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第二話 薬狩りの月~緑葉の菓子~
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店に戻ると、(気が向けば)明日作る予定だった柏餅の材料が届いていた。
他にも小豆や砂糖などが揃えられ、勝手口から入ってすぐの土間にある木の台の上に置いてあった。
配達をしてくれるのは祖父の代から付き合いのある仕入れ専門の業者で、大抵の材料は頼めば揃えてくれるので助かっていた。
ただし、お代はキッチリとっていく。
割引なし。
時は金なりと言うくらいの金の亡者。
仕入れ先の好きな言葉は『地獄の沙汰も金次第』。
結局、金だよ。
もしかして俺の周りの人間はろくでもない奴しかいないんじゃないのか?
「お、明日は柏餅か。やる気があってなにより。柏餅も楽しみだな」
ろくでもない奴代表が近づいてきた。
すでに食べる気でいる有浄に俺は苦笑した。
役に立ったのか、立たなかったのかわからない狐面を外し、棚に置く。
入らずの森にいたせいか、俺が和菓子をちゃんと作るかどうか狐面に見張られているような気がした。
そんなわけないのだが。
白い襷をかけ、しっかりと結ぶ。
工場の中は明るい。
色や細工がしっかり見えるよう窓を多く入れていた。
その結霜硝子の窓から明るい午後の光が差し込んでいた。
霜がはったような歪みのある硝子をすり抜けた光がゆらゆらと手元を照らす。
木の籠から、青い葉を取り出し、光が揺れる水の中で綺麗に洗った。
ほんのり甘くするために真っ白な餅粉と上新粉、砂糖を混ぜ合わせる。
混じりけのない白い粉が指の隙間がさらさらとこぼれていった。
そこへぬるま湯を加え、粉を混ぜ、粽の生地を作る。
耳たぶくらいの柔らかさになったものを笹の葉に包む。
「器用だなぁ」
イグサをつかい、くるくると笹の葉を巻いていると有浄がそんな感想を言ってきた。
今日も何が楽しいのか工場の入口あたりで俺の作業を眺めていた。
「器用というより、慣れだな」
簡単そうに見える粽の巻き加減だが、これがなかなか難しい。
緩く巻くとほどけてしまうし、きつく巻くと蒸した時に中身が出てしまう。
じいさんはイグサを巻くのもほどんど手元を見ないでやっていた。
幼い俺とおしゃべりをしながらでも巻くことができた。
それを考えると俺はまだまだなのだが、有浄には職人の技に見えるらしい。
有浄は入るなと俺が言ったのを律儀に守っていた。
茶の間で休んでいればいいものをなにが楽しいのか、大抵、俺が作っているのを眺めている。
巻き終わった粽を木の蒸籠に並べた。
木の蒸籠で蒸すと、木の香りが混じって香りがいい。
それがまた笹の葉と相まって素朴な白のもっちりとした粽を美味しいと思わせるのだ。
しばらくすると、白い湯気から青々しい笹の葉の香りが漂ってきた。
「緑の香りがする。毎年、『千年屋』の葉の菓子を食べるとこれから夏がやってくるんだなと思うんだよな」
「そうか」
和菓子は季節と関係が深い。
菓子ひとつで四季を表現する。
季節を分けた二十四節気、七十二候を基準として作られる。
明日作る柏餅は立夏の菓子で夏を知らせる菓子だ。
有浄が言うように木の蒸籠から笹の緑の香りがして、夏らしい気分になる。
「最近は家庭用の蒸し器が出回っているけど、やっぱり木の蒸籠がいいね」
「ああ。トタン製のご飯蒸しか。瓦斯コンロに使いやすいって評判のやつだろ?」
冷ご飯を温めるにはいいが、菓子作りの道具には不向きだ。
俺は木製の蒸籠を気に入っている。
じいさんが使っていた道具を変える勇気は俺にはまだない。
「そろそろだな」
木の蒸籠の蓋を開けると蓋のなかにたまっていた湯気が工場の中に広がった。
蒸し終わった粽を冷まし、五本ずつ束ねる。
これで完成だ。
束を掴んで有浄に差し出した。
「有浄。これ、あいつらの分」
あいつらと言われて、有浄はすぐに誰のことなのかわかったらしく目を細めて笑った。
「安海は優しいなぁ。そこがお前のいいところなんだけどな」
「お前がいつも迷惑をかけている迷惑料がわりだ。ちゃんと渡しておけよ」
「えっ!? 俺!?」
「他に誰がいる」
あやかしに共感するなんておかしいと思うだろう。
俺もそう思う。
日々、有浄に振り回される俺としてはつい同情してしまうのだ。
「なんだよ」
ぶつぶついいながら、有浄は茶の間に行った。
そして、茶箪笥から湯呑みを取り出し、勝手にお茶を入れる。
