35 / 37
35 朝
しおりを挟む
朝日が差し込み、目を開けるとそこには知久がいた。
華やかな顔立ちと自信に満ち溢れた美しさがあり、その顔をいつまでも飽きずに眺めていられるような気がした。
―――いつまでも今は見ていられる。
「一緒にいられる……」
これが現実だと、私はまだ信じられなかった。
前髪を指であげて、知久の整った顔を見つめた。
「ん……、小百里?」
眠そうに知久は目を薄っすらと開けて、手で私の涙をぬぐった。
「なんで、泣いてるのか……?」
まだ眠り足りないのか、知久がうとうととしているのが可笑しかった。
「……秘密よ」
「俺と一緒にいられて嬉しいから?」
笑いながら知久は抱き締め、髪にや頬にキスをする。
犬のようにじゃれる知久を手で押しやり、その腕をほどく。
知久がキスをやめ、驚いた顔で私を見た。
「あ、あれ!? ここから二泊目のターン……」
「こないわよ、二泊目は」
甘い空気はここまで。
するりと知久の腕を抜けて私は起き上がり、目を細めた。
「それで、なにがどうして、こうなったのか説明してもらいましょうか?」
種明かしをすると言っていたくせにどさくさに紛れてまだ話をしていない。
あー……と知久が気まずそうにして、私から目をそらした。
どうやら、最初から私に話す気はなかったようで、今もなにかを考えている。
それが無駄な足掻きだと教える必要があるわね。
「言わないなら、二度と知久のお願いはきかないわよ」
「二度と!? つまり、もうお風呂はダメってことか……まさか、温泉も!? いや、それはきついだろ」
真剣に悩まないで欲しいんだけど……
うーんと知久は唸ってから、諦めたのかようやく口を開いた。
「えーと、それはあれだよ。俺と小百里が結ばれるのは運命だったってことなんだ」
「なにが運命よ。こんな都合よく知久も私も婚約がなくなるなんていくらなんでも都合よすぎるでしょ!」
「あっ、そうだ。小百里。俺のバイオリンを聴きたくない? 特別に愛を語るように弾く……」
王子様のように私の手の甲にキスをし、そして上目遣いで私を誘惑する。
残念だけど、私にそれは通用しない。
「愛を語る前に真実を語りなさい」
厳しい声に知久は諦めたように前髪をかきあげた。
「あー、降参! 降参だよ。もう小百里は怒ると怖いからなー。そうだよ、俺がいろいろやりました。でも詳しいことは内緒!」
「どうして教えてくれないの?」
「小百里は知らなくていい。地獄に落ちるのは俺一人で十分だから」
くすりと笑って知久は腕をつかんで自分のほうへ抱き寄せた。
無機質な金属の感触に知久が目を細めた。
「喜びの涙に変わるって本当だったね」
胸元のティアドロップのネックレスのシルバーチェーンを指に絡める。
そして、鎖骨にキスをし、赤い印をつけた。
昨日、散々つけたのにまだ足りないのだろうか。
流れるような動きで知久は私の唇にキスをして、ベッドに押し倒した。
「ちょっ、ちょっと知久!」
「二泊どころか一週間でも二週間でもこうしていたいな。小百里をずっと堪能していたい」
「に、二週間!?」
知久の目を見ると、今の言葉を本気で言っているってことはすぐにわかった。
確かにずっと一緒にいたいと思ったわよ!?
でも、それは常識の範囲内でのこと。
だいたい知久にも仕事があるし、私にはお店がある。
頭の中が冷静になってきて、知久の唇を手で受け止めて言った。
「あのね、私にはお店があるの! それにうまく誤魔化せたと思っているようだけど、説明がまだ……」
私が知久にお説教を始めたその時、スマホが鳴った。
ずっと鳴っているスマホに気づき、知久もさすがに手を止めて起き上がった。
「油断した。電源切っておけばよかった」
もう邪魔者は入らないと思っていたのか、知久は私のスマホまでは電源を切らなかったらしい。
「お店からだわ。今日は私、お休みをもらっていたんだけど、なにかあったのかしら」
「休みなら任せておけば……」
にこっと笑った知久を無視して、スマホを手に取る。
「俺にこんな仕打ちをするのは小百里だけだよ……」
「もしもし? 穂風?」
『ああ、ごめん。小百里。実は今、店に毬衣が来ていて小百里を出せって騒いでいるんだよ』
「毬衣さんが!?」
『毬衣一人なら私も追い返せるけど、母親と一緒に来ている』
母親―――つまり章江さんもいる。
知久が私のスマホを奪って穂風に言った。
「わかったよ。二人には俺も一緒に行くって伝えておいてくれる? 少しはおとなしくなるはずだからさ」
『知久君!?』
スマホを切ると、知久は髪をゴムでまとめた。
その顔は険しい。
「小百里に文句を言うか、嫌がらせをするかのどちらかだろうな。俺だけで行ってもいい」
「だめよ」
「小百里」
「知久が地獄に落ちるというのなら、私も一緒に行くわ」
『知久はメフィストフェレスね』
『あの世でお前は私のものとなる?』
『俺はもっと貪欲だよ』
そんな懐かしい会話を思い出して、笑ってしまった。
笑った私を不思議そうに知久は見る。
死んだ後も私はあなたのものなのだから、ずっと一緒なら行く場所も同じ。
「大丈夫よ、知久。私はもうあの日の私じゃないのよ」
まだ知久の中での私は青ざめて座る少女のままだったのかもしれない。
もう私の代わりに怒らなくていいのよ。
それを伝えたくて、私から知久にキスをした。
優しい知久に。
