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30 お見合い
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私は嘘つきだと思う。
知久のことが好きなのに好きとは言えないまま、ここにいる。
お見合い会場は父が指定したホテルのレストランだった。
「いらっしゃいませ。渋木様のお嬢様ですね。お部屋にご案内します」
レストランの個室を貸しきってのお見合いは初めてで、父が相手に気を遣っているのだとわかった。
父から指定されたお見合い場所は以前、知久がバイオリンを弾いていたレストランだった。
私は久しぶりに着物を着て、髪を結い上げている。
それは父から、きちんとした服装で来るようにと命じられたからだった。
お見合い相手は渋木の家と同等かそれ以上。
笙司さんの時のように、なにかあって、婚約解消という可能性はなくなった。
暗い気持ちで、前を歩く店員の背を見詰めた。
個室に入ると、すでに父達が待っていた。
「あら、小百里さん。着物なのね。よかったわ」
すでに父と清加さんが席に座り、清加さんは着物姿で、私が洋服でくるかどうか、心配していたようだった。
私のために父と清加さんが同席するなんてことは初めてで、このお見合いが渋木にとって、いかに重要なものであるかがわかった。
店は以前来た時とは雰囲気が変わり、大きな窓からは明るい日差しが降り注いでいた。
白のテーブルクロスと白のテーブル、木を白く染めたオブジェが飾られ、白で統一されていた。
一番いい個室のようだった。
知久と一緒に弾いた場所にピアノはなく、なにも置かれてないステージがぽっかりとした空間を作っていて、もうあの日には戻れないのだと思った。
「知久……」
今日は知久がいない。
だから、あの日のように助けはこない。
「小百里。突っ立ってないで、早く座りなさい。もうすぐ相手が来る」
私を促す声に足が動かなかった。
「ごめんなさい。私、結婚できません」
「小百里!?」
声が震えた。
引き取られてから、初めて私は渋木の家に反抗した。
決められたことを覆せたことなんて一度もない。
でも。
「結婚はまだしたくないんです」
「なにを言ってるんだ。お前がなに不自由なく暮らせる相手だぞ。心配いらない」
私の言葉を父は一蹴した。
「座りなさい。小百里」
私の小さな抵抗は父にとって、どうでもいいことのようだった。
「とりあえず、席に座ってお話ししましょう」
清加さんから落ち着いた声で言われ、私は席に座った。
まるで私は、わがままを言って二人を困らせている子供のようだった。
ここで泣くようなら、本当に駄々っ子にされてしまいそうで、ぐっと涙をこらえた。
結局、私の意見なんて誰も聞いてくれない。
悲しみの涙が喜びの涙に変わるなんて、そんな都合のいいことは起きないわ―――そう思って顔をあげたその時。
「いやぁ、遅れたようで申し訳ない」
明るい声が響いた。
その声に聞き覚えがある。
「父さんは話が長いんだよ」
「お前がきちんとスーツを着ないからだ! なにが少し肌を見せるくらいがちょうどいいだ!見合いに色気なんぞ出すな!」
「いやいや、時間ぴったりですよ。陣川社長。知久君は職業柄、身だしなみに気を遣うことが多いのでしょう」
父はすばやく席から立ちあがり、やってきた知久の父親と握手した。
これで、陣川と渋木は仲直りできたというように。
「私のお見合い相手って陣川の家だったの!?」
「そうだ。陣川家から唯冬の代わりに知久君と小百里を結婚させてはどうかと、打診があった」
知久のほうを見るとにっこり微笑んでいたけれど、それは驚いて言葉が出ない私を可笑しそうに笑っているようにしか見えない。
「唯冬のことで仲が冷えた両家を俺と小百里さんが結婚することで仲を修復できたら、陣川としても喜ばしいことですからね」
知久はいつになくおとなびた口調で言った。
「もちろんだ。本当に陣川家には息子が申し訳ないことをした」
「結朱さんも傷ついていることでしょう。ごめんなさい」
清加さんが頭を下げるのを見て、このために清加さんがやってきたのだとわかった。
「さっきもめていたようだったが、なにか問題でもあったかね? こちらとしては唯冬君の時のようにまたやめますと言われるのも困る」
「いやいや。結婚したくないと言っていたんですよ。働かなくてもいいようにビルを与えたんですが、娘はカフェやピアノ講師をやっているでしょう。働くのが楽しいようで」
「ああ、なるほど。それならまあ、知久の奴もこのとおり一年くらいは仕事が詰まっているし、結婚式は来年でも構いませんよ」
「ははは、さすが知久君。売れっ子ですな」
父同士、楽しそうに話している。
それを安心したように清加さんは眺めていた。
陣川家と渋木家はビジネスパートナーでもあり、関係が冷えた状態はお互い不利益しかなかった。
最近は株価にまで影響しつつあった。
それは知っていたけど―――知久と目があった。
「これからよろしく、小百里さん」
「こちらこそ」
本当に私達は嘘つき。
私達は微笑み合って嘘をつく。