こいつといい兎々子といい、俺の家を把握しすぎなんだよ。
工場から粽を持って茶の間に入る。
「楽しみだ。このイグサをほどくのがまたワクワクするんだよな」
巻いたばかりのイグサをくるくると解いていく。
俺の苦労とはなんだったのか。
そんな気持ちになったが、白い粽が出てくると有浄が嬉しそうな顔でそれを食べているのを見て、まあいいかと思ってしまう。
「うんうん。初夏の味だ」
俺も一つ口にした。
笹の香りがする粽は確かに初夏の味がした―――
「店に粽を並べるか」
営業中の札に変え、店を開けた。
石畳の道を歩いていく人が足を止める。
「『千年屋』が開いているとは珍しいこともあるもんだ」
「はー、明日は雨かね。畑があるのに困ったねぇ」
そう言いながら、近所の人が粽を買っていく。
「もっと真面目に働きなさいよ」
そんな一言を添えて。
最後の一束になると店を閉めた。
「うん? 安海。それ、売らないのか?」
お茶を飲みながら、店先に有浄が出てきた。
「ああ。もうすぐ女学校が終わる時間だろ? たぶん、兎々子がやってくるからな」
「兎々子ちゃんの親父さん、甘いものが好きだよなあ」
「俺とお前の印象を少しでもよくしておかないとな」
なぜか、兎々子の父親は俺や有浄のことを目の敵にしているんだよな。
有浄ならともかく、俺のほうは善良な一市民だというのに納得がいかない。
「俺達ほどの善人はいないっていうのに失礼な話だよ」
「胡散臭い自称陰陽師のお前が警戒されるのはわかる。けど、俺は無害でまっとうな和菓子屋なのにな」
「うわ。自分だけいい奴になろうとしてるだろ!」
「あのな―――」
なろうとしているんじゃない。
お前と違って俺は常識を兼ね備えた一般人なんだよ!
そう言おうとした瞬間、店の前から俺を呼ぶ声がした。
「安海ちゃーん!」
俺の予想通り女学校帰りの兎々子が店の前に立っていた。
だが、さすが兎々子。
俺の予想を上回っていた。
兎々子は入らずの森から出られなくなった俺達を迎えに来た有浄に負けないくらいひどい格好をしていた。
顔に擦り傷を作り、頭に葉っぱをのせ、泥だらけ。
そして手には犬らしきものを抱えていた。
おいおい、なんだよ。
その犬だけど犬じゃない生き物は。
一難去ってまた一難。
俺の平和(昼寝)な時間はまだやってこないようだった。
【第二話 薬狩りの月~緑葉の菓子~ 了】
【第三話 犬の住処探し~味は違えど柏餅~ 続】
他にも小豆や砂糖などが揃えられ、勝手口から入ってすぐの土間にある木の台の上に置いてあった。
配達をしてくれるのは祖父の代から付き合いのある仕入れ専門の業者で、大抵の材料は頼めば揃えてくれるので助かっていた。
ただし、お代はキッチリとっていく。
割引なし。
時は金なりと言うくらいの金の亡者。
仕入れ先の好きな言葉は『地獄の沙汰も金次第』。
結局、金だよ。
もしかして俺の周りの人間はろくでもない奴しかいないんじゃないのか?
「お、明日は柏餅か。やる気があってなにより。柏餅も楽しみだな」
ろくでもない奴代表が近づいてきた。
すでに食べる気でいる有浄に俺は苦笑した。
役に立ったのか、立たなかったのかわからない狐面を外し、棚に置く。
入らずの森にいたせいか、俺が和菓子をちゃんと作るかどうか狐面に見張られているような気がした。
そんなわけないのだが。
白い襷をかけ、しっかりと結ぶ。
工場の中は明るい。
色や細工がしっかり見えるよう窓を多く入れていた。
その結霜硝子の窓から明るい午後の光が差し込んでいた。
霜がはったような歪みのある硝子をすり抜けた光がゆらゆらと手元を照らす。
木の籠から、青い葉を取り出し、光が揺れる水の中で綺麗に洗った。
ほんのり甘くするために真っ白な餅粉と上新粉、砂糖を混ぜ合わせる。
混じりけのない白い粉が指の隙間がさらさらとこぼれていった。
そこへぬるま湯を加え、粉を混ぜ、粽の生地を作る。
耳たぶくらいの柔らかさになったものを笹の葉に包む。
「器用だなぁ」
イグサをつかい、くるくると笹の葉を巻いていると有浄がそんな感想を言ってきた。
今日も何が楽しいのか工場の入口あたりで俺の作業を眺めていた。
「器用というより、慣れだな」
簡単そうに見える粽の巻き加減だが、これがなかなか難しい。
緩く巻くとほどけてしまうし、きつく巻くと蒸した時に中身が出てしまう。
じいさんはイグサを巻くのもほどんど手元を見ないでやっていた。
幼い俺とおしゃべりをしながらでも巻くことができた。
それを考えると俺はまだまだなのだが、有浄には職人の技に見えるらしい。
