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第3章
17 あなたの正体は?
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『頼もうっ!』
「聞こえてます」
聞こえてないと思ったのか、二度目の大きな声が響く。
私が会話をするのを見て、侍従は驚いていた。
「むう。各国の要人を出迎え、語学に堪能な自分でもわからない言語を話されるとは……。さすが、ハンバーグ!」
――そこは『サーラ元妃』でもいいんですよ?
侍従はハンバーグがよほど気に入ったのか、まるで私の名前みたいになっている。
『我の名はシエル。店主に用がある』
すごく偉そうな態度だけど、それが許される空気がある。
やはり、シエルさんはどこかの王族なのかもしれない。
「なんでしょう? 私でお役に立てるのでしたら、ご用件をお聞きします」
『市場で店を出しているだけあって、流通には詳しいのであろう?』
「私は最近、店を出したばかりなので、フランのほうが詳しいかもしれません」
王宮で働いていたフランは、いろいろな雑用をこなしていた。
けれど、フランは彼の言葉がわからないようで、慌てていた。
「サーラ。なにを言ってるかわからないよ。言葉がが通じないんじゃ説明できないって!」
「ぼくもわからないです」
フランとラーシュも聞いたことがない言語のようだ。
それは向こうも同じらしい。
『からあげを買う時は、身振り手振りでなんとかなったが、会話は難しいようだな。しかし、なぜお前だけが話せる?』
「えーと、特殊な体質で……」
体質というより、特殊なのは魂と言ったほうがいいのかもしれない。
シエルさんと話せるのは、私だけのようだ。
『ふむ、そうか。しかし、店主が詳しくないのであれば、誰にも聞けんか。たかが六百年の間に言葉が通じなくなるとはな』
――うん? たかが六百年?
その六百年という数字が引っかかった。
私が数字について考えていると、朝食を食べ終えた侍従が、席から立ち上がった。
「なるほど。サーラ様はあのような異国のお客様から、この素晴らしい料理を学んでいらっしゃるのですか」
「え? ええ……まあ」
嘘をついてしまい、気まずく思いながらも私は返事をする。
私の呼び方が『サーラ元妃』から『サーラ様』に変化しており、侍従は料理に魅入られ、すっかり上機嫌だ。
「侍従という仕事上、異国の言葉に詳しいつもりでしたが、まったくわかりませんな。サーラ様を侮っておりました」
「は、はあ……」
「仕事の邪魔になってはいけませんから、王宮へ帰ります。ルーカス様にはサーラ様が贈り物を遠慮されていたとお伝えし、贈り物をお返しいたします。……朝食のお礼に」
――これはまた朝食を食べに来ますね。
けれど、これでルーカス様の贈り物攻撃が止まってくれるなら助かる。
「あ、そうです! よろしかったら、王宮の方々もどうぞ。こちらはお祭りの案内です」
ラーシュが作ってくれたお祭りのチラシを侍従に渡す。
「お祭り?」
「はい。新しい市場で週に一回、お祭りを開催します」
「ほう。週に一回ですか」
私はうなずいた。
王都の名所になるためには見どころが必要だった。
けれど、お祭りをやるにはコストがかかる。
どれだけの利益が出るか、やってみなくてはわからない。
とりあえず、週一回の特売日の感覚でやろうという話になった。
「ふだんとは少し違う美味しいものもご用意してます」
断るかなと思ったけれど、侍従はすんなりチラシを受け取った。
「ほう。美味しいものですか。む? 夜にお祭りとは暗くありませんかな?」
「ご心配なく。夜だからこそ楽しめるお祭りにするつもりです」
「ははは。広場に火でも焚くつもりでしょうが、火元にはお気をつけください」
笑いながら、侍従は胸ポケットにチラシを仕舞った。
「では、失礼しますよ」
心強い味方ができたと思う。
ルーカス様付きの侍従はベテランで、この先きっとうまく取り計らってくれるだろう。
侍従は返品された大量の贈り物を馬車に積み、帰っていった。
少し静かになったけど、問題はシエルさんだ。
シエルさんは元気がないように見え、なにか悩んでいるようだった。
「よかったら、シエルさんもハンバーグをどうぞ」
『食べている場合ではない』
