近い。
濃い青のカラーコンタクトが、彼女の人形のような美しさを際立たせて、温度を感じさせない。
春に咲く真っ白な花びらをイメージしたコートが、ローレライによく似合っている。
「ショー前で忙しいのに、すみません」
「『Lorelei』の服と『Fill』の服を交互に出す演出だからな。そっちにトラブルがあると困る」
相談しろという意味なのだろうかと思って、わけを話した。
「私のモデルだけ、到着していないんです。連絡もつかなくて」
「ああ、なるほどね。それなら、他のモデルに代役を頼めばいい」
「それなら、私が着るわ」
ローレライが口をきいて、その場にいた全員が驚いた。
それは、そばにいた悠世さんも同じだった。
「いや、それは……」
いつもは余裕たっぷりな悠世さんなのに、うろたえた顔を見たのは初めてだった。
『Lorelei』だけを着るローレライは、悠世さんだけのもの。
「絶対に駄目だ」
ローレライに厳しい口調で、悠世さんが言い放つ。
その険しい表情に、私は思った。
――悠世さんはローレライのためだけに、『Lorelei』の服を作っているんじゃないだろうか。
理由までわからないけど、悠世さんにとって、ローレライは自分のデザイナー人生を彼女のために捧げていいと思うほどの相手だ。
――私にとってのリセ。それが、悠世さんのローレライ。
「申し出ていただいて、ありがとうございます。でも、サイズが合わないと思います……」
モデルにしては、小柄なローレライに、私の服は大きすぎた。
メンズサイズにするつもりはなかったのに、無意識にリセをイメージしていたらしく、気がつくと大きめになっていた。
パタンナーとも相談したのに、私の頭は、リセが一番美しく、最高の存在であるかのように、そちらへ流れていってしまっていたのだった。
裾を詰めても、きっと服が映えない。
――今から頼んでも、どうにもならない。
そう思っていると、通路が騒がしくなった。
「理世!」
仕事中だったのか、スーツ姿の理世が現れた。
急いで来てくれたのか、いつもはきちんとしている髪がわずかに乱れていた。
その後ろからは恩未さんが、追いかけてくる。
理世を呼んできてくれたのだとわかった。
「琉永。服を合わせるぞ」
「理世が着てくれるの!?」
「俺以外に誰が着れるんだ」
笑う理世に泣きそうになった。
理世が私を抱きしめようとしたのを――ばしぃっと恩未さんが手刀で手を叩き落とした。
「おい。邪魔するな」
「イチャイチャは後にして。服を合わせるわよ! 針と糸、それから安全ピンを用意して!」
服を手にし、恩未さんが指示をする。
慌ただしい空気に理世はため息をついた。
「しかたないな」
理世がスーツの上着を脱ぎ、髪をあげた時、モデルのリセの顔をしていた。
――どうしよう。こんな時なのに、リセがすごくかっこいい。
私が自分の頬を叩いていると、ローレライがじっと私を見ていた。
「ご、ごめんなさい」
「いいえ。私より、リセのほうが似合うと思うわ。リセが来てくれてよかった」
「はい」
ほっとして微笑むと、笑わないはずのローレライが、微かに笑った気がした。
「琉永ちゃん。控え室にきて!」
「はい!」
私も一緒に控え室へ入り、服を合わせていく。
その間に、理世は髪とメイクを始め――理世からリセに変わっていく。
――魔法みたい。
リセはメイクを終えて、目を開ける。
それだけで、もう別人だ。
「琉永ちゃん。スカート丈は長めがいいのね?」
「はい。そうです」
リセのイメージは黒で、オールブラック。
裾をわざと揃えず、黒の異なった生地素材を重ねた。
黒いごつめのブーツと大きな黒のベルト、ポケットをつけて、上着は黒のロングジャケット。
ロングジャケットはウエストに紐をリボンをいれて短くも着れるし、長くもできるよう調節できるジャケット。
リセが着るとぴったりで、それは、どの服よりも特別に見えた。
――自分がデザインした服をずっとリセに着てほしかった。
今それが叶って、目の前に本物のリセがいる。
「琉永。なに泣いているんだ」
「なんだか感動してしまって……」
「泣いて満足するのはまだ早い。お前はこれからだ。夢が叶ったなんて思うなよ」
だから、涙はぬぐわない。
ランウェイに向かうリセは、そう私にささやいて、美しい姿勢で歩いていった。
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