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第六話 夏の合戦~夜空の下の七夕流し~
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「奴らが来たぞ!」
「これで我々の勝ちだ!」
「多勢に無勢とはこのことよ。我々が束になってかかれば、あの生意気な小僧どもなど恐れるに足らず」
狸達は大盛りあがりだった。
数で圧倒するつもりだったのか、十人(匹)程度の狸達が人に化け、待ち構えていた。
その狸達のところを避けて、川辺へ行くと船を出す。
「ほう。我らに怖じ気づいて船に乗って逃げるつもりだな」
「素直に敗けを認めればいいものを船に乗るとは往生際の悪い奴らめ」
「船に乗ったが最後! 逃げ場はないぞ」
狸達が追いかけてきて我先にと船に乗っていく。
十人も乗れるような船ではない。
俺達が乗った船は岸を少し離れたところでぐらりと揺れた。
船底に穴も開いていないのに船の底から水がにじみ出し、じわじわと船の中に水がたまっていく。
それを見て狸達が慌て出した。
「お、おい、沈むぞ!」
「しまった! 重すぎたか?」
狸達が気づいた時にはもう遅い。
「うん!? あやつらはどこへ行った?」
船の上にいたはずの俺達の姿はない。
狸達に俺と有浄は岸辺から手を振った。
「いい船旅を」
有浄がにこにこと微笑みながら見送った。
船旅なんかできるわけがない。
肝心の船はすでに半分沈んでいる。
「あの性悪陰陽師め! 謀ったな!」
「どういうことだっー!」
俺達の姿は船から消え、そこに残っていたのは有浄が作った紙衣と紙の船だった。
紙の船は川の水と狸達の重みに耐えきれず、あっという間に沈んでしまった。
「お前、悪い奴だな」
「そうかな」
「狸達、泳げるのか?」
「川でドジョウを捕まえていたから泳げると思うよ」
「そうか、それならいいが」
「恨みを水に流してあげたんだ。これで綺麗さっぱり忘れてあげよう」
「恨みどころか、狸自身が流れていってるけどな」
「風情ある美しい川の流れだね」
扇子を口にあて優雅な仕草を見せて有浄は言った。
なにが風情だ。
狸達がうわぁっーと大慌てしている様子しか目に入ってこない。
逸嵩の件を相当恨んでいたんだなと思いながら、あえてそのことは口にしなかった。
狸達よ、俺はお前達の犠牲を忘れない。
達者でな。
バシャバシャと狸達が手足をばたつかせ白い水飛沫をあげて向こう岸に泳いで行くのを見守った。
「今回は俺達を侮っていたけど、狸の化かし方によってはわかりにくい時もあるからね。気を付けることに越したことはない」
「そうなのか?」
「狸は人に化けるだけじゃない。祭りがないのに祭囃子の音が聴こえてきたら注意するんだよ。それは狸囃子といって人の気を引いて向こう側に連れていくんだ」
有浄の口から向こう側と聞いてなぜか心がざわついた。
そこは人が簡単に足を踏み入れるような場所ではないことだけは確かだろう。
「あれ? 兎々子はどこ行った?」
「植木屋の屋台で盆栽や鉢植えを売ってるのをみてたよ」
人が集まる場所には店が出る。
兎々子は小さいつぼみの朝顔の鉢を熱心に眺めていた。
「金魚で懲りろよ」
「今年はまだ『千年屋』の前に朝顔の鉢がなかったでしょ?」
「店の前に鉢を置くと水をやるのが面倒だ。庭にまとめて植えてある」
「面倒だと言いながら安海は毎年、毎日朝顔に水をやってるけどね」
「去年の種をとってあるから仕方なくだ」
ばあさんが残した種を今年も植えた。
咲くかどうかわからないが、ばあさんが毎年植えていたせいか、植える時期になるとつい植えてしまう。
「安海ちゃん達、まだ笹を流してなかったの? さっき流してなかった?」
「あー、うん。今からな」
「そうそう。今からだよ」
狸を流してましたとは言えない。
「それなら早く笹を流しましょうよ」
すでにいくつかの笹が川面に浮かんで見えた。
有浄がなるべく遠くに笹を投げる。
黒い水面の中、投げた笹は他の笹に混じって流れていった。
「うまく流れにのったみたいだな」
「願い事が叶いますように!」
「兎々子ちゃん、まだお願い事!?」