フランが温め直したハンバーグを持ってきて、テーブルの上に置いた。
肉の上から、とろっとしたチーズが皿に流れ落ちていく。
シエルさんはそれを見て、ぐうううっと大きなお腹の音を鳴らした。
「なんだ!? 今のは獣の雄叫び?」
「もしかしたら、魔獣が近くにいるんでしょうか?」
フランとラーシュがお腹の音に驚き、きょろきょろ周りを見回している。
――シエルさんは人の形をしてるけど、人ではないですね。お腹の音は、体の大きさを隠せません。
私は彼の正体に気づきつつ、お腹を空かせているシエルさんに言った。
「ソースをたっぷりかけて、パンにはさむと美味しいんですよ。これはハンバーガーという食べ物です」
サラダの残りとソースたっぷりのハンバーグをパンに挟む。
『ハンバーガー?』
シエルさんはお礼を言って、ハンバーガーを受け取った。
『むっ! これはからあげとは違うが、とてもうまい』
「そうでしょう? 肉の中に半熟卵を包んでも美味しいんですよ」
『まさか、その卵。竜の卵ではないだろうな?』
「シエルさんは面白いですね。竜の卵って大きいでしょう? そんなの絶対、食べられませんって!」
――でも、たくさんの卵料理が作れそうですね。
オムレツ、だし巻き卵、カツ丼――私の好きなものを思い浮かべ、うっとりしているとシエルさんから疑惑の眼差しを向けられていた。
「あっ! 竜の卵はまだ食べてませんよ? 私が好きなのは鶏の卵ですし」
『まだ?』
なにか事情があるようで、シエルさんはさっきから卵に過剰な反応を示している。
「サーラ。竜の卵を探してるのなら、それは表には出ないよ」
フランが竜の卵について教えてくれた。
「そもそも竜の巣に入るのは重罪だし下手したら死刑だ。竜の鱗一枚だって売買してるのがバレたら捕まるよ」
「そうだったんですか……」
「だから、もし竜の卵があるとするなら、闇市場で取引されると思う」
フランの口から、竜の巣という単語が出てきて、リアムが向かったのも竜の巣だということを思い出した。
――シエルさんが卵にこだわる理由と竜の巣が騒がしいことの二つ。この二つは、なにか関係しているのでしょうか?
「シエルさん。もしかして、竜の卵を探しているんですか?」
『行方を知っているのか!?』
「いえ。知りませんが、竜の巣が騒がしいと聞いていたので、なにか関係しているのではと思いました」
シエルさんはうなずく。
『竜の巣に忍び込んだ不届き者がいてな。卵を盗まれてしまったのだ』
「竜の卵が盗まれたせいで、竜の巣が騒がしかったんですね」
私がそう言うと、ラーシュとフランが驚いた。
「師匠。竜の巣へ入り、卵を盗むのは簡単なことじゃありません。近衛騎士団であっても……」
「そんな危険なことを誰がやったんだ?」
――フォルシアン公爵家。
私の頭に浮かんだのは、危険な場所へ行くのに余裕たっぷりだったへレーナの姿である。
六百年の間に竜の大群と戦った記憶が薄れ、生まれた慢心。
今のフォルシアン公爵家は昔とは違う。
『心当たりがあるようだな』
「確証がないので言えません。間違っていたら、大事になりますから」
『それもそうだ。だが、どんな些細な手がかりでもいい。教えてもらいたい』
食事をしている余裕もないほど、探し回っていたシエルさんの気持ちを考えたら、言うべきなのだと思う。
けれど、シエルさんに言えなかった。
シエルさんがどういう行動にでるかわからないからだ。
そして、気になっていることがひとつある。
竜の巣へ入ることでさえ、重罪だというのに卵を盗んだらどうなるか、フォルシアン公爵が知らないわけがない。
四大公爵家のひとつであるフォルシアン公爵家。
自分たちに罪が及ばないよう考えてあるはず。
――命じた人間にすべての罪を着せ、フォルシアン公爵は逃げきるつもりですね。
そして、卵を盗んだ相手を竜族が恨み、争わせるとするなら、それはヴィフレア王国の人間ではない。
つまり――
「もしかして、獣人にやらせたのか?」
フランは青ざめた顔で言った。
「わかりませんが、耳も嗅覚も優れた獣人なら、竜の巣に忍び込んで、卵を持ち出せるかもしれません」
フランが動揺し、心配するのには理由がある。
まだフランのお父さんとお兄さんの行方がわからないのだ。
傭兵ギルドに探してもらえるよう頼んでいたけど、なかなか見つからずにいる。
――フォルシアン公爵が腕利きの奴隷を集めていたら?
