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第七話 闇色のしっぽと祭囃子~夏の夜船~
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提灯が吊るされ、川面に灯りが映っているのは同じだが、その川面に映る姿は人ではない。
人の形をしたあやかし達の本当の姿をはっきりと映し出していた。
「兎々子。祭りが終わるまで狐面をかぶってろ」
「え? どうして?」
「夏祭りにはお面をつけるものだ」
「今年はお面をかぶってお祭りを楽しむの?」
「そうだ。絶対に外すなよ」
「わかったわ」
狐面を俺と兎々子はかぶった。
これで少しは誤魔化せるだろう。
後ろを振り返るとさっきとは違う夜店が並んでいた。
あやかしの夏祭りに入ってしまう。
鬼灯売り、風車、風鈴、鉛硝子のびいどろ、ギヤマン―――雰囲気は同じでも売っているものが違う。
売り子も鬼のような長い爪をしている。
隠しきれないその姿を見て、ここはあやかし達の夏祭りなのだと確信した。
「もしかしたら、有浄はここにいるのか?」
「えっ!? どこ?」
「いいか。兎々子。ここから先は一人で行動するなよ」
「うん! あっ! かき氷!」
言っているそばから兎々子はかき氷の屋台に走っていった。
「食べるのも禁止だ!」
追いかけるとそこには見知った顔があった。
「えっ!? 兎々子ちゃん?」
「もしかして、ユキちゃん!?」
狐面をはずしかけた兎々子の顔を反射的にバシッと押さえた。
「むぶっ!?」
「面を外すなって言っただろ」
「そ、そうだけど。今ので私の鼻が団子鼻になったらどうするの。せっかくお母さんに似て鼻だけはスッとしているって褒められるのに」
「心配するな。褒めるほどスッとしていないから」
「ひ、ひどっ!」
「おじさん似だろ」
不機嫌そうな兎々子だったが、かき氷屋から出てきたユキを見て嬉しそうに駆け寄った。
「そっかぁ。ユキちゃんのお父さんの仕事ってかき氷屋さんだったのね」
おかしな誤解が生まれたようだが、俺は余計なことを言わず、ユキが話すまで黙っていた。
「本当に兎々子ちゃんなの? どうしてここにいるの?」
ユキは白地に青い雪の結晶の浴衣を着ていた。
それを見て兎々子が手を叩いた。
「わぁ! ユキちゃんってば、もしかして藤仙先生の絵と同じ浴衣を新しく作ったの?」
「わかる?」
「わかるよっ。すっごく素敵!」
得意顔のユキと羨ましそうな兎々子。
おい、なんだ。
この緊張感のない会話は。
「それにユキちゃん。ちょっと見ないうちに身長が伸びてお姉さんになったよね。成長期だね」
「えっ……! そ、そうなの。一気に身長が伸びちゃって」
なにが成長期だ。
元々、女学生っていう年齢じゃないだろと思っていると心の声が聞こえたのかユキににらまれてしまった。
まだなにも言ってないのになぜわかる。
「あ、猫さん」
兎々子が黒猫を指差した。
緑の目に黒い毛並みをした猫が俺達を見つめている。
「兎々子ちゃん、あの猫を知っているの?」
ユキはあの黒猫がなんなのか知っているのだろうか。
声を潜めてそう兎々子に問いかけた。
「うん。ご近所をいつも歩いている猫さんなの。安海ちゃんもエサをあげたりして可愛がっている猫さんよ」
「……ああ」
俺だけでなく、兎々子の前にも現れていた黒猫。
もっと早くに気がつくべきだった。
兎々子の前にも俺の前にも同じ猫が何度も現れていたということに。
黒猫が嗤ったような気がした。
そして、黒猫は一人の男の後ろに隠れるとその姿を消した。
墨染め色の不吉な色をした浴衣に黒色の猫面の半面をかぶった男。