兎々子のお願い事だけで神様も腹一杯だろうよ。
「あとね、これも流します!」
じゃんっと最後の短冊を見せた。
兎々子と―――そして有浄まで。
そのお願い事を書いた短冊を見て俺は苦笑した。
「……わかった」
二人は短冊を川に流した。
そのお願い事は―――
『安海の和菓子をずっと食べられますように』
『安海ちゃんの和菓子がもっとたくさん食べられますように』
と、書いてあった。
その短冊が見えなくなるのを見届け、浴衣の袂から紙に包んだ菓子を出した。
「願いが叶ったな」
二人の手に紙の包みをのせた。
「もしかしてお菓子?」
「珍しいこともあるね」
「見舞いのお礼だ」
看病になったかどうかは置いといて、一応、心配して来てくれたからな。
お礼はしておこうと思ったわけだ。
「きれーい! 砂糖がキラキラして天の川みたい」
「ああ、琥珀糖だね」
錦玉羹を作った時に一緒に作っておいた琥珀糖は深い青色。
琥珀糖は錦玉羹似た菓子で違うのは水飴を加え、型に入れて固まったものを切って乾燥させるということだ。
数日間、夏の風にさらし、干して乾燥させて完成する。
周りはしゃりっと砂糖の感触、中は柔らかい。
「空の欠片みたい」
石の結晶のように切った琥珀糖を兎々子は空にかかげてうっとりと眺め、有浄は指でつまんでジッと見つめていた。
そして、さっそくひとつ、口にしてシャリッと砂糖の音を鳴らした。
「甘くておいしーい!」
「うん。中の柔らかい感じがちょうどいいね」
「それはよかった」
二人は満足したようで琥珀糖を眺めて微笑むと大切そうに紙に包み直して着物の袂に入れた。
「安海ちゃん。七夕の夜にぴったりなお菓子をありがとう。大事に食べるわね」
「富夕や太郎にも少し分けてやろう。きっと喜ぶ」
「ああ」
琥珀糖は季節によって色も形も変えて作ることができる。
季節の花や氷、空を表現する。
今日の琥珀糖の名は『夜空』。
深い青と白い砂糖の結晶が天の川を思わせるように作った。
「やっぱり安海の菓子が一番だ」
有浄がそう言ったのが聞こえて、隣で兎々子がうなずいている。
自分が初めてあんこを炊いた日も二人はうまそうに食べていた。
変わらない二人を見て、俺がなぜ和菓子職人になろうと決めたのか、 思い出したのだった。
「これで我々の勝ちだ!」
「多勢に無勢とはこのことよ。我々が束になってかかれば、あの生意気な小僧どもなど恐れるに足らず」
狸達は大盛りあがりだった。
数で圧倒するつもりだったのか、十人(匹)程度の狸達が人に化け、待ち構えていた。
その狸達のところを避けて、川辺へ行くと船を出す。
「ほう。我らに怖じ気づいて船に乗って逃げるつもりだな」
「素直に敗けを認めればいいものを船に乗るとは往生際の悪い奴らめ」
「船に乗ったが最後! 逃げ場はないぞ」
狸達が追いかけてきて我先にと船に乗っていく。
十人も乗れるような船ではない。
俺達が乗った船は岸を少し離れたところでぐらりと揺れた。
船底に穴も開いていないのに船の底から水がにじみ出し、じわじわと船の中に水がたまっていく。
それを見て狸達が慌て出した。
「お、おい、沈むぞ!」
「しまった! 重すぎたか?」
狸達が気づいた時にはもう遅い。
「うん!? あやつらはどこへ行った?」
船の上にいたはずの俺達の姿はない。
狸達に俺と有浄は岸辺から手を振った。
「いい船旅を」
有浄がにこにこと微笑みながら見送った。
船旅なんかできるわけがない。
肝心の船はすでに半分沈んでいる。
「あの性悪陰陽師め! 謀ったな!」
「どういうことだっー!」
俺達の姿は船から消え、そこに残っていたのは有浄が作った紙衣と紙の船だった。
紙の船は川の水と狸達の重みに耐えきれず、あっという間に沈んでしまった。
「お前、悪い奴だな」
「そうかな」
「狸達、泳げるのか?」
「川でドジョウを捕まえていたから泳げると思うよ」
「そうか、それならいいが」
「恨みを水に流してあげたんだ。これで綺麗さっぱり忘れてあげよう」
「恨みどころか、狸自身が流れていってるけどな」
「風情ある美しい川の流れだね」
扇子を口にあて優雅な仕草を見せて有浄は言った。
なにが風情だ。
狸達がうわぁっーと大慌てしている様子しか目に入ってこない。