有浄は入るなと俺が言ったのを律儀に守っていた。
茶の間で休んでいればいいものをなにが楽しいのか、大抵、俺が作っているのを眺めている。
巻き終わった粽を木の蒸籠に並べた。
木の蒸籠で蒸すと、木の香りが混じって香りがいい。
それがまた笹の葉と相まって素朴な白のもっちりとした粽を美味しいと思わせるのだ。
しばらくすると、白い湯気から青々しい笹の葉の香りが漂ってきた。
「緑の香りがする。毎年、『千年屋』の葉の菓子を食べるとこれから夏がやってくるんだなと思うんだよな」
「そうか」
和菓子は季節と関係が深い。
菓子ひとつで四季を表現する。
季節を分けた二十四節気、七十二候を基準として作られる。
明日作る柏餅は立夏の菓子で夏を知らせる菓子だ。
有浄が言うように木の蒸籠から笹の緑の香りがして、夏らしい気分になる。
「最近は家庭用の蒸し器が出回っているけど、やっぱり木の蒸籠がいいね」
「ああ。トタン製のご飯蒸しか。瓦斯コンロに使いやすいって評判のやつだろ?」
冷ご飯を温めるにはいいが、菓子作りの道具には不向きだ。
俺は木製の蒸籠を気に入っている。
じいさんが使っていた道具を変える勇気は俺にはまだない。
「そろそろだな」
木の蒸籠の蓋を開けると蓋のなかにたまっていた湯気が工場の中に広がった。
蒸し終わった粽を冷まし、五本ずつ束ねる。
これで完成だ。
束を掴んで有浄に差し出した。
「有浄。これ、あいつらの分」
あいつらと言われて、有浄はすぐに誰のことなのかわかったらしく目を細めて笑った。
「安海は優しいなぁ。そこがお前のいいところなんだけどな」
「お前がいつも迷惑をかけている迷惑料がわりだ。ちゃんと渡しておけよ」
「えっ!? 俺!?」
「他に誰がいる」
あやかしに共感するなんておかしいと思うだろう。
俺もそう思う。
日々、有浄に振り回される俺としてはつい同情してしまうのだ。
「なんだよ」
ぶつぶついいながら、有浄は茶の間に行った。
そして、茶箪笥から湯呑みを取り出し、勝手にお茶を入れる。
こいつといい兎々子といい、俺の家を把握しすぎなんだよ。
工場から粽を持って茶の間に入る。
「楽しみだ。このイグサをほどくのがまたワクワクするんだよな」
巻いたばかりのイグサをくるくると解いていく。
俺の苦労とはなんだったのか。
そんな気持ちになったが、白い粽が出てくると有浄が嬉しそうな顔でそれを食べているのを見て、まあいいかと思ってしまう。
「うんうん。初夏の味だ」
俺も一つ口にした。
笹の香りがする粽は確かに初夏の味がした―――
「店に粽を並べるか」
営業中の札に変え、店を開けた。
石畳の道を歩いていく人が足を止める。
「『千年屋』が開いているとは珍しいこともあるもんだ」
「はー、明日は雨かね。畑があるのに困ったねぇ」
そう言いながら、近所の人が粽を買っていく。
「もっと真面目に働きなさいよ」
そんな一言を添えて。
最後の一束になると店を閉めた。
「うん? 安海。それ、売らないのか?」
お茶を飲みながら、店先に有浄が出てきた。
「ああ。もうすぐ女学校が終わる時間だろ? たぶん、兎々子がやってくるからな」
「兎々子ちゃんの親父さん、甘いものが好きだよなあ」
「俺とお前の印象を少しでもよくしておかないとな」
なぜか、兎々子の父親は俺や有浄のことを目の敵にしているんだよな。
有浄ならともかく、俺のほうは善良な一市民だというのに納得がいかない。
「俺達ほどの善人はいないっていうのに失礼な話だよ」
「胡散臭い自称陰陽師のお前が警戒されるのはわかる。けど、俺は無害でまっとうな和菓子屋なのにな」
「うわ。自分だけいい奴になろうとしてるだろ!」
「あのな―――」
なろうとしているんじゃない。
お前と違って俺は常識を兼ね備えた一般人なんだよ!
そう言おうとした瞬間、店の前から俺を呼ぶ声がした。
「安海ちゃーん!」
俺の予想通り女学校帰りの兎々子が店の前に立っていた。
だが、さすが兎々子。
俺の予想を上回っていた。
兎々子は入らずの森から出られなくなった俺達を迎えに来た有浄に負けないくらいひどい格好をしていた。
顔に擦り傷を作り、頭に葉っぱをのせ、泥だらけ。
そして手には犬らしきものを抱えていた。
おいおい、なんだよ。
その犬だけど犬じゃない生き物は。
一難去ってまた一難。
俺の平和(昼寝)な時間はまだやってこないようだった。
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