私達には婚約者がいる

椿蛍

文字の大きさ
上 下
30 / 37

30 お見合い

しおりを挟む
私は嘘つきだと思う。
知久のことが好きなのに好きとは言えないまま、ここにいる。
お見合い会場は父が指定したホテルのレストランだった。

「いらっしゃいませ。渋木様のお嬢様ですね。お部屋にご案内します」

レストランの個室を貸しきってのお見合いは初めてで、父が相手に気を遣っているのだとわかった。
父から指定されたお見合い場所は以前、知久がバイオリンを弾いていたレストランだった。
私は久しぶりに着物を着て、髪を結い上げている。
それは父から、きちんとした服装で来るようにと命じられたからだった。
お見合い相手は渋木の家と同等かそれ以上。
笙司さんの時のように、なにかあって、婚約解消という可能性はなくなった。
暗い気持ちで、前を歩く店員の背を見詰めた。
個室に入ると、すでに父達が待っていた。

「あら、小百里さん。着物なのね。よかったわ」

すでに父と清加きよかさんが席に座り、清加さんは着物姿で、私が洋服でくるかどうか、心配していたようだった。
私のために父と清加さんが同席するなんてことは初めてで、このお見合いが渋木にとって、いかに重要なものであるかがわかった。
店は以前来た時とは雰囲気が変わり、大きな窓からは明るい日差しが降り注いでいた。
白のテーブルクロスと白のテーブル、木を白く染めたオブジェが飾られ、白で統一されていた。
一番いい個室のようだった。
知久と一緒に弾いた場所にピアノはなく、なにも置かれてないステージがぽっかりとした空間を作っていて、もうあの日には戻れないのだと思った。

「知久……」

今日は知久がいない。
だから、あの日のように助けはこない。

「小百里。突っ立ってないで、早く座りなさい。もうすぐ相手が来る」

私を促す声に足が動かなかった。

「ごめんなさい。私、結婚できません」

「小百里!?」

声が震えた。
引き取られてから、初めて私は渋木の家に反抗した。
決められたことを覆せたことなんて一度もない。
でも。

「結婚はまだしたくないんです」

「なにを言ってるんだ。お前がなに不自由なく暮らせる相手だぞ。心配いらない」

私の言葉を父は一蹴した。

「座りなさい。小百里」

私の小さな抵抗は父にとって、どうでもいいことのようだった。

「とりあえず、席に座ってお話ししましょう」

清加さんから落ち着いた声で言われ、私は席に座った。
まるで私は、わがままを言って二人を困らせている子供のようだった。
ここで泣くようなら、本当に駄々っ子にされてしまいそうで、ぐっと涙をこらえた。
結局、私の意見なんて誰も聞いてくれない。
悲しみの涙が喜びの涙に変わるなんて、そんな都合のいいことは起きないわ―――そう思って顔をあげたその時。

「いやぁ、遅れたようで申し訳ない」

明るい声が響いた。
その声に聞き覚えがある。

「父さんは話が長いんだよ」

「お前がきちんとスーツを着ないからだ! なにが少し肌を見せるくらいがちょうどいいだ!見合いに色気なんぞ出すな!」

「いやいや、時間ぴったりですよ。陣川社長。知久君は職業柄、身だしなみに気を遣うことが多いのでしょう」

父はすばやく席から立ちあがり、やってきた知久の父親と握手した。
これで、陣川と渋木は仲直りできたというように。

「私のお見合い相手って陣川の家だったの!?」

「そうだ。陣川家から唯冬の代わりに知久君と小百里を結婚させてはどうかと、打診があった」

知久のほうを見るとにっこり微笑んでいたけれど、それは驚いて言葉が出ない私を可笑しそうに笑っているようにしか見えない。

「唯冬のことで仲が冷えた両家を俺と小百里さんが結婚することで仲を修復できたら、陣川としても喜ばしいことですからね」

知久はいつになくおとなびた口調で言った。

「もちろんだ。本当に陣川家には息子が申し訳ないことをした」

結朱ゆじゅさんも傷ついていることでしょう。ごめんなさい」

清加さんが頭を下げるのを見て、このために清加さんがやってきたのだとわかった。

「さっきもめていたようだったが、なにか問題でもあったかね? こちらとしては唯冬君の時のようにまたやめますと言われるのも困る」

「いやいや。結婚したくないと言っていたんですよ。働かなくてもいいようにビルを与えたんですが、娘はカフェやピアノ講師をやっているでしょう。働くのが楽しいようで」

「ああ、なるほど。それならまあ、知久の奴もこのとおり一年くらいは仕事が詰まっているし、結婚式は来年でも構いませんよ」

「ははは、さすが知久君。売れっ子ですな」

父同士、楽しそうに話している。
それを安心したように清加さんは眺めていた。
陣川家と渋木家はビジネスパートナーでもあり、関係が冷えた状態はお互い不利益しかなかった。
最近は株価にまで影響しつつあった。
それは知っていたけど―――知久と目があった。

「これからよろしく、小百里さん」

「こちらこそ」

本当に私達は嘘つき。
私達は微笑み合って嘘をつく。
後で覚えておきなさいよと知久を軽くにらむと苦笑していた。
黙っておいて、私を驚かせようと思っていたのは間違いないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

お祭 ~エロが常識な世界の人気の祭~

そうな
BL
ある人気のお祭に行った「俺」がとことん「楽しみ」つくす。 備品/見世物扱いされる男性たちと、それを楽しむ客たちの話。 (乳首責め/異物挿入/失禁etc.) ※常識が通じないです

中イキできないって悲観してたら触手が現れた

AIM
恋愛
ムラムラして辛い! 中イキしたい! と思ってついに大人のおもちゃを買った。なのに、何度試してもうまくいかない。恋人いない歴=年齢なのが原因? もしかして死ぬまで中イキできない? なんて悲観していたら、突然触手が現れて、夜な夜な淫らな動きで身体を弄ってくる。そして、ついに念願の中イキができて余韻に浸っていたら、見知らぬ世界に転移させられていた。「これからはずーっと気持ちいいことしてあげる♥」え、あなた誰ですか?  粘着質な触手魔人が、快楽に弱々なチョロインを遠隔開発して転移させて溺愛するお話。アホっぽいエロと重たい愛で構成されています。

短編まとめ

あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。 基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。

【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里(うえむらあかり)は、酔い潰れていた所を上司の速見尊(はやみみこと)に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と尋ねワンナイトラブの関係になってしまう。 かと思えば出社後も部長は求めてきて、二人はただの上司と部下から本当の恋人になっていく。 だが二人の前には障害が立ちはだかり……。 ※ 過去に投稿した短編の、連載版です

処理中です...