後で覚えておきなさいよと知久を軽くにらむと苦笑していた。
黙っておいて、私を驚かせようと思っていたのは間違いないのだから。
知久のことが好きなのに好きとは言えないまま、ここにいる。
お見合い会場は父が指定したホテルのレストランだった。
「いらっしゃいませ。渋木様のお嬢様ですね。お部屋にご案内します」
レストランの個室を貸しきってのお見合いは初めてで、父が相手に気を遣っているのだとわかった。
父から指定されたお見合い場所は以前、知久がバイオリンを弾いていたレストランだった。
私は久しぶりに着物を着て、髪を結い上げている。
それは父から、きちんとした服装で来るようにと命じられたからだった。
お見合い相手は渋木の家と同等かそれ以上。
笙司さんの時のように、なにかあって、婚約解消という可能性はなくなった。
暗い気持ちで、前を歩く店員の背を見詰めた。
個室に入ると、すでに父達が待っていた。
「あら、小百里さん。着物なのね。よかったわ」
すでに父と清加さんが席に座り、清加さんは着物姿で、私が洋服でくるかどうか、心配していたようだった。
私のために父と清加さんが同席するなんてことは初めてで、このお見合いが渋木にとって、いかに重要なものであるかがわかった。
店は以前来た時とは雰囲気が変わり、大きな窓からは明るい日差しが降り注いでいた。
白のテーブルクロスと白のテーブル、木を白く染めたオブジェが飾られ、白で統一されていた。
一番いい個室のようだった。
知久と一緒に弾いた場所にピアノはなく、なにも置かれてないステージがぽっかりとした空間を作っていて、もうあの日には戻れないのだと思った。
「知久……」
今日は知久がいない。
だから、あの日のように助けはこない。
「小百里。突っ立ってないで、早く座りなさい。もうすぐ相手が来る」
私を促す声に足が動かなかった。
「ごめんなさい。私、結婚できません」
「小百里!?」
声が震えた。
引き取られてから、初めて私は渋木の家に反抗した。
決められたことを覆せたことなんて一度もない。
でも。
「結婚はまだしたくないんです」
「なにを言ってるんだ。お前がなに不自由なく暮らせる相手だぞ。心配いらない」
私の言葉を父は一蹴した。
「座りなさい。小百里」
私の小さな抵抗は父にとって、どうでもいいことのようだった。
「とりあえず、席に座ってお話ししましょう」
清加さんから落ち着いた声で言われ、私は席に座った。
まるで私は、わがままを言って二人を困らせている子供のようだった。
ここで泣くようなら、本当に駄々っ子にされてしまいそうで、ぐっと涙をこらえた。
結局、私の意見なんて誰も聞いてくれない。
悲しみの涙が喜びの涙に変わるなんて、そんな都合のいいことは起きないわ―――そう思って顔をあげたその時。
「いやぁ、遅れたようで申し訳ない」
明るい声が響いた。
その声に聞き覚えがある。
「父さんは話が長いんだよ」
「お前がきちんとスーツを着ないからだ! なにが少し肌を見せるくらいがちょうどいいだ!見合いに色気なんぞ出すな!」
「いやいや、時間ぴったりですよ。陣川社長。知久君は職業柄、身だしなみに気を遣うことが多いのでしょう」
父はすばやく席から立ちあがり、やってきた知久の父親と握手した。
これで、陣川と渋木は仲直りできたというように。
「私のお見合い相手って陣川の家だったの!?」
「そうだ。陣川家から唯冬の代わりに知久君と小百里を結婚させてはどうかと、打診があった」
知久のほうを見るとにっこり微笑んでいたけれど、それは驚いて言葉が出ない私を可笑しそうに笑っているようにしか見えない。
「唯冬のことで仲が冷えた両家を俺と小百里さんが結婚することで仲を修復できたら、陣川としても喜ばしいことですからね」
知久はいつになくおとなびた口調で言った。
「もちろんだ。本当に陣川家には息子が申し訳ないことをした」
「結朱さんも傷ついていることでしょう。ごめんなさい」
清加さんが頭を下げるのを見て、このために清加さんがやってきたのだとわかった。
「さっきもめていたようだったが、なにか問題でもあったかね? こちらとしては唯冬君の時のようにまたやめますと言われるのも困る」
「いやいや。結婚したくないと言っていたんですよ。働かなくてもいいようにビルを与えたんですが、娘はカフェやピアノ講師をやっているでしょう。働くのが楽しいようで」
「ああ、なるほど。それならまあ、知久の奴もこのとおり一年くらいは仕事が詰まっているし、結婚式は来年でも構いませんよ」
「ははは、さすが知久君。売れっ子ですな」
父同士、楽しそうに話している。
それを安心したように清加さんは眺めていた。
陣川家と渋木家はビジネスパートナーでもあり、関係が冷えた状態はお互い不利益しかなかった。
最近は株価にまで影響しつつあった。
それは知っていたけど―――知久と目があった。
「これからよろしく、小百里さん」
「こちらこそ」
本当に私達は嘘つき。
私達は微笑み合って嘘をつく。
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