逸嵩の件を相当恨んでいたんだなと思いながら、あえてそのことは口にしなかった。
狸達よ、俺はお前達の犠牲を忘れない。
達者でな。
バシャバシャと狸達が手足をばたつかせ白い水飛沫をあげて向こう岸に泳いで行くのを見守った。
「今回は俺達を侮っていたけど、狸の化かし方によってはわかりにくい時もあるからね。気を付けることに越したことはない」
「そうなのか?」
「狸は人に化けるだけじゃない。祭りがないのに祭囃子の音が聴こえてきたら注意するんだよ。それは狸囃子といって人の気を引いて向こう側に連れていくんだ」
有浄の口から向こう側と聞いてなぜか心がざわついた。
そこは人が簡単に足を踏み入れるような場所ではないことだけは確かだろう。
「あれ? 兎々子はどこ行った?」
「植木屋の屋台で盆栽や鉢植えを売ってるのをみてたよ」
人が集まる場所には店が出る。
兎々子は小さいつぼみの朝顔の鉢を熱心に眺めていた。
「金魚で懲りろよ」
「今年はまだ『千年屋』の前に朝顔の鉢がなかったでしょ?」
「店の前に鉢を置くと水をやるのが面倒だ。庭にまとめて植えてある」
「面倒だと言いながら安海は毎年、毎日朝顔に水をやってるけどね」
「去年の種をとってあるから仕方なくだ」
ばあさんが残した種を今年も植えた。
咲くかどうかわからないが、ばあさんが毎年植えていたせいか、植える時期になるとつい植えてしまう。
「安海ちゃん達、まだ笹を流してなかったの? さっき流してなかった?」
「あー、うん。今からな」
「そうそう。今からだよ」
狸を流してましたとは言えない。
「それなら早く笹を流しましょうよ」
すでにいくつかの笹が川面に浮かんで見えた。
有浄がなるべく遠くに笹を投げる。
黒い水面の中、投げた笹は他の笹に混じって流れていった。
「うまく流れにのったみたいだな」
「願い事が叶いますように!」
「兎々子ちゃん、まだお願い事!?」
兎々子のお願い事だけで神様も腹一杯だろうよ。
「あとね、これも流します!」
じゃんっと最後の短冊を見せた。
兎々子と―――そして有浄まで。
そのお願い事を書いた短冊を見て俺は苦笑した。
「……わかった」
二人は短冊を川に流した。
そのお願い事は―――
『安海の和菓子をずっと食べられますように』
『安海ちゃんの和菓子がもっとたくさん食べられますように』
と、書いてあった。
その短冊が見えなくなるのを見届け、浴衣の袂から紙に包んだ菓子を出した。
「願いが叶ったな」
二人の手に紙の包みをのせた。
「もしかしてお菓子?」
「珍しいこともあるね」
「見舞いのお礼だ」
看病になったかどうかは置いといて、一応、心配して来てくれたからな。
お礼はしておこうと思ったわけだ。
「きれーい! 砂糖がキラキラして天の川みたい」
「ああ、琥珀糖だね」
錦玉羹を作った時に一緒に作っておいた琥珀糖は深い青色。
琥珀糖は錦玉羹似た菓子で違うのは水飴を加え、型に入れて固まったものを切って乾燥させるということだ。
数日間、夏の風にさらし、干して乾燥させて完成する。
周りはしゃりっと砂糖の感触、中は柔らかい。
「空の欠片みたい」
石の結晶のように切った琥珀糖を兎々子は空にかかげてうっとりと眺め、有浄は指でつまんでジッと見つめていた。
そして、さっそくひとつ、口にしてシャリッと砂糖の音を鳴らした。
「甘くておいしーい!」
「うん。中の柔らかい感じがちょうどいいね」
「それはよかった」
二人は満足したようで琥珀糖を眺めて微笑むと大切そうに紙に包み直して着物の袂に入れた。
「安海ちゃん。七夕の夜にぴったりなお菓子をありがとう。大事に食べるわね」
「富夕や太郎にも少し分けてやろう。きっと喜ぶ」
「ああ」
琥珀糖は季節によって色も形も変えて作ることができる。
季節の花や氷、空を表現する。
今日の琥珀糖の名は『夜空』。
深い青と白い砂糖の結晶が天の川を思わせるように作った。
「やっぱり安海の菓子が一番だ」
有浄がそう言ったのが聞こえて、隣で兎々子がうなずいている。
自分が初めてあんこを炊いた日も二人はうまそうに食べていた。
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