その男は俺と兎々子を見て口元に笑みを浮かべていた。
「やあ。はじめまして。有浄の友人達。君達をここに招くことができて嬉しいよ」
「千景様……」
ユキが小さい声で男をそう呼んだ。
あやかしとしての能力が高いユキが恐縮しているところをみると千景というあやかしは相当の手練れであるらしいということがわかった。
「どうも」
「こんばんは。有浄さんは顔が広いわね」
俺と兎々子が普通に挨拶をするとユキはどうして!? という顔で見てきた。
「さすが有浄が気に入っているだけあって肝が座っている。けどね、もうすぐここにあの子がやって来るだろう。君達を追って。そしたら、君達も有浄もここで暮らすんだ」
「断る」
「え? ここってどこ?」
やっぱり有浄の知り合いで間違いないらしい。
おかしな奴と仲良くするから、こんな面倒なことになるのだ。
「君達に選択肢はない。有浄もさすがに君達がいては逃げられまい」
勝手なことを黒猫面の半面をかぶった変人―――千景は話し続けていた。
「友達も一緒なら楽しく暮らせるだろうからね」
「兎々子ちゃんは帰してあげて」
ユキがさっと前に出た。
「おや、名前をもらって情が移ったか」
俺はいいのかよと思いながら前に出たユキの背中を眺めた。
誰もここで俺を守ってくれる者はいないようだ。
そう思った瞬間、声がした。
「お? 安海じゃねぇか!」
「あらぁ、どうしたの? 安海ったらこんなとこで遊んでちゃ駄目じゃないのー」
のんきな声で俺の名前を呼んだのは数年間、音信不通になっていたじいさんとばあさんだった。
屋台で和菓子を売る二人は俺が最後に見た時と同じ顔で年老いた様子もなく、明るい提灯の下、あやかし相手に和菓子をうりさばいている。
それも行列ができている。
「二人ともここでなにしてんだよ!?」
俺がそう言いたくなるのも無理はない。
二人の屋台は『千年屋』より繁盛していて、次から次へとあやかし達がやってきて菓子を買っていたのだった。
人の形をしたあやかし達の本当の姿をはっきりと映し出していた。
「兎々子。祭りが終わるまで狐面をかぶってろ」
「え? どうして?」
「夏祭りにはお面をつけるものだ」
「今年はお面をかぶってお祭りを楽しむの?」
「そうだ。絶対に外すなよ」
「わかったわ」
狐面を俺と兎々子はかぶった。
これで少しは誤魔化せるだろう。
後ろを振り返るとさっきとは違う夜店が並んでいた。
あやかしの夏祭りに入ってしまう。
鬼灯売り、風車、風鈴、鉛硝子のびいどろ、ギヤマン―――雰囲気は同じでも売っているものが違う。
売り子も鬼のような長い爪をしている。
隠しきれないその姿を見て、ここはあやかし達の夏祭りなのだと確信した。
「もしかしたら、有浄はここにいるのか?」
「えっ!? どこ?」
「いいか。兎々子。ここから先は一人で行動するなよ」
「うん! あっ! かき氷!」
言っているそばから兎々子はかき氷の屋台に走っていった。
「食べるのも禁止だ!」
追いかけるとそこには見知った顔があった。
「えっ!? 兎々子ちゃん?」
「もしかして、ユキちゃん!?」
狐面をはずしかけた兎々子の顔を反射的にバシッと押さえた。
「むぶっ!?」
「面を外すなって言っただろ」
「そ、そうだけど。今ので私の鼻が団子鼻になったらどうするの。せっかくお母さんに似て鼻だけはスッとしているって褒められるのに」
「心配するな。褒めるほどスッとしていないから」
「ひ、ひどっ!」
「おじさん似だろ」
不機嫌そうな兎々子だったが、かき氷屋から出てきたユキを見て嬉しそうに駆け寄った。
「そっかぁ。ユキちゃんのお父さんの仕事ってかき氷屋さんだったのね」
