上 下
43 / 65
第五話 憧れの女学生らいふ~季節外れの雪と溶けない氷~

(12)

しおりを挟む
ユキと有浄ありきよが去ってから、しばらくして逆方向から一生懸命走ってくる兎々子ととこの姿があった。

安海やすみちゃーん!」

自慢のリボンもきちんととかした髪もぐちゃぐちゃになっていた。
今は気にならないのか、店の前まで全力疾走で到着した兎々子は息を切らせ、ふらふらとしていた。
運動がそんなに得意ではない兎々子にしていい走りだったと思う。

「どうした?」

「ユキちゃんはっ!?」

「有浄と帰ったぞ」

「え? そ、そうなの……。せっかくおじいちゃんの部屋からマムシ酒持ってきたのに」

さすが妖怪タヌキじじい。
とんでもないものを飲んでいる。
いくら酒が好きだと言ってもマムシ酒まで飲むとはまだまだ長生きしそうだ。

「……見せなくていいからな」

「大丈夫よ。中身は液体だけでマムシは抜いてあるから。私だって、さすがにマムシが入った瓶をさわるのは無理……」

兎々子は戦利品とばかりに風呂敷包みを見せたが、ユキは帰って大正解だったな。
マムシ酒で元気になるとは思えない。

「ユキちゃんはよくなったの?」

「元気そうだった」

「そう!」

兎々子は嬉しそうに笑った。
結局、明日の朝まで待てずに習い事が終わった後、家を抜け出してここまで走って来たのだろう。
怖がりのくせに薄暗い中をよく来たものだ。

「兎々子。これをユキから預かった」

ユキが書いた手紙を兎々子に渡した。

「ユキちゃんから?」

白い薔薇が描かれた封筒に兎々子は表情を曇らせた。

「これ、ユキちゃんが一番好きだって言ってた便箋セット……」

兎々子は不安そうな顔で俺を見た。

「別れの挨拶ではないと思うぞ」

「それならいいけど……」

兎々子はよくない話なのかもしれないと思ったのか、なかなか読む勇気がでないようだった。
だが、中身が気になるのか浮かない顔をしながらも手紙の封を開けた。

「あっ……!」

兎々子が手紙を開けた瞬間、雪が舞った。
それは白い淡雪―――瞬きをするほんのわずかな時間であっという間に溶けて消えた。
目の錯覚だと思ったらしい兎々子は目を擦って確認していた。

「今の―――?」

「兎々子。なんて書いてあるんだ?」

「あっ、そうね」

ユキなりの兎々子へのお礼だったのだろうが、俺の他に人がいなくて助かった。
まだ兎々子だったから誤魔化せたが、近所のおばちゃんの目だけは俺の力ではどうにもならない。

「えーとね、ユキちゃんはお父さんの仕事の都合でここを少しの間、離れるんだって。倒れたのは暑さに弱い体質のせいで気にしないっでって書いてある」

「そうだろ? 元気になって帰ったから気にするなよ」

「うん……」

ユキが元気なことは嬉しいようだったが、手紙を読みながら兎々子はしょんぼりしていた。

「せっかくお友達になれそうだったのに……」

「兎々子とユキはもう友達だろ」

あやかしと共存共栄。
それも悪くないかと泣きそうな顔をした兎々子を見てそう思えた。
泣くのをこらえながら、兎々子は大切そうに手紙を着物の懐に入れた。

「安海ちゃん。これって、お別れじゃないよね? また会えるよね?」

「ああ。またひょっこり会いに行くるんじゃないのか」

「そうだよね!? 絶対にそうだよね……!」

うなずいた俺を見て兎々子は安心したように笑った。
夕闇の中、寺の鐘の音が響いた。
朝と夕の二回、近所の寺が鐘を鳴らす。

「黙って出てきたんだろ? 早く帰らないとおじさん達が心配するぞ」

「うん。そういえば、家から抜け出して通りに出た時、どこかへ飲みに行くおじいちゃんと出会ったの。安海ちゃんに会うなら、また酒饅頭を持ってきなさいって伝えるように言われたんだった。すっかり忘れてたわ」

「―――わかった。また作って持って行くって返事をしておいてくれ(予定はないがな)」

さすが妖怪タヌキじじいだ。
習い事が終わり、急いで家を飛び出していく兎々子を見ただけで俺のところに行くとわかるとは。
妖怪だけあって千里眼でも持ってるのか?
兎々子に酒饅頭の伝言を頼んだのは大事な孫娘になにかあったら許さんぞ、ちゃんと送り届けろよということだろう。

「家まで送っていく」

「いいの?」

「ああ」

薄暗い道を兎々子一人で帰したら、あの妖怪タヌキじじいがどこからか見ていて、後々嫌味を言ってくるに決まっている。
数人の子供達がまとまって走って帰っていく姿が見えた。
遊んでいて帰りが遅くなってしまい叱られるのがわかっているのか、こちらをちらりとも見ずに自分の家へと入っていく。
いくつもの『ただいま』の声がして、石畳の通りに並ぶ家々の窓から夕飯の匂いが漂ってくる。
焼き魚の焦げた香ばしい香りや煮物の出汁、砂糖や醤油の甘辛い匂い。

「ねえ、安海ちゃん。今年の夏も一緒に夏祭りに行こうね」

「ああ」

「今年も来年も再来年もずっとよ」

「それはいいが、たち売りの西瓜すいかを食いすぎるなよ。食べすぎると腹を壊すからな」

「わ、わかってるわよ! 安海ちゃんの馬鹿! 朴念仁ぼくねんじん!」

兎々子は顔を金魚みたいに赤くして頬を膨らませた。
俺はなにか悪いことを言っただろうか。
送ってやっているというのに兎々子は怒りながら俺の前を歩いていった。
やれやれと思いながら空を見上げると、灰色の雲が消え、すっきりとした風が通り抜けていく。
そして風鈴売りが涼やかな音を鳴らし、石畳の通りを歩いているのを目にした。
家の主だろうか。
家の前で呼び止めて風鈴を一つ買っている。
風鈴売りは音を聴かせるため黙って売り歩く。
そのうち、金魚売りや朝顔売りがやってくる。

「夏だな」

町も空気も梅雨の終わりが近いことを告げていた。

【第五話 憧れの女学生らいふ~季節外れの雪と溶けない氷~ 了】

【第六話 夏の合戦~夜空の下の七夕流し~ 続】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

【2章完結】あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。 あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。 特異な力を持った人間の娘を必要としていた。 彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。 『これは、あやかしの嫁取り戦』 身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ―― ※二章までで、いったん完結します。

神様の学校 八百万ご指南いたします

浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: 八百万《かみさま》の学校。 ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。 1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。 来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。 ☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: ※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...