奴隷商人に口止めし、存在を隠している可能性がある。
存在しないのであれば、買われた奴隷がどんな死に方をしても、どこからも文句が出ないからである。
――傭兵や奴隷に戦わせ、最終的には獣人がお金欲しさに竜の卵を盗んだと言って逃げ切るつもりでしょうね。
この一件が終われば、竜との戦いで勝利したと宣言し、フォルシアン公爵家は英雄扱い。
王家はフォルシアン公爵家に報いるため、リアムとヘレーナの結婚を考える。
裏では、竜族と獣人たちを争わせておく。
消耗した二つの種族をリアムが滅ぼす――フォルシアン公爵の筋書きが見えた。
「サーラ……。おれ、父さんと兄さんを探しに行きたい。父さんと兄さんじゃなくても、利用された獣人を助けたい!」
フランの声が震えていた。
利用されたフランだからこそ、その気持ちが痛いほどわかる。
けれど、探すなら王都の外に出なくてはならない。
「私が王都の外へ出られるかどうか……」
「おれだけでも行く!」
「危険です。フランが行くのなら、私も一緒に行きます」
私とフランのやりとりを聞いていたラーシュが提案する。
「師匠。傭兵ギルドに頼んで助けてもらえないでしょうか?」
「それも考えましたが、私が傭兵を雇い、フォルシアン公爵領に入れば、アールグレーン公爵家が他の公爵に兵を向けたことになります」
「あ……」
私は勘当されたけれど、血筋は政治的に敵対するアールグレーン公爵家。
四大公爵家同士の争いの火種になりかねない。
――だから、私が直接、王都の外へ行って、フォルシアン公爵を止めるしかない。
『さっきから、なにを話しているのだ? 卵について知っていることがあるのなら、教えてもらおうか』
シエルさんは私に心当たりがあるとわかり、低い唸るような声で言った。
目つきは鋭く、私をにらんで脅している。
「その前に聞きたいことがあります。シエルさんはいったい何者ですか?」
――まず、私が敵ではないと、わかってもらわなくてはなりません。
金髪に金の瞳を持ち、尊大な態度をとるシエルさん。
私の予想が正しければ、彼は人ではない。
『我は竜。竜族族長の息子、六百年あまりを生きる金の竜である』
やはり、シエルさんの正体は竜――それも六百年以上も生きた竜だった。
「聞こえてます」
聞こえてないと思ったのか、二度目の大きな声が響く。
私が会話をするのを見て、侍従は驚いていた。
「むう。各国の要人を出迎え、語学に堪能な自分でもわからない言語を話されるとは……。さすが、ハンバーグ!」
――そこは『サーラ元妃』でもいいんですよ?
侍従はハンバーグがよほど気に入ったのか、まるで私の名前みたいになっている。
『我の名はシエル。店主に用がある』
すごく偉そうな態度だけど、それが許される空気がある。
やはり、シエルさんはどこかの王族なのかもしれない。
「なんでしょう? 私でお役に立てるのでしたら、ご用件をお聞きします」
『市場で店を出しているだけあって、流通には詳しいのであろう?』
「私は最近、店を出したばかりなので、フランのほうが詳しいかもしれません」
王宮で働いていたフランは、いろいろな雑用をこなしていた。
けれど、フランは彼の言葉がわからないようで、慌てていた。
「サーラ。なにを言ってるかわからないよ。言葉がが通じないんじゃ説明できないって!」
「ぼくもわからないです」
フランとラーシュも聞いたことがない言語のようだ。
それは向こうも同じらしい。
『からあげを買う時は、身振り手振りでなんとかなったが、会話は難しいようだな。しかし、なぜお前だけが話せる?』
「えーと、特殊な体質で……」
体質というより、特殊なのは魂と言ったほうがいいのかもしれない。
シエルさんと話せるのは、私だけのようだ。
『ふむ、そうか。しかし、店主が詳しくないのであれば、誰にも聞けんか。たかが六百年の間に言葉が通じなくなるとはな』
――うん? たかが六百年?
