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第四話 美人画の怪~よひらの花が咲く頃に~
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「有浄さん。遅いねぇ」
熱いほうじ茶を冷ましながら、兎々子は言った。
ふと、顔をあげると兎々子の手にしている湯呑みに兎の絵が描かれていることに気づいた。
うん!? あんな湯呑みが俺の家にあったか?
ハッとして、ちゃぶ台の上を見ると桔梗柄の湯呑みが置いてあった。
まだお茶が入っていないところをみると、有浄の湯呑みではないかと推測される。
あきらかに自分達専用の湯呑みだよな?
「なあ、兎々子。今使っている湯呑みなんだが、まさか勝手に持ち込んだのか」
「気づいてなかったの? けっこう前からそうよ。有浄さんが買ってきてくれたの。安海ちゃんのは鶴の絵よ」
いつの間に!?
自分の湯呑みを見ると無地だったはずの湯呑みに絵柄が加わっていた。
ご丁寧に以前の湯呑みと同じ色で形も同じ。
絵だけが違う。
それしても鶴か。
「鶴は千年、亀は万年。なるほど。うまいこと考えたな―――って違う!」
「え? 亀がよかった?」
「そうじゃない!俺が言いたいのはどうして有浄と兎々子の湯呑みが俺の家にあるのかって話だ」
「もー。湯呑みひとつにそんなこだわりを持たなくてもいいでしょ。やっぱり安海ちゃんは職人さんだけあって、職人気質だよね」
なんだ、これ。
会話が成立してない。
どふっと座布団に撃沈した。
まともに話そうとした俺が馬鹿だった。
「湯呑みの件は有浄に問い詰めるとして、だ。本当にあいつ、来るのか? 最近、顔を見ていないんだが」
だからこその平穏だ。
あいつが来ると厄介事しか持ち込まないからな。
「用事があるなら、店のほうで話せばよかったんじゃないのか? 毎日のように洋食を食べに来てるだろ?」
洋食好きな有浄は三日にあけず、洋食屋『カネオカ』に通っているはずだ。
新メニューにフランス風コロッケが出てから、ずっとそればかり食べていると言っていたのは五月の半ばのこと。
フランス風コロッケは中身がジャガイモじゃないコロッケらしい。
黄金色に揚がった衣にナイフをサクッと入れると、白いクリームが顔をだし、それを特製デミソースと一緒にいただく絶品なのだと俺に語っていたのを思い出す。
「それが、最近、来てないの。だから、安海ちゃんの家にいるものだと思っていたんだけど……」
珍しいこともあるものだ。
そう思っていると、庭の土が跳ねるくらいの雨が降ってきた。
ごろごろと遠くで雷が鳴り、雨の混じった冷たい風が縁側から吹き込んできて、さすがの俺も硝子戸を閉めた。
「この雨じゃ、有浄は来ないんじゃないのか?」
俺はそれでいいのだが、兎々子は浮かない顔をしていた。
俺は和菓子職人だ。
悩み相談や心霊相談は請け負っていない。
聞くべきか?
いや、ここで首を突っ込むと俺の平和な日々が失われる。
確実に終わる。
「そうだな。俺は昼寝をしているから、有浄が来たら相談して―――」
「おいおい。安海。冷たいなー」
突然、廊下側の襖がガラッと開いた。
庭を眺めていた俺と兎々子は声がした方へと顔を向ける。
そこには久しぶりに会う有浄が立っていた。
「おい、気配がなかったぞ!?」
「陰陽師だからね」
「黙れ。不法侵入者」
なにが陰陽師だ。
気配を消してやってくる奴にロクな奴はいない。
有浄は雨で濡れ、自慢の帽子からは水滴が落ちていた。
そして、疲れているようにも見える。
「なにかあったのか?」
さすがの俺も心配になって、手ぬぐいを渡した。
有浄は雨に濡れた服と髪をふきながら言った。
「太郎が来てから、家庭内が荒れていてね」
珍しく有浄がため息をついた。
ああ、なるほどと俺は頷いた。
つまり、犬と狐が不仲で有浄は板挟みになっているということか。
そんな気がしていたから、驚かない。
「お前の神社にある家内安全のお守りに効果がないことだけはわかった」
「ひどいなぁ」
「有浄さん。熱いお茶をどうぞ」
「兎々子ちゃん。ありがとう」
香ばしい匂いがするほうじ茶を一口のむと有浄はホッとしたように息を吐いた。
桔梗柄の湯呑みについて言及しようと思っていたが、その顔を見てやめた。
「有浄さん。太郎ちゃんはまだ小さいから優しくしてあげてね」
「え……あ、うん」
曖昧な返事に有浄の苦労が忍ばれた。
だが、たまには有浄も迷惑をかけられる者の大変さを味わうといいと俺は思っていた。
これで少しは俺に迷惑をかけずにいようと反省したに違いない。
「それじゃあ、安海。一緒に兎々子ちゃんの話を聞こうか」
―――俺もかよ。
がっくりと肩を落とした。
反省なんかするわけがなかった。
当たり前のように俺を巻き込んでいく。
短い平和だったな……
遠い目をして庭の紫陽花を眺めたのだった。
熱いほうじ茶を冷ましながら、兎々子は言った。
ふと、顔をあげると兎々子の手にしている湯呑みに兎の絵が描かれていることに気づいた。
うん!? あんな湯呑みが俺の家にあったか?
