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第四話 美人画の怪~よひらの花が咲く頃に~

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「なにしてるの? 安海やすみちゃん、有浄ありきよさん。お茶が入ったよー」

「……ああ。今行く」

「ありがとう。兎々子ととこちゃん」

いつものように茶の間のちゃぶ台を囲んで俺達は座った。
太郎にも兎々子は皿を用意し、カステラをあげていた。
大喜びしている太郎の頭を兎々子は微笑みながらなでていた。
完全に犬だ。
犬神としてのプライドはどこにいったんだ?
犬扱いするなって言っていたのはどこの誰だよ。

「はい。有浄さんの毒みたいなお茶はこれね」

「毒って……兎々子ちゃん……」

兎々子は慎重に湯呑みを間違えないように俺の前にはつる、有浄は桔梗ききょう、自分のところにはうさぎ柄の湯呑みを置いた。
そして、今日も有浄のお茶は深緑だった。
確かに毒々しい色だ。

「有浄。勝手に自分専用の湯呑みを買うなよ」

「やだなー。趣味のいい湯呑みでお茶を飲みたいだけだよ」

趣味云々の話になると俺は弱い。
学生時代からの変わらぬ書生姿の俺と洋装の有浄。
どちらがお洒落か一目瞭然。
言い返せず、お茶を一口飲んだ。
だんだんこうやって、こいつらの私物が増えていくんだな。
これ以上増やさないように気を付けなければならない。
これ以上、侵略させてなるものか。
そう思いつつも有浄が持ってきてくれたカステラは絶品で口のなかで卵の味が広がり、おいしかった。
茶色の部分が香ばしく、そこだけを別にして食べるのも好きだった。
俺の機嫌がカステラで直ったと思ったのか、有浄が口を開いた。

「兎々子ちゃん。昨晩、料亭『菊井きくい』に幽霊は現れた?」

「ううん。今日の朝、私の家に郁里かおりさんがやってきて、幽霊が出なくなったってお礼を言って帰っていったわ。さすが陰陽師ね」

「なにが、さすが陰陽師だ。その幽霊は俺のところに来たんだぞ。それも有浄が俺を囮にしておびき寄せたんだからな」

「えっ!? 嘘! 安海ちゃん、大丈夫?」

兎々子が俺をじっと見た。
そして、しばし観察したかと思うと首を縦に振った。

「大丈夫みたい」

「いやいや!? そこは俺の返事を待てよ!」

どういう判断なんだよ。
太郎が幽霊を追い払ったのだろうが、あのまま一人だったらどうなっていたかわからない。
―――きっと、二度寝はしただろうが。
そのまま永遠に目覚めないってことはないよな?

「まあまあ。安海のおかげで幽霊騒ぎも落ち着きそうだからいいじゃないか」

「その幽霊の正体は望月子爵家の娘なんだろ? もしかして逸嵩はやたかの結婚相手か?」

「いや、違う。あいつが結婚したのは妹のほうだ。望月子爵家は二人姉妹で婿をとらなくてはいけなかったんだ」

「ああ、そういうことか。けど、どうして有浄は望月子爵家の娘だってわかったんだ?」

有浄はにやりと笑って立ち上がり、隣の部屋のふすまを開けた。
茶の間の隣の部屋にはとこの間があり、家に大勢人が集まった時、襖を外して広く使うための部屋になっている。
その部屋の床の間に有浄は掛け軸をかけた。
そして、花を指差す。

「月見草だよ。望月子爵家は望月という名から月見草を好んで使っている。それこそ家紋も四弁の花にするくらいにね」

「なるほど。それで絵に月見草が描かれていたのか」

うん、と有浄はうなずいた。

「掛け軸が売りに出されたのは逸嵩が婿養子として入ってからの話だ。あいつは望月家が事業に失敗し、借金を抱えていることに気づいて借金返済のため蔵を開けて売れるものすべてを売り払った」

婿養子なのにか!? と、疑問に思ったが、逸嵩ならやりかねない。
昔から頭の回転が早く、なにをすべきかすばやく答えを出す男だった。
蔵の中にお宝があるのなら、それを売り払ってしまえば、借金に苦しめられることはなくなる。
それに骨董品など美術品のたぐいには興味がない男だ。
売り払ってしまえとなるのも逸嵩の性格を考えたら納得できる。

「望月子爵は娘の絵を売らないで欲しいと言ったそうだが、逸嵩はそれを許さなかった」

「逸嵩が? そんなひどい奴じゃないと思うんだが」

掛け軸の一枚くらい残してもよさそうなものだった。

「あいつは幽霊を見たから売った。手元に残しておけば、自分に害するかもしれないと危惧したんだろうな」

『幽霊!? そんなものいるわけないだろ!』と大笑いする逸嵩の顔が思い浮かんだ。

「逸嵩に幽霊が見えているとは思えないが……」

「それは安海にそう思わせているだけだ。あいつにすれば、見えないことにしたほうが都合がいい。なにもかも新しくしたい側の人間としては古いものは邪魔なんだろう」

有浄は兎々子の膝にのっている太郎の頭をなでた。
どちらが悪いとは言えない。
俺は温くなったお茶を一口飲んだ。
まだこの国は変化の途中にある。
逸嵩だけでなく、帝大を卒業した学友達の多くはそういう仕事に就いている。
きっと俺と有浄のほうが世間では異端なのだ。

「まあ、そんなわけで望月子爵家が所有していたものが市場に多く出回ったわけだ。子爵家が所有していたものとなると、物は確かだから当然、骨董商達は飛びついた。その中でも最近の絵だったとはいえ、人気画家藤仙とうせん涼慎すずちかが描いたものだったから、なかなかの値がついた」

「えー! 藤仙先生が描いたの? すごーい!」

兎々子が目を輝かせた。

「誰だ、それ?」

冷たい目で兎々子は俺を見た。

「前に私が便箋買ってたでしょ? あれが藤仙先生の絵の便箋よ」

「へー」

「藤仙先生の挿絵がある少女向けの雑誌や婦人雑誌はすっごく売れるんだから。先生は絵だけじゃなくて、お洒落な洋服のデザインまでしちゃう時代の最先端をいく人気画家なのよ」

「ふーん」

俺が興味なさそうにしていると兎々子はにらんできた。

「絵のほうはこれで片付いた。兎々子ちゃんのほうが詳しいはずだ。望月子爵家の亡くなったお姉さんは兎々子ちゃんが通う女学校の先輩だったんだからね。紫陽花にまつわる話を知っているよね?」

「紫陽花の話って……もしかして、あの話って望月子爵家のご令嬢の話だったの?」

「そうだよ」

兎々子が驚き、太郎をなでていた手を止めた。
そして、語ってくれた。
紫陽花にまつわる悲しい恋の話を。
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