華やかな顔立ちと自信に満ち溢れた美しさがあり、その顔をいつまでも飽きずに眺めていられるような気がした。
―――いつまでも今は見ていられる。
「一緒にいられる……」
これが現実だと、私はまだ信じられなかった。
前髪を指であげて、知久の整った顔を見つめた。
「ん……、小百里?」
眠そうに知久は目を薄っすらと開けて、手で私の涙をぬぐった。
「なんで、泣いてるのか……?」
まだ眠り足りないのか、知久がうとうととしているのが可笑しかった。
「……秘密よ」
「俺と一緒にいられて嬉しいから?」
笑いながら知久は抱き締め、髪にや頬にキスをする。
犬のようにじゃれる知久を手で押しやり、その腕をほどく。
知久がキスをやめ、驚いた顔で私を見た。
「あ、あれ!? ここから二泊目のターン……」
「こないわよ、二泊目は」
甘い空気はここまで。
するりと知久の腕を抜けて私は起き上がり、目を細めた。
「それで、なにがどうして、こうなったのか説明してもらいましょうか?」
種明かしをすると言っていたくせにどさくさに紛れてまだ話をしていない。
あー……と知久が気まずそうにして、私から目をそらした。
どうやら、最初から私に話す気はなかったようで、今もなにかを考えている。
それが無駄な足掻きだと教える必要があるわね。
「言わないなら、二度と知久のお願いはきかないわよ」
「二度と!? つまり、もうお風呂はダメってことか……まさか、温泉も!? いや、それはきついだろ」
真剣に悩まないで欲しいんだけど……
うーんと知久は唸ってから、諦めたのかようやく口を開いた。
「えーと、それはあれだよ。俺と小百里が結ばれるのは運命だったってことなんだ」
「なにが運命よ。こんな都合よく知久も私も婚約がなくなるなんていくらなんでも都合よすぎるでしょ!」
「あっ、そうだ。小百里。俺のバイオリンを聴きたくない? 特別に愛を語るように弾く……」
王子様のように私の手の甲にキスをし、そして上目遣いで私を誘惑する。
残念だけど、私にそれは通用しない。
「愛を語る前に真実を語りなさい」
厳しい声に知久は諦めたように前髪をかきあげた。
「あー、降参! 降参だよ。もう小百里は怒ると怖いからなー。そうだよ、俺がいろいろやりました。でも詳しいことは内緒!」
「どうして教えてくれないの?」
「小百里は知らなくていい。地獄に落ちるのは俺一人で十分だから」
くすりと笑って知久は腕をつかんで自分のほうへ抱き寄せた。
無機質な金属の感触に知久が目を細めた。
「喜びの涙に変わるって本当だったね」
胸元のティアドロップのネックレスのシルバーチェーンを指に絡める。
そして、鎖骨にキスをし、赤い印をつけた。
昨日、散々つけたのにまだ足りないのだろうか。
流れるような動きで知久は私の唇にキスをして、ベッドに押し倒した。
「ちょっ、ちょっと知久!」
「二泊どころか一週間でも二週間でもこうしていたいな。小百里をずっと堪能していたい」
「に、二週間!?」
知久の目を見ると、今の言葉を本気で言っているってことはすぐにわかった。
確かにずっと一緒にいたいと思ったわよ!?
でも、それは常識の範囲内でのこと。
だいたい知久にも仕事があるし、私にはお店がある。
頭の中が冷静になってきて、知久の唇を手で受け止めて言った。
「あのね、私にはお店があるの! それにうまく誤魔化せたと思っているようだけど、説明がまだ……」
私が知久にお説教を始めたその時、スマホが鳴った。
ずっと鳴っているスマホに気づき、知久もさすがに手を止めて起き上がった。
「油断した。電源切っておけばよかった」
もう邪魔者は入らないと思っていたのか、知久は私のスマホまでは電源を切らなかったらしい。
「お店からだわ。今日は私、お休みをもらっていたんだけど、なにかあったのかしら」
「休みなら任せておけば……」
にこっと笑った知久を無視して、スマホを手に取る。
「俺にこんな仕打ちをするのは小百里だけだよ……」
「もしもし? 穂風?」
『ああ、ごめん。小百里。実は今、店に毬衣が来ていて小百里を出せって騒いでいるんだよ』
「毬衣さんが!?」
『毬衣一人なら私も追い返せるけど、母親と一緒に来ている』
母親―――つまり章江さんもいる。
知久が私のスマホを奪って穂風に言った。
「わかったよ。二人には俺も一緒に行くって伝えておいてくれる? 少しはおとなしくなるはずだからさ」
『知久君!?』
スマホを切ると、知久は髪をゴムでまとめた。
その顔は険しい。
「小百里に文句を言うか、嫌がらせをするかのどちらかだろうな。俺だけで行ってもいい」
「だめよ」
「小百里」
「知久が地獄に落ちるというのなら、私も一緒に行くわ」
『知久はメフィストフェレスね』
『あの世でお前は私のものとなる?』
『俺はもっと貪欲だよ』
そんな懐かしい会話を思い出して、笑ってしまった。
笑った私を不思議そうに知久は見る。
死んだ後も私はあなたのものなのだから、ずっと一緒なら行く場所も同じ。
「大丈夫よ、知久。私はもうあの日の私じゃないのよ」
まだ知久の中での私は青ざめて座る少女のままだったのかもしれない。
もう私の代わりに怒らなくていいのよ。
それを伝えたくて、私から知久にキスをした。
優しい知久に。
1
お気に入りに追加
654
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる