8 / 65
第一話 狐の嫁入り~お祝いまんじゅう~
(8)
しおりを挟む
雨粒が頬に落ちた時、手にしていた和傘を広げ、兎々子の頭の上にもかぶせてやった。
弱い雨が傘を叩く音がした。
コウモリ傘とは違う和傘にあたる雨の音はどこか懐かしく耳に心地いい。
「安海ちゃん、どうして雨が降るってわかったの?」
「ちょっとな」
どうせ説明したところで兎々子は怪談だの、幽霊だのと大騒ぎするに決まっている。
「あっ! 見て。花嫁さんがきたよ」
兎々子が指差したほうから、紋付き袴と黒留袖、後方には嫁入り道具を担いだ唐笠の一団が続く。
立派な嫁入り行列がやってきた。
普通の嫁入り行列に見えるが、ゆっくりとその行列は進み、足の重さを感じさせない。
俺達の前を通りすぎ、石段を一段一段のぼっていく。
目の前にはたくさんの和傘が広がり、傘の上で雨が踊る。
「わぁー! 素敵!
兎々子のはしゃいだ声に気付いたのか、白無垢姿の花嫁がこちらに顔を向け、和傘の下で俺と兎々子に微笑んだ。
微笑んだ口元にはほくろがあった。
「あれ?ほくろ……」
兎々子もなにかに気づいたようだった。
そして、花嫁が通り過ぎると、その後ろを歩いていた黒留袖の女が俺に小さく頭を下げたのが分かった。
俺も黙って会釈する。
こちらの方は目元にほくろがあった。
二人はほくろ以外はそっくりでまるで対のようだった。
ぞろぞろと黒の留袖を着た女や紋付袴の男が俺と兎々子の前を通りすぎていく。
俺達は邪魔にならないように石段の下で待った。
兎々子はきれーいとか、すごーいとか、のんきなことを言っていたが、気づいているのだろうか。
雨だというのに着物には雨の雫がつかず、濡れていないということを。
行列の一番後ろには嫁入り道具を背負った者達ついてくる。
動きやすいように和傘ではなく、頭に唐笠をかぶっていた。
「花嫁さん、すごく綺麗ね」
「そうだな」
行列の後ろにつき、俺と兎々子は社殿に向かう石段をのぼった。
雨に濡れた石段をのぼりきったところに白い装束を着た有浄が立っていた。
いつもは洋装で胡散臭い有浄も神主らしい服装をするとちゃんとした神主に見えた。
「有浄さん。長くお世話になりました」
花嫁が深々と頭を下げた。
「世話になったのはこっちのほうだよ。今までありがとう」
「心にもないことをおっしゃって」
「本心だよ」
有浄は白無垢の花嫁の前を歩き、社殿の中へと誘う。
いつになく、有浄は優しい顔で俺も兎々子も社殿の中へ入ってはいけないような気がして、社殿前で待っていた。
行列が吸い込まれるように社殿の中へと消えていく。
花嫁衣装のような淡い白の光がふわりと浮いて、真昼の月のように明るい光の中に溶けてなくなった。
「どうか幸せに」
有浄が花嫁にかけた最後の言葉もどこか淡く、そして雨と共に消えた。
晴れた空は変わらぬ青空のまま。
まるで短い夢を見ていたようだった。
「あれ? 花嫁さん達はどこ?」
きょろきょろと兎々子があたりを探していたが、有浄がそんな兎々子を見て笑って答えた。
「もう行ってしまったよ」
名残惜しげに有浄は社殿のほうを眺めていたが、そこには緑の榊の葉が青々としているのが見えただけで、影も形も残っていなかった。
「ずいぶんと人間らしい花嫁行列だったな」
「そうならざる得ないのだろうね。だんだん、あやかし達は住みにくい時代になってきた。本当の姿を偽って人の姿を装うか、俺達が住む世界とは別の向こう側へ行ってしまうか―――もしくは消えるかだ」
そう言った有浄の顔が少しだけ寂しそうに見えた。
「今以上にこれからは人なのか、あやかしなのか、わからなくなるだろうな。人もあやかしも境目が曖昧になっていく」
俺にはわからない感覚だが、有浄にはわかるのだろう。
「そうか。有浄。これ、返しておく」
もういいだろうと俺は狐面を外した。
有浄に狐面を渡そうとしたけれど、受け取らなかった。
「それは安海と兎々子のものだ。持っているといい。あちら側にひきずりこまれないようにお守りとして必要だろうから」
「お前が持っていたほうがいいんじゃないか? あやしい奴らと付き合いが多いからな」
「俺はあやかしと人の橋渡し役だ。あちら側にはいかないよ。陰陽師だからね」
あやかしと人間の橋渡し役だから陰陽師か。
やれやれと俺は頭をかいた。
「安海が作ったお祝い饅頭をとても喜んでいたよ」
「そりゃよかった」
有浄はさらさらと装束の衣擦れの音をさせて近寄ると、兎々子に饅頭を渡した。
「有浄さん。食べていいの?」
「いいよ」
兎々子が箱をあけると紅白の薯蕷饅頭が出てきた。
「かわいい! 狐のお饅頭ね」
狐の形をした饅頭に焼き印で狐の顔を描いた。
二匹の狐の顔にはほくろがひとつずつ。
口元と目元にほくろがある狐。
「お饅頭の皮がもっちりしていておいしーい!」
「滑らかなこしあんだね。口当たりがいい」