その六百年という数字が引っかかった。
私が数字について考えていると、朝食を食べ終えた侍従が、席から立ち上がった。
「なるほど。サーラ様はあのような異国のお客様から、この素晴らしい料理を学んでいらっしゃるのですか」
「え? ええ……まあ」
嘘をついてしまい、気まずく思いながらも私は返事をする。
私の呼び方が『サーラ元妃』から『サーラ様』に変化しており、侍従は料理に魅入られ、すっかり上機嫌だ。
「侍従という仕事上、異国の言葉に詳しいつもりでしたが、まったくわかりませんな。サーラ様を侮っておりました」
「は、はあ……」
「仕事の邪魔になってはいけませんから、王宮へ帰ります。ルーカス様にはサーラ様が贈り物を遠慮されていたとお伝えし、贈り物をお返しいたします。……朝食のお礼に」
――これはまた朝食を食べに来ますね。
けれど、これでルーカス様の贈り物攻撃が止まってくれるなら助かる。
「あ、そうです! よろしかったら、王宮の方々もどうぞ。こちらはお祭りの案内です」
ラーシュが作ってくれたお祭りのチラシを侍従に渡す。
「お祭り?」
「はい。新しい市場で週に一回、お祭りを開催します」
「ほう。週に一回ですか」
私はうなずいた。
王都の名所になるためには見どころが必要だった。
けれど、お祭りをやるにはコストがかかる。
どれだけの利益が出るか、やってみなくてはわからない。
とりあえず、週一回の特売日の感覚でやろうという話になった。
「ふだんとは少し違う美味しいものもご用意してます」
断るかなと思ったけれど、侍従はすんなりチラシを受け取った。
「ほう。美味しいものですか。む? 夜にお祭りとは暗くありませんかな?」
「ご心配なく。夜だからこそ楽しめるお祭りにするつもりです」
「ははは。広場に火でも焚くつもりでしょうが、火元にはお気をつけください」
笑いながら、侍従は胸ポケットにチラシを仕舞った。
「では、失礼しますよ」
心強い味方ができたと思う。
ルーカス様付きの侍従はベテランで、この先きっとうまく取り計らってくれるだろう。
侍従は返品された大量の贈り物を馬車に積み、帰っていった。
少し静かになったけど、問題はシエルさんだ。
シエルさんは元気がないように見え、なにか悩んでいるようだった。
「よかったら、シエルさんもハンバーグをどうぞ」
『食べている場合ではない』
フランが温め直したハンバーグを持ってきて、テーブルの上に置いた。
肉の上から、とろっとしたチーズが皿に流れ落ちていく。
シエルさんはそれを見て、ぐうううっと大きなお腹の音を鳴らした。
「なんだ!? 今のは獣の雄叫び?」
「もしかしたら、魔獣が近くにいるんでしょうか?」
フランとラーシュがお腹の音に驚き、きょろきょろ周りを見回している。
――シエルさんは人の形をしてるけど、人ではないですね。お腹の音は、体の大きさを隠せません。
私は彼の正体に気づきつつ、お腹を空かせているシエルさんに言った。
「ソースをたっぷりかけて、パンにはさむと美味しいんですよ。これはハンバーガーという食べ物です」
サラダの残りとソースたっぷりのハンバーグをパンに挟む。
『ハンバーガー?』
シエルさんはお礼を言って、ハンバーガーを受け取った。
『むっ! これはからあげとは違うが、とてもうまい』
「そうでしょう? 肉の中に半熟卵を包んでも美味しいんですよ」
『まさか、その卵。竜の卵ではないだろうな?』
「シエルさんは面白いですね。竜の卵って大きいでしょう? そんなの絶対、食べられませんって!」
――でも、たくさんの卵料理が作れそうですね。
オムレツ、だし巻き卵、カツ丼――私の好きなものを思い浮かべ、うっとりしているとシエルさんから疑惑の眼差しを向けられていた。
「あっ! 竜の卵はまだ食べてませんよ? 私が好きなのは鶏の卵ですし」
『まだ?』
なにか事情があるようで、シエルさんはさっきから卵に過剰な反応を示している。
「サーラ。竜の卵を探してるのなら、それは表には出ないよ」
フランが竜の卵について教えてくれた。
「そもそも竜の巣に入るのは重罪だし下手したら死刑だ。竜の鱗一枚だって売買してるのがバレたら捕まるよ」
「そうだったんですか……」
「だから、もし竜の卵があるとするなら、闇市場で取引されると思う」
フランの口から、竜の巣という単語が出てきて、リアムが向かったのも竜の巣だということを思い出した。
――シエルさんが卵にこだわる理由と竜の巣が騒がしいことの二つ。この二つは、なにか関係しているのでしょうか?
