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第3章

15 リアムの不在

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 ――リアムが竜族と戦えば、六百年前の戦いが再び始まってしまう。

 いくら死神だとか冥府の申し子とか、恐ろしい名で呼ばれるリアムでも竜の大群は
 対処しきれない……はず。

「リアムは竜と戦うんですか?」
「今のところ、視察だけだ。だが、どうなるかわからない」

 戦う可能性はゼロではない。
 むしろ、フォルシアン公爵家は竜族とリアムが争うように、罠を仕掛けていると思う。

「竜の巣に入り、竜族を騒がせた者を見つけ出し、処罰するのが目的だ」

 竜族を刺激し、ヴィフレア王国の民を危険にさらした罪は重い。
 六百年前に起きた戦いの記録は残っている。
 双方の被害は甚大で、停戦する条件として、その後の関係を断つことになった。
 争いを避けるため、関わらないでいようというわけである。
 それでも、興味本位で竜の巣に入る人間や気性の激しい竜が、村を襲うのは幾度となくあった話だ。

 ――問題は、これがフォルシアン公爵家の罠だってことですよ。

 リアムも気づいてる。
 気づいていて、あえてフォルシアン公爵領へ乗り込み、力でねじ伏せ、従わせるつもりだ。

 ――魔術師のわりに発想が脳筋なんですよね。
 
 ハッと気がつくと、リアムが冷たい目で私を見ていた。

「リアムのことを脳筋だなんて思ってませんよ!?」
「誰が脳筋だ」

 じろりとにらまれ、ひえっと小さく悲鳴をあげた。
 その時――

「リアム様。こちらにいらっしゃいましたの? もうすぐ出発の時間すると、お父様が話されていましたわ」

 兵士を引き連れたヘレーナが現れた。
 リアムは様子を見に行くだけと言ったのに、ヘレーナは立派な鎧を身につけ、竜の討伐に出かけるような格好をしている。
 周りの兵士たちの鎧も魔石でガチガチに強化した高そうなものばかりだ。
 いかにも『今から竜と戦ってきます!』という格好だ。
  
 ――全員、重装備すぎて、これが罠だってバレバレなんですが。

 まだノルデン公爵家のほうが、策略家としては上かも知れない。
 少なくとも、こちらが異変を察知したのは、暗殺者たちが動いてからだった。
 私とヘレーナの目が合った。

「あら、サーラ。王妃様に取り入って、市場の許可証をもらったんですって?」
「取り入ってません。王妃様に以前よりも素晴らしい市場にするとお約束をして、許可をいただきました」
「ふぅん。改善? 改善ねぇ……」

 ヘレーナは私と市場の人々を蔑んだ目で見る。

「みすぼらしい仲間ね。王妃様の顔に泥を塗って終わりじゃないかしら?」
「そうならないよう頑張ります。市場が再開されたら、ヘレーナさんもぜひいらしてください」
「あたしが行くわけないでしょ! ふん。そんな余裕でいられるのも今だけなんだからっ!」

 ヘレーナは髪を手ではらい、私より優位な立場にいるのだとアピールしてきた。

「これから、あたしはリアム様と一緒に、竜の巣まで旅をするの。どう? 不安でしょう?」
「ええ。そうですね。竜との争いが起きないよう願ってます」
「そっちじゃないわよ! 恋のライバル同士の不安と嫉妬、彼との関係はどうなっちゃうの。ドキドキ……これでしょ?」

 ――恋? ヘレーナが言う恋のお相手ってリアムですよね? 当の本人は話さえ聞いてないんですが。

 出発の慌ただしさもあって、ドキドキな彼はこちらに無関心である。
 さっきは着ていなかった重そうなコートを羽織っており、そのコートには耐火や防御系の魔石が施されている。
 リアムと同じ軍服とコートを着ている宮廷魔術師たちが続々と集まり始め、難しい顔で話し合っていた。
 人を寄せつけない険しい顔からは、ドキドキよりハラハラ。恋のこの字も想像できなかった。

「私は竜族のほうが気になります。ヴィフレア王国にとって、竜族は脅威です」
「竜が脅威ですって? 竜の脅威なんかないわ。リアム様がご一緒だもの。それに、雇った傭兵が大勢いるから安心よ」

 ――傭兵ですか。

 ヘレーナが頼りにしている傭兵とは、フォルシアン公爵家にお金で雇われた傭兵のことだろう。
 リアムは彼らをフォルシアン公爵家の捨て駒だと言った。
 その中には獣人国から買われた奴隷、傭兵として働く獣人たちがいる。
 ヘレーナの言葉を聞いて、狼獣人の表情が暗いものに変わった。
傭兵として雇われた者の中には、お金が必要で、フォルシアン公爵家と契約した獣人が大勢いる。

 ――狼獣人だけではなく、他の獣人の一族もいるでしょうね。

 重苦しい空気が流れた私たちと違って、ヘレーナは明るかった。

「リアム様なら竜族を滅ぼし、ヴィフレア王国を世界の支配者へ導くことも可能だって、お父様も言ってたわ!」
「竜族を滅ぼす!?」

 フォルシアン公爵家の狙いはそこなのだと気づいた。
 けれど、それは大きな争いに変わる。
 話を聞いていた人々が騒ぎだした。

「竜族を滅ぼすなんて無理だわ。相手は数百歳も生きる存在なんだから」
「六百年前の戦いに参加していた竜も、まだ生きているはずだぞ」
「今のまま、そっとしておくべきだ!」