おかしな誤解が生まれたようだが、俺は余計なことを言わず、ユキが話すまで黙っていた。
「本当に兎々子ちゃんなの? どうしてここにいるの?」
ユキは白地に青い雪の結晶の浴衣を着ていた。
それを見て兎々子が手を叩いた。
「わぁ! ユキちゃんってば、もしかして藤仙先生の絵と同じ浴衣を新しく作ったの?」
「わかる?」
「わかるよっ。すっごく素敵!」
得意顔のユキと羨ましそうな兎々子。
おい、なんだ。
この緊張感のない会話は。
「それにユキちゃん。ちょっと見ないうちに身長が伸びてお姉さんになったよね。成長期だね」
「えっ……! そ、そうなの。一気に身長が伸びちゃって」
なにが成長期だ。
元々、女学生っていう年齢じゃないだろと思っていると心の声が聞こえたのかユキににらまれてしまった。
まだなにも言ってないのになぜわかる。
「あ、猫さん」
兎々子が黒猫を指差した。
緑の目に黒い毛並みをした猫が俺達を見つめている。
「兎々子ちゃん、あの猫を知っているの?」
ユキはあの黒猫がなんなのか知っているのだろうか。
声を潜めてそう兎々子に問いかけた。
「うん。ご近所をいつも歩いている猫さんなの。安海ちゃんもエサをあげたりして可愛がっている猫さんよ」
「……ああ」
俺だけでなく、兎々子の前にも現れていた黒猫。
もっと早くに気がつくべきだった。
兎々子の前にも俺の前にも同じ猫が何度も現れていたということに。
黒猫が嗤ったような気がした。
そして、黒猫は一人の男の後ろに隠れるとその姿を消した。
墨染め色の不吉な色をした浴衣に黒色の猫面の半面をかぶった男。
その男は俺と兎々子を見て口元に笑みを浮かべていた。
「やあ。はじめまして。有浄の友人達。君達をここに招くことができて嬉しいよ」
「千景様……」
ユキが小さい声で男をそう呼んだ。
あやかしとしての能力が高いユキが恐縮しているところをみると千景というあやかしは相当の手練れであるらしいということがわかった。
「どうも」
「こんばんは。有浄さんは顔が広いわね」
俺と兎々子が普通に挨拶をするとユキはどうして!? という顔で見てきた。
「さすが有浄が気に入っているだけあって肝が座っている。けどね、もうすぐここにあの子がやって来るだろう。君達を追って。そしたら、君達も有浄もここで暮らすんだ」
「断る」
「え? ここってどこ?」
やっぱり有浄の知り合いで間違いないらしい。
おかしな奴と仲良くするから、こんな面倒なことになるのだ。
「君達に選択肢はない。有浄もさすがに君達がいては逃げられまい」
勝手なことを黒猫面の半面をかぶった変人―――千景は話し続けていた。
「友達も一緒なら楽しく暮らせるだろうからね」
「兎々子ちゃんは帰してあげて」
ユキがさっと前に出た。
「おや、名前をもらって情が移ったか」
俺はいいのかよと思いながら前に出たユキの背中を眺めた。
誰もここで俺を守ってくれる者はいないようだ。
そう思った瞬間、声がした。
「お? 安海じゃねぇか!」
「あらぁ、どうしたの? 安海ったらこんなとこで遊んでちゃ駄目じゃないのー」
のんきな声で俺の名前を呼んだのは数年間、音信不通になっていたじいさんとばあさんだった。
屋台で和菓子を売る二人は俺が最後に見た時と同じ顔で年老いた様子もなく、明るい提灯の下、あやかし相手に和菓子をうりさばいている。
それも行列ができている。
「二人ともここでなにしてんだよ!?」
俺がそう言いたくなるのも無理はない。
二人の屋台は『千年屋』より繁盛していて、次から次へとあやかし達がやってきて菓子を買っていたのだった。
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