俺達は昔と同じように境内に並んで座り、饅頭を頬張った。
「それにしても、安海。よくわかったなぁ」
「お前の神社って言うから、思い出したんだよ。ほくろがある狐をな」
「たっ、たいへん! 有浄さん、狛犬がひとつしかないんだけどっ!」
空白の台座が寒々しい。
「そうなんだ。新しく探さないとね」
嫁にいっちゃったからなぁと有浄が頬をかいた。
残された狐の狛犬の目元にはほくろがひとつ。
黒留袖の女性と同じ場所にほくろがあった。
「うーん。さすがに一体だけじゃ、いろいろと厳しいな」
俺もその言葉にうなずいた。
狐でも狛犬と呼ぶ―――つまり。
「狛犬だけに困ったな」
有浄と兎々子がまた冷たい目で俺をみた―――笑えよ。
相変わらず、くだらない冗談には厳しい二人だ。
「さて、帰って昼寝でもするか」
「今日も『千年屋』は休みか」
「明日もだ。しばらく働くつもりはない!」
「正々堂々と休業宣言するなよ」
俺は空を見上げてあくびをひとつした。
空がだんだんと青さを増す。
八十八夜がすぎ、狐の嫁入りも終わると、夏が近づく。
そんな初夏の訪れを知らせるような青い空にはくっきりとした綺麗な虹がかかっていた。
【第一話 狐の嫁入り~お祝いまんじゅう~ 了】
【第二話 薬狩りの月~緑葉の菓子~ 続 】
弱い雨が傘を叩く音がした。
コウモリ傘とは違う和傘にあたる雨の音はどこか懐かしく耳に心地いい。
「安海ちゃん、どうして雨が降るってわかったの?」
「ちょっとな」
どうせ説明したところで兎々子は怪談だの、幽霊だのと大騒ぎするに決まっている。
「あっ! 見て。花嫁さんがきたよ」
兎々子が指差したほうから、紋付き袴と黒留袖、後方には嫁入り道具を担いだ唐笠の一団が続く。
立派な嫁入り行列がやってきた。
普通の嫁入り行列に見えるが、ゆっくりとその行列は進み、足の重さを感じさせない。
俺達の前を通りすぎ、石段を一段一段のぼっていく。
目の前にはたくさんの和傘が広がり、傘の上で雨が踊る。
「わぁー! 素敵!
兎々子のはしゃいだ声に気付いたのか、白無垢姿の花嫁がこちらに顔を向け、和傘の下で俺と兎々子に微笑んだ。
微笑んだ口元にはほくろがあった。
「あれ?ほくろ……」
兎々子もなにかに気づいたようだった。
そして、花嫁が通り過ぎると、その後ろを歩いていた黒留袖の女が俺に小さく頭を下げたのが分かった。
俺も黙って会釈する。
こちらの方は目元にほくろがあった。
二人はほくろ以外はそっくりでまるで対のようだった。
ぞろぞろと黒の留袖を着た女や紋付袴の男が俺と兎々子の前を通りすぎていく。
俺達は邪魔にならないように石段の下で待った。
兎々子はきれーいとか、すごーいとか、のんきなことを言っていたが、気づいているのだろうか。
雨だというのに着物には雨の雫がつかず、濡れていないということを。
行列の一番後ろには嫁入り道具を背負った者達ついてくる。
動きやすいように和傘ではなく、頭に唐笠をかぶっていた。
「花嫁さん、すごく綺麗ね」
「そうだな」
行列の後ろにつき、俺と兎々子は社殿に向かう石段をのぼった。
雨に濡れた石段をのぼりきったところに白い装束を着た有浄が立っていた。
いつもは洋装で胡散臭い有浄も神主らしい服装をするとちゃんとした神主に見えた。
「有浄さん。長くお世話になりました」
花嫁が深々と頭を下げた。
「世話になったのはこっちのほうだよ。今までありがとう」
「心にもないことをおっしゃって」
「本心だよ」
有浄は白無垢の花嫁の前を歩き、社殿の中へと誘う。
いつになく、有浄は優しい顔で俺も兎々子も社殿の中へ入ってはいけないような気がして、社殿前で待っていた。
行列が吸い込まれるように社殿の中へと消えていく。
花嫁衣装のような淡い白の光がふわりと浮いて、真昼の月のように明るい光の中に溶けてなくなった。
「どうか幸せに」
有浄が花嫁にかけた最後の言葉もどこか淡く、そして雨と共に消えた。
晴れた空は変わらぬ青空のまま。
まるで短い夢を見ていたようだった。
「あれ? 花嫁さん達はどこ?」
きょろきょろと兎々子があたりを探していたが、有浄がそんな兎々子を見て笑って答えた。
「もう行ってしまったよ」
名残惜しげに有浄は社殿のほうを眺めていたが、そこには緑の榊の葉が青々としているのが見えただけで、影も形も残っていなかった。
「ずいぶんと人間らしい花嫁行列だったな」
「そうならざる得ないのだろうね。だんだん、あやかし達は住みにくい時代になってきた。本当の姿を偽って人の姿を装うか、俺達が住む世界とは別の向こう側へ行ってしまうか―――もしくは消えるかだ」
そう言った有浄の顔が少しだけ寂しそうに見えた。
「今以上にこれからは人なのか、あやかしなのか、わからなくなるだろうな。人もあやかしも境目が曖昧になっていく」
俺にはわからない感覚だが、有浄にはわかるのだろう。