「シエルさん。もしかして、竜の卵を探しているんですか?」
『行方を知っているのか!?』
「いえ。知りませんが、竜の巣が騒がしいと聞いていたので、なにか関係しているのではと思いました」
シエルさんはうなずく。
『竜の巣に忍び込んだ不届き者がいてな。卵を盗まれてしまったのだ』
「竜の卵が盗まれたせいで、竜の巣が騒がしかったんですね」
私がそう言うと、ラーシュとフランが驚いた。
「師匠。竜の巣へ入り、卵を盗むのは簡単なことじゃありません。近衛騎士団であっても……」
「そんな危険なことを誰がやったんだ?」
――フォルシアン公爵家。
私の頭に浮かんだのは、危険な場所へ行くのに余裕たっぷりだったへレーナの姿である。
六百年の間に竜の大群と戦った記憶が薄れ、生まれた慢心。
今のフォルシアン公爵家は昔とは違う。
『心当たりがあるようだな』
「確証がないので言えません。間違っていたら、大事になりますから」
『それもそうだ。だが、どんな些細な手がかりでもいい。教えてもらいたい』
食事をしている余裕もないほど、探し回っていたシエルさんの気持ちを考えたら、言うべきなのだと思う。
けれど、シエルさんに言えなかった。
シエルさんがどういう行動にでるかわからないからだ。
そして、気になっていることがひとつある。
竜の巣へ入ることでさえ、重罪だというのに卵を盗んだらどうなるか、フォルシアン公爵が知らないわけがない。
四大公爵家のひとつであるフォルシアン公爵家。
自分たちに罪が及ばないよう考えてあるはず。
――命じた人間にすべての罪を着せ、フォルシアン公爵は逃げきるつもりですね。
そして、卵を盗んだ相手を竜族が恨み、争わせるとするなら、それはヴィフレア王国の人間ではない。
つまり――
「もしかして、獣人にやらせたのか?」
フランは青ざめた顔で言った。
「わかりませんが、耳も嗅覚も優れた獣人なら、竜の巣に忍び込んで、卵を持ち出せるかもしれません」
フランが動揺し、心配するのには理由がある。
まだフランのお父さんとお兄さんの行方がわからないのだ。
傭兵ギルドに探してもらえるよう頼んでいたけど、なかなか見つからずにいる。
――フォルシアン公爵が腕利きの奴隷を集めていたら?
奴隷商人に口止めし、存在を隠している可能性がある。
存在しないのであれば、買われた奴隷がどんな死に方をしても、どこからも文句が出ないからである。
――傭兵や奴隷に戦わせ、最終的には獣人がお金欲しさに竜の卵を盗んだと言って逃げ切るつもりでしょうね。
この一件が終われば、竜との戦いで勝利したと宣言し、フォルシアン公爵家は英雄扱い。
王家はフォルシアン公爵家に報いるため、リアムとヘレーナの結婚を考える。
裏では、竜族と獣人たちを争わせておく。
消耗した二つの種族をリアムが滅ぼす――フォルシアン公爵の筋書きが見えた。
「サーラ……。おれ、父さんと兄さんを探しに行きたい。父さんと兄さんじゃなくても、利用された獣人を助けたい!」
フランの声が震えていた。
利用されたフランだからこそ、その気持ちが痛いほどわかる。
けれど、探すなら王都の外に出なくてはならない。
「私が王都の外へ出られるかどうか……」
「おれだけでも行く!」
「危険です。フランが行くのなら、私も一緒に行きます」
私とフランのやりとりを聞いていたラーシュが提案する。
「師匠。傭兵ギルドに頼んで助けてもらえないでしょうか?」
「それも考えましたが、私が傭兵を雇い、フォルシアン公爵領に入れば、アールグレーン公爵家が他の公爵に兵を向けたことになります」
「あ……」
私は勘当されたけれど、血筋は政治的に敵対するアールグレーン公爵家。
四大公爵家同士の争いの火種になりかねない。
――だから、私が直接、王都の外へ行って、フォルシアン公爵を止めるしかない。
『さっきから、なにを話しているのだ? 卵について知っていることがあるのなら、教えてもらおうか』
シエルさんは私に心当たりがあるとわかり、低い唸るような声で言った。
目つきは鋭く、私をにらんで脅している。
「その前に聞きたいことがあります。シエルさんはいったい何者ですか?」
――まず、私が敵ではないと、わかってもらわなくてはなりません。
金髪に金の瞳を持ち、尊大な態度をとるシエルさん。
私の予想が正しければ、彼は人ではない。
『我は竜。竜族族長の息子、六百年あまりを生きる金の竜である』
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