ハッとして、ちゃぶ台の上を見ると桔梗柄の湯呑みが置いてあった。
まだお茶が入っていないところをみると、有浄の湯呑みではないかと推測される。
あきらかに自分達専用の湯呑みだよな?
「なあ、兎々子。今使っている湯呑みなんだが、まさか勝手に持ち込んだのか」
「気づいてなかったの? けっこう前からそうよ。有浄さんが買ってきてくれたの。安海ちゃんのは鶴の絵よ」
いつの間に!?
自分の湯呑みを見ると無地だったはずの湯呑みに絵柄が加わっていた。
ご丁寧に以前の湯呑みと同じ色で形も同じ。
絵だけが違う。
それしても鶴か。
「鶴は千年、亀は万年。なるほど。うまいこと考えたな―――って違う!」
「え? 亀がよかった?」
「そうじゃない!俺が言いたいのはどうして有浄と兎々子の湯呑みが俺の家にあるのかって話だ」
「もー。湯呑みひとつにそんなこだわりを持たなくてもいいでしょ。やっぱり安海ちゃんは職人さんだけあって、職人気質だよね」
なんだ、これ。
会話が成立してない。
どふっと座布団に撃沈した。
まともに話そうとした俺が馬鹿だった。
「湯呑みの件は有浄に問い詰めるとして、だ。本当にあいつ、来るのか? 最近、顔を見ていないんだが」
だからこその平穏だ。
あいつが来ると厄介事しか持ち込まないからな。
「用事があるなら、店のほうで話せばよかったんじゃないのか? 毎日のように洋食を食べに来てるだろ?」
洋食好きな有浄は三日にあけず、洋食屋『カネオカ』に通っているはずだ。
新メニューにフランス風コロッケが出てから、ずっとそればかり食べていると言っていたのは五月の半ばのこと。
フランス風コロッケは中身がジャガイモじゃないコロッケらしい。
黄金色に揚がった衣にナイフをサクッと入れると、白いクリームが顔をだし、それを特製デミソースと一緒にいただく絶品なのだと俺に語っていたのを思い出す。
「それが、最近、来てないの。だから、安海ちゃんの家にいるものだと思っていたんだけど……」
珍しいこともあるものだ。
そう思っていると、庭の土が跳ねるくらいの雨が降ってきた。
ごろごろと遠くで雷が鳴り、雨の混じった冷たい風が縁側から吹き込んできて、さすがの俺も硝子戸を閉めた。
「この雨じゃ、有浄は来ないんじゃないのか?」
俺はそれでいいのだが、兎々子は浮かない顔をしていた。
俺は和菓子職人だ。
悩み相談や心霊相談は請け負っていない。
聞くべきか?
いや、ここで首を突っ込むと俺の平和な日々が失われる。
確実に終わる。
「そうだな。俺は昼寝をしているから、有浄が来たら相談して―――」
「おいおい。安海。冷たいなー」
突然、廊下側の襖がガラッと開いた。
庭を眺めていた俺と兎々子は声がした方へと顔を向ける。
そこには久しぶりに会う有浄が立っていた。
「おい、気配がなかったぞ!?」
「陰陽師だからね」
「黙れ。不法侵入者」
なにが陰陽師だ。
気配を消してやってくる奴にロクな奴はいない。
有浄は雨で濡れ、自慢の帽子からは水滴が落ちていた。
そして、疲れているようにも見える。
「なにかあったのか?」
さすがの俺も心配になって、手ぬぐいを渡した。
有浄は雨に濡れた服と髪をふきながら言った。
「太郎が来てから、家庭内が荒れていてね」
珍しく有浄がため息をついた。
ああ、なるほどと俺は頷いた。
つまり、犬と狐が不仲で有浄は板挟みになっているということか。
そんな気がしていたから、驚かない。
「お前の神社にある家内安全のお守りに効果がないことだけはわかった」
「ひどいなぁ」
「有浄さん。熱いお茶をどうぞ」
「兎々子ちゃん。ありがとう」
香ばしい匂いがするほうじ茶を一口のむと有浄はホッとしたように息を吐いた。
桔梗柄の湯呑みについて言及しようと思っていたが、その顔を見てやめた。
「有浄さん。太郎ちゃんはまだ小さいから優しくしてあげてね」
「え……あ、うん」
曖昧な返事に有浄の苦労が忍ばれた。
だが、たまには有浄も迷惑をかけられる者の大変さを味わうといいと俺は思っていた。
これで少しは俺に迷惑をかけずにいようと反省したに違いない。
「それじゃあ、安海。一緒に兎々子ちゃんの話を聞こうか」
―――俺もかよ。
がっくりと肩を落とした。
反省なんかするわけがなかった。
当たり前のように俺を巻き込んでいく。
短い平和だったな……
遠い目をして庭の紫陽花を眺めたのだった。
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