「そうか。有浄。これ、返しておく」
もういいだろうと俺は狐面を外した。
有浄に狐面を渡そうとしたけれど、受け取らなかった。
「それは安海と兎々子のものだ。持っているといい。あちら側にひきずりこまれないようにお守りとして必要だろうから」
「お前が持っていたほうがいいんじゃないか? あやしい奴らと付き合いが多いからな」
「俺はあやかしと人の橋渡し役だ。あちら側にはいかないよ。陰陽師だからね」
あやかしと人間の橋渡し役だから陰陽師か。
やれやれと俺は頭をかいた。
「安海が作ったお祝い饅頭をとても喜んでいたよ」
「そりゃよかった」
有浄はさらさらと装束の衣擦れの音をさせて近寄ると、兎々子に饅頭を渡した。
「有浄さん。食べていいの?」
「いいよ」
兎々子が箱をあけると紅白の薯蕷饅頭が出てきた。
「かわいい! 狐のお饅頭ね」
狐の形をした饅頭に焼き印で狐の顔を描いた。
二匹の狐の顔にはほくろがひとつずつ。
口元と目元にほくろがある狐。
「お饅頭の皮がもっちりしていておいしーい!」
「滑らかなこしあんだね。口当たりがいい」
俺達は昔と同じように境内に並んで座り、饅頭を頬張った。
「それにしても、安海。よくわかったなぁ」
「お前の神社って言うから、思い出したんだよ。ほくろがある狐をな」
「たっ、たいへん! 有浄さん、狛犬がひとつしかないんだけどっ!」
空白の台座が寒々しい。
「そうなんだ。新しく探さないとね」
嫁にいっちゃったからなぁと有浄が頬をかいた。
残された狐の狛犬の目元にはほくろがひとつ。
黒留袖の女性と同じ場所にほくろがあった。
「うーん。さすがに一体だけじゃ、いろいろと厳しいな」
俺もその言葉にうなずいた。
狐でも狛犬と呼ぶ―――つまり。
「狛犬だけに困ったな」
有浄と兎々子がまた冷たい目で俺をみた―――笑えよ。
相変わらず、くだらない冗談には厳しい二人だ。
「さて、帰って昼寝でもするか」
「今日も『千年屋』は休みか」
「明日もだ。しばらく働くつもりはない!」
「正々堂々と休業宣言するなよ」
俺は空を見上げてあくびをひとつした。
空がだんだんと青さを増す。
八十八夜がすぎ、狐の嫁入りも終わると、夏が近づく。
そんな初夏の訪れを知らせるような青い空にはくっきりとした綺麗な虹がかかっていた。
【第一話 狐の嫁入り~お祝いまんじゅう~ 了】
【第二話 薬狩りの月~緑葉の菓子~ 続 】
1
お気に入りに追加
561
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
京都かくりよあやかし書房
西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。
時が止まった明治の世界。
そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。
人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。
イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。
※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。
【2章完結】あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~
椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。
あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。
特異な力を持った人間の娘を必要としていた。
彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。
『これは、あやかしの嫁取り戦』
身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ――
※二章までで、いったん完結します。
神様の学校 八百万ご指南いたします
浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
八百万《かみさま》の学校。
ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。
1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。
来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:
※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる