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第三話 犬の住処探し~味は違えど柏餅~

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安海やすみちゃーん!安海ちゃーん」

店先で何度も俺を呼ぶ兎々子ととこの声にしぶしぶ硝子戸を開けた。
石畳の道を行き交う人の視線が痛い。

「あらやだ。安海ちゃんと兎々子ちゃん。痴話ちわげんか?」

「二人とも仲良くね」

兎々子のでかい声のせいで噂好きな近所のおばちゃん達が集まってきた。
くそ!
こうやって、俺の悪評が兎々子の父親にまで広がるんだよ!
誤解だと何度否定したことか。
だが、俺の弱々しい否定など、おばちゃん達の前では否定していないことと同じ。
おかしなことに近所のおばちゃん達は俺がなにを言ってもまったく話を聞いてくれないのだ。

「やっと店を開けたと思ったら、もう閉店?」

「たまには一日開いているところを見たいねぇ」

「いや、あの……」

「私達は心配しているんだよ」

「そうそう。親も上海に行ってしまって、この店にいるのはあんた一人」

「ちゃんと暮らしているか親の代わりに見張ってるんだよ」

見張らなくていい。
うっかり言い返しそうになってやめた。
話が長くなってしまう。
だいたい俺が近所のおばちゃん達に勝てた試しがない。
悲しいことに連戦連敗。
しかも、だんだん近所の人達が一人、また一人と集まって来た。
このまま放っておくと、『近所のおばちゃん』が増殖し、最終的に『世話焼きなおばちゃん』へと進化して俺にどこぞのお嬢さんがいいからお見合いしろと言い出しかねない。
最悪、いきなり相手を連れてくる。
焦る俺―――そうだ、俺の助けとなるものはないか!?
バッと茶の間のほうを振り向き有浄ありきよの姿を探した。
有浄は君子危うきに近寄らずとばかりに茶の間から顔だけのぞかせて出てこなかった。
あやかしにはあんな強気なくせにおばちゃん達には弱気な有浄。
どういういことだよ……
おばちゃん達はあやかしより危険な存在なのか?
有浄すら寄せ付けないおばちゃん達は俺にいつもの攻撃を仕掛けてきた。

「いいかい。安海ちゃん。ぼんやりしてちゃだめだよ」

「そこの小間物屋に嫁が来たのよ。安海ちゃんもいい歳でしょう。お嫁さんをもらわないとね」

「そうそう。一之森いちのもり神社の有浄さんとばかり遊んでいてもお嫁さんはやってこないんだから」

だめだ、強敵すぎる。
俺は敗北を認め、ぺこりと会釈をして兎々子に向き直った。
とりあえず、兎々子と会話すれば、無駄に気を利かせたおばちゃん達は去っていく。
何度か繰り返した攻防戦で俺は学んでいた。

「えーと、そうだな。兎々子。なにか用か?」

「見て。安海ちゃん。犬を拾ったの」

犬ね……
思わず苦笑した。

「俺の目には新種の生き物にしか見えない。よって、元の場所に戻してこい」

「えー? 目が悪くなったんじゃない?」

「そんなわけあるか! 虫食いの小豆を瞬時に見分けられるくらい俺の視力は健全だ!」

犬らしき生き物を手にした兎々子を店の中へ入れまいとして、店の出入り口にドンッと立ちふさがり、兎々子の行く手を阻んだ。
そんな俺を兎々子は見上げて、ずいっと手に抱えていた犬モドキを俺の鼻先に押し付けた。
ふわふわした白い毛に赤い目。
鋭い爪と牙―――これが犬?
俺と目が合うと犬モドキは威嚇するように唸り声をあげ、牙を見せた。

「兎々子。こいつはかなり狂暴な生物だぞ。早く捨ててこい」

そう俺が兎々子に言うと犬モドキがガウッと俺に噛みつこうとした。
その瞬間、ピシャッと硝子戸を閉めてやった。
即決即断、迷いなし。
あれは敵だ。
間違いない。
有浄の役に立っているか、いないかわからない菖蒲しょうぶ飾りよ。
今こそ、俺を守ってくれ。

「えええええ!? 安海ちゃーん! どうして閉めたの?」

硝子戸の前でぴょんぴょんと跳ねている兎々子。
髪につけた大きな赤いリボンが揺れていた。

「開けてよー」

「誰が開けるか、入れるか、お断りだ!」

拒否三連発発言をし、店の戸が開かないように手で押さえた。
本気の俺を見よ。
いざとなれば、これほどまでに冷酷に振舞えるのだ。
そして、頭の中にお断り文をいくつか思い浮かべる。
ここからが肝心だ。
うまく断らないとまたロクでもないことになるのは目に見えている。
よし! 俺の家業を理由にしよう。
これなら、奴も入ってこれないはずだ(必死)。

「悪いが、『千年屋ちとせや』は食べ物を取り扱ってる。衛生上、生き物を店の中に入れるわけにはいかない」

「そんなー!」

半泣きの兎々子に少しだけ心が揺れたが、だめだ、だめだ!
いつもそうやって、俺の情に訴えて面倒事に巻き込んでいくんだ。
兎々子だけじゃない。
有浄もだ!
俺は日々学んでいるんだ。
今日もしっかり学んだ。
見ろ、このちまきを!
有浄に巻き込まれた結果、作られた粽だぞ。

「安海。兎々子ちゃんに粽をあげるんじゃなかったっけ?」

有浄に言われ、思い出した。
犬モドキのせいですっかり忘れていた。

「ああ……そういえば、そうだったな」

ほんの少しだけ硝子戸を開けて粽を隙間から差し出した。

「おい、兎々子。これをやるからおとなしく帰れ」

「ひ、ひどっー!」

腕の中の犬はワンワンッと吠えた。
なんだ、こいつ。
兎々子に懐いてやがる。
しかも、犬の真似をしている。

「なあ、兎々子。その犬、どこで拾った?」

「女学校の近くの神社が取り壊されていて、ちょうどその前で拾ったの」

俺はほんの少しだけ開いていた戸をぴっちり閉めた。
もう隙間すらないくらいに。
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