 怯える人々をヘレーナは鼻で笑った。

「ふん! 【魔力なし】と平民はこれだから。竜族はヴィフレア王国の敵よ! リアム様という偉大な魔術師がいるうちに、竜族を消してやればいいのよ!」
「待ってください。竜は長い寿命を持ちます。生き残った竜は恨みを忘れず、必ず復讐にきます。本当に滅ぼせると思っているんですか?」
「うるさいわね! リアム様が国王になったら、絶対に竜族を滅ぼすわよ!」

 ヘレーナが大声を出したため、リアムがなにを話しているか気づいたらしく、こちらへ近づいてきた。

「俺は竜族を滅ぼさない。世界を支配する気もない。勝手なことを言うな」

 リアムが放った言葉に、ヘレーナはあからさまにがっかりした顔をした。

「リアム様。あたしたちを失望させないでください」
「失望?」
「あたしたち、貴族が望むのは、この世界をヴィフレア王家が支配することですわ」
「なるほど。ならば、歴史を学べ。その野望を持った結果、竜族と交流がなくなった」

 ヘレーナはそれを知らないようで、きょとんとした顔をしていた。
 リアムの知識量は、王宮図書館にある古代語で書かれたものにまで及ぶ。
 過去の歴史を書き記したものがあるのだと知った。
 
「遥か昔、人は竜の言葉を理解していた。だが、交流がなくなった今、人は竜の言語を理解できず、言葉をひとつ失ったのだ」
「竜語? 理解できなくなって、なにが悪いか、あたしにはわかりませんわ。竜の言語を知る必要がありますの?」

 ヘレーナの中では、竜族はいずれ滅ぼすものという考えがあるようで、リアムの考えとは真逆のものだった。

「竜の言葉を理解できなくなったせいで、溝は深まり、六百年経った今も壊れた関係は戻らない」
「従わない竜など殺してしまえばいいのよ!」

 淡々と話しているふうだけど、リアムがこれほど会話するのは珍しい。
 相手に理解してもらいたくて、話しているのだとわかる。

 ――リアムは竜族との和平を望んでいるんですね。

 数百年先もヴィフレア王国が平和であるように、竜族との関係を修復したいのだ。

「あたしが妃になったら、リアム様をこの剣でお守りします!」

 リアムの氷のような目が、ヘレーナを見つめている。
 でも、ヘレーナはその目に気づいておらず、剣をかざして振り回す。

「リアム様は世界を支配するべきです。それを可能とする力をお持ちなのですから、迷うことはありませんわ!」

 ――価値観が違いすぎて、話が通じない。

 リアムは諦め、それ以上なにも言わなくなってしまったけれど、へレーナのほうはノリノリだった。

「フォルシアン公爵家の力をもってすれば、竜など恐れる必要はなくてよ!」

 竜に勝てると思っているのか、フォルシアン公爵家の傲慢さを見た気がした。
 
「竜を間近で見たことがあるか?」

 リアムがへレーナに問う。

「ありませんわ」
「だろうな。最近のフォルシアン公爵家は、竜の討伐を雇った傭兵にやらせている。傭兵ギルドで集めた傭兵のほうが、まだまともに竜と戦えるくらいだ」
「鍛錬は怠ってません!」

 へレーナは得意顔で剣を見せる。
 ため息をついたリアムのそばに、宮廷魔術師のひとりが近寄り、出発の時間を告げる。

「リアム様。そろそろ出発の時間です」
「ああ」
「ふふっ! リアム様と旅ができるなんて光栄ですわ」

 宮廷魔術師たちは真剣で、彼らは命がけで竜の巣に向かう気持ちでいる。
 でも、へレーナたちは遠足前の子供みたいにウキウキしていた。

 ――大丈夫でしょうか。

「サーラ。俺が不在の間、王宮へ行ったり、一人でなにかしようとするなよ」
「わかりました」

 もう行かなくてはならないはずのリアムだったけど、宮廷魔術師の部下をわざわざ待たせて注意した。
 勝手に王宮へ行ったのがよくなかったのかもしれない……それだけじゃないけど。

「リアム。一週間後のお祭りまでに帰ってきてくださいね。きっと驚きますよ」

 私がそういうと、険しかった表情が、わずかにやわらぎ、少しだけ笑った気がした。

「俺を驚かせるって?」
「改めて言われたら自信がないですけど。でも、きっと楽しいはずです」
「楽しいか……」

 いつも難しい顔をしているリアム。
 でも、リアムだって楽しいと思えることがあるはずだ。

「わかった。だが、俺の不在時に無茶は絶対にするなよ」

 無茶しているつもりはなかったけど、素直にうなずいた。
 リアムは私がうなずいたのを確認し、安心したのか、部下をともない、王都の外へ行く門のほうへ歩いていった。
 リアムがいなくなると、ヘレーナが私に近づいてきた。

「旅から戻ってきた頃には、リアム様はあたしのものになっているけど、悪く思わないでね?」

 勝ち誇った顔のヘレーナに、私はなにも言い返せなかった。
 なぜなら、危険な竜と戦うかもしれないというのに、ヘレーナはそれをわかってなかったからだ。

「リアム様、待ってください! あたしもご一緒しますわ!」

 へレーナは大声でリアムの名前を呼び、追いかけていった。
 許可がないと王都を出られない私は、ヘレーナの背中を黙って見送った。
 
 ――フォルシアン公爵家が、竜族を怒らせるようなことをしなければいいのですが。

 四大公爵家になったフォルシアン家は富を得た。
 人を雇い、一族以外の者を犠牲にして戦ってきた六百年。
 竜族が持つ本来の力を忘れ、侮っている気がしてならなかった。

 ――心配です。

 自由に王都を出入りできたらよかったのに。
 外へ続く門を眺め、自分の不自由な立場を感じていた。
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